#92 これ高校中退になるじゃんよ
オッス、俺の名前は愛生千晴!
ひょんなことからヒーローを目指すことになった、普通の高校生だ!
最愛の幼馴染である拳藤一佳と、国内最高峰のヒーロー育成機関、雄英高校に入学した俺は、山あり谷あり波乱万丈な学生生活を送り、気がつくと…。
学校からオサラバしていた──!!
俺を狙っている悪の親玉から皆を守る為に、公安とズブズブな関係性を持っていた俺は、そこに転がり込む。最新鋭のコスチュームをその身に纏い、今日も悪を成敗する日々を送るのだっ!!!
「っていうテンション感でいた方が、気持ちは楽なんだけどな」
壁に寄りかかって尻もちを着き、目の前の光景にふぅと息をつく。ダツゴクの3人を同時に相手取り、無事に撃破。なかなかの強者だったけど、何とかなったな。今はそいつらを動けないようにして縛り、警察が来て回収してくれるのを待っているところだ。
ダツゴク──ヴィランの中でも特に凶悪な罪を犯した奴らの通称で、各地の刑務所に閉じ込められていた。そんな中、ヒーローとの激戦を繰り広げた死柄木や、その配下である複数の脳無達が、ダツゴク含む犯罪者を投獄していた刑務所を襲撃した。そこから外の世界に解き放たれたヴィラン達が、秩序もクソもなくなってしまった社会に跋扈してしまっている。
ヒーロー・民間人と相手を問わず暴れたい放題の現状の対処に、数多くのヒーローが追われていた。そのせいか、街の復興作業や市民の避難誘導に充てられる人材も時間も少なくなってしまっている。それによる民間人からヒーローへの不信感の募り。ヒーロー達が使い物にならないからと、デトラネットが開発した改造武器を用いて自衛の術を得た市民たちとの諍いも絶えない。はっきり言って最悪な状況だ。
加えて、AFO含む世紀の悪人たちが禁獄されていた"タルタロス"も同じく脳無によって襲撃を受けている。これにより、前にオールマイトが死に物狂いで倒したAFOも解放された。先の大戦から連なる負の連鎖は、留まることを知らない。いつどの瞬間にAFOや死柄木たちと会敵するかも分からない状況の中で、奴らの手がかりを探るべく俺は動いていた。
後手に回っちゃいけない、こちらから先手を打つ。それがヒーローの勝利条件でもあるのだ。
『千晴さん、もう少しで警察の方々が到着するみたいです』
「OK、ヴィランを引き渡したらすぐに戻るよ」
「承知いたしました、最後まで気は抜かずに」
人々に危険を与える存在…ヴィラン連合たちによって解放された悪意…。エンデヴァーやジーニストといったトップヒーローたちも、こいつらの対処に各地を飛び回っている。決して楽に勝てる相手では無いダツゴクとの戦闘と、どこにいるか検討もつかない死柄木たちの捜索。この2つを同時に行うことは骨が折れることだ。人手が足らないなんてレベルでは無い、ただただ戦況が不利だという現実が押し寄せてくる。
──それでもやらなきゃ。力を持った誰かが、1日でも早く皆が元の生活に戻れるように頑張らなきゃ。それは責務なんだ。
ダツゴクを警察に引き渡し、俺を拾いに来てくれた公安のヘリに乗り込む。中で黒雪が暖かく出迎えてくれた。ドリンクとタオルをすかさず渡してくれる。部活のマネージャーみたいだ。
「お疲れ様です、お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ黒雪。心配してくれてありがと」
「いえ…今日は3人ものダツゴクの相手でしたので…。お体に異常があれば、すぐに教えてください」
「俺は自力で治しちゃうから平気だよ。それよか、今日の戦闘データを後で送っておいて欲しいな」
言いながらステルス・スーツの胸の部分に軽く触れる。すると、まるで溶けていくかのように、纏っていたスーツが数秒も経たないうちに俺の体から消える。
「とんでもねぇ技術だなコレ。ナノテクだっけ?戦ってる時も、損傷した部位から勝手に修復されてくんだもんな」
