「……それで、フィレミアの死の王さまはどうなっちゃったの?」
寝物語に古い神話を聞かせて欲しいとねだった
「フィレミアが無くなって……死の王さまの永い永いお役目もお終いになったからねえ。今頃はゆっくりお休みしているんじゃないかしら?」
「死の王さま、一人でかわいそう……」
小さな娘は優しい子に育っている。母親はそのことに満足して、穏やかに微笑む。
ここは、フィレミアから数十光年以上離れた小さな惑星。小さな太陽と三つの衛星に恵まれた、人が居住できる環境の星。
百年ほど前に人が入植したこの星で、その一家は穏やかに、慎ましく、それでも楽しく生きている。
「でも、死の王さまには家族も友達もいっぱい居たから。思い出したりすることもいっぱいあったんじゃないかしら?」
母の言葉に、娘はまだ納得出来ないようで。かわいい唇をとがらせた。
「うん……」
「さあ、もうねんねしましょう。このままじゃ夜じゃなくなっちゃう」
子供用のお布団に潜り込んだ娘は、苦笑する母を見上げて綺麗な赤色のおめめをぱちぱちと瞬いた。
「……ねえ、死の王さまはなんてお名前?」
「うーん。死の王さまは昔は人だったって、言うお話だから……人のお名前があったかも知れないけど、お母さんは知らないなー」
「そっか……」
落胆する娘の頬にキスを落として、母は部屋の灯りを消した。
「おやすみなさい。かわいいおちびさん」
「おやすみなさい。お母さん」
──ああーん。あーん。……ふぎゃあー!!
その時、隣の部屋から泣き声が聞こえてきた。
「赤ちゃん、泣いてる」
「うん。ごめんね、お姉ちゃん。ちょっと見てくるね」
母は慌てて、赤ちゃんが眠っていた部屋に駆けつける。そこにはぷくぷくとよく太って、健康そうな赤ちゃんが、小さなベッドの上で泣いていた。
「おおーよしよし……元気だねー」
母は赤ちゃんを抱き上げると、ゆっくり体を揺すった。赤ちゃんはまだ泣き止まない。
「……怖い夢でもみたのかな?」
「あら、お父さん」
赤ちゃんの泣き声を聞いて、居間にいた父が子供部屋へやって来た。
「うーん。この感じは多分、お腹空いてるんだと思う」
「ミルク、作ってこようか?」
「うん。お願い」
赤ちゃんをあやしながら、母は赤ちゃんのふっくらとした可愛らしいほっぺたを堪能する。
ミルクの香りのする、この柔らかくて温かくて小さな命。かけがえのない、この大切な我が子。大事に育てるからね……母はそっと赤ちゃんの額にキスした。
「さあ、ほら、泣き止んで……わたしのかわいい
泣きじゃくっていた赤ちゃんは、ぱっちりとおめめを開く。
それから、お姉ちゃんと同じ赤色の眼で、じっと母を見つめて、うれしそうにきゃっと笑った。