六色の竜王が作った世界の端っこで   作:水野酒魚。

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第63話 『青の月』最後の日

『冷淡公』との邂逅(かいこう)の後。

 帰りの魔獣車の中で。イリスは長い息を吐き出した。

「ナティエちゃんはラルカくんより、ずっと怖いコだから。レーキのこと、バレなくてホントによかった」

「……」

 ──はたして、そうなのだろうか?

 レーキは考える。『冷淡公』は確かに自分を見て言った。『いずれ私の前にまかり出よ』と。

 彼女は自分が、『ソトビト』であることを気づいていたのではないか?

 解っていて、そんな言葉を残したのではないのか?

 いずれにせよ二度と『冷淡公』にも『苛烈公』にも会いたくはないものだ。

「……ねえ、レーキ、レーキ! どうしたの?」

「……ああ、何でもない」

 気遣わしげに顔をのぞき込んでくるイリスに、レーキは微笑みを返す。

 イリスは安堵したように、もう一度長いため息をついた。

 

『青の月』は最後の日を過ぎて、レーキはまた一つ歳をとった。

 レーキが二十二歳になったことを知って、イリスはそれを喜び、盛大に祝ってくれた。

 生まれて初めて、誕生を祝ってくれた師匠の祝いはささやかだった。友人たちには『青の月』生まれだと言うことを告げなかった。

 だから、こんな規模で誕生を祝われたことは初めてで。レーキは戸惑う。

「おめでとう! レーキ!」

「おめでとう御座います。レーキ様」

 イリスとシーモスが口々に祝いの言葉を贈ってくれる。

「お誕生日はね、そのヒトが生まれてきてくれたことをお祝いする日だよ! 生まれてきてくれて、僕と出会ってくれて……ありがとう、レーキ!」

 実の両親は、生まれたばかりのレーキを(うと)んで捨てた。だが、ヒトの天敵である魔のモノ。その、強者である幻魔は疎まれた自分に『生まれてきてくれて、ありがとう』と言う。

 そのことがなんだか皮肉で、でも、うれしくて。

「……その、なんだ。こちらこそ……あ、ありがとう……」

 レーキは面映(おもは)ゆい心地で、祝福の声に応える。

「どういたしまして!」

 イリスは(まぶ)しそうに笑って、美しい布で包装された小箱を差し出した。

「……これは?」

「それ、ね、お誕生日の記念に、贈り物」

 レーキが小箱を開けると、小振りな折り畳み式の包丁が一本入っていた。刃には美しい書体でレーキの名が刻印されている。

「レーキはお料理好きでしょう? これがあれば、どんなところでもお料理が出来ると思うの」

「ああ、これは確かに持ち運ぶのに便利だ。ありがとう。切れ味も試してみたい。後で何か作ってみよう」

「うん! なにか美味しいもの、作ってね!」

 にこにこと嬉しそうに笑うイリスの隣で、シーモスがやはり美しい布で包まれたなにかを差し出す。

(わたくし)からはこちらを。お納めくださいませ」

 その包みには、辺の片方に穴があいた小振りな長方形の鉄板が入っていた。こちらにもレーキの名が彫刻されている。

「包丁を使われるからには、まな板もご入り用で御座いましょう? この鉄板ならまな板の代わりになりますし、そのまま肉などを焼くことが出来ます」

「シーモスも……ありがとう。大事に使わせてもらう」

 レーキは包丁とまな板を、腰のポーチに丁重にしまった。それは、あつらえたようにポーチの大きさにぴったりだった。

「……そうだ。イリスの誕生日はいつなんだ?」

「僕? 僕はね、『緑の月』の二十日だよ。レーキとおなじ、春の生まれだよ」

 レーキの問いに、イリスはにっこりと笑って答える。

『青の月』が終われば次は『緑の月』だ。すぐにイリスの誕生日は巡ってくる。

「解った。その時はイリスを祝おう。何かほしいモノはあるか?」

「えーとね……僕は、レーキが作ったケーキが食べたいな!」

「ケーキだな? 腕によりをかけて作ろう」

「やった!」

 手をあげて大喜びするイリスの隣で、取り澄ました顔で「よろしゅう御座いましたね」とつぶやいたシーモスに、レーキは訊ねた。

「ところでシーモスは? 誕生日はいつなんだ?」

「……私、で御座いますか?」

 不意に話題を振られて、シーモスは一瞬驚いたように眼を見開いた。

「私は……忘れてしまいました。随分と昔のことで御座いますから」

 驚きは、直ぐに人を食ったような笑みに沈んで隠れてしまう。レーキは、シーモスの不意をつけたことを密かに喜んだ。

「シーモスは、毎年お祝いさせてくれないんだよね……」

「魔人は長い時を生きます。毎年、誕生日を祝っておりましたらキリが御座いませんよ」

 苦笑を漏らすシーモスを、イリスは不服そうに見る。

「僕は毎年お祝いして欲しいし、なんなら毎日だってお祝いして欲しいな。何でもない日でもさ!」

「……イリス様は菓子を食べ過ぎでいらっしゃいますよ。あれはあくまで嗜好品で御座います」

「う……」

 シーモスにたしなめられて、イリスは言葉に詰まったようだ。

「でも、でも……美味しいし……美味しいし!」と言い訳にならぬ言い訳を繰り返す。

 二人のやりとりを聞いていたレーキは、くすりと笑った。

「ほら、レーキ様にも笑われておりますよ」

「あー! レーキ、笑うなんてひどいよー!」

「ごめん。何だか二人が仲のいい兄弟みたいで、つい、な」

 兄弟。そんな風に言われたことなど無かったのだろう。イリスたちは互いに顔を見合わせて、

「じゃあ、僕がお兄ちゃん!」

「私が、兄で御座いますかね」

 同時にそう言った。

 