自分の全身をぐるりと見渡してスーツが収納されたことを確認し、思わず感嘆の声を上げる。今回公安が俺の為に用意してくれたステルス・スーツだが、ナノテクノロジーが使用されている。普段展開していない時は極小サイズで俺の体の胸の部分に引っ付いており、戦闘時はそこに軽く触れると全身を覆うようにスーツが現れる仕組みになっている。これにより持ち運びがかなり楽だし、急にヴィランが現れた時でもすぐに戦闘を始められるようになった。
このスーツのトンデモ機能はそれだけに留まらない。ナノテクが使用されているので、戦闘中に敵の攻撃などでスーツが損傷した時に
公安の施設に着くまでにはもう少し時間がかかる。俺は備え付けられた椅子に腰掛け、休むことにした。次はどこでヴィランが現れるか分からない。いついかなる時でも戦えるように、休める時に休んでおかないと。
「お疲れでしたら、寝てても良いのですよ?着いたら起こして差し上げますし。それにほら、私のお膝も空いております」
パンパン!とこれ見よがしに黒雪が膝を叩いてアピールしていた。流石に他の人の目もあったので、遠慮しておくことにした。
ごめんて黒雪。頼むからそんな悲しそうな顔をしないでくれよ。
○
「おう、お疲れ」
公安の施設に戻ると、そこにはナガンが俺の戻りを待っていてくれた。ナガンも別の場所でダツゴクの対処に当たっていたが、制圧して先に戻ってきたんだろう。
「うっす、ナガンもお疲れっす」
「こっちは大したことないさ。それよりどうだ?最新スーツの使い心地は」
「最高だよ、家宝にして家に飾っときたいくらいさ」
「ハッ、この戦いが終わってからにしてくれよ?」
冗談を混じえながら施設内を歩く。今はもっぱらナガンの部下ということで、基本的な指令はナガンから受けている。職場体験の時からお世話になっているんだ、今となったら1番やりやすいプロヒーローが彼女だ。
「…それよか、本当に良かったのか?学校を離れることにして」
「皆それ聞いてくんじゃん!黒雪にも言われたよ!」
「そうなのか?でもまぁ、お前にとってもデカイ決断だったんじゃないか?」
「ん?んー、そうだな…俺割とノリと勢いで決めるタイプだから」
ヘリの中で黒雪にも聞かれたな、学校のことは。まぁ気持ちはは分かる。苦労して入った雄英を去ることにしたんだから。…ちょっと待てよ、そしたら今の俺って高校中退した扱いになってる…?まだ1年ぽっちしか通ってないのに…?やべぇ…どうしよう…このままじゃ将来平和になった時、どこの会社も採用なんてしてくれないかもしれないぞ…。ど、どうする…?今のうちに資格とか取っておいた方がいいのか…?
「なんじゃそりゃ…。クラスの子らにはなんて言って来たんだ?」
「ああ、しっかり書き置きしてきたぜ」
「へぇ、どんな?」
「ん〜…確かこんな感じの書いておいたな…」
皆さんお元気でー!!!
ごきげんYO!!!
ちはるんより
そうそう、この文章を書いた紙を寮の共有スペースのデカイ机のとこに置いといたんだった。皆を心配させる訳にはいかなかったから、軽いタッチで文面を考えてたんだ。我ながら素晴らしい判断である。これを見たら皆もそんなに重く受け止めないだろう。テキトーでいんだよこういうのは。
「…こっち来てから、皆からの連絡は?ひっきりなしに来てそうな気もするが…」
「それがダツゴクと戦ってる時にスマホがバキバキになっちゃってさ。もう捨てちゃった!なんか通知は溜まってたような記憶はあるけど」
「お前ってやつは…」
ナガンが目の前で深々とため息をついた。え?もしかしてなんか間違えてた?だとしても、もう色々と手遅れだと思うけど。
「まぁいいさ、今はこれで。また事が終わったら、ちゃんと皆に話すようにするよ。下手に繋がってるとAFOたちに何かされる可能性もあるし」
「お前が良いなら良いけど…」
この人いつも俺に呆れてんな!よっぽど俺が悪いんだろうけど!
