六色の竜王が作った世界の端っこで   作:水野酒魚。

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第91話 弟子達

 カァラが天法院を卒業して、五年の月日が流れた。

 あちこちを旅して回るカァラは、時々アスールのレーキの家に戻って来た。その時その時に様々な土産や土産話を(たずさ)えて。

 ニクスでズィルバーに会って義肢(ぎし)法具(ほうぐ)の基本を学び、ネリネに付いてヴァローナの全土をふらふらと巡り、グラナートにも足をのばしていたようで。帰ってくる度に彼女はたくましく、頼もしくなっていく。

 五年目の夏にカァラが持ってきた土産は、十歳になったばかりのイロンデルと言う獣人の少年だった。

 ラエティアたちアルガントの一家よりずっと獣の特徴の濃いイロンデル少年は、身体中を茶色い毛で覆われ、ピンと尖った耳と犬類のように長い鼻づらを持っていた。

 ふて腐れたように眼を伏せる少年は、カァラの陰に隠れてレーキの家に入って来た。

「あのね、父さん。この子を父さんの弟子にして欲しいの」

 喉を潤すようにと、ラエティアが用意した冷たいハーブ茶を飲み干して、カァラは突然そう言った。

「カァラ先生……!」

 イロンデルは、狼狽(うろた)えたようにカァラを見上げた。見開かれた水色の(ひとみ)が揺れている。イロンデルも、何も聞かされていなかったのだろう。レーキは苦笑する。

「カァラ、彼も困っているぞ。最初から説明してくれ」

「あ、ごめん。私ね、アスールの王都で頼まれて子供たちに読み書きを教えてたの。イロンデルくんはその生徒の一人でね、孤児なの」

「……」

 自分の話題を出された少年は、浮かない顔で机の上のカップを見つめていた。

 レーキがイロンデルに視線を向けると、それを避けるように、少年は眼を()らす。

「読み書きが出来ないと何かと大変でしょう? だから彼は一生懸命私の授業を受けてくれた。今では共通語(コモン)は問題なく読み書きできるようになったよ」

「ふむ」

「それでね、彼の将来の夢は天法士になることなんだって。私はまだ旅を続けるつもりだから腰を据えて天法の手解きは出来ない。それで、父さんなら良いお師匠さまになってくれるんじゃないかって」

「なるほど。事情は解った。だがそんな大事なことを、何の知らせも無しに決めるんじゃない」

「それについては、ごめんなさい。父さん」

 謝ってはいるが、反省の色は見えないカァラに苦笑しながら、ラエティアは少年にハーブ茶を勧める。

「それで、イロンデルくん、はカァラちゃんになんて言われてここに来たの?」

「……『天法士になりたいなら、私と一緒に来て』って……オレ、先生が天法を教えてくれるんだと思ってた……」

「ごめんね、イロンデルくん。でも父さんは私のお師匠さまだから。父さんに教われば、君もきっと天法士になれるよ」

「……」

 イロンデルは口を真っすぐに閉じて、押し黙る。憧れの職業に()いている先生を信頼してついて来たと言うのに、急に突き放されたように感じて彼も戸惑っているのだろう。

 レーキは背を丸めて身を屈め、少年の眼をじっと見つめた。

「君は天法士になりたいのか?」

 レーキの隻眼から眼を逸らしながら、それでもイロンデルは小さく頷いた。

「もう、王珠は持たせたのか?」

「うん。綺麗な水色に光ったよ。素質は十分だと思う」

 カァラは、はっきりと請け負った。彼女がそう言うなら、イロンデルには才能があるのだろう。後は彼の意思次第だ。

「……君がもし、俺を信用してくれるなら、俺は君に教えられるだけのことを教えよう。君が十五になるまで。それから天法院に送り出そう。君が、君だけの王珠を得られるように」

「……オレ、正直、解らないんです。あなたを信用していいのか。先生のお父さん。まだあなたの名前も知らない、から」

 おずおずと、イロンデルはレーキを見る。希望と好奇心と警戒が入り混じった、その眸。

 きっと初めてマーロン師匠に天法士になれると言われたときの自分も、そんな眼をしていた。レーキは静かに微笑んで、頷いた。

「ああ、すまない。君は賢い子だな。俺はレーキ。レーキ・ヴァーミリオン。カァラの父親で、君と同じ孤児だった」

 

