第1話
「ここで私、清十郎さんに会ったの」
柊恵理子は、懐かしい思い出を息子とその友人たちに語って聞かせた。
ここは夢の世界。事情は把握しきれてはいないが、柊四四八という青年が、物心ついてから途切れること無く体験してきた明晰夢の世界だという。
突然夢の世界などと言い出す息子にはさすがに驚く恵理子であったが、結果として今彼女はここにいた。
息子やその友人たちの気遣いによって、かつて蒸発した最愛の夫に再び逢うために。
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「おぉー、四四八の親父さん、意外とやるんすねぇ!」
「四四八にはその手の素養は一切受け継がれてないみたいだけどなー」
「…………」
母さんがはにかみながら馴れ初め話をするのを聞いて、栄光は尊敬するような声を、晶は俺を揶揄するようにうりうりと肘でつついてくる。
だが俺は、実の父親の話を聞いてどうにも違和感を感じていた。
曰く。八幡で人混みにもみくちゃにされていた母さんを颯爽と救っただとか。
曰く。母さんをめぐって剛蔵さんと喧嘩が絶えなかったとか。
曰く。病弱な身でありながら母さんとの旅行が大好きだったとか。
……違う、何かがおかしい。そんなはずは……
根拠の無い違和感が俺を襲う。
別にそうであったからといって困ることなど無いはずだ。ならば何故蒸発などしたと、憤りこそすれ話しに聞く限りそれはもう幸せな夫婦のはずで。
……駄目だ、なにかが受け入れない。気持ち悪いのである。
「……四四八?」
母さんがそんな俺を、首を傾げて見つめていた。
「あ、ああ、大丈夫。なんでもな---」
その時、俺達は砂利を踏みしめる音を聞いた。
「あ……」
「日が……」
次いで、夕日が沈んでいく。周囲が異様な環境操作の顕現に衝撃を受けている中、俺だけは途方も無い悪寒を感じていた。
そんな一切を無視して、一歩一歩、砂利を踏みしめ歩いてくる足音が響く。
それは疑いなく、母さんが思い描いた夢が現れた証で……
「柊……聖十郎」
俺達が足音の方へ目を向けると、そこには長身の男が無言で立っていた。
外見から伺える年齢は母さんとさほど変わらず、失踪当初ではなく現在まで時間が経過したであろう姿。
隙のない出で立ちは凍結した鋼のようで、顔立ちは整っているが人間味というものを感じさせない。
「聖十郎さん……」
硬直している俺達の間をすり抜けて、橋の上で待つ男の元へ母さんが歩いて行く。やはり一貫して無言の夫に、母さんは涙すら流しながら両手を広げて……
「逢いたかった、逢いたかったよ……」
「ねえ私、役に立ったかな?貴方の妻として、恥ずかしくない女に慣れたかな?」
「母さ--」
俺はほとんど衝動的に、その背に手を伸ばしかけた。
まずい。俺の勘が告げている。母さんをあのまま行かせてはならない。
だが、反射的に伸ばした手は空を切って、母さんは男の胸に飛び込んで……
「愛してる」
月光の照らす橋の上、二人が抱き合った。
どちらも俺たちの存在など意に介さず、互いだけを見つめ合っていた。
芸術品のように高尚で、魅せられるほど切なく、だけど何かが致命的に歪んでいた。
決定的な間違い。致命的なズレがどこかにある気がして、俺は--
「駄目だ、不味い」
俺だけが漏らした呟きは、その場の共通見解だったのか、俺だけの勘違いだったのかはわからない。だが……
「恵理子」
俺の目に映るその男は、
「俺の役に立ったかだと?馬鹿め……」
見た目の通り憮然と、冷たい声音で……
「……お前は俺の妻だろう。そんな悲しいことを言うな。ただ其処に居るだけで、それだけで満たされている」
「いや違うだろうっ!?」
嗚呼、やはり何かが間違っている……
続く。
更新なんかについては活動報告参照です。