その後ナガンと簡単にミーティング、ダツゴクがいつ現れてもいいように準備は万全にしておけと、いつものように言われる。
ナガンと別れてシャワーを浴びた後、公安の施設内に用意してもらった自室へと帰還。ベッドと小さな机が置いてあるくらいの簡素な部屋だ。
ダツゴクとの戦闘で疲労はMAX。ベッドにすぐさま飛び込みたいところだったが、そこはグッと我慢。じゃあ何をするのかと言うと、俺はノートパソコンを開いてカチャカチャとキーボードを叩き始めた。何をしてるかって?今日の戦闘データの確認だよ。
これまた支給されたスーツの機能の1つで、視界の録画機能が付いている。これにより、さっきの戦闘の録画を見直すことが出来るのだ。これで自分の戦い方の癖や弱点を確認し、次へと繋げることが出来る。ヒーローは日々成長なのだ。
今日の反省を終え、パソコンをパタンと閉じる。その後にデスクに置いてある分厚いアルバムを手に取る。何の装飾もされていない、ただの赤いアルバム。埃が被っていたようなので、軽くササッと払ってあげる。
『ここのところ毎日だな』
「うん、これだけはね」
ゆっくりとアルバムを開くと、まず出てくるのはA組の集合写真。勝己は中指を立て、焦凍はそっぽを向き、出久はぎこちなくピースをしている。これは入学して間もなく撮った学級写真だ。俺は何故か常闇クンと肩を組み合っている。
もう1ページめくると、何の変哲もない俺たちの授業風景やお昼ご飯を食堂で食べている場面の写真が現れる。日常の一コマが象られているのだ。これはそういうアルバム。
「これは体育祭、こっちは職場体験、これは…林間合宿のやつかな?」
ひとつひとつに目を凝らしながら、過去を振り返るように彼の日の情景を思い浮かべる。うん、つい昨日の事かのように覚えてるぞ。何だかんだで、皆とは色んなことをしてきたもんだ。
文化祭…インターン…B組との合同演習…。辛いこともあったけど、今では全てがいい思い出だ。
アルバムの1番最後のページには、皆の顔写真が並んでいる。まるで卒業アルバムのような構成だが、何故か雄英では毎年こういう写真を撮っておくらしい。
「上鳴…芦戸…梅雨ちゃん…尾白…うん…そうだよな…合ってるよな…」
クラスメイトの顔を見てボソボソと名前を呟いていく。大丈夫…ちゃんと言える。すぐに出てくる。顔を見たらその子との思い出が蘇ってくる。
──正確には個性の使い方を忘れる…の方かな。海馬が機能しなくなると、他の記憶も徐々に薄れていく。今まで覚えてきた英単語、電車やバスの乗り方、そして──大切な人たちとの思い出もだ。
この頃頭をよぎるのは、前に医者に言われた言葉ばかりだ。俺の個性は、発動するごとに脳に負担をかけ続けていく。個性で使うエネルギーを頭から回すからだ。個性の使用によるの脳の中の記憶領域の損傷。それが俺の個性の欠点であり、酷使し続けると今までの記憶が少しずつ無くなっていく。個性を使ってヴィランたちと戦えば戦うほど、俺の脳は確実にダメージを負っていく。
かと言って、ヴィラン相手に個性無しで戦う訳にもいかない。それで勝てる見込みなんて無いし、そもそもの部分で間違っている。じゃあ前線から退いて、安全な場所で平和な時が来るまで大人しくしてるか?いや馬鹿な、そんなこと出来る訳が無い。
『心配するな、人との記憶はそう簡単に消えはしない』
「…ありがとう、美然。そうだよな」
美然の言う通りさ。皆と過ごしたかけがえのない日々は、俺の魂心に刻み込まれている。脳がダメージを受けたからって、そう簡単に忘れられてたまるか。そんな薄っぺらい日常なんて送っちゃいないんだよこちとら。
だから…
「大丈夫…大丈夫…ちゃんと覚えてる…忘れてたまるか…」
そう、自分に言い聞かせてる…。そうでもしないと、不安に押し潰されてしまいそうになる…。