「スマホ持った?」
「うん、ある」
「念の為の学生証は?」
「何の為に要るのか分からんけど、持ってる」
「ハンカチとティッシュは持ってきたんだよね?」
「あるよ!オカンかおのれは!?」
それだけ言うと、一佳は「よし」と小さく漏らしてスニーカーを履き始める。俺も続くように靴紐を結んだ。
時刻は朝の8時。連合との戦いの傷が癒えない今日この頃だが、復興支援をするヒーロー達にも休息は必要だということで、休日が与えられた。寮でゆっくりする子も居れば、俺たちみたいに出かける準備をしている子も居る。
「あ、千晴くん、それに拳藤さんも。2人でどこか行くの?」
「おうデク、見ての通りだ。俺たちゃ今からハネムーンよ」
「その割には軽装だね。折角のハネムーンが日帰りってこと?。もしかして上手く段取りが組めなかったとか?男としてそれはどうなの?」
「デク?お前そんなこと言うキャラだったっけ?」
何をニコニコしながら言っとるんだコイツは。出会った頃のデクからじゃ想像出来ないほど砕けてんな。ま、約1年も一緒に居たら嫌でもそうなるか。うん、仲良きことは美しきかな。美しい要素とくに無いけど。
「違うよ緑谷、誰がこんな奴とハネムーンなんか…。ったく勘弁してよね」
「んなこと言って、昨夜はルンルンで今日の準備してたじゃねーか。鏡の前でコーデを確認したりしてさ」
「──っ!?は…はぁ!?何で知って…じゃない!テキトーなこと言うなっ!」
「うんごめんテキトーこいた。とりあえず胸ぐら掴むのやめてください。くるしい」
一佳を宥めて胸元から手を離してもらう。すげぇ勢いで手が出てきたな、中学の時の何倍もの速度だった。これもヒーロー科での厳しい訓練の賜物か。
「地元に帰るだけだよな、千晴」
ぬるっと現れたのは轟少年。寝起きなのかポケ〜っとしている。が、そんな面すらカッコよく映るのは腹立たしい。母親の遺伝子が強いのか?もうちっとエンデヴァーのゴリラ成分を引き継いでくれていれば…。
「そうそう。たまには故郷の空気を吸うっていうのも悪くないだろ?」
「なんだ、クラスの奴には言ってたんだ?」
「ははは、そうだよ拳藤さん。ハネムーンなんて冗談かましてゴメン」
HAHAHA!と笑い合う俺たち。何を隠そう、今日は一佳と一緒に懐かしの地元に戻ろうという計画を立てていたのだ。
今の雄英高校ヒーロー科は全寮制、皆が親元を離れて雄英の敷地内で生活をしている。それがあってか、俺と一佳もなかなか実家地元に戻ることはしていなかった。前に街の復興作業中に俺がボヤいた「地元の空気が吸いたい」という言葉を受けて、一佳が「なら久々に戻ろう」と提案をしてくれた。それじゃあ今度の休みに…と決めていた日が今日ということだ。
「帰るって言ってもそう大した距離じゃないけどね。近くまで雄英ロボが送ってくれるらしいし」
「俺は断固拒否したんだけどな、折角の一佳とのデートなんだからって。そしたらあのロボ共、"言うこと聞かないなら退学にする"とか脅してきやがった。信じられないぜ」
「そんな権利あのロボ程度にあるの?」
分からん…けど退学になるのだけは嫌だったから大人しく従うことにした…。いま思えばこのクソ忙しい状況の中で、学生とはいえ人ひとりを欠けさせるなんて非合理的なことしないよな…。
だけど、戦いの影響で交通インフラが終わってる地域もある。それも考えると、自力で向かうよりロボに送迎してもらった方が良いのもあるな。
「オイザコドモ、クルマノジュンビガデキタ。サッサトノリヤガレアホンダラ」
「だってさ。千晴、行くぞ」
「あいあいさー」
「いったい誰だロボに汚ぇ語彙をインストールさせた奴は…?」
軽い荷物を持ってA組の寮から出発。デクと焦凍がヒラヒラと手を振っていたので俺も振り返す。いつから居たのか、デクと焦凍の後ろから爆発少年、爆豪勝己が現れ口を開いた。
「気ぃ付けてけよ」
その瞬間、時間が止まった。突然の発言に脳がショートを起こしたとでも言おうか。理解できない言葉を聞き取ると人は一旦動きを止める。それはその場にいる俺たち全員に当てはまることであった。
「おいやべぇぞ一佳、今日は何かとんでもない事が起こる気がする…」
「なんか私、寒気がしてきた」
「とっとと行けやクソ共がァ!!!」
追い出されるかのように寮から飛び出す。目指すは我らが懐かしきジモティーだ!
