君が好きだと叫びたい!   作:みかんフレーク

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#96 挫折

 自分じゃない誰かの為に身を削ることが、ヒーローの条件だと思っていた。

 

 自己犠牲の精神こそが、現代のヒーローの本質なのだと。力を持っている人が弱い人達の盾になる。悪の手から皆を守る、命を賭して。そうして得られる代価を糧に血を流す。

 

『皆の笑顔が見たい』

 

『人の笑ってる顔が好きだ』

 

『辛い思いをしてきた人に、明るい未来を示せる人間になりたい』

 

 ガキの頃からこびりついているかっこいいセリフを。

 

 俺はもう信じられなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボロボロになった建物の中で休息を取ることが増えた。正直雨風さえ防げたらそれでいい。それだけで今の俺にとったら高級ホテルみたいなものだから。

 

 目を閉じていても眠ることは無い。眠ると悪夢が始まるから。無意識のうちに体が睡眠をとることを否定するようになった。慣れというのは怖いもので、眠らなくても活動出来るように適応しているようだった。

 

 かと言って脳の疲労は溜まっていく一方だから、そうなったら"反転"で治癒するようにしている。これで半永久的に体を動かせるようになったのは良いが、たまにはゆっくりしたいなと思う時もある。そんな悠長なこと言ってる場合じゃないのも知っているが、時折から体からフッと力が抜ける場面が増えてきたんだ。

 

「愛生千晴だな?」

 

 どこからともなく俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。その声に目を開くことなく返事をする。

 

「お前らの方から寄ってくることもあるんだな。こっちの目的をご存知で?」

 

「ああ、きっと我々と同じさ。互いが互いを狙っている」

 

 瞬間、倒壊する建物。

 ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の中を、俺はヴィランの顔面を掴みながらくぐり抜ける。

 ゼロ距離で衝撃波を撃ち出し、地面に叩きつけた。

 

「容赦の無い…ガハッ!」

 

「する必要ないからな」

 

 地面に激突したヴィランの土手っ腹を、追撃とばかりに全体重を乗せ踏みつける。飛び散った血飛沫が少しだけ顔にかかった。

 

「お前のことは知ってるぞ、ヴィラン名"トゥース・ガム"。若い女の人ばかりをつけ狙い、誘拐して監禁。拷問するように歯を1本ずつ抜いて泣き叫ぶ姿を楽しむクズ野郎。オール・フォー・ワンに下ったか、目的は俺だろう」

 

「しっかりお勉強してるじゃないグハッ!!」

 

 トゥース・ガムが口を開いた瞬間に顔面を蹴飛ばす。潰れて曲がった鼻から血が流れていた。

 

「俺がオール・フォー・ワンの居場所を探してるってことを知ってて近付いてきたんだよな?奴からの刺客を、みすみす警察なんかに引き渡すなんてことはしない。貴重な情報源なんだ」

 

 案外オール・フォー・ワンの居場所を知っているダツゴクは少ない。今まで何度も刺客と戦ってきたが、奴の居る所を知っているダツゴクは今のところいなかった。けど、いつかは情報を持ってるダツゴクと出会うはずだ。

 

「…どうする気だ?」

 

「今からお前の命を削る。ちょっとずつ、丁寧に。お前が情報を吐くまで続ける」

 

 俺の言葉にトゥース・ガムが鼻を鳴らした。

 

「命を削る?なんだそれは?一体何をする気で──」

 

 開かれた口を右手で掴む。そうして顎を動かせないように固定し、左手を伸ばした。

 

「まずは仕返しで、お前の歯を順番に抜いていく。今までお前が苦しめた人たちの痛みを、お前自身が味わうんだ。歯が無くなったら次は骨だ。全身の骨を砕いていく」

 

「…正気か?ヒーローがそんなことしていいわけ…ぐぎゃぁ!!」

 

 ブチィと生々しい音がした。分かっていないようだからとりあえず1本、取りやすかった前歯から引っこ抜いてやる。

 

「ハァ…ハァ…!おい、歯医者はもうちょっと慎重にやるんだぞ…」

 

「余裕ぶっこいてんな。じゃあ次は2本同時にいこうか」

 

「ぎゃあっ…!!」

 

 それから俺は、目の前の悪人から声が出なくなるまでその体を痛めつけた。

 

 こんなことをしても、何も変わらないというのに。

 

 人の体を傷つける度に、自分の心に鉛のような重い感覚が広がっていくようで。

 

 自分でも何がしたいのか分からなくなっていった。

 

 俺が目指したヒーローってのは、どんなものだったのか。

 

 それすら今は、思い出すことも出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前、美然から昔話を聞いたことがある。

 

 彼女がアンナチュラルと呼ばれていた時のことだ。

 

