仮免試験の日の夜、かっちゃんに呼び出された僕は彼と私闘を繰り広げ、その際に。
秘密の共有者となったかっちゃんだからこそ、死柄木の元へ向かう僕に何も言わずに付いてきてくれたのだろう。
死柄木が目覚めた時、心の中に宿る初代か言っていた。死柄木は必ず、OFAを狙って僕の元へやってくると。
今回の作戦で僕やかっちゃん、轟くんが配備されたのは蛇腔病院から少し離れた市街地。主に市民の避難誘導がメインの働きとなった。他のクラスメイトは勿論のこと、そこで暮らす人々も大勢いる。だから、死柄木が目覚めたことが分かった瞬間から、僕はその場を離れなくてはいけないと思っていた。
通信が妨害される直前、病院側からの情報で死柄木がその場から移動したことが伝わってきた。身体を改造されて多数の個性をストック出来るようになると聞いていたから、もしかしたらその中に人の居場所が分かる個性が含まれていると思った。後手に回るのだけは避けたい、関係の無い人々を巻き込みたくない。僕は皆と活動していた場所から直ぐに離れた。
事態を察知してくれたかっちゃんと、僕らの様子がおかしいことに気づいた轟くん。この3人で戦いの音が響き渡る場所へ赴いた結果、そこには愛生くんが1人で死柄木とぶつかる光景が広がっていた。
受け継がれてきた義勇の心と力。それは目の前の悪を討つために。死柄木弔という脅威を排除することが、オールマイトから託された使命。それを全うする日が遂に来たんだ。
「俺が前に出る、ショート達はサポートに回れ!いいか!敵は再生と即死持ち、イレイザーもここに向かっているとは思うが時間がかかりそうだ!それまで奴に何もさせるな!」
そう言ってエンデヴァーが前線に飛び出す。両手から放たれる火炎は、確かに死柄木に近付かなくとも有効打を与えられる。遠距離技持ちが、対死柄木にはマストになってくる。
「再生の出力は落ちてる!今のアイツは強いが無敵じゃない!数で畳み掛けるんだ!」
「言われんでも分かっとるわ!!テメーはそこで地べた這いずってろ!!」
好戦的なかっちゃんはエンデヴァーの横に並び立ち、同じように爆破を死柄木に浴びせる。マシンガンのようなばら撒かれる爆破の霰は、的確に死柄木の身体にダメージを与えているようだ。
「煩わしいにも程がある。遠くからチマチマと女々しい奴らめ。──ッ!?」
突如、死柄木が回避の足を止めた。その理由は直ぐに目に飛び込んできた。死柄木の足元、そこには氷で出来た楔が彼の足を固定していたのだ。
「緑谷ァ!叩き込めッ!」
「うん!!ワン・フォー・オール45%──!!」
翠色に包まれる拳。今の僕の最高出力は45%だ。それも
それが、僕がここに居る理由なんだから──。
「デトロイト──スマッシュ!!!」
渾身の一撃だった。誰がどう見てもそう言うだろう。鮮やかな程に突き刺さった右手は死柄木の腹部にめり込み、そのまま地に叩きつける。衝撃で地面が割れていった。
だけど、これで終わったとは言えない。油断は出来ない状況は続く。何故なら、眼下の死柄木は僕を見て笑みを浮かべている。コイツの身体は硬かった。単純な肉体強度が今までの敵とはダンチなんだ。生半可な攻撃じゃロクなダメージにはならず、ただ身体の修復の時間を与えてしまうだけだ。
「どうした?この程度か?」
「くっ──!!75%──!!」
握る拳に熱が宿る。バチバチと弾ける火花が、溜め込まれるエネルギーの凄まじさを物語っているようだった。100%は出さない。出せばその瞬間、僕の腕は壊れて使い物にならなくなってしまう。皆の足枷になる訳にはいかない。
叩け、目の前の敵が動かなくなるまで。皆を守る為に出来ることをしろ、緑谷出久。
「カリフォルニア・スマッシュ!!!」
着弾の衝撃で突風が巻き起こる。攻撃をモロに受けた死柄木は、盛大に吐血をしていた。効いてる、攻撃は通用している。後はこれを繰り返すだけ。
追撃をしようとした瞬間、僕の体がふわりと宙に浮いた。そう思ったら凄い勢いで後方へと引っ張られる。何事かと一瞬パニックになったが、すぐに誰の仕業かは分かった。
「千晴くん!」
「奴の懐に居すぎだ。死柄木と戦うなら、ヒットアンドアウェイを徹底しろ。いつ粉々にされるか分かんねーぞ」