○
side:拳藤一佳
待ちに待った千晴とのお出かけの日が来た。
この日をどれだけ待ちわびたことか、これだけを楽しみに私は今まで生きてきたのだ。
ヴィランとの激しい抗争…その戦禍の中心に千晴はいた。ボロボロの状態で病院に運ばれた千晴は、後天的に得た再生の力を持つ個性と最新の医療技術を駆使して無事に回復。その後駆り立てられるかのように、ヴィラン達に破壊された街の復興作業に取り組んでいた。それもあってか、ここ最近2人で話すタイミングが無かったのだ。
遠くで作業をする姿を見る日や、隙間時間に緑谷たちと訓練をする始末。満足に話すら出来ない日々が、余計に私の気持ちを昂らせている。
だからそう、今こうして車の中で隣に座っていることだけで、私の心臓はドキドキではち切れそうになっているのだ!
今日の為に、自分が持ってる服で最高のコーディネートを模索した。さっき千晴は、前日の夜にルンルンで準備してた、とか言ってたな。ふっ、前日どころの騒ぎじゃない。2週間前から準備してたさこっちは。
今日の服装を褒めて欲しい…千晴が好きそうな服を選んで、色々と試行錯誤して決めたんだ…。全ては千晴に良く見られたいから…。そんな10代の乙女心が漏れ出ていたのか、千晴が不意にこちらを向く。
「な…なに…?どうしたんだ急に…?」
「んー?いやぁ、特にこれといってはないんだけど」
ないんかい。そこはあってくれよ頼むから。おかしいな、いつもの千晴ならその日の格好を最初に褒めてくれるハズなのに。まさか、今日の格好がイマイチってこと?あんまり好みじゃないから、内心ガッカリされてるとか!?だからなんにも言ってこないの!?だとしたらどうしよう…めちゃくちゃショックなんだけど…。今日の日の為に沢山準備してきたんだけどな…。
勝手に色々考えてると、千晴がまだ私の方をじっと見ていることに気が付く。
「なに?髪の毛に芋けんぴでもついてる?」
「今日も可愛いなって思って」
「ぽへ!?」
──ッッ!?変な声出たっ!!急に反則だろコイツ!!
なんだ?もしかして溜めてた?溜めて溜めてしっかりチャージしてから叩き込んでくる戦法?弱点特攻だよそれは!!
「ぽへだって、ぽへ。ぽへー!」
「こ…コイツ…!」
すぐに弄ってきた千晴をよそに、私の心臓の鼓動は早くなる。くっそ、そう来るか千晴コノヤロウ。不意打ちにも程があるだろうに。
「ねぇ千晴」
「はい」
「アンタは私のどこが好きなの?」
…我ながら嫌な質問をするなと思う。っていうか何だよこの質問、シンプルに少し怖くないか?私のどこが好きなの?って。付き合って2年ぐらい経ったカップルかよ。
「頭のてっぺんからつま先まで全部ですけど」
「そ…そうか…」
うん、千晴はこういう奴だわ。けどこれを本心から言ってるってことは分かる。
「この辺も巻き込まれたんだよな」
「え?」
「ギガントマキアの」
打って変わって真剣な声色で、千晴は言った。その視線は窓の外の風景に注がれている。視線の先には、倒壊した建物や荒れた地面が広がっていた。
ギガントマキア──ヴィラン連合の中でも特に危険な存在。その巨躯は歩くだけで災害級の被害をその地にもたらす。いま私たちが通っているこの場所も、ギガントマキアの通った場所なのだ。
「…地元に帰るって言ったけど、俺たちの地元まだあるかな?」
「それを確かめに行くんでしょ」
ロボが運転する車の周囲には、悲しいくらいに何も無かった。
○
「まぁ、予想はしてたけどな」
雄英高校から車で約1時間半揺られて辿り着いたのが、俺たちの生まれ育った街。
だけどその場所は、俺たちの記憶とは違った場所に成り果てていた。
ギガントマキア進行の跡地、そこはよっぽどじゃないが人の住めるような場所では無いように見える。ひび割れたガラス窓が目立つ建物、無造作になぎ倒された樹木、スクラップとなった誰かの車がそこら中に置かれていた。
