HEAVEN EROSION LED. 作:Song Of Friend
葬儀場。
軍基地最北端に存在するこの施設には、涼やかな風が流れている。
周りには光を失った黒を思わせる色合いの真ん丸生物──よく見るとちゃんと四足のあるナービィという生物で溢れていて、とても静かな時間を過ごすことが出来ている。
ここは好きだ。ここは良い。
だってここには──みんながいるから。
「なんて、感傷に浸っている所なのよ。私に何か用?」
「いやー、お気づきでしたか」
「気付かないわけがないのよ? そちらのふるふると震え隠れている子はともかく、貴女は仁王立ちなわけなのだし」
「あちゃー、バレたかー」
なんて、足音の時点で気付いてはいたけれど。
その二人。
茅森月歌と、柊木梢。片や天才ボーカリスト兼ギタリスト。片や──幽霊の見える少女。
「ふむ……さしずめ、そこは私の場所だから退いてほしい……ということなのよ?」
「いいいいい、いえ!? そんなことはっ!」
「おお、とうごっつぁん鋭いねー。大正解大正解。こじゅがさ、"いつもいる場所に知らない人がいるから一緒に来てほしい"って怯えててさー」
「成程……確かに、31系の子達が来てからは、ここに来ることはなかったのよ。それで驚かせてしまったのね」
私は基本長期任務に出ている。この子たちはここへ現れてからそこまで時間が経っていない。だから、私の習慣など知らないのは当然だ。
まぁ、私はこじゅちゃんの習慣知ってたんだけど。
「そうね。31Aの隊長さんには改めてになるけれど、自己紹介をしておくのよ。私は28Xの隊長、東吾津詩織。よろしくね、茅森さん、柊木さん」
「よろー。そんで、おタマさんを助けてくれてありがとう」
「いいのよ、旅は道連れ世は情けっていうでしょ?」
「あ、あれ……名前」
「ん? あ、そうじゃん。あたしは茅森月歌。好きに呼んでくれ」
「柊木梢、です……」
これは──どっち、なんだろうね。
私との交流なのか、こじゅちゃんとの交流なのか。
どちらにせよ。
「先、行ってるのよ」
「何の話?」
「あっ……行っちゃった……」
トランスポートなんて使わずに、跳躍だけで基地を出ていく。
本来はヘリを使ったり、更にはもう少し面倒な手続きが必要なんだけど、私の電子軍人手帳はその辺の一切合切をパスできる権限が付与されているので問題ない。
食指が動く。
遠くの方……互いに支え合うようにして崩れ合っているビルの影。
いた。
赤いオクトパステイル。新種だろうか、見たことはない。
受信音。
[[28X、東吾津さん。緊急出動よ。31A、31Bと協力し、新種と思われる対象キャンサーの討伐に向かってちょうだい。対象エネミーはオクトパステイル。だけど大きさと色が見たことの無いもの。変形するキャンサーの例もあるから、慎重に──]]
「私の辞書に慎重という言葉が載っていると、本気で思っているのよ?」
[[そうね、ごめんなさい。既に対象を発見しているようだから言うけれど、油断はしないこと。慎重でなくともいいけれど──最近の貴女は、どこか死に急いでいるように感じるから]]
「どしたの手塚っち。ホント最近らしくないのよ。こっちまで調子が狂っちゃう。ほら、いつも通り言ってよ。大丈夫大丈夫、31系の子達の分は残しておくからさ」
[[……わかりました。では──食べ過ぎないように]]
手塚っちも感じ取っているのだろう。
世界が変わり始めている──ここまで何も動かなかった状況が変じ始めていることに。そしてそれは、過去に散って行った者達から未来へ目を向ける事と同義であると。
だから、私は言うのだ。ニヤりと笑って。
「──やなこった!」
ドン、と。
蹴り飛ばしたビルが傾くほどの威力で自身を飛ばす。音によって気付いたか、はたまた別の理由か。
確実に此方を見たオクトバステイルは──その口元に、エネルギー球を溜め始める。
このままいけばそのエネルギー球にぶち当たるコース。
「それが、今まで関係あったことあったのよ!?」
デフレクタを故意に発生させる。
本来デフレクタは制服に仕込まれたものが防御に際して勝手に発生するものだけど、そこは流石に歴戦。いつどこで、どんな状況になればデフレクタが発生するのかさえ理解していれば、攻撃を受けていない時点で展開する事も可能となる。
左腕の周囲にだけ展開したそれ。放たれたエネルギー球を腕一本で受け止めて、というか受け流して──オクトバステイルの前足ともいえる触手を掴む。突撃に弱く、打撃に強いそのぷにぷにとした身体。
じゃあ、口撃はどうかな?
