──てめこのクソ超能力者!今なんつった!?お前だけは許さねーからな!顔と名前は覚えたぞ!
最初に死柄木と会った日のことは、今でもよく覚えている。あの頃の死柄木といえば、ボサボサの頭にだっさいスウェット、極めつけは趣味の悪い誰かさんの手を顔面に貼り付けていた、見た目どうしようも無い奴だった。
「神野ぶりじゃないか、元気してたか!?体も鍛えてきたみたいで!」
「初戦の相手がお前とはな愛生千晴」
ぶつけた拳同士が弾かれる。
続け様に再度拳を打ち出すと、死柄木も同じ動きをしてきていた。
クロスカウンターのように、互いの拳が顔面に突き刺さる。
「ぐっ…!」
「挨拶はこんなもんでいいだろ」
死柄木から少し距離を取り、ゆっくりと下降して地面に足をつける。それに習うように、死柄木も地面へと降り立った。
死柄木と会敵した場所は蛇腔病院があった所…今はただの荒れ果てた土地となっている。目覚めた死柄木が発動した"崩壊"で、病院自体は跡形もなく消え去ってしまったみたいだ。
「黒雪、聞こえるか?」
周囲のヒーロー達の状況を確認する為に、黒雪へと通信を繋ぐ。しかし、いつもならすぐに返ってくる返事が今は無い。まさか、黒雪の方にも何かあったのだろうか…?
「無駄だぜ。さっきここまで跳んで来る途中で、妨害電波を出しておいた。今お前らの通信機器は使えない」
「用意周到だな。そんなに連携されるのが怖いか?」
「念には念ってやつさ。まぁ、今の俺ならどんな奴が相手でも殺せるけどな」
「大きく出たな」
恐らく死柄木の発言は嘘じゃない。ホークスが仕入れた情報によると、死柄木には複数の個性が埋め込まれた。"崩壊"のみならず、妨害電波を散布したのも個性の1つなのだろう。
加えて、コイツはさっき"跳んで来た"と言っていた。元々死柄木が居た場所から、俺が向かってきていたこの場所には大分距離がある。それも個性を用いて一気に移動してきたのか、はたまたオールマイトのように単純な膂力のみでここまで来たのか。事実はどっちか分からないが、後者ならかなりマズイ気がする。
圧倒的なフィジカルと、それに付随する多種多様な個性。間違いなく過去最悪の敵だ。
俺1人で何とかなる相手なのか──?
「1番近くにいるエンデヴァーなら、しばらくは来れないだろうよ。今あのオッサンにはウチのペットの世話をさせてるからな」
クックックと悪い笑みを浮かべながら、死柄木は続ける。
「大人達も非道いことをするよな。こんなガキ1人にヴィランの相手をさせるなんて。ヒーロー飽和社会が聞いて呆れるぜ。──だから」
地面が割れる音がした。
「未来ある若者が死ぬんだよ」
突如として目の前に振りかざされた、死柄木の腕。
速い…速すぎて目が追いつかなかった…。
迎撃しようとエネルギーを回すが、到底間に合わないと瞬時に理解する。
「じゃあな」
死柄木の冷たい言葉が耳に入る。
振り下ろされる腕。
それは病院の跡地に砂塵を巻き起こす。
「…手応えが無い」
「よう、ビックリするじゃん」
目を見開いてこちらを見る死柄木がいた。それもそうだよな、必殺の一撃が決まったと思ったんだろう。けど残念、死柄木が叩いたのは俺の眼前に張られた空気の膜だ。
「お前の攻撃は俺には届かねぇよ」
「なにを──グオッ!?」
言い切る前に、拳を握って死柄木の鳩尾にぶち込む。
そのまま顎を蹴り上げ、上空へと放つ。
「ぐぅ…」
「お楽しみはこれからだぞ」
すぐさま俺も上空へ飛び上がり、死柄木の背後へ回る。
両者背中を地面に向けた状態で、重なるように宙を舞っていた。
「いくぜ」
まずは1発、左脚の蹴りを死柄木の脇腹に入れる。
空中で体勢が崩れたのに対し、追撃でその顔面に裏拳。
更にガラ空きの腹部に渾身のパンチを喰らわせる。
「重い…!」
「ラストぉ!」
最後の締めにカカト落としを決め込み、地面に激突させる。
ふっ…決まった…。これが俺の新必殺、
この前読んだ忍者漫画で見たやつだ。
地面に叩きつけた死柄木から少し距離を取る。…変だな、起き上がってこない。もしかして相当効いてた?まぁ漫画の技だからな、威力はかなりのものなんだろう。
