恋するウイニングチケット   作:まなぶおじさん

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後編

 翌日。昼休みがやってきて、教室ぜんたいがわいのわいのと賑やかになりはじめる。

 そんな中、エアグルーヴは席からそっと立ち上がって、

 

「ウイニングチケット」

 

 日光に淡く照らされながら、頬杖をついているウイニングチケットと目が合う。

 最初こそぼんやりとした顔をしていたが、相手がエアグルーヴと見るや、途端に真剣な顔つきとなり背筋まで伸ばし始めた。

 

「は、はいっ、な、何か用かな? エアグルーヴさん」

「あ、ああ。とりあえず楽にしていいから」

 

 どうどうと、両手を前に出す。ウイニングチケットは、おそるおそる背筋を背もたれに預け始める。

 まあ、仕方がないとは思う。

 自分は生真面目生徒会員エアグルーヴなのだから。

 

「その……今日の放課後、時間はあるかな?」

「え? ……何か、やってしまいました?」

「いや、そんなことはない。最近の君は、非の打ちどころがないくらいの模範生徒だよ」

 

 近頃のウイニングチケットはといえば、まさに文武両道を地で行っているといっても過言ではない。

 居眠りなどせず、教師に名指しされれば的確に答えを口にしてみせる。テストの点数も良好のようで、ビワハヤヒデやナリタタイシンから「すごいなー」と尊敬されていた。

 まさに、文句なしの注目株だった。

 

「では、何か?」

「ああ」

 

 エアグルーヴは、一息ついて、

 

「君は最近、何かに悩んでいないかな?」

「え」

「どこか、曇ったような顔を見せることが多くなった。そんな気がするんだ」

「……なるほど」

 

 否定されなかった。

 

「そう、そうですね。ちょっとまあ、色々あって」

「そうか」

 

 エアグルーヴは、小さくうなずき、

 

「こんな私でよければ、相談に乗るよ」

「え。いいんですか? 忙しそうなのに」

「ああ」

 

 エアグルーヴは、にこりと笑って、

 

「私は、生徒会員だから」

 

 目を丸くしたウイニングチケットは、しばらくはそのままでいて――そっと、「うん」と首を縦に振るった。

 

「ありがとう、ございます。すべて、話します」

「ありがとう。じゃあ放課後、花壇の前で落ちあおう」

「……はい」

 

 よし。

 約束を取り付けた瞬間、腹の音が鳴ってしまった。気が抜けたせいかもしれない。

 あ、そうだ。

 

「なあ」

「はい?」

「よければ、一緒に昼食でもどうだ? レースの走り方とか、聞いてみたくてな」

「本当ですか? いやあ、上手く話せるかなあ……」

「そうかしこまることはない、君の話し方で話して欲しい」

「わかりました」

「ああ、あと」

 

 エアグルーヴは、人差し指をそっと立てて、

 

「敬語はいらない。同級生だろう?」

 

 それを聞いたウイニングチケットは――ふっと、微笑んで、

 

「わかったよ、エアグルーヴ」

 

 ――何事もなかったかのように、エアグルーヴとウイニングチケットはふたりで食堂に向かっていった。

 

 □

 

 昼休みが過ぎ去り、午後の授業が完了して、何事もなく放課後のチャイムが鳴り響く。

 ホームルームを済ませたエアグルーヴは席からそっと立ち上がり、ウイニングチケットも同時に腰を上げた。目と目が合い、小さくうなずきあって、二人は学生鞄を片手に無言で一階へ歩んでいく。

 エアグルーヴは真顔のまま、階段を下りていく。後ろからついていっているウイニングチケットも、同じような顔をしているのだろうか。

 いつになく、エアグルーヴの意識に緊張感がほとばしり始める。生徒の相談に乗ったことは数回ほどあるが、恋の悩みを受け持ったことなど当然として無い。

 まだ、色沙汰絡みかどうかはわからないのだけれど。

 けれどウイニングチケットのことだから、きっと勝ち負けについて苦悩しているのでは無いのだと思う。あの子は、羨んでしまうほどのポジティブシンキング持ちであるから。

 

 中央ホールに着く。今日もバレンタインに関する雑談がそこかしこから聞こえてくる中、エアグルーヴとウイニングチケットはロッカーから靴を履き替え、玄関を潜り、トレセン学園のひとかどに有る花壇へ静かに足を歩めていって、

 

「……着いた。ここなら人もいない、相談もしやすいと思う」

「たしかに」

 

 そう言って、ウイニングチケットの視線が花壇に逸れはじめる。そんなウイニングチケットを見て、エアグルーヴの口元がすこし緩んだ。

 