「私の両親はたまたま遠くに出かけてたから、そのまま雄英に避難してる。千晴のお母さんは海外に居るんだよね?」
「うん…そうだけど…」
目の前の光景に目が離せない。故郷が壊されると人はこんな気持ちになるのだと、生まれて初めての感情を覚える。それはとても言葉では言い表せないもので…。
──君と緑谷出久の為に、大勢が犠牲になると言っているんだ。
先の戦いで戦ったヴィラン──ナインの言葉が思い起こされる。大勢の犠牲…マキアが通ったことで、ここで生活をしていた人たちの命が脅かされた。俺の故郷だけじゃない、マキアによって傷つけられた人は、日本中にごまんといる。
ヴィラン連合のターゲットには俺も含まれている。連合との戦いは終わっちゃいない。次いつ奴らが仕掛けてくるかは分からない状況だ。
もし…もしもだ…。俺が雄英で皆といる時にヴィラン達が襲いかかってきたら…?確実に雄英が戦場になるうえ、今は避難してきている民間人も大勢いる…。そこにマキアでも放り込まれてみろ…そうなれば…。
「──はる!おい千晴!」
ペチンと頬をはたかれる。その衝撃で、俺はハッと我に返った。
「あ、ああ…悪い一佳…。ちょっとボーッとしてた…」
「心ここに在らずって感じだったぞ。なに?なんか考え事でもしてた?」
「ちょっとな…」
「ふ〜ん…せっかくの私とのハネムーンなのに?」
「へ?」
ん?今この子なんて言った?ハネウマライダー?
「ば〜か!どうせまたヴィランの事でも考えてたんだろ?気持ちは分かるけどさ、思い詰めててもしょうがないよ。そりゃ地元がこんなんになっちゃって私もショックだけどさ、ほら!」
一佳が指さす方へ目を向けた。街を一望できるこの場所から少し離れた場所。距離があって小さくは見えるが、あそこは確か…。
「一佳と初めて会った公園…」
「ちゃんと覚えてたんだな…。あそこは見たところ残ってそうだし、とりあえず向かってみない?テキトーに街をぶらつきながらさ」
ギュッと手を握られる。一佳のほのかな温もりが、手のひらから伝わってきた。
「行こ!」
一佳に引っ張られ、俺はその場を後にした。
○
俺の人生における、最初で最後の恋を経験したのはまだ5歳の時だった。
鬱陶しいくらいに暑い夏の日、セミの鳴き声がこだますこの公園で、俺は君に恋をした。
一目惚れだったんだ。君の顔を見た瞬間、全身に電流が走り、心を奪われ、頭の中が君1色になった。それから君のことを考えない日は無い。それ程までに恋焦がれているんだ。
「わ、懐かしい!あのすべり台まだあるぞ!」
はしゃぐ一佳を見て小さく微笑む。高校生にもなって、小さい頃によく遊んだ公園のすべり台を見てテンションを上げる。全く…B組の皆に見せたら驚くんだろうな…こんな子どもみたいに走り回る一佳を見たら…。
…なんだろうな、この気持ち。懐かしさとか愛おしさとか、色んな気持ちが溢れてきて…。
「おらああああ!!!!俺のブランコ捌きどんなもんじゃい!!!」
「あぁっ!?相変わらずやるな千晴!!」
「がはははは!!!そら、立ち漕ぎからの飛び降りじゃ!!!」
「あ!危ない!」
一佳の声が響いた時には既に遅し。ブランコの鎖の部分にアウターが挟まっていた事に気が付かずに飛び降りようとした俺は、上手い具合にブランコから離れることが出来ず鎖に引っ張られる地面に顔を擦る。
「あっははは!!なにしてんだよ、大丈夫か?」
「む゛り゛、い゛た゛い゛」
「ったくしょうがないな…ほら、よく見せて…」
駆け寄って来てくれた一佳の手に両頬を挟まれ、地面に激突した顔を見せる。じーっと俺の顔を見つめてくる一佳に、心臓がドキドキしてきた。
「うん、大した傷じゃないよ。大丈夫大丈夫」
「あ…うっす…」
トドメに頭をよしよしされた。なんだ?もしかして女神様か?女神様がご降臨なさったのか?包容力が限界突破してやがるぜ。こんなの喰らってマトモでいられる男なんていないだろ。ってかいつまで顔挟み込んでんの?
