君が好きだと叫びたい!   作:みかんフレーク

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#97 慰藉

 ──そんなに頑張らなくて良いのですよ。

 

 黒雪の言葉が頭の中に響き渡る。

 

 頑張らなくていい…?頑張らなくていいってなんだ…?そんな選択肢…今の俺には到底選ぶことなど出来ない…。

 

「こんなに傷だらけになって…。私たちの為に戦い続けてくれたんですよね、ずっと…」

 

 ゆっくりと、優しく、黒雪に頭を撫でられる。まるで子どもをあやす母親のように。

 

「なんでここに…?」

 

 黒雪の腕に抱かれながら、俺は静かに問う。

 

「前にお渡ししたステルス・スーツ。あちらには、千晴さんの場所を特定出来るようにする為の発信機が付いておりますの」

 

「そんな機能が…。さすが海外製だな…」

 

「ええ…。それでも、貴方の元に駆けつけるのにこんなにも時間がかかってしまった。それだけ千晴さんを1人にしてしまった」

 

 黒雪の腕にギュッと力が入る。そこから彼女の感情が読み取れるようだった。

 

 気持ちはありがたい。黒雪や公安の皆が俺を心配してくれていることは分かる。そんな優しい人たちを不幸な目にあわせちゃ絶対にいけない。

 

「少し話をしましょう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「声が聞こえるんだ」

 

 夜、千晴さんを見つけた廃ホテルの一室の少し大きめなベッドに、私たちは並んで座っていた。

 

 月の明かりだけで照らされたその部屋で、私は千晴さんの横顔を眺める。

 

「助けを求める人たちの声が。苦しみや悲しみの感情が俺の中に流れ込んできて、いてもたってもいられなくなる。皆が1日でも早く元の生活に戻れるようにって」

 

「繰り返される戦いの日々は辛いよ。皆が憧れたヒーローってのはこういうものなんだと、変に現実を知った気にもなった。他人の負の感情が否応無く流れ込んでくるからさ、精神がおかしくなっていくことにも納得がいった」

 

「何度も投げ出しかけたよ。何で俺が、俺ばっかりが辛い経験をしなくちゃいけないんだって。でも俺には力がある。自分には出来る力があるのに、何もしなかったら。それで何か悪いことが起きたら、それは自分のせいだって思う」

 

「何度も言い聞かせた…。大丈夫だ…いつか終わる…こんな辛い生活も…皆が苦しまなきゃいけない日々も…いつか終わるんだって…。でもそんな生活が来る前に…俺の方が先に限界を迎えちゃった…」

 

「…まだ、吐き出したい想いがあるのでしょう?」

 

 千晴さんが俯く。今の私に出来ることは、ただ待つことだけ。この人が抱えているものを受け止める準備出来ているのだから。後は、千晴さんの中でせき止められているものを…。

 

「私には見せてください、貴方の弱いところを。辛い感情をずっと持っていていても、ただ自分が苦しくなるだけですから」

 

 千晴さんがゆっくり私の方へ顔を向けてくれる。目の下の酷いくまと、やつれてしまった顔が痛々しい。以前までの輝くような笑顔が、今は感じ取れない。こんなになるまで皆様の為に…。

 

「情けないな…女の子相手に…。それに俺はヒーローなのに…」

 

「貴方はヒーローである以前に、愛生千晴という1人の人間なんですよ」

 

 再び俯く千晴さん。その体が小刻みに震え始め、頬からは涙が流れ始めた。

 

「…辛かった。苦しかったんだよ…ずっと…!けどこれは俺が選んだ道だ…!俺が背負わなきゃいけなかったんだ!それでも…皆に会えないのは…戦ってばかりの日々は…辛いし…寂しいよ…!」

 

 せき止められていた想いが溢れる。今まで胸の中にしまい込んでいた千晴さんの想いが、ダムの決壊のように吐露される。涙を流しながら本音を晒す彼を見ていると、心が痛むのと同時に自分を恨んでしまう。どうしてもっと早く、千晴さんの傍に来てあげられなかったのかと。

 

 なにが公安だ、なにが支援するだ。自分の不甲斐なさに思わず唇を噛み締める。

 

 …目の前の人は困っている。私が思いを寄せる人が、目の前で小さく蹲っている。そんな状況で、今の私に出来ることは…。

 

「…黒雪?」

 

 自然と体は千晴さんを抱きしめていた。腕の中で千晴さんの頭が小さく動くのを感じる。非情な現実に打ちのめされ、傷を負ってしまった千晴さんの心と体を癒す。今抱えている苦しみを少しでも減らせるように。

 

「今まで沢山の事を貴方に押し付けてしまっておりました。貴方はとても優しい方です。だからこそ、他人の想いもその身に落とし込んでしまう」

 

 優しく…赤子を抱きしめるかのように…。ゆっくりと千晴さんの頭を撫でる。

 