「私が育てているんだが、どうかな?」

「えっ、えっ!? ホント!? す、すごいよエアグルーヴ! わー、チューリップって色んな色があるんだなあ……」

「ああ」

 

 赤と白、そして黄色のチューリップがゆるい風に吹かれ、音もなく揺れる。

 ウイニングチケットは遠慮なく目をきらきらさせながら、腰を屈めてチューリップのことを見つめはじめた。

 

「きれいだなあ……」

「ありがとう。花も喜んでくれているよ」

「そ、そうなの? やったっ」

「ふふ」

 

 ウイニングチケットの素直な反応に、エアグルーヴはつい微笑んでしまった。

 こんなふうに見てくれるのなら、育てたかいもあったというものだ。

 

「――あ。ご、ごめん、相談してもらうのに」

「いや、いい。私としても、嬉しいから」

「そ、そうかな……えへへ」

 

 ほんとう、ウイニングチケットの性格が羨ましい。

 ――さて、

 

「さて……そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「あっ、う、うん」

 

 ウイニングチケットが、ゆっくりと立ち上がる。

 目と目が合う。生徒会員としての義務を果たす時がきた。

 

「それで……ウイニングチケットは、どんな悩みを抱えているのかな? ゆっくりでいい、どうか話してみてほしい」

「う、うん」

 

 腹を決めるつもりでいるのだろう。ウイニングチケットの方も、深呼吸をしはじめる。

 午後の晴天は、嘘みたいに静かだった。

 

「――その、アタシ、アタシは」

「うん」

 

 ウイニングチケットの視線が、エアグルーヴと一つに重なって、

 

「アタシは、トレーナーさんに恋をしたんです」

 

 ああ。

 やはり、そういうことだったのか。

 驚きはしない。けれど、決して軽んじてはならない問題だ。

 

「これが本当に恋なのか、いろいろ調べてみたんだ。本を読んだり、恋を検索したり……」

 

 うなずく。

 

「……トレーナーさんが桐生院さんと楽しそうに話しているのを見た時、心がどうしようもなく苦しくなった」

 

 

 ああ、それは、

 

「アタシはまちがいなく、恋をしてる」

 

 そうか。

 ダービーをひたすら追い求めていたウマ娘が、恋に落ちたんだな。

 ダービーウマ娘になれたからこそ、次のレースを見出せたんだな。

 

「……これって、いいのかな」

「何がだ」

「だってアタシは、その……桐生院さんとちがってぜんぜんおしとやかじゃないし、声は大きいし、すぐ泣いちゃうし……」

 

 否定はしない。それがウイニングチケットの個性だからだ。

 

「それに、その……トレーナーさんとは、年が離れてるし……」

「それについて、だがな」

「えっ?」

 

 言うと思っていた。だからエアグルーヴは、いたって冷静に、資料にもとづいた話を展開する。

 

「トレーナーとウマ娘が結ばれるケースは、割と多い」

「え……えぇ――――ッ!?」

 

 ウイニングチケットの大声が、花壇の前で炸裂した。

 被弾を軽減するために、エアグルーヴは両手で耳を遮る。

 

「そ、それっ、ほんとうなのっ? そうなのっ?」

「本当だ本当だ、落ち着け。一旦離れるんだ」

「ご、ごめんっ」

 

 げほん。

 

「何せ三年間ほど寄り添いあいながら、レースという共通の夢を目指していくんだからな。そうも近しい関係が続いていけば、親愛が芽生えるのも当然といえる」

「な、なるほど……」

「契約を結んだ瞬間から親にトレーナーを紹介したり、時には実家に招待して外堀を埋めていくケースもあるそうだが」

「う、うおお……」

 

 ウイニングチケットは、めちゃくちゃ食い気味にエアグルーヴの話を聞いている。姿勢は前のめり、目なんて玉のように丸い。

 ここでまた叫ばれたら敵わないので、エアグルーヴは「とはいえども」と口にし、

 

「ウマ娘が大人になるまでは、ある程度の距離感は保つらしいな。ほら、世間の目もあるから」

「う、うん」

「それで、その時が来たら、互いに永遠の関係を契りあう。そういうことらしい」

「お、おお……」

「だから、ウイニングチケットの恋は間違ってなどいない。それは確かだ」

「そ、そうなんだ……そうなんだ……」

 

 そして、ウイニングチケットは顔をうつむかせて、胸にそっと手を当てた。どこか気恥ずかしそうに微笑みながら。

 そんな恋する乙女を前にして、エアグルーヴはどきりとした。

 