「あー──ん。……おお! あふいあふい!」
ジュッという焼けるような音。
成程、この新種は打撃だけでなく火属性にも耐性を持っていると見た。弱点は氷かな?
「あふい──が、炙りタコっていうのもオツなのよ」
熱さを無視して前腕を一本千切り貰う。
外殻も壊していない内からの部位欠損に、オクトパステイルは大きくジタバタとその全肢を暴れさせた。
その内の一本に見覚えのある液体が分泌されてきているのを見て、大きくバックステップ。
未だビチビチと跳ね回る触手をもっちゃもちゃ食べながら、電子軍人手帳を取り出し、司令部へ連絡。
「こちら28X東吾津。うまうま」
[[こちら司令部。人と喋る時は食べ終わってからにしてください]]
「冷たいなーななちゃんは。新種のオクトパステイルの、おお、おお、まだ跳ねるのよ? やるじゃん。活きがいいのよ、褒めてあげる」
[[報告はそれで以上ですか?]]
「新種のオクトパステイル。体表は赤。大きさは通常のものより大きめ。全身が灼熱を思わせる熱を持っているから恐らく氷属性弱点火属性耐性。突撃が弱点なのは変わってない。デフレクタの上限値を削る分泌液も健在。加えて、近く……10mくらいかな。それくらい近づいただけで溶岩を前にしたような暑さを感じる。接近戦をし続けるには向かない感じ」
[[有益な情報ありがとうございます。東吾津さんは引き続きオクトパステイルへの攻撃を。もうすぐで増援が到着いたしますので、その際にスイッチしてください。ヘリ内にいる31A、31Bの皆様へは今頂いた情報を周知しておきますので、余計な会話は要りません」
「あれ、なんか危険人物扱いされてる? というか、嫌なのよ。ななちゃん習わなかった? ご飯は最後まで残さず食べるものなのよ」
言ってる内から、怒り心頭なオクトパステイルが触手の振り下ろし。ちゃんと液体の分泌がない事を確認してからそれを受け止め、その束の一本に口をつける。噛むのではない。掴み、噛み千切るのが1つ目のスキルなのだとしたら、これは2つ目になることだろう。
その、柔らかい肉に──針を入れる。ゼロ距離吹き矢。
広がるのは紫色をした毒々しい罅。当然だ。毒なのだから。
セラフ武器の中には人間にとって無害でもキャンサーにとっては猛毒、というようなものがいくつかある。防御力を下げる系統のスキルにはそういうものが多く、多分に漏れず私のコレもそう。ただ、後で食べるときにお腹を壊さないようちゃんと成分は確認している。
悲鳴を上げるオクトパステイル。触手が──否、全身に走り始めた毒の罅割れは、確実にその身の自由を奪っていく。防御力どころか、機動力まで。
「ヒヒ──どう? どう? 少しずつ弱っていく自分の身体……一方的な殺戮者であったはずの自分がいつの間にか食べられる側に変わっていると気付いた時の絶望! ある? ある? キャンサーに──種としての! 生物としての! 恐怖はある!?」
「めっちゃ盛り上がってるトコ悪いんやけど交代してくれんか? さっきからゆーとるけど増援やでうちら」
「東吾津さん! 前線代わります! 下がってください!」
あ。
アゲアゲ過ぎて気付かなかった。
後ろを振り返れば──そこには、十二人の少女らが。内一匹は虎。
「……あと一本! 一本だけ!」
「酒飲みか。ほんでそれいう奴は一本じゃ止まらんねん。大人しく下がっとき!」
「東吾津さん、大丈夫です。私達は連携も格段にとれるようになってきましたので──」
逢川めぐみと蒼井えりか。
……思う所がある。だからこんなに飛び回っているという所もある。
けれど今は。
まだ、そうではないのなら。
「えりちゃん。今度良い穴場とかに連れてって欲しいのよ」
「はい、お任せください!」
それじゃ、ここはえりちゃんに免じて退くとしましょうか。
お腹は空いたままだから、周囲の漁夫の利を狙っているキャンサーを食らい尽くして。
悪食、と呼ばれていた。
それ自体は別になんとも思っていなかったし、その通りだと思っていたから気にも留めていなかっただ──けれど。
──あなたはもう少しまともなものを食べた方が良い。
ある任務で一緒になった少女から言われた言葉。