「人は弱くて、不完全なものです。この国の人たちの弱さが、千晴さん1人に集中してしまっております。けどそれは、貴方がたった1人で背負うべきものではないのです。託してください、貴方以外の人たちに」

 

「託す…?」

 

「はい…。1人で何でも出来る人なんていません。だから託すんです。託されて歩き続けるんです。その道が辛い時は立ち止まってください」

 

 千晴さんの瞳が私を貫く。向けられた表情に対して、私は笑顔という回答を示した。

 

「私が傍に居ます。もう離れたりしません。貴方を1人にしないと、ここに誓います」

 

 それが私の心。千晴さんは私の人生に彩りを与えてくれた。それが私の中で、どれだけ大きな財産になっていることか。この人のおかげで、私は豊かに生きることが出来ている。

 

「だからもう…1人で悩まないで…」

 

 夜、月明かりが照らすホテルの1室で2人きり。

 

「私の想いが貴方を守ります」

 

 目の前の傷ついた想い人と、そっと唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚く程ぐっすりとよく眠れた。

 

 いつからだろうか、ダツゴクの個性で眠ろうとすると悪夢を見ることになるから、俺は眠ることをやめた。もう一生寝ることは出来ないのかと思っていたが、その日は久し振りに睡眠をとることが出来たんだ。

 

「朝か…」

 

 朝の日差しが室内を照らす。眩しい…天気が良い日だ。それもあってか、どこか心はスッキリとしていた。

 

 右手に感触があり、そっと見やる。俺の右手をギュッと握りしめているのは黒雪だ。握り締めながら、スヤスヤと小さな寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。起こすのも申し訳ないので寝かしたままそっとベッドから降りようとしたが、覚醒が近かったのか小さな揺れに反応した黒雪は閉じられた瞼をそっと開けた。

 

「おはよう黒雪。めちゃくちゃ良い天気だぞ」

 

「ふぁ…おひゃようございます…。朝日が気持ち良いですね…」

 

 空いた手で目を擦りながら、黒雪は小さくあくびをした。その間も俺の手は握られたままだった。人の体温…温もりを感じながら眠ったのはいつぶりだろうか。

 

「よく眠れましたか?」

 

「ああ、それがビックリするくらいしっかり眠れたんだ。こんなの久々だよ」

 

「ふふ、良かったですわ。やっぱり私が傍に居たからですか?」

 

「はは、かもな…」

 

 冗談交じりな黒雪に思わず苦笑。だけどそれも要因の1つだと思う。誰かが傍に居るという安心感は何ものにも代え難い。誰かの体温を近くに感じることで心が安堵したんだろう。

 

「それじゃあそろそろ服を着ないと」

 

「ぶっ!?」

 

 言いながらベッドのシーツから這い出でる黒雪。その姿に俺は思わず息を吹き出した。その理由は今の黒雪の…いや俺たちの格好にある。

 

 一糸まとわぬ姿で、俺たちは一晩を明かしたのだった。

 

「ゆうべはお楽しみでしたね」

 

 下着を付けながらニコニコする黒雪。どこかで聞いたことのあるようなセリフを聞きながら、俺も服を着ることにする。

 

「…返す言葉が思いつかない」

 

「ふふふ、お相手ならいつでも。千晴さんになら私の全てを捧げることが出来ますわ」

 

「そ、そっか…」

 

 本気なのか冗談なのか…。いまいち掴めない女子だ…。

 

「それで…これから千晴さんはどうされるおつもりですか?」

 

 普段着に着替えた黒雪の質問に、俺は少しだけ思考する。

 

 今までは何でもかんでも1人でやろうとして、それで心が壊れてしまった。その心と体を黒雪が癒してくれた。そんな状況で、また同じようにたった1人で戦いに行くのか…?いや、そんなんじゃ黒雪に申し訳が立たない。こんな俺の為に色々と気遣ってくれたんだ。また同じようなことを繰り返す理由は無いハズだ。

 

「俺は…皆に会いたい…。雄英に戻って、皆の顔が見たいよ…」

 

 これが俺の本心なのだろう。1人の苦しみは痛いほど理解した。皆を巻き込むまいと遠ざけたりしたけど、結局それもただのひとりよがりだった。1人で出来ることには限界がある。至らないものを補うには他人が必要なんだ。それを黒雪が教えてくれた。

 

「…はい、それが一番よろしいかと思います」

 

「出てく時にすっげー雑な置き手紙書いてたからな…。怒られるのが若干怖いけど…」

 

「それは自業自得ですわ」

 

「ははは…だよな…」

 

 何だか久々に笑ったような気がするな。やっぱり、俺には傍に居てくれる人たちが必要なんだと心の底から思った。

 

「それじゃあ」

 

 差し出された手。闇の中から救ってくれたその手を取り、2人で外に出る。

 

 こんなにも空を青いと感じたのは、久しぶりの事だった。

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