ついに来た。山での修行の時が。餞別としてもらった軍服のような洋服と刀を拵え俺は一年間山で生きていくこととなる
半年前なら絶対無理と言っていただろうが半年の鍛錬が俺の体と心を強くしてくれた
刀だって手足というほどじゃないが扱いに慣れ不完全とはいえ七つの型だって会得した
これなら熊が出てきたって倒せるだろう…多分
心を落ち着かせるために一回深呼吸。呼吸の重要性は鍛錬の中で熟知済み。無駄な呼吸はせず必要な呼吸ですぐに平静を取り戻せた。これから向かう山は今まで修行で走り回っていた山ではなくもっと標高の高い山だ。
幽鬼山という名前からして物騒な富士山のような独立峰標高まで33町36間1尺8寸。おおよそ3666メートルと富士山並みにでかい謎の山。師匠もここで修業し鬼殺隊に入隊したらしく傾斜が高く登山には向かない。そもそも人が入山する場所ではない魔境である。師匠曰くこんな場所にも果物や獣がいるらしい。謎だ。深く追求しないでおこう。
散々鍛えられた体に呼吸を上乗せして山中に林立する木の枝を足場にばねのように跳ねて木々の間を駆け抜けてゆく。さながらましらのような動きで跳躍する人外めいた速度。鬼滅の世界では普通だろうな多分。刀を携えながら疾駆する体躯は速度を落とすことなく疾走する。移動する際に水と食料になるものと山のルートを記憶しながらとりあえず腰の落ち着ける場所へと足を動かした
そして山の中腹地点になんなく到着。とりあえず雨露をしのげる場所が欲しい。
木を切って簡素なテントでも作るか?いや、山の天候は移ろいやすい。生中なものではすぐに吹き飛ばされるだろう。なので洞窟が一番望ましい。天気をしのげるし何より夏の季節は洞窟内は涼しい。後は水と食料を確保できれば生きていける。木の実や動物がいれば今の俺なら確保できる。
周囲を探索して川を発見。竹筒に水を汲み一服し食べられそうなサルナシなどの木の実や食べられるキノコなどを採取。こういった判別も師匠からの受け売りだ。
全集中…息を吸い吐き出し、特殊な呼吸法で体躯の機能を底上げする。耳を澄まし音を聞き分ける。鳥のさえずり。葉が落ちる音。風でそよぐ木々。そして、地面を駆けるなにものか
「そこだ」
強化した腕力で木の枝を投擲し音のした場所に突き刺さり小さな悲鳴を上げながらイノシシが倒れる
だがまだ絶命はしていない。刀で腹を掻っ捌き生きたまま血抜きをして皮をはぎ部位を切りわけ最後にはイノシシは遺骸となった。
「・・・ごめん」
謝辞と感謝を込めイノシシに向け手を合わせ黙とう。殺さなければ生きていけない。それが現実だ。もう目を背けていられない。だってこれからは鬼を殺しに行かねばならないのだから。川で血を洗い肉も洗い保存食ように日干しにする。まあ後は洞窟だが…見つけたには見つけたが。どうやら先客がいるらしく呼吸音がする。だがおかしい。喘鳴のように不文律の呼吸音。そしてこの呼気は人のもの。だが…なにかおかしい。ケガ人なら手当をするが獣のようなうめき声もまた聞こえ…
「まさか…鬼?」
刀に手をかける。だが最悪なことにこれは練習用の刀で日輪刀じゃない。頸を切っても鬼は死なない。唯一の武器はうっそうとしているが日光が洞窟外に木漏れ日として降り注いでいること
何とか外に誘い出して倒すしかない。刀だって傷つけることくらいは出来る。それに奴は手負い。大丈夫だ