「……で、でも」

「ん?」

「アタシは、トレーナーさんに相応しいのかな」

「どうしてそんなことを」

「だ、だって……アタシは、その、声が大きいし……桐生院さんと違って」

「ウイニングチケット」

 

 エアグルーヴの声が、反響した。

 

「一つ聞くが、そんな君のことを、トレーナーは嫌がったりしたか?」

「え? ……う、ううん。一緒になって笑ったり、泣いてくれたりもした」

「そうか。そのトレーナーとは、お似合いじゃないか」

「え……えっ?」

 

 エアグルーヴの口元が、たまらず緩んでしまう。

 

「一つ、聞いてもいいか」

「なに?」

「気が合わないトレーナーの教えで、ダービーを掴み取ることが出来ると思うか?」

「それは、できないよ。しっかりとしたトレーニングを積み重ねて、ちゃんとメンタルを整えないと、ダービーウマ娘にはなれない」

「その通りだ。さすがは、ダービーウマ娘だな」

 

 ウイニングチケットは、ダービーに対しては誰にも負けない熱意を抱いていた。

 こんなふうに答えられるのは、ごく当然のことだ。

 

「君とトレーナーは人バ一体の関係だった。だからダービーを掴み取れた。違うかな?」

「ううん、違わない」

 

 即答だった。

 それを聞いて、安心した。

 だからエアグルーヴは、自信を持ってこう告げた。

 

「なら、そのトレーナーともっとも心を通わせている女の子は、ほかでもない君じゃないかな?」

 

 瞬間。ウイニングチケットは頬を両手に当てて、顔なんて真っ赤にしてしまっていて、「ひゃ」と声まで出していた。

 

「そ、そのその、アタシはただ……いや、そうなのかも……」

「自分の感情を信じろ。否定なんて、したくはないだろう?」

「……うん」

「ウイニングチケットの恋心は、誰を傷つけるわけでもない。遠慮する必要なんてないんだぞ」

「……そう、だね」

 

 観念したように、ウイニングチケットは両肩を深くなで下ろす。

 恋というものは、あのウイニングチケットの心すら怯えさせてしまうものなのか。

 恋愛とは、実に悪魔めいていると思う。

 

「……それにしても」

「うん?」

「その、エアグルーヴがさ、トレーナーへの恋を肯定してくれるなんて……えと、意外だなあって思った」

「……まあ、大っぴらにしなければいい」

 

 自分もそう思っていたから、たまらず苦笑いがこぼれ落ちる。

 

「それに、だ」

「それに?」

「私も、ウマ娘の幸せを願っているからな」

 

 生徒会員としての本心を口にする。それを間近で聞き届けたウイニングチケットは、しばらくは口を閉ざしていて――

 

「ありがとう、エアグルーヴ」

 

 くすりと、笑いかけてくれた。

 相談に乗ったかいが、あったというものだ。

 

「じゃあ、その、アタシ頑張るよ。トレーナーと、結ばれるように何とかするよ!」

「ああ、それでいい。どんといけ」

「うん!」

 

 で、

 

「……何をどうしよう?」

 

 ウイニングチケットの耳が、ぺたりとへこんだ。

 エアグルーヴは「んー」と空を見上げ、思考を全力全開で回し始める。なにぶん恋なんて何も知らないものだから、小さな発想の一つや二つも出てきやしない。

 何かないか。ウイニングチケットは、きっかけさえあれば勢いで動ける女の子だ。

 スイッチになりえる出来事なんて、そう転がっているものか。何か祭りでもあれば、テンションのままに何でも言えてしまうものだが、

 ――あ。

 

「あ」

「ど、どうしたの? エアグルーヴ」

 

 この時の私は、

 

「いい案があるぞ、ウイニングチケット」

 

 さぞ、悪い顔をしていたに違いない。

 

――

 

 チケット:放課後、時間ある? トレーナー室で待っていて欲しいな!

 

 2月14日。

 トレーナー室に設けられた椅子に腰かけながら、土野はウイニングチケットのことを待ち受けていた。

 ウイニングチケットと待ち合わせをするのは、何もこれが初めてではない。時には放課後のトレーニングに付き添ったり、時にはシューズ選びに出かけたりと、案外慣れていたりする。

 今日は週明け、リフレッシュ期間はこれにて終わり。予想するに、今後のトレーニングについて話し合うつもりなのだろうか。

 それは是非とも歓迎したいところだ。今や賢くなったウイニングチケットは、利点を伸ばすだけでなく、欠点を潰すようなトレーニングを持ち掛けてくることがある。方針が定まっていればスケジュールも決めやすい、さあ何でも言ってくれ。

 

