Side:オール・フォー・ワン
たった一人の若者を、大人たちがこぞって命を狙いに行くということに抵抗は無い。
それはそれは、とてつもなく大きな目的があるからだ。
あの日…神野でオールマイトに再び敗れた時だ。当初の計画では、愛生千晴に植え付けたアンナチュラルの細胞で彼女自身を目覚めさせ、そのまま体を乗っ取ってもらう予定だった。そして、そのままアンナチュラルを僕の手駒にする。
だがあろうことに、器の少年は自我を取り戻し、遂にはアンナチュラルと共闘して僕たちに牙を剥いてきた。その結果、僕も弔も憎きヒーロー達に敗北を喫してしまった。
計画の破綻は僕が最も嫌うこと。失敗をしたならば取り返さないといけない。時間はかなりかかってしまっているが、神野での損失を取り戻せる日が近くまでやってきている。
ヴィラン達の解放、そしてそれらを刺客として愛生千晴に差し向ける。力のある子だとは知っているけど、所詮はまだ高校生。休む間もなく戦い続ける日々の辛さに、ずっと耐えられる訳が無い。
初めはほんの小さな綻びでも、それを徐々に大きくしていき、果てに心を折る。彼の中に眠る力を手中に収めることが出来さえすれば、ヒーロー社会の完全崩壊をさせることも容易だ。
「その為の"削り"さ。崇高なる目的の為のね」
新たに差し向けたヴィランが、愛生千晴の心を砕く様を想像して、僕はそっとほくそ笑んだ。
Side:愛生千晴
──腹が減った。
空腹を訴えてきた体に反応し、俺はポケットからレーションをひとつ取り出す。無味無臭…もうずっと変わり映えの食事を繰り返している。
ダツゴクとの戦いは、激化の一途を辿っている。マスキュラーとの激突が皮切りになったのか、街中で暴れるヴィランや直接差し向けられてくる敵との回数も目に見えて増えていった。
強力な個性を持つヴィラン…そいつらがAFOやヴィラン連合に繋がる何かを持っていると信じて拳を交える。だが現実は思惑通りには行かず、奴らに繋がる情報を持った敵は未だ現れない。
疲労とストレスが、膿のように蓄積されていっている。もちろん投げ出す気なんて無いし、この道を選んだのは俺だ。途中から「しんどいからやっぱり辞めます」なんて言わない。
それでも──。
「皆に…一佳に会いたい…」
膝を抱いてうずくまる日が増えた。
…ダメだ、弱音なんて吐いていたら。
感情に負けちゃダメだ、自分に甘えちゃダメだ。
全面戦争で傷ついた人たちは、もっと辛く苦しかったんだから。
これ以上悲しみを増やさないように。
これ以上何も失わないように。
俺が皆の分まで。
「戦わなきゃ」
「まだこんなに若いのに、見上げた子だ」
今日も目の前に現れる、AFOからの刺客。
着物を着た黒髪のそのヴィランは、静かな声で言った。中性的で綺麗な顔たちをしているそいつは、ゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。
「悪党を追っていたつもりが、気付けばこちらの遣わす者に迫られる日々。まだ高校生だったか?学校に居れば、こんな辛い思いもしなくて済んだのに」
「…何が言いたい?」
「どうして君だけがこんな目に遭うんだろうね」
スっとヴィランの右手が前に差し出され、俺は反射的に身構える。何をしてくる…?こいつの個性は…?まずはそこからだ…こいつに何が出来て何をしてくるのか…。見極めるところから…。
「僕は君が不憫でならないよ」
「さっきからなに言って…ッ!?」
突如として襲いかかってくる酷い目眩。なんだこれ…目が回る…これがこいつの個性…?