「やるじゃないか…神野の時よりも強くなってる…。まぁ…当たり前か…」
「見くびんじゃねぇよ。こちとら1日入るだけで1年分の修行が出来る部屋に入り浸ってたんだからよ」
「そんな部屋ある訳ないだろ。てかその設定、昔マンガで見たことあるぞ」
「ギクッ!バレてる!そして元ネタも知られとる!」
微妙に恥ずかしいやつだなコレ。死柄木のヤツめ、意外とマンガとか読むタイプだったのかよ。ちゃんとマンガとか、娯楽に触れられる環境で育ってきたのにはちょっと安心。ってダメダメ、ヴィランにそんな感情抱いちゃダメだ。
「相変わらずふざけた奴だ。こんな奴にいいようにしてやられるとはな」
「それほどでもあるな」
「調子の狂う…」
よぅし、いいぞこの調子でテキトーに時間を稼ぐんだ。そうしたら他のヒーロー達も駆けつけて、どんどんこっち側が有利になる。エンデヴァーとか早く来んかな。あの人来たら勝ち確な気がするんだけど。
「壊すか、とりあえず」
「──ッ!?」
俺は死柄木の次の行動を見逃さなかった。
死柄木の最も厄介な個性、"崩壊"。五指で触れたもの全てを粉に帰すとんでもチート個性だ。その出力は病院跡地を見ての通り。範囲も超広い。
死柄木と戦うということは、触れられたら即終了というクソゲーを押し付けられているようなものなのだ。
死柄木が地面に手を向ける。まず間違いなく崩壊を発動させる気だ。そんなことされたら、崩壊の波が日本中を覆い尽くすことになっちまう。そんなことは死んでもさせない。
「──はっ!!」
俺は念動力を発動。対象は前方の死柄木。動きを止める為に出力を調整する。
目論見通り、死柄木の指が大地に触れるより前に、その動きを止めることに成功する。
「チッ、邪魔な個性だな」
「天さん、俺の超能力が効いてる!」
「天さんって誰だよ」
そっちは知らんのかい。けど今はそんなことどうでもいい。とにかくこのまま、死柄木の体を拘束する。
「──出来るとでも思ったか?」
ブチッ!と念動力が弾き返される感覚が走る。その瞬間、死柄木の体が視界から消え去った。
「俺は先生の個性がそっくりそのまま与えられたけどよぉ、一緒にオールマイト並のパワーも貰ったんだぜ?オールマイトがお前如きのちゃちな個性で、止められるとでも思ったか?」
死柄木の声が、背後から聞こえる。マズイ、後ろを取られた。俺はすぐさま体をそちらに向け、拳を握る。
「舐めんな──ッ!」
「バカが」
反射的にだった。振り向きざまに死柄木の攻撃を迎え撃とうと、拳を固めて打ち出す。その動作が──。
「クックック…終わりだよ、愛生」
「し、しまったぁぁぁああああ!!!」
完全に見切られていた。
パシッと受け止められる俺の拳は、死柄木の右手の中にすっぽりと包み込まれている。脳が危機を感知した時にはもう、遅かった。
「ゲームオーバーだ」
「あ…ああ…!」
死柄木の手に捕まる。それが意味することは。
体の崩壊──。
ボロボロと崩れ出す俺の右手。そこから崩壊が伝播し、前腕も徐々に粉となって風に流されていく。
痛みは無い。ただ粛々と、自身の体が消え去っていくところが視界に映し出されている。
ああ、このまま俺の全身はボロボロのサラサラになって、砂になってどこかに飛ばされていくのだろうか…。千晴は粉になって空へと還りましたってか?はは、笑える。
目の前の死柄木がしてやったり、という顔で俺を見てる。勝ちを確信してる目だ。くそ、なんか腹たってきたな。しっかり殴ってやんないと気が済まないぞ。
…なら、ここで終わる訳にはいかねぇよな。
腕と一緒に消えゆく意識を、再度奮い立たせる。ここで終わってなるものかと全身に言い聞かせる。
ああそうさ、まだ勝敗はついていない。俺はまだ生きている、死柄木もまだまだピンピンしている。勝ち負けをつけるには早すぎるってやつさ。
ギリっと奥歯を噛み締めて、俺はひとつの覚悟を決めた。
そう、崩壊が全身に行き渡る前に、自身の腕を切り落とす覚悟を。
「嘘だろ…!」
