食事を終えて、三人はネリネの家に向かう。ネリネの家は、『学究の館』の端の方にある二階建ての家だった。この辺りは、石造りの建物がぴたりと密集していて、戸口は通りに面している。各家庭に前庭は無い。いかにも大きな街の家だ。
「あたしんちは、ここね」
ずらりと並んだ家のうち、一つを指さしてネリネはその家に入っていく。レーキとカァラも後に続いた。
家の中はきれいに整頓されていて、廊下に有る小さな机には一輪挿しで花が飾られている。家具は昔から使われているような、古いモノが多い。ネリネは綺麗好きなのか、掃除も行き届いていた。
「寝室は二階よ。二部屋有るから右のを使って。お風呂入りたいならココ。洗面もココね。キッチンは……」
ネリネは家の中を案内しながら、居間らしき部屋に入っていく。そこはすでに明かりが点いていた。
居間は居心地の良さそうな空間で、一人掛けのソファー二脚と二人掛けのソファー一脚、それに背の低いテーブルが並べられている。その内の一脚、一人掛けのソファーに誰かが腰掛けていた。
「……よお。遅かったな。邪魔してるぜ」
「あのねえ。帰るときは帰るって連絡くらいしなさいよ! まったく、どいつもこいつも!」
ソファーに座っていた、誰かが立ち上がる。彼はレーキの姿をみとめて、ぱちぱちと
「あんた、レーキじゃねえか。よお。久しぶりだなぁ。元気でやってたか?」
軽い調子で手を挙げたのは。やはり船で別れて以来、久し振りに出会うウィルだった。
これは嬉しい驚きだ。ウィルはあの時から少しも変わらず、今は武装も解いてすっかりくつろいでいる。
「ウィル。久し振りだな。グラナートに行ったんじゃなかったのか?」
「ああ。行った。けど、あそこは砂漠ばっかりで面白くねえ。だから帰ってきた。……ん? その小さいお嬢ちゃんは?」
「ああ、この子はカァラだ。グラナートで拾った」
「ほー。カァラ、か。良い名前だ。オレはウィリディス。ウィルと呼んでくれ、カァラ」
ウィルが腰を
「ウィル……ウィル……うん。おぼえた」
「良い子だ。よろしくな」
「な!」
「……所で、どうしてネリネの家にあんたがいるんだ?」
レーキが素朴な疑問を口にすると、ネリネが苦虫を噛み潰したような顔をして、
「……したのよ」
「……? なにを?」
「ああ、もうっ!! こ・ん・や・く! したのよ! 色々あって、このバカと!!」
真っ赤になった顔を手のひらで隠しながら、ネリネは叫ぶ。
「……婚約?」
あれだけ、ウィルを毛嫌いしているように見えたネリネが、そのウィルと、婚約?
レーキには事情がにわかに飲み込めずに、
ウィルはぽりぽりとこめかみを
「まあ、そう言うことになった」
「そうよ! 婚約したの!! 何度も言わせないで!!」
「え、と……なるほど? それは、おめでとう」
「ま、あんたならそんな反応でしょうね……あ・り・が・と・う!」
ヤケになって礼を言うネリネは、耳まで真っ赤になっていた。
そうか。この二人が。人生とは何が起きるか解らないものだ。
感心しきりのレーキに、ネリネは「えー、こほんっ! それで? あなたの方の話を聞かせてくれる?」と
「ああ。その前にカァラを寝かしつけたい。この子には聞かせたくない」
カァラはまだ幼い。ここで話したことを、どこかでぽろりと
レーキがカァラを抱き上げると、彼女は「カァラもレーキの話、聞きたい」とはっきり言った。
「だめだ。大人の話だ。お前には聞かせられない」
「大人ならいい? どうしたら大人になれる?」
「あと十四年待て」
「十四年って寒いのが何回?」
「十四回だ」
十より多い数は教えられていないカァラは、首を
「十四年になったら大人になって、お話聞かせてくれる?」
「そうだ。そのために早く寝ろ。寝れば早く大人になれるぞ」
カァラはこくりと頷いた。
「……ぜったい、ぜったい、だよ?」
「ああ、絶対、だ」
それで、カァラは納得したのか、寝室まで運んでも大人しくしていた。
グラナートで買っておいた寝間着に着替えさせ、ベッドに寝かしつけると、カァラはレーキを見上げた。
「お話おわったら、いっしょにいてくれる?」
「ああ、俺もこの部屋で寝るからな」
客用らしきこの部屋には、さいわいベッドが二つ有る。何も問題は無い。
「よかった。早くねる。早く大人になる……」
