──これは夢だと分かる夢を、最近よく見る。
倒壊した街、暗く淀んだ空、荒れ果てた地面。どこまで行っても灰色が続いている。
人々の生活は貧しく、その日の食べ物にありつけるかすら分からない。物の奪い合いなんて日常茶飯事だった。
弱肉強食を絵に書いたような時代。そんな時代を追体験するかのような夢
を、俺は見ていた。
『私の記憶を見たな?』
寮の部屋で目を覚ますと、目の前に美然の顔があった。雪のような白さを持つ肌と、漆黒と呼ぶに相応しい長髪が、だらんと重力の影響を受けて俺の顔に少しかかっている。
「顔が近いよ…美然さん…」
『話題をすり替えるな。千晴、お前最近私の過去を覗き見てるだろ』
美然が険しい顔つきになった。どうやら無意識のうちに彼女の琴線に触れてしまっていたようだ。より顔が近くに寄せられる。不味いよコレ。マウストゥーマウスしちゃう距離感だよコレ。息遣いとか聞こえてきちゃってるよ。
『麗しきレディの過去を暴こうだなんて、とんだ変態小僧だな』
「違う、見たくて見てる訳じゃない。あれは夢だから不可抗力ってやつだ。断じて変態などでは無い」
『私の本当の名を知ったからっていい気になりおって。次同じことしてみろ、お前の男の象徴をねじ切ってやる』
「ウソだろ…!夢のコントロールなんて出来る訳ないのに!理不尽すぎるだろ!」
それだけ言うと、美然はフッとその場からいなくなった。残されたのは、ジュニアがねじ切られる未来が半ば確定してしまった俺だけ。
「でも、美然の昔の話ってあんま聞いたことないよな」
天変地異を操り、その気になれば世界すら転覆できる程の力を持つスーパーヴィラン、アンナチュラル。本名:美然は、およそ人間とは思えない程の力をその身に宿していたが、ある時を境にバッタリと行方をくらました…。少し前に体のことでナガンについて相談した際、そのことを教えてくれた。
──僕には、それはそれは親しかった友人がいてね。まぁ、直接会って話せたのは数回だけだったんだけど。その友人にもう一度会いたいと、常々思っていたんだ
美然の細胞を移植される前、神野区でオールフォーワンが言っていた。過去に名を馳せたヴィランで、オールフォーワンと面識がある人物。よく考えたらどういうプロフィールだアイツ。てか今まで全く気にならなかった自分が怖いわ。
…なんかちょっとだけ、美然のこと知りたくなってきたな。過去を少しだけ見られてあの反応。何か重大な秘密でも隠しているんじゃないだろうか?
「でも俺の大事な息子を切られちゃうのはなぁ…」
だけど、俺を俺たらしめるモノを失うのも怖かった。
〇
「夢のコントロール?」
雄英内にある特訓施設で組手の相手をしてもらった焦凍に、夢のことを聞いてみた。首にかけたタオルで汗を拭いながら、焦凍はうーんと考える素振りを見せる。
「コントロールってことは、なんか見たい夢でもあるのか?」
「ケツから言ってそういうこと!自由に夢を見る方法とか、夢の中で動けるようになったりとか!なんかそういうの聞いたことない?」
「そうだな…まだガキだった頃に試したことがあるんだが──」
いやあるんかい、とツッコミつつ、焦凍の言葉に耳を傾ける。どうやら彼は、寝る前(見たい夢の内容を紙に書いて枕の下に入れて眠っていたらしい。紙に書いて思考を明確にした直後に眠ることで、意識を見たい夢の方へ持っていきやすくなるとのこと。絶妙にそれっぽい理論が出てきたので、ちょっとビックリした。
「どんな夢を見ようとしたんだ?」
「ああ、そんとき俺には好きな女の子が居てだな。その子と一緒に放課後遊ぶ夢を見ようとした。結果は失敗しちまったんだけどな」
まさかの恋愛系だった。コイツにもそういうトコあったのね。まぁいいや、とりあえず参考にさせてもらおう。
「ちなみに、千晴はどんな夢が見たいんだ?」
「う〜ん、話すとややこしくなるんだけど…。見たら見たで俺のジュニアがチョン切られちまうんだ!」
「お前…相変わらずハンパねぇ生き方してんな…」
流石の焦凍もビックリしてた。まぁ男なら冷や汗もんだよな、話聞くだけでも。でも大丈夫、俺にはとある対策があるんだから。けけけ、美然のヤツめ。お前の思い通りになると思うなかれ。
