Side:緑谷出久
千晴くんが雄英高校を出ていった。しかも、変な置き手紙を残して。
皆さんお元気でー!!!
ごきげんYO!!!
ちはるんより
僕は正直目を疑った。手紙を書くにしろ、もう少し書き方というものがあるだろと。休学なのか退学なのかどういう話を学校側としているかは知らないけど、今まで仲良く過ごしてきた僕らに向けて書く内容としては…。
「なんつーか、薄いな」
轟くんの言う通りだ。
「アイツん顔浮かんできてむかっ腹立ってきたわ」
かっちゃんの言うこと、めっちゃ分かる。
しかもこの手紙、無駄に達筆なんだ。プロが書いたの?って思うほど綺麗な字で書かれてる。しかも筆。これをクラス全員分だ。多分乾かすのにけっこう時間かかってんだろうな。
「オ、オイ!おいらのやつに妙な斑点がついてるぞ!これ愛生からの何かしらのメッセージなんじゃねぇのか!?」
「マジか峰田!解読進めろ!」
いや、ただ筆から墨汁が垂れただけだと思うよ。付ける量間違えちゃったんだろうな。あとなんだこの右下にある捺印は。無駄に精巧なんだけど。およそ高校生が持っているような印鑑じゃないのは確かだ。
「そういや手紙と一緒にこんなん入っとったよ」
そう言いながらブツを見せてきたのは麗日さん。彼女は皆に見えるように手の中の物を高く掲げた。なんだこれ…?いも…?
「よく見ろ!断面に字が彫ってある!」
「この字体…画数…間違いない!あいつ芋はんこ使ってやがる!」
なかなか渋いな、千晴くん。今日日みないぞ、芋ではんこ作ってるやつ。
何はともあれ、愛生くんが雄英を出た。その理由は恐らく──。
「狙われてんだろ、オール・フォー・ワン共に」
「だからここを出たってか?」
「しか考えられねぇだろ」
かっちゃんの考えでほぼ決まりだと思う。千晴くんは少し前に病院で言っていた。自分も狙われる側の人間だと。だから思ったんだ、このまま皆と一緒にいたら、今度こそクラスの子も危険に晒すことになってしまうと。だから学校を去った。僕らを悪の手から守るために。
たった一人で。
「ムカつくな、普通に」
「かっちゃん…」
「まァ要するに俺たちはアイツにとって庇護の対象。守ってやらねぇとって思われてんだよな」
轟くんが手紙をぐしゃりと握りつぶす。その瞳には怒りが見えた。不服なんだろう…気持ちはよく分かる。僕だって同じ気持ちだ。立場的には僕と愛生くんは同じなんだ。僕はワンフォーオールの継承者として、彼も特別な力を持った者として、オール・フォー・ワンに付け狙われる存在。
それなのに、なぜ愛生くんは僕を置いていったのだろうか。僕を危険な目にあわせないようにするため?だとしたら相当低く見積もられたものだ。立場は同じようなものなのに。
「おい轟、エンデヴァーとかその辺のプロと行動してねーんか。あのアホは」
「どうだろうな…特に聞いてはしてねーが…。もし居たとしても教えてくれんのかも怪しい」
「流石に大人の協力が無いと、たった1人で動くってことは考えづらいと思うよ…。千晴くんと関わりの深い大人といえば…」
「レディ・ナガン…公安のトコにインターンとか行ってたな」
そこだ…と言わんばかりに僕らは目を合わせる。千晴くんは体育祭後の職場体験、そしてインターン活動の際にはレディ・ナガンの元へ赴いていた。公安直属のヒーローである彼女と、行動を共にしていても何もおかしくは無い。
「公安の連絡先は?」
「調べたら1発だンなもん」
「善は急げだ…!」
──僕らの考えは一致している。1人で危険な道を進んで行ってしまった、大切な友達の後を追う。
愛生くん…君を1人になんてさせないよ…。
辛く苦しい道を進む君を…。皆の為に険しい道を歩んでいる君が折れそうになった時、隣で支えてあげられるのが友達なんだから。
