雷に打たれたことは無かったけど、雷に打たれたような感覚が走ったのは、その日が初めてだった。
年中さんに上がり立ての夏、近所の公園。1人でグランドキャニオンを作っていた俺から見たら、その女の子はかの米国に建立する女神像のようだった。
揺れるサイドポニー、その子の橙色に輝く鮮やかな髪に人類で最初に目を惹かれたのは、きっと俺なのだ。
そう…まだまだ寝小便を垂らすガキンチョだった俺を男の子に成長させたのは、紛れもなくその子だった…。
恋は盲目なんてレベルじゃない、その子の輝きは俺を失明させた。その光以外吸収できないような体にされてしまった。
それが恋という感情だということを知ったのは、また少し先の話。だけどその感情は、俺の中で今でもキラキラと光り輝いているんだ。
〇
「口の中がカピカピだぁ…」
目が覚めて最初に出た感想はそれだった。それと一緒に思ったのは…
「天井しろっ」
仕方ない…寝起きは頭が働かないんだ…。普段はこんなんじゃない、ホントだよ?
何気なく頭を触るとやはり包帯が巻かれていた。この素材は恐らくヨーロッパ産だな、今まで多くの包帯を巻かれてきたから分かる。あの国の包帯は肌触りが良いんだ。…え?ヨーロッパは国じゃない?おかしいなまだ寝ぼけてんのか。
左腕が何やら冷たい。目ん玉だけを動かしてみると、点滴の針が入ってた。なんで点滴入れてると冷たく感じるんだろうね。液体が流れてるからかな?
「ふっ…!あれ…?ふん…!やべぇ体上がんねぇ…」
寝転がりっぱなしは流石に体に悪いから、いよいよ起き上がろうと力を入れたけど、俺の体はピクリともしない。なんでだ?もしかして看護婦の人、俺の体に鉛でも巻き付けて吊り下げてる?安静にしといて欲しいんだろうけど、それ逆効果じゃない?
「腹は…減ってないな…。点滴入ってるからか…」
点滴ってすげー。
「外…眩しいな…」
今日はめちゃくちゃいい天気。
「…ちなみになんで俺は病院に居るんだ?」
部屋には誰も居ないので、その問いは静かに霧散していった。
〇
──千晴が目を覚ました!
八百万からその連絡を受けた瞬間、私の体は走り出していた。友達やクラスメイトのお見舞いに来ていた学生たち。プロヒーロー達の様子を確認しに来たマスコミ。戦いから3日が経っても相変わらず忙しなく働く病院の人たちの中をかき分け、その病室へ辿り着く。
「はぁ…はぁ…」
戦いのダメージがまだ完全に消えていないのか、少し動いただけでもいつもより体力を消費してしまう。入院する程じゃ無かったけど、医者にはしばらく安静にしていろと言われていたんだった。そんな体に鞭打って辿り着いた病室…その扉の取っ手に手をかける。
上手く体が動かせない。
ヒーローとヴィランの大規模戦闘は、ヒーロー側が大打撃を食らった形で幕を下ろした。殉職したヒーロー、重傷を負って病院へ搬送される者。そして何より問題視されているのは、ヒーロー社会の崩壊。
あの戦いの後、世界は変わってしまったのだ。
…戦いで傷ついた人の中に、雄英の生徒も何人かいた。中でも重症だったのが緑谷、爆豪、轟、そして千晴の4人。
私の方が先に病院で治療を受けていて、そこに緊急搬送される千晴を見た時、寿命が縮まったような気がした。満身創痍なんて言葉では言い表せないほどの傷を、千晴は負っていた。それから2日は目を覚まさず、そして今日、やっと目を覚ましたとのこと。
好きな人が傷ついている姿なんて、誰が見たいと思うのか。それでも、皆の為に戦ってくれた千晴になんの声も掛けないなんてことは出来ない。戦いの後の記録から、とんでもないヴィランとたった1人で戦っていたということは、すぐに皆に知れ渡った。
「…よし!」
せめて明るい表情でいよう。それが、傷ついた人に贈ることが出来る精一杯の姿だ。辛くて苦しい思いをしている人に、なんで暗い顔を見せるんだ。
「千晴っ!目ぇ覚ましたってホントか?」
いつものように、私はその名を呼んだ。呼ぶと優しい顔を見せてくれる、その名前を。
「いよっしゃーい!!!俺のバナナに引っかかりやがったな!!!そのまま転落する姿がお似合いだぜ!!」
「クソがァ!!一瞬でぶち抜いたらァ!!おらキラー引けやぁ!!」
「しょ、焦凍くん!なんでそんな緑こうら当てるの上手いのさ!」
「む゛か゛し゛ね゛え゛さ゛ん゛に゛し゛こ゛ま゛れ゛た゛」
そこには、元気にマ〇オカートをするバカ4人組がいた。
…いやいや待て待ておかしいだろどう考えても。あれ?この4人って特に傷が酷くて重傷だったって私さっき自分で言ってたよね?