「自分たちが褒められた存在では無いことは理解しているよ。でもね、こんな僕でも魅入られる人はいるんだよ。それがAFO、僕の王様」
「オール…フォー…ワン…!奴は今どこだ…!」
「人の事より自分の心配しなよ」
依然視界は不安定だ。なんなら徐々に悪くなってきてる。吐き気も伴ってきた。
マズイ…立ってられない…。
思わず地面に膝を着いてしまう。脂汗が出てきた。
「よく耐えるね。けど、これで終わりさ」
再び俺の方に向けられる手。何故かそこに視線が吸い込まれてしまう。向けられた手のひらを眺めていると、だんだんと意識が薄らいでいくような感覚に陥る。なんだ…このフワフワした感覚は…。
あ、落ちる──。
意識が暗闇に落とし込まれる感覚を味わう。抵抗する間もなく、俺の瞼はゆっくりと閉じた。
〇
「なんだ…ここ…?」
気付くとそこは真っ暗闇が広がっていた。見渡す限りの闇、それは自分の姿すら見えないほどだった。ただ感じるのは、いま俺が踏み締めている地面の感覚のみ。
さっきまで目の前にいたヴィランは見当たらない。いや、それは景色が真っ暗に染まっているからか。見えていないだけで、どこかにはいるのかもしれない。その居場所は検討もつかないが。
「美然…いるか…?」
相棒の名を呼ぶ声は、闇に吸い込まれて消えていく。無論、返事はない。一体どうなってるんだ…?着物を着たヴィランの手を見ていたら、こんな訳わかんねぇ状況に…。
「──ッ!?アイツは!?」
突如、俺の視界にとんでもないものが映り込んできた。真っ暗闇の中で何故それだけがハッキリと鮮明に映って見えるのか理由は分からんが、そこには奴が…。俺の探し求めているヴィラン…。
「オール・フォー・ワン…!」
すぐさま地面を蹴り駆け出そうとするが、すぐに違和感に気付く。足を動かこそうとしても、体が前に進んでいかないのだ。感覚はある…だけど、沼にハマってしまったように俺の足はその場から動こうとしない。
「宿敵を目の前にして何もしないとは…。愛生千晴、君の覚悟はその程度だったのかな?」
相変わらず嫌に耳に残る声質だな。こちらの神経を逆撫でするような口調に、虫唾が走る。
「くそッ!!なんで俺の足は動かねーんだよ!!」
「それは君の意志が弱いからさ。僕という悪を絶対に許さない、何があっても倒すという気概が足りないのさ」
「はァ!?んなことテメェが勝手に…!」
「だから──」
オール・フォー・ワンの指先に赤黒いエネルギーが集約され始める。あれは確か…"鋲突"の個性…!
「大切な人たちが死ぬのさ」
「は──?」
気付けばそこにはクラスの皆が居た。みんな傷だらけで、ボロボロで見ていられない程の怪我を負っている。満身創痍…もう動くことすら出来ない様子の皆に向かって、オール・フォー・ワンの個性が伸びていく。
「みんな!!」
声を荒らげて皆に危機を伝えようとする。だがしかし、俺の声が皆に届くよりも先に、オール・フォー・ワンの"鋲突"がクラスメイトを串刺しにしていく。
飛び散る血肉…皆が…大事なクラスの皆が…守るべき人たちが…蹂躙されていく…。高らかに笑うオール・フォー・ワンと、抵抗する間もなく肉体を切り刻まれる皆の姿が、目の前に広がる。
「あ…あァ…」
「実に愉快だね。僕は君のその顔が見たかった。絶望に染まりきった…その顔が…」
そんな…ダメだ…みんな早くここから逃げなきゃ…。じゃなきゃこのままじゃ、みんなオール・フォー・ワンに殺されてしまう…!