 イロンデルがレーキの家での暮らしに馴れた頃、カァラはまた旅立って行った。

 十五歳になるまでの五年間、イロンデルはレーキに付いて天法や様々な学問を修めて行った。

 暮らしに馴れてみれば彼は熱心な生徒で、レーキが教えたコトを繰り返し復習して真面目に課題に取り組んだ。

 イロンデルはカァラのように才気煥発(さいきかんぱつ)(たち)ではなかったが、着実に地道に実力を着けて行く。彼は、少し年上だが学問は苦手なレドといつの間にか良い友になっていた。

 その間に、カァラは新しい弟子とその妹の二人を連れて帰ってきた。今度の弟子は九歳の人間の少女で、妹共々やはり孤児だと言う。

「どうしても姉妹が離れ離れになるのはイヤなんだって。それなら二人一緒にって」

 今度はカァラも、手紙で(うかが)いをたてて来ていた。

 新しい弟子も素質は十分だと言うし、生活費はカァラが用意すると言うので断る理由が見つからない。レーキたちが受け入れると返事の手紙を書くと、カァラは姉妹を(ともな)って帰ってきた。

 カァラは姉妹を残して、また旅に出た。彼女たちは初めのうちこそ二人だけで会話をしていたが、次第に「女の子が増えてうれしいわ!」とよろこぶラエティアに懐いていった。

 弟子が増え家が手狭になってきた。レーキはイロンデルと姉妹のために離れを建てた。

 姉妹がやってきてすぐに、小さかったレドが十五歳の誕生日を迎える。レドは近頃レーキより背も高くなり、畑仕事を手伝う内にがっしりとした体つきになってきた。

 鳥人と獣人の混血であるが故に空を飛ぶことは苦手だったが、羽も十分に大きくなった。そろそろ将来を見据えて、何かしらの道を選ぶ時期だ。彼は読み書きはどうにか出来るようになったが、やはり学問は好まないようだった。

 レドは姉のように、天法士になる道を選ばなかった。

「おれ、父さんや姉ちゃんみたいに頭良くないからさ。天法士さまになるのは無理だと思う。だけど、料理作るのはスゴく好きなんだ。だから、将来は料理人になりたい」

 レドはにこにこと笑ってそう言った。

「そうか」

 レーキはそれをよろこんだ。いつでも楽しそうに料理をするレドは、確かに料理人に向いていると思った。

 子供たちは次第に大きくなっていく。イロンデルが天法院に向かい、レドは料理人修業のために近くの町の食堂に住み込みで働くようになった。

 姉妹の姉が天法院に行っている間に、カァラが新しい弟子をつれて久々に戻った。今度の弟子は十歳の鳥人の少年で、彼は真っ白な羽をその背に負っていた。

 

 月日は飛ぶように過ぎる。

 レーキは五十一歳になっていた。死の王の訪問はまだ無い。

 十年が過ぎ、十五年が過ぎ、カァラが連れてきた弟子たちは十人を超えた。

 その間に、カァラは旅の空で出会った人間の青年と結婚した。

 ラエティアは張り切って、カァラのために婚礼衣装を縫い上げる。

 カァラの夫になったルーと言う青年は、妻より少し年下で、黒い髪に銀色の眼を持っていた。レーキの家に挨拶にやってきたルーは、家の戸口で何かにつまずいて、かけていた眼鏡にヒビを作った。彼は誠実そうで純朴な青年で、四ツ組の天法士だった。

「天法士としては一流だし、私のやりたいことを手伝ってくれるし、良い人だよ。ちょっとアガート先生に似てるし。そこも気に入った」

 カァラは笑ってこっそり教えてくれた。

「お前のやりたいことって何なんだ?」

「うん? 私のやりたいことはね、両親がいない子供が夢を叶えるお手伝いをする事。手始めにアスールの王都に孤児院を作ったの。ルーはそこを手伝ってくれてる」

 レーキがカァラの夢を手助けしたように。カァラは、大勢の孤児たちの夢を支えようとしている。カァラは、自分がするべきことを見つけた。その道を歩いて行くことを選んだ。それがレーキにはとても誇らしかった。

「そうか……ところでお前、アガート先生のこと、好きだったのか?」

「ああ、うん。同じクラスの女の子たちみんなに人気有ったよ、アガート先生。よく見ると顔も良かったし」

「そうか……」

 恋だの何だのというよりは、青春時代の淡い憧れと言ったところか。

 その、当のアガートは結婚をする気配もなく、とうとう出世の階段を登りつめていた。年齢を理由に院長代理を退いたセクールスが、後任にと指名したのがアガートだったのだ。

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