〇
Side:レディ・ナガン
「何度言ったら分かるんだ…!」
まるで聞き分けの悪い子を叱りつけるような口調で、私は電話口の相手に言葉を発した。近くにいる姫乃が不安そうな表情で、私の方を見る。それを見て、私は小さく息を吐いて少し気分を落ち着かせた。
「つべこべ言わずに、1度私たちの所へ戻って来い。元々そういう話だったハズだろ?」
『こっちも同じことを言いたいんだけど、俺が公安に戻って何するの?』
…電話口の相手は愛生だ。スマホの向こうの彼は、飄々と言ってのける。少し前から、同じようなやり取りを繰り返しているのだ。
愛生に単独行動が増えた。ある時を境に、パッタリと公安の施設に戻って来なくなったのだ。居場所は分かるし電話も繋がってはいたが、愛生はもう長いこと出ずっぱり。淡々とダツゴクの捕獲報告が日夜問わず送られてくる。
「"何もしない"んだ。確かにお前が居てめちゃくちゃ助かってるが、もうずっと動き続けてるだろう?体に限界が来てるハズだから休めと言ってるんだ」
『別に限界なんて来てないよ、ナガン。ご飯も食べてるし、休息も取ってる』
「…ちゃんと寝てるのか?」
『………』
その質問に対しての返答は来なかった。公安で愛生の動きは把握出来ているが、今の奴の動き方は明らかに異常だ。常に国内を飛び回り、ダツゴク達と戦闘。少し止まったかと思えば30分もしない内にまた動き始める。この繰り返し。だから例え真夜中や明け方でも構わず、ダツゴクとの戦闘報告が入ってくる。どこをどう切り取っても、コイツのスケジュールに休みなんてモノは入っていない。
「いいか愛生、お前はまだ子どもだ。確かに力は持ってるし、私達もお前を頼りにしている。けどな、お前がその身を削る必要は無いんだ」
言ってて自分の不甲斐なさを呪う。何で愛生がこうまでして戦いに赴き続けるのか。それは私たちに力が足りていないからだ。以前のヴィランとの抗争で、多くのプロヒーローたちが前線を退いてしまった。それもあり、ヒーローの数が少なくっている。それゆえ、一人一人に対しての負担がどうしても大きくなってしまっているのだ。そして、その負担やしわ寄せを一身に引き受けているのが愛生…。
たった1人の高校生に背負わすには大きすぎる重圧が、愛生にはのしかかっている。
『この状況は俺が招いたことでもあるんだ。だから俺が1番働かなきゃいけない。1日でも早く皆が安心できるように…また前みたいな生活を送れるようにしてあげなきゃ』
「それなら尚更だろ。動きっぱじゃ効率が悪い」
『俺の足跡見れるよね?今この動き方がベストだ。その為に寝なくても動けるようにしたんだ』
「ぶっ壊れちまうぞ、そんな考え方してたら」
「…もうとっくに壊れてる」
ツーツーと通話が切れた音がする。スマホを机に置いて、深くため息をついた。最近はため息をつくことが本当に増えたような気がする。
「ナガンさん、千晴さんは…」
心配そうな顔で姫乃が聞いてきた。それに対し私は、小さく首を振ることしか出来ない。
「本当に情けない…。高校生の子どもに言うことを聞かすことも出来ないのか、私は…」
そんな事をボヤいても、何も変わらないと言うのに…。もっと細かく接点を取っていれば…こんな状況だからこそ、支え合わなければならないというのに…。自身の忙しさを言い訳にして、アイツなら大丈夫だろうと勝手に判断をしてしまっていたのが間違いだったのだ。
いや、そもそも雄英を去ることを止めるべきだったのかもしれない…。周りに大人ではなく、苦楽を共にした仲間たちが居たらこんなことにはならなかったのかも…。