「や、やめろ…!」
「どうした?なぜ動かない?なぜ何もしようとしない?大事な大事なお友達の命が、僕に奪われてしまうのに!ああ可哀想に!所詮この子たちは、君のとってその程度の存在レベルだったんだろうよ!殺されそうになっても、見殺しに出来てしまう程度の関係性だったってことさ!」
「ちがう…ちがう…!」
なんで…?なんで俺の足は動かないんだ…?このままじゃ本当にみんなが…。
どれだけ呼びかけても、どれだけ指示を出しても、俺の両足は鉛のように重くなっている。
「千晴くん…なんで…?」
「──ッ!?出久ッ!!」
光を失った瞳で、出久がこちらを見ている。なんで…どうしてこんなことに…。
「千晴…お前のせいだ…」
「俺の…せい…?どういう意味だよ焦凍…?」
血を吐き出しながらこちらに這い寄ってくる焦凍が、俺を睨みつける。
「テメェがいるからこうなる…。関係ない奴らが…傷付く…!」
「か、勝己…」
勝己の体が俺の方へ飛んでくる。がっしりと胸の部分を掴まれるが、すぐに力が抜けてずるりと地面にへたりんだ。見ると、勝己の腰から下が無い。
「ハァ…ハァ…!なんで…なんでこんな…!」
一体なんなんだよ…この状況…。何がどうなって…。なんで俺は…!
「愛生」
「愛生さん」
「愛生くん」
クラスの皆が…学校の皆が次々と惨たらしく命の光を奪われていく。積み重なっていくのは死体の山。もう俺の足元は鮮血で満たされている。
──なんで俺は、ただそれを見ているだけなんだ。
「千晴…」
聞こえてきたのは、忘れもしない人の声。俺の1番大切な人、最愛の幼馴染の声だった。
「千晴…私は…」
「一佳ッ!!逃げ──!!」
一佳に向かって手を差し伸べる。今ならまだ間に合う。一佳なら救える。俺の手で、大事な子を。一佳まで失ったら、俺はもう…!
「これが苦しみさ」
ピピッと俺の顔に血飛沫が舞う。その出処は一佳だった。手を伸ばした先で、赤黒く尖った物質によって一佳の胸が貫かれているのが見える。
「一佳!!!」
俺の方へ倒れ込んで来た一佳を受け止める。その胴体からは血がどくどくと止めどなく溢れ、手で押えてもおよそ止められるものでは無いと瞬時に理解する。それでも、何とかしないといけないと気持ちだけ先行する。
「一佳!一佳!おい!なんとか言ってくれ一佳!!」
みるみる下がっていく体温。いつも見ていた綺麗な瞳も、既に生気が失われている。
「大変だよなヒーローは。どれだけ自らを犠牲にしても、守れるものなんてたかが知れている。結局は、自分の手の届く範囲の人しか守れない。ま、君の場合は手の届く範囲すら守れてないんだけど」
何も…守れていない…。俺は…何も…。
そんなことは…。俺はみんなの為に…毎日のようにヴィランと戦って…。もうたくさん奪われた…これ以上何も奪わせない為に…命を削って戦って…。
「これが現実さ。君の全身全霊を懸けた頑張りは、僕たちのほんの些細な努力で打ち砕かれてしまう」
オール・フォー・ワンだけじゃない、死柄木とナインもその背後から現れる。彼らの足元にも、人の死体が転がっていた。守らないといけないハズの人たちの、動かなくなった体が。
俺は…俺は何をしているんだろう…。ただ皆が殺されていくのを、指を咥えて見ているだけで…。
「お前がいるからこうなる。お前がいるから人々から笑顔が失われる。気付くのが遅せぇよ愛生千晴」
死柄木の言葉が重くのしかかる。俺のせい…?俺がいるから、皆が…。
「己の価値を見誤ったな。自分は特別な存在なのだと、力があるから皆を守れると、どこかで勘違いしていたのだろう。その勘違いが、子供の浅はかな考えがこの結末に辿り着かせた。紛うことなき君のせいだ」
ナインの声が響き渡る。俺のせい…。俺が、俺の存在が、みんなを危険に晒す…。
「そんな…そんなことは…」
「あるさ。だって目の前のこの景色を見てみなよ。大事な皆が無惨な姿で寝転んでいる」
腕の中の一佳を強く抱き締める。呼吸もなく動かなくなってしまった一佳が目に映る。
「仲間の死体を跨ぎながらも俺たちを追う。その道中で流れる血も仕方の無いことだと目を瞑り、犠牲を出さないつもりがより多くの犠牲と痛みを生み出している。お前が選んだのはそういうことだ」
「味方なんて作っちゃいけなかったんだ。それは弱点になるから。悪と戦うのなら、お前一人で立ち向かわなくちゃならない。そう、かつてのオールマイトのように」
もう…頭が回らない…。今のこの状況も…俺が今までしてきたことも…目の前のヴィラン達の言葉の意味も…脳が理解をすることを拒んでいる。
「は、はは…夢さ…。そうさこんなのきっと悪い夢なんだ…」
受け止められない現実が襲いかかってきた。
「目が覚めたら、きっと…」
頭が理解を否定している。
「早く…早く覚めてくれよ…!」
ギュッと目を閉じ小さく蹲る。まるで小さな子がするような格好で、俺は目の前の光景を拒んだ。
〇
ハッとなり顔を上げると、そこはさっきまで俺がいた場所だった。ヴィランと会敵した場所。
雨が降っていた。
視線の先には、地面に仰向けで横たわっている着物のヴィラン。近づくと目を見開いたまま、不気味な笑顔を貼り付けていた。確認すると、呼吸は止まっているようだ。
「夢…だったのか。本当に…」
さっきまでの光景が脳裏をかすめる。思い出したくもない、嫌なものを見せられた。思えばこいつの動作がキッカケであんなのを見る羽目になったんだ。そうなると、あの悪夢はコイツの個性…?