〇
「いよっし、準備はOKだな」
夜、自室。諸々の準備を済ませた俺は、後はベッドに入って眠るだけという状況を作り出していた。
焦凍の言う通り、"美然の過去を見る"って書いた紙も用意したし、焦凍以外にも意見を聞いた人がいて、そいつの考えも取り入れてみることにした。え?それが誰かって、発目だよ発目。あのサポート科の。
正直ド天然の焦凍だけの意見じゃ信憑性が薄かったから、そういうのに詳しそうな発目にも話を聞いておいた。彼女が言うに、入眠してから5時間後に1度起きて、2度寝する前に"自分は夢の中にいる"と強く認識することで明晰夢というものが見やすくなるらしい。
明晰夢っていうのが、つまり自分の見たい夢を見れるように出来る。その夢の中で自由に動けるようになるっていうものだ。発目はその道には精通しているようで、毎晩明晰夢を見て新たな科学技術を発掘しているらしい。
「タイマーも5時間後にセットして…と。よし、さっさと寝て5時間後に起きて2度寝すっか!」
飲み物を飲み干してからベッドイン。部屋を真っ暗にして俺は目を閉じる。ちなみに俺は寝つきが死ぬ程いい。
1分も経たないうちに意識を手放す。この間、特にこれといった夢は見なかった。けたたましく鳴るアラームが、5時間経過したことを知らせてくれる。そいつを止めて頭の中で"夢の中にいる"と強く念じる。
「──るな…!来るな…!」
最初に聞こえてきたのは、まるで嫌いな人間を追い払うかのような人の声。やけにヒステリックで、甲高い声だった。
目をパチクリとさせ、辺りをキョロキョロと見渡す。ザ・田舎という風景がそこには広がっている。家屋は今と違って木材が表面に出ているし、畑や水車すら見える。少し前の時代なのかなここは、それとも今の日本でもこういう所はあるのかもしれない。
(どうやら明晰夢は成功したっぽいな。ならこれは美然の過去…記憶なのか?)
実際にその場に居て追体験しているような状況に戸惑うが、思っていた通りのことが実現出来ている。こりゃ焦凍と発目に感謝だな。
「近寄るんじゃないよ!薄汚い家の子め!」
突如、聞こえてきたワードに眉を顰める。綺麗な言葉遣いとは思えない内容が、耳に飛び込んできた。
声の方向を見ると、1人の大人の女性と小さな女の子が居た。大人の女性の背後には、小さな子どもが2人居る。その子らの母親だろうか?足にしがみついて少女をじっと見つめていた。
「アンタみたいな呪われた子が、うちの子たちに近付くな!」
酷い言い方だった。薄汚い…?呪い…?およそ大人がまだ小さな子にかけるような言葉では無い。見ているだけで虫唾が走る。
(おい!!こんな小さな子どもになんてこと言うんだ!!おかしいだろ!!)
声に出したと思った言葉が、俺の口から出てくることはなかった。変だなと思って自分の口を触る。しかし、普通なら口がついている部分に手を伸ばしても何も触れられない。ただ自分の手が通過するだけ。まるで空洞になっているようだった。そこで初めて、今の俺に口が付いていないことを知る。
無力さを痛感しながら、俺は目の前の状況を見守る。大人に睨まれた黒髪の少女は、自分の衣服の裾をギュッと握りしめながら、小さく震えていた。髪は肩くらいの長さになっているが、間違いなくあれはアンナチュラル──美然の幼い頃の姿だ。
「ごめんなさい」
幼い美然はそう言ってぺこりと頭を下げる。そしてくるりと踵を帰し、トコトコとその場から去っていく。
「あ、美然ちゃ──」
「コラ!その名前を言ったらダメだって昨日あんなに教えただろ!!忌々しい…!」
美然の足がピタリと動きを止めた。それを見て大人が首を傾げる。ほんの少しの間を空けて、美然は再び歩を進めた。
美然が完全にその場からいなくなった後、母親らしき女性が足元の子供たちを叱っていた。あの子には近付くな。あの子は呪われていると。
(惜しいな…夢の中じゃなかったらぶん殴ってた。どうやらこちらからの干渉は出来なさそうだ)
夕暮れ時。地平線に沈んでいく夕日と、美然が去っていった方向を見て俺は、何ともやり切れない気持ちになった。
目をパチクリとさせると、景色が急に移り変わる。農村に変わりは無いが、さっきの親子は居ないし、物静かな場所だった。