「あの…一佳さん…もう大丈夫です…」
「んー?なに照れちゃった?」
「はい、史上最高に照れております」
「素直でよろしい!ねぇ、次アレやろ!」
そう言って次に一佳が目をつけたのは鉄棒だった。これまた懐かしい物が出てきたな。昔は大きく見えた鉄棒も、高校生になった今だととても小さく見える。これが成長というものなのだろうか。
それから気が済むまで、一佳と公園で遊んだ。途中で1度昼食をとり、思い出の場所を巡っていった。ずっと使っていた小学校までの通学路。地元の中じゃ1番広いデパート。芝生の上で寝転がって昼寝をしていた河川敷。あちこちを回る度に当時の思い出が蘇ってきて、そのほとんどに一佳がいて、俺は本当に幸せな人生を歩んでいたんだと改めて思う。
好きな人と同じ思い出を分かち合えるなんて、こんなに嬉しいことは無い。
昔のことを振り返りながら一佳と歩き、疲れたら休んで、また歩く。好きな人と一緒に居られる時間はとても心地いい。これがずっと続けばいいのに。今日という日が終わらなければいいのに。時間が経つにつれその思いは強くなっていく。
「相変わらずここの夕日は映えるね〜」
気付けば夕日が俺たちを照らしていた。地元でも有名な絶景スポット。そこから見える夕日は格別だ。
「はぁ〜、やっぱりいいな〜地元は〜」
「落ち着くよな。本能が故郷を求めている気がするぜ」
「別にカッコよくないけど」
他愛ない話を続ける。小さい頃に見ていたテレビの話やら、小学校の時に噂になっていたことやら、あの時のクラスメイトが今どうしているかとか。そんなありふれた話を…。
「こっちに戻ってきた時、千晴がなに考えてたか当ててあげようか?」
ベンチに2人で腰掛けて綺麗な夕日を眺めていた時、不意に一佳がそう尋ねてきた。
「この街を見て、今度は雄英がこうなったらどうしようって思っただろ?」
得意げな表情で一佳は言った。何でもお見通しって訳か、敵わないな。
「ああ、思ったよ。だから──」
「──皆を危険な目に遭わせない為に、雄英から出ようと思った?」
…ホントに、何でもお見通しじゃないか。
「前にナイン…ヴィランから言われたんだ。これからお前のせいで沢山の人が傷つくって。それからずっと考えてたんだ。これから俺はどうしていかなきゃいけないのかって」
ヴィラン連合…AFOは俺を狙っている。正確には俺の中の美然の力をだ。アンナチュラルと恐れられた美然を、AFOは求めている。本当なら神野区で手にしていたハズの物が、今こうして己の手から離れてしまっている。それを取り返しにくるのだろう。
「俺がいるせいで皆が傷つけられたら…そんなことになったら俺は自分を許せない…。ヴィラン連合がいつ攻めてくるかも分からないし、死柄木は"サーチ"で俺の居所を掴むことも出来る。この瞬間に襲いかかってきても、何も不思議じゃないんだ」
被害の復旧に人手と時間がかかっている。ヴィラン連合の捜索に回す人材は枯渇している。先の戦いで引退してしまったヒーローも数多くいる。時間が経てば経つほど、不利になるのは俺たちヒーロー側なのは絶対だ。
「俺が奴らを引き付けなきゃ」
その悪意を俺だけに集中させる。そうでもしなきゃ敵には勝てない。
…本音を全部ぶちまけた。思いの丈は全部伝えた。これを言ってどうにかなるとは思わないけど…。
少しの間、静寂が流れた、急にこんな話をして申し訳ないと一佳には思う。何か別の話題を探さないと。そうだ!小学校の理科の実験で、カエルを爆発させた話でも──。
「変わらないね、アンタは」
俺が口を開こうとした瞬間、一佳の口から言葉が紡がれた。
「昔からそうだよ、例え相手が誰であろうと立ち向かおうとする。それが近所の悪ガキでも、圧倒的な悪者でも同じだ。いつもアンタは、自分じゃない他の誰かの為に頑張る」
ゆっくりと俺の方を見て、優しく微笑む。
「そんなアンタに、私は憧れたんだよ。ずっとずっと前から、私の原点には千晴がいる」
「原点…」
「そ、原点。私がヒーローを目指したいと思ったのも、これまでの辛い試練に耐えることが出来たのも、心の真ん中に千晴がいたからだ。辛いなぁ、苦しいなぁって思って、挫けそうになった時に思い出すんだ。千晴の顔を」