グチャりと、右腕が地面に落ちる音がした。
「嘘じゃねぇホントだよ!!!」
生まれた一瞬の隙、明らかに動揺しているな死柄木め。
その隙をみすみす逃がす訳にはいかない。
残った片方の腕を引き絞り、死柄木へと狙いを定める。すぐに気取られ迎撃体勢を取られそうになるが遅い、遅すぎるぜ最高指導者さんよ。
「狩りってのは、最後の最後まで油断しちゃいけねぇんだよ!!!」
穿つ、死柄木の顔面を。
その憎たらしい顔に、一生消えない傷でもつけてやる。
引き絞った左腕に、その先にある拳に力を込める。渾身の力だ、これで死柄木をぶっ飛ばす。
ミシリ…と拳が突き刺さる音がした。
勢いそのままに俺は拳を振り抜き、死柄木を彼方へ飛ばす。大きく飛ばされた死柄木は、地面を削りながらゴロゴロと転がって行った。
次の瞬間、痛みを超えた激痛が腕から全身へと流れ込んできた。
くっそ…めちゃくちゃいてぇぞこれ…。分かっちゃいたけど、腕を切り落とすなんて派手なことしなきゃ良かったか?いや、こうでもしなきゃ今頃お陀仏だ。最善がこれなんだ。
「侮っていたよ。ただの学生だからな、そこまでの覚悟が備わっていたとは思わなんだ」
「まぁ…立ち上がってくるよな…」
今の一撃で倒しきれたとは思っていない。利き腕じゃない上、体にダメージが入った状態での攻撃。いつもより威力は落ちてたのかもしれない。だが何事も無かったかのように、死柄木は平然とした顔で立ち上がってきた。
「ちっとは応えてくれよなぁ」
「痛がるふりでもしてやろうか?──お前こそ、そんな体で続きがやれるのかよ」
「あ?へへ、ああこれか?ヨユーヨユー」
「強がりだな」
ザッツライト。死柄木弔くんの言う通りです。
右腕の欠損とそこから流れ出る鮮血。痛みと失血でもうボロボロだ。今すぐにでも意識が飛びそう、てか半分くらい飛んでる。もはや半無意識状態かもしれん。
命は取り留めたが、このままタイマンで続きをやれるかって言われたら…ねぇ…。
「よくお似合いだぜ、その姿」
「ちくしょう…」
「お前が死んだら、お前の友達のとこに死体を送りつけてやろうか?」
「ちくしょう…!」
「クックック…ハハハ…」
「ちくしょぉぉぉおおおお!!!!!」
「あーっはっはっはっは!!!!!」
「なんちゃって☆」
「ハッ!」
俺の一言に、死柄木の笑い声が止まる。
「バカ笑いしやがって。俺に再生の力があること知らねーのか」
「なに…!?」
目を丸くする死柄木。同時に俺は反転を回し、即座に腕を治してみせる。
「バカな…」
「その気になってるお前の姿はお笑いだったぜ。動画に収めて全世界に発信したいくらいだ。何があっはっはだよ、バカタレめ」
「こ、このクソガキ…!」
わなわなと震え始める死柄木。ははは、ざまぁみろ。さっきのバカ笑いしてる時の顔とはえらい違いだぜ。
腕の痛みは無い。ダメージの全てを消すことは出来ないが、まだまだ戦える。
「さぁてと、お遊びはこの辺にしてさっさとケリをつけるとするか」
1度深く呼吸をして心を落ち着かせる。うん、いい感じだ。今の状態なら問題無くいける。
「来い、緋色の彗星さん」
『やーっと出番かよ』
俺の背後から出てきたのは、緋色の彗星こと緋彗。前にハイエンドと戦った時に、精神世界とやらで会った俺と同い年くらいの男。そいつが待ちわびたかのような表情で、俺の頭上に現れる。
「俺の新能力で、お前を土星までぶっ飛ばす。死柄木、お前はもう俺にはついてこれねぇぞ」
体の中を電流が走るような感覚がした。
いつか来るヴィラン達との戦いの為に磨き上げてきた力。
夢の中での美然と緋彗とのトレーニングは、確実に俺の実力となっている。
「個性は奇跡の力だって思ってんだよね。当たり前のように見えて当たり前じゃない。この力でお前をとっちめてやる」
「なんだ…雰囲気が…」
青い光がスパークのように、俺の全身を走り抜ける。
身体が軽い…空も飛べそうな程に…。
「覚悟は出来たか?俺は出来てる」
この力で、死柄木を止める。
そしてみんなを守る。
それが俺の使命なんだ。
器に選ばれた、俺の。