タラレバを言い出したらキリがない。とりあえず何とかして、愛生と直接話の場を作らなければ。このまま放置を続けてみろ、あの子は本当に戻れないところまで行ってしまうかもしれない。それだけは…せめてそれだけは避けさせてあげなくては…。
まだあの子にはキラキラと輝く未来があるのだから──。
その光を失わせる訳にはいかない──。
「姫乃、着いてきてくれるか?」
「勿論です。そのお言葉を待っておりました」
その反応にそっと微笑む。姫乃も私と気持ちは同じだ。それに加えて、この子は愛生に特別な感情を抱いている。本当なら今すぐにでも飛び出していきたいハズだ。
「ヘリの用意などは既に済ませてあります」
「流石だな…。よし、ちょっくら家出少年にゲンコツかましに行くぞ」
会って話をしなければならない。あの子の不安や、感じているモノを受け入れてあげなければならない。
私は姫乃と共に、公安施設を後にした。
〇
人生を90年だと仮定して、人の生涯睡眠時間は役788400時間らしい。
俺はまだ16歳だからその時間を掛けていくのはこれからになるけど、その数字を聞いて少しゾッとした。それだけの時間があれば、他に何でも出来ることがあるだろうと思った。
だからまず、自分の体を睡眠が要らないようにした。かと言って別に特別な事は何もしていない。要は頭に休みを与えれば良いだけなんだ。
疲労が蓄積して機能が鈍った部位を破壊。それを瞬時に"反転"で再生。これにより俺の体は疲れ知らずで半永久的に活動が可能。破壊まではいかなくても修復のみで何とかなる場合もある。だけど連戦続きだったり、強敵相手で脳の疲労がピークに達した時は躊躇いなく新品に作り替える。
…何てかっこいいこと言ってても、その実眠れなくなってしまった体に無理やりな対策を打っただけ。俺の体は以前、眠ろうとしたら悪夢を見るようになっている。まるで呪いのように、あの日受けた敵の攻撃がこびり付いている。
活動時間が増えたことにより、自然とダツゴクと戦う頻度も増える。ダツゴクだけじゃない、デトラネットの改造武器を手に取って増長した市民やチンピラの相手も並行して行っていた。小さな諍いに巻き込まれた市民の救助も同時に。
「もう大丈夫。悪いヤツは倒したから」
「ひっ…!あ…いえ…!あ、ありがとう…ございます…」
返り血を浴びることが増えたからか、畏怖の目で見られることもあった。
敵の倒し方に方法を用いなくなった自覚はある。ヤツらは敵で、何の罪のない人々を恐怖に陥れる。そんなヤツらに手加減をする必要は無い。完膚無きまでに叩き潰す。もう二度と悪事を働こうなんて思わせないように。ヴィランとなったことを後悔させるほどに。
「もう少し…ヒーローらしい戦い方は…出来ないのでしょうか…」
ある時1人の警官にそんな事を言われた。その時は言葉の意味が理解出来ず何の返答も出来なかったが、今なら分かる。もう少し人々を安心させられるような戦い方をしろと、あの時あの人はそう言いたかったんだろう。そんな甘いことを言っていられる場合じゃないというのに。
ヴィランは倒す。市民は助ける。全部やるんだ、全部。全てをやり遂げないと、昔のような平和な日常は戻ってこない。
だから──。
「も、もうやめてくれッ!!もう悪い事しないからッ!!」
「てゆーか個性何個も使ってない?噂の脳無ってヤツなんじゃないの?」
「し…死ぬ…!おまえ…ヒーローの癖に…」
「見た感じまだ子どもだよな?表情1つ変えずにヴィランを追い詰めてたけど…人の心とか持ってんのか?」
俺は──。
「流石にやりすぎ…じゃない…?」
「あいつダツゴクじゃなくって、魔が差してちょっと人の物を盗ろうとしただけだろ?このご時世、気持ちはわからんでもないのがな…」
「下手なことしたら、今度は俺たちがやられるかもな。あのヒーロー気取りに」
「てかどこからともなく飛んでくるの怖すぎ」