 その圧倒的な強さから、人の持てる力を超えたバケモノだと揶揄されていたらしい。

 

 余りにも不自然すぎる力を持っていたことから、アンナチュラルと呼ばれるようになったようだ。

 

 ──なんて桁違いなパワーだよ。

 

 ──異常だ、あの個性は。

 

 ──まだ高校生なんだって…おかしいよ…。

 

 現代の不自然(アンナチュラル)。気付けば俺も、そう呼ばれるようになっていた。

 

 ただひたすらに圧倒的で理不尽な力を振るい続ける。

 

 誰かの為なんて大義は要らない。

 

 余計なことは考えなくていい。

 

 もう疲れたんだ、色々考えながら生きるのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように硬い床を下にして寝転がる。眠ることなんて出来ないのに、眠るふりをするだけでも幾分かマシだったんだ。

 

 体が悲鳴をあげている。心にヒビが入ってバラバラに崩れていく。限界なんてとっくに超えていた。

 

 それでも、頭の中に響くのは助けを求める人たちの声。それが続く限り、休むことなんて許されない。泣き言は吐いていられない。みんな辛いんだ、みんな苦しんでるんだ、俺だけが不幸じゃない。

 

 こんな世界を招いたのは誰だ?死柄木が、オール・フォー・ワンが、ナインが。野放しになっているのは誰のせいだ?力を持った誰かがやらないと。休んでる時間が勿体無いだろ。

 

「行かないと…」

 

 誰かが困ってる…。思い起こされるのはいつも、名前も知らない他人の事ばかり。その心が残っているだけでも少しだけ安心できる。まだ俺は、他人を思いやることができるんだと。

 

「助けないと…」

 

 震える体に力を入れる。だけど何かがおかしい。体に力が入らない。まるで抜け殻になってしまったかのように、全身に力が行き渡らない。

 

「ああ…ダメだ…こんなところで…」

 

 頭では分かっている…早く人助けにいかないと…。でも、頭では分かっていても体がついてこない…。

 

「誰か…誰か…」

 

 たすけて…。

 

 その言葉が口から出そうになってハッとする。なんで俺がその言葉を発するのか。そんなこと言える権利などないはずなのに。

 

「立て…立て…動けよ…ちくしょう…!」

 

 ズルズルと地面をはいずるムカデのように、俺は体を引きずる。みっともないだろう、情けないだろう。これが今の俺の姿なんだ。血でまみれても、泥を被ってでも、行かなきゃならない。助けを求める人の元へ。

 

 助けに行って?それでどうする?また酷いことを言われる?そんな奴らの為に命をかける必要はあるのか?

 

 ──ダメだ、そんなことを考えては。負の感情に押し負けるな。今は体が弱っているから、ネガティブなことを考えているだけに過ぎない。しっかり休んで心も体も落ち着けば、こんな思考にはならない…。

 

 ──そんな時が、いつ来るのか。

 

 終わらない戦いの日々、すり減っていく心。頼るものなど何も無い今の状況下で、俺の心と体が休まる時など来るのだろうか。

 

「あ…ダメなやつだ…コレ…」

 

 ギリギリのところで保たれていた心が、精神が、ポキリと折れる音がした。

 

 ヒーローが辛い時、誰が助けてくれるのか。

 

 答えはこうだ、誰も助けてくれない。

 

 痛くても、辛くても、、苦しくても戦い続けるのがヒーロー。それが出来る者にしか、ヒーローは務まらない。

 

 俺にはそんな立派なこと出来ないと、心底理解してしまった。

 

 もう…戦う理由なんてない…どこにも…。

 

 このまま何もしなければ…ヴィランとの戦いは終わるだろうか…。

 

 俺じゃない誰かが終わらせてくれるだろうか…。

 

「ごめん…みんな…俺疲れたよ…」

 

 俺の体は動くのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに頑張らなくても良いのですよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと耳に入るその言葉に、ゆっくりと目を開く。

 

 コツコツと足音が聞こえてきて、俺の傍に寄る。

 

「貴方はもう、充分過ぎるほど戦ったのですから…。だからもう、休んでいいんですよ…」

 

 聞き覚えのある声だ。気品があって、包み込まれるような声。そっと身を預けてしまいたくなるような、優しさに満ち溢れた声色。

 

「今までずっと1人にしてしまい申し訳ございません。千晴さん」

 

「くろ…ゆき…」

 

 細くて柔らかな指が俺の頭に触れ、優しく抱き抱える。

 

「もう大丈夫ですわ、私が傍に居ますから」

 

 暖かい…人の温もり…。

 

 久々に覚えるその感覚に安心感を覚える。

 

 優しく微笑む黒雪が、俺の視界に映っていた。

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