──同じだ。俺もへこたれそうになったり、心が沈んでしまった時には一佳の顔が浮かんでくる。いつも前向きで、弱音を吐かない一佳が傍にいるから、乗り越えられた事が沢山ある。一佳も同じことを思っていたんだ…。
「アンタは特別な人間なのかもしれないし、他の人よりも力がある。だからって、1人で全部を背負い込む必要なんて無いんだよ。そんなこと出来る人間は、世界中を探してもどこにも居ないんだからな」
「一佳…」
「千晴が本音を教えてくれたから、私も私の本音をアンタに伝えるよ。私はね千晴──」
「アンタとずっと一緒に生きて、一緒に死にたい」
春の匂いを含ませた風が、君の髪を揺らす。
一佳の言葉がじんわりと、心の中に染み込んでくる。
「これが私の本音…だけど…。ちょっと重たいかな…?」
「一佳…俺は…」
「そんなちゃんと受け止めなくてもいいよ!私が勝手に思ってるだけだから!」
ガバッと一佳がベンチから立ち上がる。
「さ、そろそろ迎えの車が到着する時間じゃないか?」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ行こう!少しでも遅れたら、またあのロボ毒吐いてくるぞ」
今日でもう何回目か、一佳が俺の手を引いて走り出す。
前を走る一佳の背中を見て、俺は1つの決心をした。
皆の…一佳の望む未来を守る…その為に俺は…。
○
「これ、公安の方で作らせて頂いた新しいコスチュームです」
「サンキュー黒雪。どれどれ…お、カッコイイじゃん」
黒雪から受け取ったのは、公安が俺専用に作成してくれた新コスチューム、"ステルス・スーツ"というやつだ。黒を基調としたデザインに、俺のイメージカラーであるブルーのラインが入っている。他に特筆する事といえば、フードが付いてることくらいか…。かなりシンプルな出来栄えとなっている。俺好みだ。
「コスチュームには最新の機能が付いています。ナガンさんに聞くと、海外のコスチューム会社にも作成に付き合ってもらったとか」
「マジか、金かかってんね。大事に使わなきゃ」
「ですね…」
どこが不安そうな声色だった。俺は首を傾げて黒雪に問う。
「どした?なんかあった?」
「いえ…ただ本当に良かったのかなと…」
「…自分で決めたことだから。別に後悔とかはしてないよ」
「貴方がそう言うなら…。千晴さん、私はいつでも貴方の傍にいますから。何かあればその時は何でも仰ってください!」
…優しいな、黒雪は。本当に元ヴィランだったのかと思うほどに。
「じゃ、そろそろ行ってくる」
ポンと黒雪の頭に手を置く。ゴゴゴと鈍い音がして、俺たちが乗っていた飛行機のハッチが開かれた。
眼下には灯りを失った街が広がっている。ライフラインの機能がほぼ停止しているようだ。避難所に辿り着けなかった市民は、街に残っていたコンビニやスーパーの保存食で耐え凌いでいる。明日がどっちかも分からない地域に、"ダツゴク"と呼ばれるヴィランが複数現れ、暴れ回っている。
辛い思いをしている人がそこに居る。その原因に俺が含まれている。動機はそれだけで充分だ。
『緋彗はもういない。少し前の私達に戻ったな』
「アイツがくれた力は残ってる。その想いもしっかり受け継ぐさ」
『AFOは何をしてくるか分からん。1秒たりとも油断はするな、これからはそういう戦いだ』
「言われなくても」
体内の美然との会話を済ませ、俺は最後に黒雪に手を振り飛行機から飛び降りる。
敵のプレッシャーはちゃんと感じてる。これがあれば、いつどこから敵が出てきても対処出来る。
全身にエネルギーを回し、臨戦態勢を整える。"ダツゴク"…過去にヒーロー達に敗れ、収監されていた凶悪ヴィラン。そいつらがAFOと死柄木、脳無の手によって全国に解放された。
救けなきゃ、また誰かが泣いてしまう前に。
戦うんだ、大切な皆の未来を守る為に。
大好きな人の笑顔を失わせない為に。
「──ッ!?上から何か来んぞォ!!」
4月、桜の花びらが夜の街に舞い散るこの頃。
「クソヒーローかっ!?」
俺は──。
「でっけー
雄英高校にサヨナラを告げた。