 そのとき、控えめなノック音が部屋じゅうにそっと響いた。

 土野は、「どうぞ」と入室を促す。

 

「し、失礼します」

 

 ウイニングチケットが、そうっと部屋に入ってくる。後ろ手で、ドアをしっかり閉めた。

 あれ、

 何かこう、違和感がある。いつものウイニングチケットは、軽やかに入室して朗らかに挨拶を交わすというのに。

 何か、悩みでも抱えているのだろうか。顔、どこか沈んでいるように見えなくもないし。

 

「あ、あの。待っていてくれて、ありがとう」

「い、いや、おれは大丈夫。それより、要件って?」

 

 やはり本調子ではなさそうだ。

 窓からの淡い日光に照らされたウイニングチケットは、土野の目を見たり、逸らしたりの繰り返し。

 明らかな異常事態だった。適当な物言いなど、口にしてはならない。

 ――すこしだけ、長い沈黙が経ったと思う。

 

「その、えっと……渡したいものがあるんだ」

「え、何?」

 

 見当もつかない。今日は誕生日ではないのだが、

 

 

「これっ、チョコ! あげるね!」

 

 勢いのある動作で、手のひらサイズのハート型包装を前に出された。

 「あ」とかいう間抜けな声が、口から漏れる。

 今日はバレンタインデーじゃないか。すっかり忘れてしまっていた。

 

「こ、これ? 本当に、いいの? 俺に?」

「う、うん」

「ま、マジか……いやあ嬉しいなあ、チョコなんてはじめてもらったよ……ありがとう」

 

 土野の悲しい事実が公開された瞬間、ウイニングチケットが目を大きく見開いた。

 受け取る直前に、体がびくりと震えてしまった。

 

「そ、そうなんだ、そうなんだ……」

「う、うん」

「そっか……」

 

 ウイニングチケットが、どこか嬉しそうに口元を曲げる。

 笑い話には、なってくれたのだろうか。

 

「トレーナーさん」

「は、はい」

 

 ふたたび、土野の体が硬直した。

 

「その……これはトレーナーさんのチョコだけれど、受け取る前に、知って欲しいことがあるの」

「うん」

 

 ウイニングチケットの顔が赤く染まり、目が地面へ泳ぎはじめる。尻尾はせわしなく揺れていた。

 何か、色濃い感情を抱えているのだろうか。だとしたら、ここで急かすわけにはいかない。

 

「その……このチョコは手作りで、トレーナーさんへの、これまでの感謝の気持ちで、これからもトレーナーさんのために頑張るっていう決意でもあって……」

 

 矢継ぎ早に、チョコに託された意味を口にしていく。途切れてしまえば、すべてが終わってしまうかのように。

 

「あと、このチョコは、この、チョコは……」

 

 息を吸う音が、はっきりと聞こえる。けれどウイニングチケットの視線は、決して土野から離れようとしない。

 ウイニングチケットの覚悟に応えるために、土野もウイニングチケットを見届ける。

 ――そしてウイニングチケットは、土野勝に対して、こう告げた。

 

「正真正銘の、本命のチョコです」

 

 その言葉の意味を紐解いていくのに、若干の時間を用いた。

 バレンタインにおける本命というのは、つまり、

 

「ほ、本当……なのか?」

「本当だよ」

 

 ウイニングチケットの表情が、真剣そのものになる。

 

「トレーナーさんがアタシのことを愛バって言ってくれた時、アタシはトレーナーさんのことが好きになってた」

 

 ここでウイニングチケットは、「ううん」と首を横に振るい。

 

「前から好きだったから……この場合は、大好き、になるんだと思う」

 

 表情を変えずに、ストレートに言う。

 

「トレーナーさんのことを思うと、すっごい嬉しくなるしすっごい苦しくなる。これからもずっと一緒にいたい、幸せになりたい、本気でそう思ってる」

 

 嘘なんて言うはずがない。だって相手は、あのウイニングチケットなのだから。

 

「アタシはすごくうるさいし、すぐ泣いちゃったりするけど、トレーナーさんへの恋心は誰にもぜったいに負けない」

 

 ウイニングチケットのことは、人バ一体の関係だと思っていたのに、

 

「アタシ、いいお嫁さんになれるように頑張る。だから、こんなアタシでよかったら、大人になった時に交際してください!」

 

 土野の心は揺れ動いていた。「それ以上」の存在だと、想いはじめている。

 そして、愛の証が土野の目前に差し出された。

 すぐには受け取っていいはずが、なかった。

 歳なんてだいぶ離れている。大人と少女という、絶対的な違いもある。自分は倫理観を持つトレーナーなのだから、簡単に恋に応えてはいけない。

 ――けれどウイニングチケットの告白は、土野の心身を完全に差し切ってしまっていた。

 