そう言い聞かせ洞窟に足を踏み入れ忍び足で呼吸の聞こえる場所まで近づく。そこにいたのは、浴衣を着た人間の少女だった。いや、鬼の少女が血を流しながら倒れていた
どうやら日輪刀で切られているらしく刀痕が体中に刻まれている。殺し損ねたというより嬲り殺そうとしたように見えて吐き気を覚えたが鬼相手に手心を加えるほうが。情に流される方がおかしいのだ。
倒れ地に伏している鬼の少女は息を荒げて苦悶の表情を浮かべていた。苦痛に悶えのたうち回りたいのに体が動けない危篤状態。刀を抜く。かわいそうだと思ってもだからといって、ここで鬼を殺さない理由にはならない。ここで殺さねば被害が増える。分かり合えるはずがない。人食いとわかりあうなんて狂気の沙汰だ。だから頸に向けて刀を振り下ろそうとしたとき。少女と目が合った。憎悪に満ちた双眸が俺をにらみ据える。お前も私を殺しに来たのだろうと訴えるような煌々とした瞳は殺意をはらみ牙の生えた歯をのぞかせる。それを見て俺は
自分の手のひらを刀で切りつけ血を流した。そしてその血を彼女の口に入るように上から雫を落とした
それを見て彼女は目を丸くして瞠目した。そうだろうな。自分から餌になりに行くバカは俺くらいだろう
。といっても餌になる気は毛頭ない。血を呑んである程度回復した後殺す。流石にこの状態で殺せるほどの勇気は俺にはないから。
少女は驚きながらも頬に伝う血を呑み傷口が緩慢ながら治癒してゆくのが見えた。
そして来ていた羽織を彼女にかけた。流石に傷だらけで衣服も傷ついている状態はよくないだろう
ふらりと、血を流しすぎたのか視界が少し眩んだので俺も狩ってきたイノシシを食べ回復
そしてそのローテーションは三日続き十分に血を呑んだ彼女も快癒しある程度動けるまで体の機能を取り戻したらしい。さて…この後彼女を殺す算段だが…。と顎に手を添え思案しているとほふくぜんしんというかよちよちあるきで鬼の少女は俺に近づいてきた
血では足りなかったから俺を食い殺しに来たかと思えばその瞳に憎しみのような感情は浮かんでおらず無邪気に俺をただ見つめていた
・・・・・・・・照れ臭い。じゃない!この子は鬼だ!俺は食料としか見てないはず
少女は相変わらず俺を眺めている。襲う様子も敵意も感じない。なんなんだと首をかしげると
「・・・なまえ、なに?」
「!???しゃべった!??」
驚き桃の木山椒の木!この子しゃべった!??
「しゃべった?へんななまえ」
「あ、いや。俺は…」
五十里 茂がこの体の主の名前だ。だが俺の本名は柏木明松だ。どっちを名乗ったものか
「な、まえ。なに?」
歳は俺より二つ下くらいだろうか。それにしてはたどたどしい話し方だ。鬼化の弊害か。ねずこと同じか?まあとりあえず…
「五十里、茂…」
体の持ち主の名前を名乗った。師匠にも同じくこちらで名乗ったので支障はないのだが嘘を付いているようであまりいい気分ではない。するとそれを看破したのか
「うそ。ほんとのなまえ。おしえて」
「え!…えぇぇぇと。じゃない!」
「ん?」
小首をかしげて疑問符を浮かべる
「お前、鬼だろ!?何でそんなこと聞くんだ!!」
「わたし、おにじゃない。わたしは 水無月 弥生」
この子の人間の頃の名前らしい。だがそれよりも
「なんで俺を食わないんだ?」
「血。おいしかった。わたし、あなたたべない」
「な!??」
人を、食べない…?