視線の先、道でポツンと座り込む美然が見える。傍まで近寄るが、当然ながら向こうがこちらに気づくことは無い。
「何でそんなに怖がるんだろう?私のこと」
地面を見つめながら美然が呟く。怖がる…確かにさっきの母親の美然を見る目には、恐怖が含まれていた。
「やっぱり、この力のせいなのかな?」
美然が指をピッとすると、足元にあった小石がふわふわと浮かび始める。"超能力"の個性。俺と同じ力だ。
「みんなが喜ぶと思ってたのに。やっぱりあんまりこの力は使わない方がいいのかな?」
浮かばせていた石がバラバラと地面に落っこちる。美然はそれを少しの間眺めた後、スっと立ち上がった。
「ううん、ちがう。私のこの力は意味があるんだ。みんなに怖がられるためじゃない、助けるためにあるものなんだ」
そうして彼女は歩き始める。今度はさっき大人に追いやられた時とは違っい、大きな歩幅だった。
(…ッ!なんだ、意識が…)
突然、モヤがかかったように視界の端が白く曇ってきた。景色が揺らめいて見えてくる。時間ってことか?現実の体が起きようとしているんだ。
美然の小さな背中がどんどん離れていく。他人に虐げられても自分の意志をしっかりと持っていた彼女に、何かひと声掛けたかった。でも今の俺にはそれを伝える権利がない。ただ心の中で叫ぶことしか出来ない。
(美然…!!)
心の中で強く叫んだ次の瞬間、幼い美然がパッとこちらを振り返った。黒く大きな瞳と視線が交錯する。
「…?気のせいかな?誰かに呼ばれたような…」
首を傾げながら美然は、再び歩み始めた。なんだ…俺の声が少しだけ届いたのだろうか…?偶然か、でも俺の念に反応したかのようにも見えた。
(ダメだ…意識が…もう)
揺らいでいく視界の中で、俺は最後まで美然の小さな背中を見つめていた。
意識が覚醒し、現実世界で目が覚めたのだと実感する。
見慣れた寮の部屋の天井と、シーツの感触がやけに懐かしく感じる。
何だか凄い体験が出来た気がする。夢の中なのに割と自由に動けた。こんなの初めてだ。これも焦凍と発目のおかげなのかもしれない。
カーテンの隙間から朝陽が差し込んでいる。もうすっかり朝だ。正直あんまり寝た気はしないけど、そりゃそうだ。多分脳みそは休まってない。体も少しだけだるいし。まぁそれは"反転"でどうにかなるか。
『みぃたぁなぁ〜!!!』
「ぎゃあああああ!!!???」
ベッドから出ようと体に力を入れた時、目の前に悪霊らしきものが現れた。咄嗟の判断で懐にしまっておいた塩を取り出し、おもっくそぶっかけてやる。秘技・ソルトスプラッシュ。食塩を激しく撒き散らす、俺の必殺技である。
『クソガキ…貴様また私の過去を…!前に言ったことを忘れたとは言わせんぞ…!』
悪霊の正体は美然だった。塩を顔面で喰らいながら、その顔は怒りに染まっている。
バッとシーツを剥ぎ取られた。不味い、最後の防御壁が破られた!もう俺を守るものはパジャマという薄い布切れしかない!
『覚悟しろよ…お前が男を名乗れるのも今日までだッ!!』
躊躇も全く無しに、美然の手が俺の大事な部分に伸ばされる。そのままグワシと掴まれ、スパッとぶった切られる…。そう思っていたんだろう、美然は。
『…無い…だと…?』
「はっはっはー!!ちゃーんと対策はしてあるんだよ!!」
俺はベッドから飛び上がり、床に着地。ドヤ顔で美然に自らの体を見せつけた。
「発目の開発した薬、"ジェナダイバージョン"!!こいつのおかげで、俺の性別は変わったのだァ!!」
そう、就寝する直前に飲んだ液体。それがこのジェナダイバージョンだ。飲んでから少し経つと、性別が変換されるというとんでもない秘薬を発目は開発していた。
「どうよ!?女になった俺の姿は!?髪もしっかり伸びてんな!ちょん切る?一体ナニをちょん切るつもりなのかなぁ!?」
ただ黙って俺の方を見る美然。くくく、ざまぁみろ。お前の野望は潰えた。
──…父さん、母さん。俺、今日から女の子として生きていくよ。
"ジェナダイバージョン"は、過去にジャンプで連載していた"AGRAVITY BOYS"って漫画から持ってきました。
男4人がバカやる話です、面白いのでぜひ。