例えどんな言葉を投げかけられようと──。
「何かあの子が敵を呼び寄せてるらしいよ」
「じゃあ何か?俺たちがこんな目に遭ったのはアイツのせい?」
「大迷惑なんですけど」
例えどんな事をされようと──。
「どっか行け!疫病神!」
「お前が居る所にヴィランがやって来るんだよ!」
「ホークス呼べホークス!」
戦い続ける──。
「なんかもう疲れたな…」
罵詈雑言、誹謗中傷、果てには物を投げつけられる。最近市民の皆様がやけに厳しい。ダツゴクから助けても感謝なんてされず、むしろ白い目で見られるようになってきた。
自分のスマホの動画サイトで見たんだけど、メディアがAFOや脳無について取り上げていた。そしてヤツらの狙いが雄英生の誰か、というところまで掴んでいるようだった。
今日も今日とて悪意を感じた場所に駆けつけ、悪いヤツと戦う。街や人を襲うヤツの相手はもう慣れた。何も考えず、ただひたすら力を振るうだけ。それだけで大抵の敵は戦闘不能に出来る。
ヴィラン連合に繋がる道はまだ見つからない。相変わらず夜は寝ていない。一生眠れない体になるのかと思いもしたが、それもそれでいい。活動時間が増えるのは良いことだろう。
でも、それでも。俺が動けば動くほど。人々の不満や怒りは溜まっていく。抑圧されたストレスやヘイトが、俺に向けて吐き出される。今まで守ってきた人たちに悪意を差し向けられる。そんな日々が続いた。
何の為にこんなことをしているんだろう…?
頭によぎったその考えを振り払うように、戦いを続ける。駄目だ、そんなこと考えちゃ。それは違う、間違っている。今は皆、辛い生活を送っているから感傷的になっているだけだ。平和な暮らしさえ戻れば、またいつもみたいに…。
命を削って守っている人達から、何でこんな仕打ちを受けないといけないのだろう…。
違う、駄目だ。本当は皆そんなこと思っちゃいない。睡眠が取れていなくて、精神的に不安定になっているだけだ。だからそんな考えが頭をよぎるんだ。
なんで…。
「お前なんてお呼びじゃねぇ!」
どうして…。
「お前が敵のターゲットなんだろう!?」
どこで…。
「お前のせいでこうなった!!」
間違えた…?
「責任を取れ!!俺たちにこんな生活をさせやがって!!」
ごめんなさい…。
「お前らさえ失敗しなければ!!」
ごめんなさい…。
「何で俺たちがしわ寄せを受けなくちゃならない!?」
もう…耐えられない…。
それからあまり人に近付かないようにした。
ヴィランを倒す時も一瞬、誰か人目につく前に制圧する。
みんな俺のことが嫌いなんだ。
だったらもう、これ以上みんなを刺激するようなことはしない方がいい。
やることは変わらないんだ、ただひっそりと、粛々と。
みんなが無事ならそれでいい。
迷子の手を引いてやった。
まだ小学校低学年くらいの幼い子だった。
食べ物を探して外に出たら、自分がどこから来たか分からなくなってしまったらしい。
近くの避難所を調べてそこまで連れて行ってあげた。
俺が近づくと皆は嫌がるから、少し離れた所からその子が無事に避難所に受け入れられたところを眺めていた。
これで安心だと思って、何も言わずにその場を後にした。
街の避難所で巨大な爆発が起きた。
周りの建物が全焼するほどの、大規模な爆発だった。
爆発源になるような物は近くには無かったそうだ。
死者数名、重傷者多数、安全で無防備な避難所で起きた凄惨な事故。
警察の調べによって、爆発源が特定された。
それは1人の幼子の体内に仕掛けられた爆弾だった。
現場に残された痕跡から身元は特定された。
俺が避難所に連れて行った子どもだった。
『お前がいるからこうなる。お前がいるから笑顔が失われる』
俺の心はとっくに砕けていた。