「はぁーッ!?キラーで人轢くとかありえねーだろ!倫理観どーなってんだ!?がふっ!」
「うっせカス!!テメーに倫理観問われたくねーわ!!ごはっ!」
なんで
シンプルに引くんだけど。何がお前たちをそこまでさせてんだ?
「ま゛け゛ら゛れ゛な゛い゛た゛た゛か゛い゛が゛…こ゛こ゛に゛あ゛る゛」
しゃらくせーわ。まずは喉治してこい轟。
「コラっ!!アンタらまたこっそりゲームして!!」
「やべぇ軍曹にバレちまった!お前ら退散だ!いけいけぇ!窓からいけぇ!」
「チッ、ここまでか」
「決着は夜、ス〇ブラで着けるしか無さそうだね」
「こ゛れ゛に゛て゛ド゛ロ゛ン゛」
こいつらホントに怪我人なのか?窓から凄い勢いで飛び降りてったけど。よっぽど日本の医者が優秀なのか?
「おう一佳、元気そうだな。プリンあるけど食べるか?俺が来る前から冷蔵庫に入ってたやつだけど」
とりあえずこのバカは殴ることにしておいた。
〇
「事のあらましは出久たちから聞いたよ」
誰が置いていったか分からない持ち主不明のプリンを食べながら、俺は一佳にそう伝えた。
「そっか…なら世間の様子とかも大体は把握してんだな…」
「まぁな。まさか宇宙人が実在して、日本に侵略戦争を仕掛けてくるなんてな」
「うん、少しは疑う心を持つようにしろよ?」
え?違うの?俺あいつらにデマ流されてた?何の為のウソなんだそれは。
事の顛末を一佳に教えてもらった俺は、あんぐりと口を開けることしか出来なかった。
「そうか…俺が寝ている間にとんでもない事になってたんだな…。もうちょっと寝とけば良かったかも」
「バカ言うんじゃないよ。皆がどれだけ心配したか。アンタ3日も寝たきりだったんだよ?」
「3日!?嘘だろ録画してない番組けっこうあるじゃねぇか!サボテンのサボちゃんに水もやってない!俺が家を空けると露骨に寂しいアピールしてくるのに!」
「幸せな脳みそしてんな相変わらず」
まぁそれが俺のいいところだからね。成長しても本質は変わらないものなんだよ。
じっと、ベッド横の椅子に腰をかける一佳の全身を見やる。いや別にスケベな視線を向けてる訳じゃ無いぞ?