「人を、食ったことがないのか?」
「そーだよ?きづいたらかたなをもったこわいひとたちがわたしをいじめたの」
・・・やっちまった。人を食ってない鬼に血を与えてしまった。つまり味を覚えさせてしまったのだ。思わず自分のうつけかげんに頭を抱えるが
「それより、あなたのなまえをおしえて?つぎはうそつかないでね」
「・・・信じてもらえないだろうけど嘘じゃない。俺は柏木明松(かしわぎかがり)。でもこの体の持ち主は五十里茂で本当だ」
「どういうこと?」
「俺は未来から来た。今は大正元年で1912年…。それから107年後の2021年に俺はいたけどいつの間にかこの五十里茂の体に乗り移ったらしいんだ」
「???」
「わかんなくていいよ。それと秘密にしてくれ。このことは誰にも知られたくないんだ」
「?。よくわかんないけど、わかった!だってかがりはわたしのいのちのおんじんだもん」
「・・・できれば、五十里茂の名前で呼んでほしいんだけど。秘密だから」
「えー!やだー!それってうそ…じゃないんだっけ?わかったしげる!」
とりあえず約束してくれるようだ。それにしても鬼化によるものかこの子の喋りと反応は幼児のそれと同じだ。色々大丈夫だろうか…。そうだ、話にかまけていたせいで失念していた。今後のこの子の処遇だ
俺が血を与えたからこの子はこれから人食いになるだろう。人を食べないといったが食事は人も鬼も必要不可欠なもの。鬼は食わなくても死なないらしいが飢餓感はぬぐえず欲求が理性を上回ってしまうのは時間の問題だ。やはり殺すか
「・・・・・・・・」
「・・・・・?」
いや、無理だ。鬼を殺す覚悟がないわけではない。この子はまだ人を食っていない。
人は食べないと彼女は言った。いつまで守れるか分からない。だが、まだ冒していない罪を咎め処断するのはいかがなものか
それに相手は年端もいかない少女。そしてなにより
「・・・・・・・・・」
そんな純粋な目で見られると殺すに殺せない
なら、答えは一つ。この子を俺と一緒に連れて行き毎日血を与え続けるほかない
「なあ」
「なに?」
「俺と一緒にいてくれないか?」
「~~~~~~~~~~~?~~~~~~~~~~~!?」
と言ったとたん水無月の顔が紅潮した。え?何か変なこと言ったか俺…?
「それって、あいのこくはく?」
「!?あ、ち、違う!!このままじゃお前も人を襲うかもしれないから監視するんだ!誤解すんな!毎日血をあげるから一緒に元に戻る術を探そうってこと!!」
「そっか。でもなんでそんなことをいうの?わたしはかがりについていくつもりなんだけど」
どうやら、俺についていくことはすでに彼女の中では決定事項だったらしい。なんで人に殺されかかったばかりなのに行きがかりの俺にそこまで全幅の信頼を寄せることができるのか
とりあえず、利害は一致しているらしい。俺は俺にこんなことをした元凶を叩き潰す。水無月は珠世さんの薬で人間に戻ってもらう。その為に旅に出る必要がある。
とはいっても。言ったそばから前途多難だ。彼女は鬼、つまり太陽の許に出られない。どうやって連れ出すか…師匠の下に置いたら殺し合いに発展しかねないし…。あの人あれで結構鬼に厳しいんだよな。俺の一件があったせいかもしれないが
「あ、おひさま」
あけすけに水無月は日がさしたことに気づき、何を考えているのか
ありえないことに日が出ている時に洞窟からとてとてと出て行ってしまったのだ
「お、おい!!!」
このままでは死んでしまう!鬼になって間もないから太陽が弱点だと知らないのか!?
止めようと思い呼吸をするも時すでに遅し日の下に出た彼女はあえなく灰に…なることはなかった
「え?」
よく注視してみると彼女の周囲には赤い霧が立ち込め太陽光を分散、遮断しているのが見えた
血鬼術。それを用いて彼女は日の下に身を乗り出すことができていた
だが数分経った後彼女は立ち眩み倒れそうになった。徐々に周囲の霧も薄くなっていくのを見て即座に日の差さない洞窟に引き戻した。