──感情を支配する。美然が俺の体の中に入ってきてから、逐一言われていたことだ。
怒りに身を任せる、その時の感情に身を委ねる。これも美然的には大事なことらしい。だがしかし、それ以前に人間という生き物は本能ではなく理性で動いている。自身の理性の及ばない領域から溢れ出てくる感情を、コントロールする。それを出来る者が、感情を力に変えることが出来る。…と、美然は口を酸っぱくして言っていた。
だから──。
伸ばした右腕で銀髪の男の口元を掴む。そのまま顔面を握り潰してしまいそうな程の握力で掴み、宙へと浮かび上がる。
「黒雪に手を出したヴィラン、言っとくけどお前のせいだからな」
怒りを力に変える。
俺は銀髪の顔を掴んだまま腕を振り上げ、そのまま急降下。勢いのまま地面に頭を叩きつけ、そのまま地面を削りながら飛行。最後に銀髪を思いっきり投げつけ、大木へとぶつけた。
巻き起こる砂煙。だが、この程度で勝てるとは到底思っていない。現に、奴のプレッシャーは以前健在だ。
「超能力者と聞いていたんだがな、なかなかどうして泥臭い戦い方をする」
「フィジカル攻めしてくる奴がいちばん怖いんだよ。ま、俺はそれだけじゃないけどな。お望みなら見せてやるよ」
念動力を発動させ、周囲の木々を操る。幸いここは周囲に武器になりそうな物がごまんとある。そいつらを上手く活用させてもらおう。
まずは大木からだ。銀髪のお望み通り浮かせた木々をひたすらにぶつける。続いて近くに半分だけ埋まっている岩石も掘り出し、投げつけてやる。大木と岩石の雨が、銀髪に降り注ぐ。
「持って生まれた超能力の個性と、日々の研鑽によって培われた身体能力。そして治癒の力もある。強いな」
砂煙の中から、平然とした様子で出てきた銀髪にギョッとする。嘘だろ、あれだけやってノーダメージなんて。何か特別な防御手段でもあるのだろうか。
「今度はこちらの番だ」
言うやいなや、銀髪は指先をこちらに向けてきた。次の瞬間、銀髪の指先が紫色に鈍く光る。
スパッ…と右の頬を何かが掠めた。
『…早い』
緋彗の呟きが聞こえたと思ったら、ジンとした痛みと頬に血が流れ落ちる感覚を味わう。
『見えたか?』
「いーや、なんかが光ったとしか分かんなかった」
『あっはっは!次同じのやられたら終わりだな!』
「はっはっは!だろうな!俺たちの命運もここまでか!──って言っとる場合か!次来てるぞ!」
再び銀髪の指先から、紫の光線が放たれた。始まりがその指からなら、それが向いている方向にしかビームは飛んでこない。だったら、射線上から居なくなればいいだけの話だろ。
上空へと飛び上がり光線を回避。やられっぱなしも癪なので反撃をかましてやろうと思ったが、背後からのプレッシャーに総毛立つ。向くと、回避したと思っていた光線が俺の体を貫こうと接近してきていた。
「チッ…変化球習得済みなら言っといてくれよな!先によォ!」
すぐさま体勢を変え、飛行状態へ移る。どこへ向かうかって、そりゃもう1つしかないでしょ。
「ギリギリまで接近して、直前で避けようって魂胆だろう。漫画の読みすぎだな」
意外と銀髪も漫画読むタイプだったんだ。作戦は読まれてる…半分くらい…。
「その通りさ!けど──」
俺の考えはそこで終わりじゃない。
銀髪の眼前にまで迫ったところで、俺は念動力を発動。その瞬間、銀髪の身体は石像のように固まり動けなくなる。
「身体が…!」
「動けねーだろ!そのまま自滅しちまいなァ!」
銀髪の動きを止めたまま、読まれていた通り直前で上空へ舞い上がる。するとどうでしょう、銀髪の放った光線は俺を追いかけるどころか、そのまま主の元へ帰還するではありませんか。
「ぐ…おぉぉぉ…!」
光線の雨が降り注ぐ。重苦しい声を上げる銀髪を眼下に、この気を逃すまいと下降して拳に力を込める。
「歯ァ食いしばれ!」
脳天一撃──ズドン!という鈍い音と共に、俺の拳が銀髪の頭に突き刺さる。