「な、なんだよ…人のことじっと見て…」
「いや、お前の怪我の具合がだな…。生傷とか結構あるし…。どこのどいつにやられた?そいつの家の住所を割り出して、ポストに大量のタコスを入れといてやる」
「そんな事するくらいなら私にタコスくれよ。…それに、傷なら千晴の方がよっぽど酷いし…」
痛々しそうな目で、一佳は俺の体についた傷を眺める。自分で言うのもなんだが、結構ひどい有様だ。全身傷だらけだし、打撲の跡とかもある。左腕の関節部分に付いた傷跡は、一生消えなさそうだ。これは多分…あの蒼い龍に付けられた傷だろうな。
「増えたよな、雄英に入ってから。こうやって入院すること」
「別にいいさ、傷は男の勲章だろ?箔がある方が頼もしく立派に見える。ヒーロー目指すなら大事なことだ」
「そういう事じゃなくて…」
一佳がそれだけ言って口をキュッと固く結ぶ。心配してくれている気持ちは分かる。だけど、今こうしていつもみたいにベッドの上にいるのは、俺がまだ弱いからだ。弱いからこうなる。全部俺のせいで、俺が果たすべき責任なんだ。
だから…
「そんな悲しい顔すんなよ」
目の前には、今にも泣き出しそうな一佳がいた。指を伸ばして目元に溜まった涙の雫を拭う。
「何で一佳が泣きそうになってんの?」
「だって…私のせいなんじゃないかって…!私が雄英に行くって言ったから、アンタもついてきて…。そしてこうなってる…!私が雄英に行くなんて言ってなければ、千晴がこんな傷背負うことなんて無かったのに…!」
「…そんなこと思ってたのか」
一佳は男勝りで、みんなの姉貴分的なところがある。実際B組でもそんな立ち位置に居る。自分がそういう性分だということを理解しているし、他人からもそういう自分を求められているということも知っている。
「ごめん…急にこんな…情けないトコ見せちゃって…。ヒーローは泣いちゃダメなのに…」
だから、あまり他人に弱さを見せない。みんなを引っ張っていくリーダー気質みたいなのがあるから、自分の背中側にいる人たちに弱っている表情を見せることは無い。それだからか、皆は知らないんだ。一佳は普通の女の子で、ちゃんと弱い所もあって、こうして誰かの前で涙を流す時もあるということを。
「なぁ一佳、中学の頃さ。俺も雄英目指すぞってお前に言った時のこと、覚えてるか?」
「うん…覚えてるよ…ドヤ顔でE判定の紙を見せてきた時のことでしょ?」
お、おう…しっかり覚えてるな…。
「そうだ。けどそのちょっと前だ。その時になんて言ったか覚えてる?」
「…危なっかしい私を、傍で支え続ける…?」
「そう、覚えててくれて嬉しいよ。俺の気持ちは今でも変わってない。俺が雄英に入ったのも、ヒーローを目指すのも、こうして傷が増えていくのも。全部お前のためなんだ。何かあった時に、俺が一佳を守れるようになる為に」
「うん…」
「守られる人たちからは、一佳の顔は見えない。だけど、すぐ隣にいる俺だけは、お前の顔を見ることが出来るんだ。だから俺の前で、無理して涙を耐えたりする必要なんて無いんだよ」
その涙を知ることが出来るのは、俺だけなんだから。
ベッドから少し身を出して、椅子に座る一佳を抱き寄せる。ストンと、小さな頭が俺の胸の中に収まった。
「良いんだよ、守られてるくらいで。お前の為体の1つや2つくらい、張らせてくれよ。な?」
「うん…!」
一佳は頑張り屋だ。でも頑張りすぎて、気を張りつめすぎて良いことはない。心安らぐ場所というのは誰にでも必要だ。
「ごめん千晴…。私なにか勘違いしてたかも…未だに…。こんなに近くにアンタが居たのにさ…」
「しっしっし、なんたって幼馴染だからな。嫌われたって傍にいるぞ」
「はは、そりゃ大変だな」
胸の中の一佳が笑顔で言った。
ようやく見せてくれた。
この笑顔は忘れちゃいけないと、心の底からそう思う。
一佳との大事な思い出だけは、絶対に手放しちゃいけない。
そう、強く思った。