レーキの言葉で、カァラは安堵したように眼を閉じて、まもなく小さな寝息をたて始めた。
「……結構良いパパしてるじゃない。レーキ」
カァラが寝息をたて始めたの確認して、レーキは階下に戻った。
レーキは『良い父親』と言うモノを知らない。だから、それがどんなモノなのか目指しようがないのだ。
「……俺が?」
「そうよ。あの子、あなたのこと信じてるわ」
「俺で無くても、あの子は信じるさ。優しい、善良な大人ならな。……それより、今までの話をしよう」
レーキはネリネとウィルの向かいのソファーに腰掛けて、あの時、海に落ちてから何があったかを話し始めた。
気が付いたら『呪われた島』にいたこと、羽を切り落とされていたこと、魔のモノであるイリスとシーモスに助けられたこと……『呪われた島』で起こったことの全てを。
ネリネとウィルは時折質問を挟みながら、全てを聞いてくれた。
「……『呪われた島』、か……『始めの島』と『封印の島』の伝説は聞いたことがあるわ。人間は『始めの島』から世界中に広がって行った、って。でもこの千年以上『初めの島』の捜索に成功した人はいないの。『封印の島』もそう。どこかにはあるけど、誰にも見つかって無いのよ」
やはり、ネリネは島の伝説を知っていた。彼女になら、安心してこの重たい荷を預けることが出来る。とレーキは思う。
「今、その二つを探している者がいるのか?」
「うーん。今は表立って探してる学者はいないと思うわ。少なくともあたしは聞いたことがない。……その、『始めの島』は空を飛んで移動しているのよね? そりゃ、見つからない訳だわ」
ネリネは呆れ顔で嘆息して、腕を組んで眼鏡を押し上げた。
「君には申し訳ないが、この話はここだけの話にしておいて欲しい。『呪われた島』に上陸しようとする者が増えれば、犠牲者が増えることになる」
「そうね。それに、『始めの島』と『封印の島』が同一の島で空を移動してるなんて話、
にいっと、ネリネは不敵な笑みを浮かべる。発表するつもりはなくても、調べるつもりは有るらしい。
「何か新しい発見が有ったら、俺にも教えてくれ」
「任せといて!」
「……その、魔のモノは結界の外には出てこれねえんだな?」
黙って話を聞いていたウィルが、鋭い眼差しでレーキを見
「ああ。彼らにも結界はどうにも出来ないようだった。……だが……」
「だが?」
「彼らの力はどうしようもなく強力だ。いずれ、結界を破って外に出てくることが無いとは言えない。俺は、それが恐ろしい」
イリスやシーモスは、魔のモノとしては例外中の例外だ。『冷淡公』や『苛烈公』のことを考えれば、魔のモノは人類にとって脅威であることは間違い無い。
「……そうか。あんたがそう言うならきっとその時は来るんだろうな。ああ、その時までオレは腕を
「わくわく、じゃ無いわよ。バカ! そんな事になったら戦争よ! 戦・争!!」
ウィルは強者と戦えるなら、たとえ魔のモノであっても構わないのか。ネリネはウィルをたしなめる。
「騎士の本分は戦いだろォ。戦争、良いじゃねえか」
「あんたは『元』騎士でしょ! それに、あたしはそんなのゴメンよ! 戦争になんかなったら……遺跡探しなんて悠長に出来なくなるでしょーが!」
「そんなに目くじら立てるこたーねぇだろォ、ネリネお嬢ちゃん!」
戦闘狂のウィルと遺跡マニアのネリネ。にらみ合う二人は水と油のようで、根本的な所は似ているのかも知れない。レーキが感心していると、ネリネは「……所で、レーキ。その羽、
「ああ。羽の形のからくりを作って魔法を閉じ込めて有る、らしい」
「……ふふふ。完全に動く、それも新しい魔具、なんて……何それスゴすぎるあたしも欲しい!!」
「これは俺の羽に合わせて作ってあるから、君が持っていても役には立たないと思う」
真顔で返したレーキに、ネリネは頭を抱えて転げ回る。
「違うの! 違うの! 役に立つとか立たないとかはどうでも良いのよ! 研究したいの! どんな機能があるとか、どんな機構で動いてるとか、どんな材質とか、色々調べたいの!! 魔具はね、ロマンなのよぉおぉ!!」
「あまり叫ばないでくれるか? カァラが起きてくるから……」
「……うー! うーっ!」
悔しげに
その横でウィルはくつくつと肩を震わせて笑っている。
「……見てて飽きないだろォ? だから、婚約したんだ」
そう言って、ウィルは片眼をつぶって見せた。