マトモなものは味がしない。しなくなった。甘美な味を覚えるのはキャンサーだけ。たとえそう言っても、それが事実だとわからせても──その子は頑なに譲らず、ヒトらしい食事をするように奨めてきた。
それからだ。
私が基地内のカフェテリアに姿を現すようになったのは。
相変わらず味はわからない──なんというか、紙粘土か何かを食べているような感じなのだけれど、確かにマトモな食事をし始めてから身体の細部へ意識が行くようになった気がする。私の味覚がどうなってしまったのだとしても、身体そのものは人間らしい栄養素を求めていた、ということだろうか。
それにしては。
「なぁ、とうごっつぁん。ちょっと口の中見せてくれないか?」
「相変わらず恐れ知らずなのよ。それとも、口フェチなのかしら?」
「いや今日さー、とうごっつぁんが先にキャンサーと戦ってたじゃん? そん時、とうごっつぁんの口が光ってたように見えてさ。それで気になったんだよなー」
「本当に物怖じしない子なのよ……」
それにしては。
よくもまぁ、という感じだけれど。
「今見せても、特におかしなところはないわ」
「……本当かー? 隠してるだけじゃ」
「本当なのよ。ほら」
乙女としてははしたない限りだけれど、口をパカりと開けて見せる。
確かに普通の人より歯の尖り具合なんかは特別と言えるのかもしれないけれど、今の咥内は特に変わりない。変わりなく普通のソレに一瞬で興味を失ったのか、茅森月歌は「おっかしーなー」とだけ呟いて。
「じゃ、なんで光ってたのさ」
「成程、今日はブレーキ役のユキちゃんがいないのよ」
「ユッキーなら今司令官となんか話してるよ」
「うんうん。じゃあ、まぁ、特別なのよ? ──と言っても、簡単。私のセラフがコレである、というだけ」
「コレ……って、つまり入れ歯、ってコト……!?」
「うんうん。その反応もなんだか懐かしいわ。一応言っておくと、今の歯は入れ歯ではないのよ。単純に戦闘時、歯と、胃を含む内臓がセラフ化する、というだけ。セラフ化した内臓は食べたキャンサーの隊組織を分解して栄養にしてくれるから、私は攻撃と共に体力の回復ができるのよ」
「舌は?」
笑う。
角度によっては──ニタり、と笑ったように見えた事だろう。
「も・と・か・ら」
この世に生れ落ちた時から。
昔好きだったものが全部紙粘土になっていた時には絶望したものだ。
けれど。
けれど、あぁ。
敵でしかなかった、侵略者でしかなかったキャンサーが──種類のあるエネミーでしかなかったあの化け物が、ああも美味で、ああも多様な味をしているとは。
誰とも共有できない味。誰に言っても信じてもらえない味。
舌はセラフ化していない。だからこれは元からで、だからこれは──元々、キャンサーが美味しいということなのでは、と。
常々思っている。
ま、誰も信じてくれないし、興味すら持ってもらえないけれど──。
「へぇ~。どんな味なんだ? レモン味とか? ミカン味とか? それともポンカン味?」
「何故柑橘系のみなのよ。しかもそう大して変わらない」
「え! 流石にレモンとミカンは違うと思うけど……」
「……ま、私には味の違いはわからないのよ。ちなみにキャンサーは、その種類ごとに違う味がするわ。似ている味、というものを問われると弱いのよ。だって私、普通の味を知らないから」
「あ、そっかー。……飲みモンもダメなの?」
「ええ。凡そ人間が美味しいと感じるものは全部ダメ。空気くらいかしらね。同じく美味しいと感じることができるのは」
「そっか。んじゃ今度任務一緒になったらどっかの山頂の空気とか飲みに行こう。この辺の山で……いや、ヘリまで使って、どこの山の空気が一番美味いか飲み比べしよう」
「空気ソムリエにでもなる気?」
「いーから。約束な」
「……ええ、わかったわ。約束なのよ」
ここまでされたら、流石にわかる。
これは"交流"だ。
なら──。
「それじゃ、私はお先に失礼するのよ」
「え……え、早ッ!? あれだけあったラーメンそばうどんinヒレカツ定食明太子マヨネーズおにぎりバジルパスタが一瞬で!?」
「よく覚えているのよ。じゃ、またね」
これは、お風呂イベント、である。
案の定だった。
浴場の前の机で肘をついて暇を潰していれば、そこに現るるは茅森月歌。
膝に乗せたナービィをひと撫でしてから降ろせば。