「う…うん。ゴメンありがとう」
愛生くんの戦術眼は本物だ。敵の動きを見極め、自分の得意に持っていくのが上手い。だから1人でも死柄木と渡り合えた。そこから生まれる経験則に偽りは無い。戦闘IQが高いと言うのだろうか…味方に居て心強い。
エンデヴァーが、轟くんが、かっちゃんが猛攻を繰り広げている。爆破と炎、氷結の網を潜りながら死柄木は反撃の隙を狙っている。基礎的な身体能力も向上していることから、その身を捉えることすら困難なレベルだ。
「頭数が多いうちが有利だ。千晴くん、僕たちも行こう!」
多対一という状況をみすみす逃す訳にはいかない。死柄木には脳無やヴィラン連合のメンバーが居る。そいつらがいつここに駆けつけてくるかは分からないんだ。だったら数でアドバンテージを取っているうちに決着をつける。それが最善策。僕はフルカウルを入れ直した。
「…千晴くん?」
返事が無かった千晴くんの方へ顔を向ける。変な違和感があったのだ。見ると、片手で頭を抱えながら目を見開く千晴の姿があった。
「どうしたの?」
「聞こえるんだ…誰かの声が…聞き覚えのある声…これは…」
「何を言ってるの…千晴くん…?」
一体どうしたんだ…急に変なことを言い始めて…。普段から変なことは言う方だけど、今日のはいつもとテンション感が違う。ただ事では無いと傍から見ても分かる。
次の瞬間、何を思ったのか千晴くんは体を浮かせ、死柄木がいる方とは逆の方へ飛び出して行った。
「ちはっ…千晴くん!?」
「みんなごめん!なんかヤバそうな感じがする!」
「ヤバそうって…!ちょっと!」
一瞬で豆粒のように小さくなってしまった千晴くん。僕はその後ろ姿を見てポカンとするばかりだった。
「おいデク!あいつどこに消えやがった!」
「わ、分かんない…。ヤバいってだけ言ってどっか飛んでった…」
「こんな時に職務放棄かァ!?この戦いが終わったら真っ先に殺してやる!!おいデク、さっさとあの白髪野郎ぶっ飛ばすぞ」
「そうだね…まずはそれが先だ…」
千晴くんのことも気掛かりだ。けど今は、目の前の死柄木に集中しないと。
轟親子に加勢すべく、僕とかっちゃんは地面を蹴った。
○
『オイ!なに急に戦線離脱してんだよ!?』
飛びながら緋彗の声が頭に響く。
「声が聞こえたんだ。誰かの助けを呼ぶ声が」
『声って…そんな遠くの声が聞こえてきたのかよ?』
「ああ、間違いない。俺の耳にはしっかり聞こえてたんだ」
『おいおい、それってまさか』
『…私の体質のせいかもしれんな』
今度は美然が口を開く。
「体質…?」
『やっぱりか』
『うむ、また面倒臭い展開になってきたな』
「いやいやいや、そっちだけで話し回さないでよ。俺にも共有してちょうだい」
なんか2人だけが状況を理解してるっぽいけど、一体どゆこと?俺には何がなんやらサッパリなんだけど?美然の体質って何なんだよ?
「遠く離れた場所に居る者達の声や感情が流れ込んでくる、大方そんなところだろう?今のお前に起きている事は」
「あ、ああ…。まさにその通りだけど…?」
「私にも同じ事が起きていた。お前の身体に住み始めてから割と時間が経った。その影響か、私のそういう所もうつってきたんだろう」
「そんなウイルスみたいな」
ボソッとそう呟くと、しっかり耳に入っていたのか美然から凄い目で睨まれた。
「なぁにがウイルスだこのクソガキが、人様に向かってなんてこと言いやがる。なんだお前、今すぐこの身体から出ていってやってもいいんだぞ?」
「んなこと出来ねぇクセに。出来たら既にやってるだろうよ」
『ぬぅわにぃ〜!アッタマきた!もういい、貴様ら男どもなんぞもう知らん!勝手に敵と戦争でもして、どっかその辺でおっ死んでろ!』
『何で俺も巻き込まれてんの?』
しれっと巻き込まれた緋彗に苦笑しつつ、声のする方へ向かって飛行を続ける。距離が近づくにつれ、誰かの恐怖心を強く感じていく。
誰かが困っている。その事実が俺を動かしていた。
そんな時だった。
「──なんだアレ」
突如視界に入ってきたのは、深い蒼色をした2匹の龍だった。近くの山よりも高く伸びているそれらは、獲物に狙いを定めるかのように眼下を見下ろしている。
『おい…あれも個性なのか?あんなの見た事ねーぞ』