 とても、仲がいいんですね

 

 桐生院の言葉が、今になってフラッシュバックする。

 ウイニングチケットと出会って、三年間の月日が流れていた。ここまで来るのに、あまりにも思い出が積み重なりすぎていた。

 ウイニングチケットの良いところも、弱点も、すぐに言葉にできる。ウイニングチケットが嬉しかったら自分も笑えるし、悲しい顔をすればたまらず声を投げかける。

 気づけば、ウイニングチケットとはこんな関係を築き上げていた。

 恋を抱いたり、抱かれたりするのは、もはや必然だったのかもしれない。

 

「ウイニングチケット」

「はい」

 

 誰かを愛するのに、間違いなんてあるはずがない。

 

「君のことを、ずっと待っているよ」

 

 土野は、チョコを受け取った。

 ウイニングチケットの視線が、手元から土野の顔へゆっくり移り変わっていく。

 口を少し開けたまま、ウイニングチケットがこちらを見つめている。壁掛けの時計の音が、耳に響き渡ってくる。

 そして、ウイニングチケットの赤い瞳から、一筋の雫がこぼれ落ちた。

 

「あ……あ……」

 

 俺は、もう笑ってしまっていたと思う。

 

「ありがとぉぉぉぉ~~~~~!!! トレーナーさ゛ぁぁぁぁんッ! だぁいすきだよぉぉぉぉ~~~~~!!!!!」

 

 トレーナー室で、いつもの大声が反響した。

 そんなウイニングチケットのことが、もう、愛おしくてたまらない。

 

――

 

 午後九時。もうじきバレンタインが終わりを迎える頃。

 生徒会の仕事を終わらせたエアグルーヴは、机の上で読みかけの小説に目を通していた。内容はといえば、ゼンノロブロイオススメの、「愛と剣と愛」だ。

 戦記モノを読むのはこれが初めてだが、展開にしっかりと緩急がつけられているためにとても読みやすい。登場人物も活き活きとしているから、戦闘シーンに入れば「頼むから死なないで欲しい」とハラハラしてしまう。

 明日も学校だというのに、これでは夜更かししてしまうかもしれない。

 そうは思うエアグルーヴだが、ページをめくる手は止められない。ページはまだまだ残っているが、むしろ「まだ読めるんだな」とウキウキしなっぱなしだった。

 

「それ、面白そうだね」

「ああ、いいぞ」

 

 ルームメイトのファインモーションが、ラーメン漫画を片手に興味津々に問いかけてくる。

 エアグルーヴは質問に応えつつ、ふたたびページをめくろうと、

 

 机の上に置いてある、携帯が震えた。

 

 なんだろう、生徒会に関する報告だろうか。

 エアグルーヴは画面に手をつけ、お知らせを目にして――

 

 ウイニングチケット>ありがとうエアグルーヴ! アタシやったよ、エアグルーヴのおかげで結ばれたよ!

 

 本にしおりを挟み、画面に集中し始める。ただならぬ気配を察したのか、ファインモーションが「えっ」と声を上げた。

 エアグルーヴは真剣な顔つきで、届いたばかりのメッセージを読み込んでいく。手まで震えてくる。都合の良い読み間違いをしていないものか、三度ほどメッセージを読み直す。

 ――どうやらウイニングチケットは、幸せなウマ娘になれたらしい。

 椅子の背もたれめがけ、力なくその身を預ける。無表情のまま、天井を見上げる。

 ファインモーションの「えっ」が部屋に小さく響いてから、ほんの少しだけ沈黙が訪れる。一方のエアグルーヴは、ウイニングチケットに関するこれまでの出来事を頭の中で再生していた。

 

「……エアグルーヴ?」

「ああ、なんだ」

 

 力なく、視線をファインモーションへ向ける。

 エアグルーヴに向けられた顔色は、どこか不安そうだった。

 

「その、何かあった?」

「……ああ」

 

 エアグルーヴは、はっきりと微笑む。

 

「あった」

 

 それを聞いて安心したのか、ファインモーションも朗らかな顔になる。

 

「そう、そうなんだ。よかったね」

 

 それ以上、ファインモーションは追求しなかった。

 そしてエアグルーヴは、(ウイニングチケット)に対して祝いの一言を送る。詳しいことは、明日にでも聞けばいい。 

 ――さて。

 やることをやり終えたエアグルーヴは、着替えもせずに、なんとなく布団の上へ寝そべる。

 自然と、子供のように笑いながらこう思う。

 

 そっか、よかったよかった。

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