「とうごっつぁん、今からお風呂?」
「ええ。一緒に行くのよ?」
「今誘おうと思ってたトコ」
ひゃっほう、なんてはしたのないことは言わない。
けど、内心では小躍りしている。
いや、いや。
だって茅森月歌だ。主人公。どの娘とお風呂に入っても「月歌さんだってスタイルがいい」と言われ続けた少女。
それがどれほどか、なんて。
確認しないわけにはいかないのである。
「おタマさんからとうごっつぁんは川で水浴び派だって聞いたんだけど、ちゃんと入るんだなー」
「ああ、まぁ、嗅覚もそれなりにセラフの影響を受けているのよ。だから石鹸やボディソープの類の、所謂いい匂い、というのが……あまり心地よく感じなくて」
「え、そうだったのか。じゃあ今から水浴びに変更する? あたしは全然構わないけど」
「いいのよ。貴女だって今日は新種と戦って疲れているでしょう? 暖かい湯に浸かると疲労が取れる事は私だって同じなのだから、そこまで気を遣ってくれなくても大丈夫よ」
「ん、りょーかい」
服を脱ぐ。
……ほほう。ほほう。ほっほう。
「うわ、とうごっつぁん怪我だらけじゃん。大丈夫なのか、それ」
「まぁ、戦闘スタイル的にね? 近寄って掴んで食べるわけだから、デフレクタの発生範囲内部で攻撃を受けることもあって……でも、食べたら回復するから、傷も塞がるし血も止まるのよ」
「そーいう問題じゃないって! 乙女の柔肌に……って硬っ!? こ、これは……KINNIKU……?」
「勿論。こんな身体じゃなきゃ、トランスポートも使わずにキャンサーの蔓延る街をぴょんぴょんしていられないもの。さ、入りましょう?」
「いや、どんだけ鍛えてもあの跳躍力は出ないと思うけど……」
まぁそれは、内臓が全部セラフになればこそ。
そんなことより──お風呂である。
大浴場で、しかも二人きり。全国津々浦々をライブツアーしたカラダだけあって、成程成程、戦闘用ではなく持久力をメインとした肉付き……うむうむ。よいよい。ほうほう。
「あ、ボディソープの匂い嫌いなんだったけ」
「嫌いなことはないわ。匂いがしないというか、粘土みたいな匂いがするだけ」
「使っても大丈夫?」
「大丈夫だけど……何? もしかして背中洗ってくれるの?」
「あり、言ってなかったっけ。そのつもりだけど、傷は避けた方が良いか?」
「いいえ。もう塞がっているし、痛みもないから大丈夫よ」
「りょーかい」
こちらが不埒な事を考えているなどと夢にも思っていないのだろう。結構真剣な顔で背中を流してくれる茅森月歌に、少々の罪悪感を抱く。
べ、別に不埒な事って言っても肉付きがどうとかだけなのだけど。
「内臓がセラフになる、って。どんな感覚なんだ?」
「……そうねぇ。喉から溶けた鉄を流し込まれて、手先足先、毛先のすべてに至るまでが味を、食べ物を欲して……キャンサーを見たら食指が動かざるを得なくなる化け物になる感じ、かしら」
「痛いの?」
「いいえ」
「じゃ、いいや」
痛いのよ、と言っていたら。
どうなっていたのか。
「ふふ、ありがとう。ほら、代わってあげるのよ」
「ん、じゃあ頼むよ」
自然な流れで役割を交代する。
お──お、おぉ。
これは、これは。
私の傷だらけのそれとは違う──完璧な肉体。余分な脂肪分もなければ、どこかが垂れているということもない。つるりとした玉肌は水を弾き、背を滑る指に抵抗らしい抵抗が無い。これは……完璧だ。
完璧だ。
「とうごっつぁんはさ」
「え、ええ。何なのよ?」
「……いや、いいや。なんでもない」
「え。なんなのよ?」
「なんでもないって。……ちょっと余計なコト聞きそうになっただけ」
なんだろう。
この茅森月歌は、器と優しさとメンタルに極振りしているんじゃないかってくらい、クレイジーな事を聞いてこない。
……ま、折角のお風呂でしんみりするのもなんだし。
「じゃ、流すけど……前も洗ってあげましょうか?」
「前はいーよ」
「わかったのよ」
クッ、自然な流れが。
……落ち着こう。だいぶキモいぞ、今の私。
久しぶりの湯船にテンションが上がっているのかもしれない。
そうでなくとも。
主人公との絡み、なんて。今までの事を考えれば──アガるのも、致し方ないのかもしれない。
今までの凄惨なソレと比ぶれば──。