──考えても仕方ない。あの景色は夢だった。それだけ分かれば今はそれでいい。
それから俺は警察を呼んでヴィランを引き渡し、そのまま次のダツゴク退治へと向かった。
──お前がいるからこうなる。お前がいるから笑顔が失われる。
── 自分は特別な存在なのだと、力があるから皆を守れると、どこかで勘違いしていたのだろう。
あの夢の中で言われた言葉が、俺の中でずっと蠢いている。
異変が起きたのはその日の夜だった。
明日に備えて寝床に着く。今は公安からも離れて行動しているから、今までのようなベッドや枕なんて無い。簡易的な野宿用の寝袋で夜を過ごしている。寝つきは良い方だから、その日も戦いの疲れですぐに眠りに落ちるものだと思っていた。実際そうだった。目を閉じて数秒もしないうちに意識を手放す。
ハッとなり目を開ける。そこにはまたあの暗闇が広がっていた。思い出したくもないあの悪夢と同じ光景が。
そこに現れるヴィラン達と、俺の中の大切な人たち。体は相変わらず動かない。何も出来ない状態のまま、ヴィラン達によって皆が惨たらしく蹂躙されていく。
体は動かない。
不愉快なヴィラン達の笑い声、泣き叫び逃げ惑う俺の大切な人たち。あの悪夢が延々と繰り返される。
体は動かない。
やめてくれと声を出そうにも、俺の喉から音は出ない。抵抗する力も、制止の声すらも上げられない。ただただ、皆が傷付けられていく様を見せつけられていく。
体は動かない。
その惨状は、俺が目を現実世界で目を覚ますまで続けられる。俺が意識を手放す度に、俺の脳内で繰り広げられてしまう。何度も、何度も。クラスメイトが、出久が、焦凍が、勝己が。そして一佳が殺されていく。
何度も…何度も…何度も…何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
それでも、俺の体は動かない。
俺は眠ることをやめた──。
「ねぇ聞いた?最近色んなところに現れる人のこと」
「たった一人でヴィラン達と戦ってくれてるんだよね?」
「うん…でも戦い方が結構えげつないらしいの…半殺しっていうの?」
「ギリ死なない程度まで、敵を追い詰めてるんだってさ」
「助けてくれてるのは分かるんだけど、そんなの目の前で見せられちゃねぇ」
「チラッと顔を見たことあるけど、なんか凄かったよ。ホントに生きてんの?って感じ。死んだような目してた」
いつかどこかの誰かに言われた。
俺の個性は使いすぎると脳の記憶を司る支障をきたして、そのうち個性が使えなくなってしまうと。
そして個性と一緒に、今まで積み重ねてきた思い出も失われていくと。
見て、感じて、触れてきた経験すらも、少しずつ削られていく。
それでも、この道から逃げることは出来ない。
たとえ、何の為に力を振るうのかを忘れてしまったとしても。