『緑の月』に入って、『冷淡公』と『苛烈公』からイリスに正式な招待状が届いた。

『冷淡公』は丁重に、『苛烈公』は簡潔に、

報告書は読んだ、『ソトビト』を伴って晩餐会に来いと、それぞれに言ってきた。

「うん。もちろん断るよ」

 にこやかに、だがきっぱりとイリスは言う。

 レーキとてそうしてもらいたい。

 ここはイリスの書斎。今は上質の材で作られた書き物机の向こうにイリスが座り、レーキとシーモスは来客用のソファに腰掛けている。

「……しかし、公式の招待状でございますから、お断り致しますにも何か正当な理由をこじつけませんとなりませんね」

 二通の招待状を代わる代わる見比べていたシーモスは、何かに目を留めた。

「おやおや。どちらの晩餐会も同じ日付でございますね。仲のおよろしいことで。これでしたら、お二方共に片方だけに出席は致しかねるとお返事致しましょう。『冷淡公』も『苛烈公』もご納得いただけるでしょう」

「うん。変なところで気が合うんだよね、ナティエちゃんもラルカくんも。……でもちょうど良かった。どっちも行く気はないもの」

 招待状の封筒をもてあそびながら、イリスは物憂げにつぶやいた。

「報告書もあげたのに……二人ともしつこいよね!」

「『ソトビト』の来訪は約二十年ぶりで御座いますから。『ソトビト』から少しでも外界の情報を引き出したいので御座いましょう」

 まれに『呪われた島』に紛れ込む外界人、『ソトビト』。

『ソトビト』の情報は、時としてこの島に変革をもたらす。新しい流行を生み出す。

 魔のモノはその変化を望んでいる。

 長い時を生きるモノにとって、常に変わらない日々とは猛毒なのだろう。

「……なあ、その、二十年前の『ソトビト』は今はなにをしているんだ?」

 黙って二人のやりとりを聞いていたレーキがふと、浮かんだ疑問を口にする。

 イリスとシーモスは、視線を交わして沈黙する。訊ねてはならぬことを訊ねたのかと、レーキは身構えた。

「……二十年前、『ソトビト』を見つけましたのは、『苛烈公』の魔人で御座いました。彼は……『苛烈公』の尋問を受けて、それから行方不明になられました」

「行方、不明?」

「表向きは、で御座います。恐らくは『苛烈公』のご趣味が行き過ぎた結果で御座いましょう」

 ご趣味が、行き過ぎた。では前にこの島に紛れ込んだ『ソトビト』は『苛烈公』に責め殺されたと言うのか。

「僕たちは前の『ソトビト』さんの名前も解らないの。ラルカくんがくれた報告書には書いてなかったから」

「人間で……壮年の漁師であった、と聞き及んでおります。ですが、それだけです。外界の情報も、多くを語る前に『行方不明』、でございましたから。レーキ様は本当に運がよろしかった」

 レーキの背中に、冷たいモノが伝わって行く。あの時、イリスが間に合わなければ、自分もどうなっていたか解らない。危ない所だった。

「……とにかく、ナティエちゃんにもラルカくんにもお断りの返事をして、この話はお終い! もっと楽しいことをお話ししよう」

「左様でございますね」

 イリスが強引に話題を打ち切ったおかげで、重苦しかった書斎の雰囲気が幾分和らいだ。

「僕の誕生会だけどさ。今年はお家のコたちだけでやろうか。お客さんにレーキを会わせたくないし」

「それでしたら、例年通りの晩餐会と内々のお祝いと両方を催しましたらいかがでしょう? レーキ様がいらしてから、イリス様は社交の機会を回避してしまわれますから」

「あ、それ良いかも! 二回誕生会をやれば二回美味しいものも食べられるし」

 書き物机の向こうで、イリスは両手を上げて賛成する。

「では、そのように。追加の『ワイン袋』の手配もいたしましょう。近頃のイリス様は『食事』をさぼっておいでだから」

「うう……」

 やれやれとばかりに、シーモスが肩をすくめる。

 イリスは、レーキと一緒に良く食事をしていたはずだ。菓子までたくさん食べていた。

 それなのに、『食事』をさぼっているとはどういうことだろう。

 ──ああ、そう言うことか。

 魔のモノにとってヒトの食事は嗜好品。ヒトこそが魔のモノの生きる(かて)

 どんなに優しく、好意的であったとしても、彼らは魔のモノ。ヒトとは違う理で生きるモノ。

 その事を、レーキは改めて思い知らされた気がした。

 

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