『そう考えるしか無いだろうな。というかここ、最初にいたところじゃないか?』
美然の言う通り、いま俺たちが飛んできたのは最初に黒雪といた場所だった。そこに現れた双竜…頭に流れ込んでくる助けを求める声…。
「黒雪が危ない…!」
飛ぶスピードを格段に上げ、俺は元々の待機場所へと急ぐ。最初に黒雪といた所…そこには俺と黒雪の2人しか居なかった。俺以外にヒーローは配置されていないはず。なら、まだ黒雪は1人でその場所にいるはずだ。
最悪のケースが頭をよぎるが、それを振り払うように頭を振る。やめろ、そんなことは考えるな。黒雪の事だ、身に危険が降り注いだら、すぐに助けが来るよう手筈を整えているだろう。
蒼龍が森の中へ消えていく。アレも誰かの個性なら、その個性の使用者がすぐそこにいる。ピリピリと肌がピリつく感覚を味わいながら、俺は黒雪といた場所に降り立つ。
「──ッ!?黒雪ッ!!」
ああ…考えないようにしていたことが現実化してしまった…。破壊された公安の機器と、その近くに倒れている黒雪。すぐさま駆け寄ってその華奢な体を抱き寄せる。
「おい、黒雪!返事しろ、おい!」
必死の呼びかけに返答は無い。ただ目を閉じた黒雪の肩が揺れ動くだけ。
『代われ千晴、多分まだ死んではいない。私が"反転"で治す』
「あ、ああ…頼む…!」
美然の提案にハッとし、すぐさま意識を切り替える。そうだ、"反転"を使えば…。見たところ酷く傷つけられている訳では無い、多少の外傷があるだけ。気を失っているのは気掛かりだが、"反転"を作用させれば何とか…。
「少し遅かったな」
空気が張り詰める。その声が耳に入った瞬間、体から熱が失われ、心臓に手を掛けられたような感覚が走った。声色だけでそう錯覚させる奴なんて、今まで会ったことすらない。
瞬間、俺の目の前に先程見た蒼龍が飛び出して来た。咄嗟に黒雪を抱えて空に逃げ、事なきを得る。
『やれるだけのことはやった。じきに目を覚ますだろう。絶対安静が条件だけどな』
「うん。ありがとう、美然」
腕に黒雪の重みが蘇る。美然と再度入れ替わった俺は、そのままゆっくり地面へと降り立ち、ウヨウヨとまるで生きているかのように蠢く蒼龍のその先を睨みつける。
「愛生千晴、君に自覚はあるか?」
蒼龍が引いていく。入れ替わるようにこちらに向かって歩いてくる男がいた。顔の部分に黒いプロテクターのような物を取り付け、背中には紫色をした液体が入った試験管がいくつか装着されている。
「お前か、黒雪を傷つけたのは」
「直接的にはな。だが、その少女が気を失っている原因は、間接的ではあるが君にもあるんだ」
「なに意味わかんねぇことほざいてんだ…!」
長い銀髪を揺らしながら、その人物は俺の前に姿を現した。黒いアンダースーツの上に白のジャケットを纏うそいつは、品定めするかのように俺の全身に目を動かしていた。
「私たちが求めているのは緑谷出久だけじゃない、君もターゲットの1人だということだ」
出久…?いまこいつ出久って言ったか…?出久を求めている…?ますます意味が分からない…。それにターゲットは出久だけじゃなく、俺も…?
「死柄木が目覚め、各地でヒーローとヴィランが激突しているこの状況…。戦禍は拡大し、やがてこの日本全てを巻き込む」
「頼むからもう少し分かるように話してくんねぇかな?これ以上俺を怒らせたら、殴るだけじゃ済まなくなるぜ」
「君と緑谷出久の為に、大勢が犠牲になると言っているんだ」
犠牲…?さっきからコイツは何を口走っているんだ…?要点が掴めない。要点が掴めないからイライラと怒りがどんどん募っていく。感情が俺の中で渦巻いている。
近くの大木に黒雪を寝かせる。心臓は動いているし、呼吸音もちゃんと聞こえる。大丈夫、ちゃんと生きてる。
「犠牲だか何だか知らねぇが、お前は俺の友達に酷いことをした。それだけは分かるよ」
怒りが全身を忙しなく廻っている。目の前の敵に対してもだが、黒雪がこんなことになる前に何とか守ってやれなかった自分自身に対してもだ。思えば思うほど、拳に力が入る。
「今日ここから始まる地獄…その扉を開けるのは君だ」
「いいからもう黙れよ。すぐにぶっ飛ばしてやっから」
今はただ、怒りの発散方法しか頭に無かった。