「まだまだァ!」
続けて鳩尾に拳を入れこみ、よろめいたところに顔面ハイキック。空中で身体を回転させてそのままカカト落としを喰らわせる。
「せー…のッ!!」
オマケにどてっぱらに拳をもう1発。打撃の
いいダメージ入ったろ…これで少しは大人しくなると良いんだけど…。
刹那、銀髪の方から飛び出してくる蒼龍が再び牙を剥く。
「──んな簡単にいかねぇよな!」
反射的に目の前の空間を操作して見えない壁を作り出す。だが、2匹目の龍が突っ込んできたところで勢いに押し負け、今度は俺が吹き飛ぶ形に。ゴロゴロ地面を転がる感覚と、口の中に入り込んだ砂のジャリジャリ感が何とも不愉快だ。
『早く立ち直れ、追撃が来てるぞ』
美然の言葉にハッとなり顔を上げると、頭上には蒼龍が俺を睨みつけていた。冷や汗が流れ、身体にエネルギーを回した時には既に、俺の身体は龍の硬い頭部の一撃を受けていた。続けざまに片方の龍が俺を口の中に放り込み、その堅固な顎で噛み砕かんとしてくる。ボキリと左腕の骨が折れる音がした。
『オイ!やべーんじゃねぇのか!?美然!!』
『分かってる…!おい千晴、合わせろ!!』
「〜〜ッ!!応ッ!!」
激痛に苛まれながら、俺は体内の美然と呼吸を合わせ、魂の擦り合わせをする。
すぐさま反転で左腕の損傷を回復。底上げされた力で龍の顎を吹き飛ばし、顔面を蹴り飛ばして脱出。もう1頭も念動力で地面に叩きつけてから、両足スタンプで頭を粉々に粉砕する。
『俺の力も使え!』
「もうやってる!」
同時に緋彗の個性、建御雷神を発動させフィジカルを強化。蒼い雷光を纏って戦場を駆け抜ける。2つの力の重ね合わせ…身体への負担が心配だが言ってる場合じゃない。
ここで俺が倒れたら、銀髪は他の皆の所へ向かってしまう。そうなりゃ来るのは最悪な結果だけだ。凶悪な力を身に付けた死柄木と目の前の銀髪の合流…その意味が示すものは考えなくても分かる。
もし俺のせいでそんな事態になってしまったら、そんなの許せないに決まってる。
だから──。
迸る閃光が大地を削り、俺の体を加速させる。
蒼き稲光へと変貌を遂げた身体で、銀髪へ肉薄。
「ワンパターンだな…!」
再び飛んでくる紫光、それに加えて空気を押し出す衝撃波も織り交ぜられている。だけど、身体能力を最大限まで強化した俺のスピードには、ついてこれていない。
龍は潰した。他にどんな個性があるかは知らないが、今はただ全力で突っ走るだけ。
銀髪の攻撃の雨を潜り抜け、その顔を眼前にまで捉える。
全身のエネルギーを右手に注ぎ込む。勝負は一瞬。この一撃の後、立っていた方がこの戦いの勝利者だ。
「私の力を…甘く見るなァ!!」
焦り、怒り、恐怖…。いま俺と銀髪の中には様々な感情が渦巻いているだろう。歪む銀髪の表情がそれを物語っている。きっと俺もそうだ。
そいつら全部を受け入れて、己の力に変える。
こいつは俺が倒すべきヴィラン。愛生千晴がヒーローになるために、拳藤一佳を隣で支えられるようになる為に、乗り越えなきゃいけない壁なんだ!
『千晴、お前はまだ未熟もいいとこだ。やかましくて、いい加減で…。でもその心の中には、私たちと同じ物がある』
『"義勇の精神"。誰かの為に頑張ることが出来る人間性を、お前はちゃんと持ってるんだ。だから俺たちは、お前と一緒に居るんだぜ』
美然と緋彗の声が聞こえる。俺はひとりじゃない。一緒に戦ってくれる人たちがいる。こんなに嬉しいことは無いさ。ただ傍に居てくれて、励ますように肩に手を置いてくれる、背中を押してくれる人がいるだけで…。
──今度は俺の方から誘うから。その時は、一緒に出かけよう。
そう言った時の一佳の綻んだ表情を、俺は忘れていない。果たすべき約束が、守らなきゃいけない約束があるから。
だから俺は、戦えるんだ──。
「一歩も引く気は無いぜ」
全霊を込めた拳は生成された黄金色の障壁を砕き割り、その顔面を撃ち貫いた。