夜を灯し駆け回る狐面の男〜内に秘める妖傀を想いの炎で焼き尽くす〜 作:桜桃
「き、狐面が二人?」
星桜は困惑しすぎて、二人を凝視していた。
「ねぇ貴方。とりあえず、その手を離してくれないかしら」
アイと呼ばれた女性は、星桜にゆっくりと近付き掴んでいる手を指しながらそう口にする。その声に抑揚は無いが、鈴のように透き通った声なため、耳にすんなり入って来る。
「あ、はい。すいません」
言われた通り星桜は手を離し、二人を見上げた。すると、二人はお互い冷静に言葉を交わし始める。
「あとは任せて」
「頼んだ」
ナナシと呼ばれた男性はそう口にすると、一瞬にして姿を消す。
この場に残されたのは、突然姿を現した狐面の女性、アイと、何が起きたのか全く分からない星桜の二人だけとなってしまった。
アイはナナシが消えたことを確認すると、無表情のまま星桜を見下ろした。そして、正面まで移動し片膝つき、星桜の右腕にそっと手を伸ばす。
「右腕は骨が折れている可能性があるわね。足は傷が深い。このままでは歩けなくなってしまう可能性があるわ」
「そ、そんな……」
星桜はその言葉で自身の足に目を向け、怒りや悲しみと言った複雑な感情で呟く。
「安心して。普通ならって話しよ。こんな傷、私達なら日常茶飯事。任せてちょうだい」
そう言うと、アイは背中まである長さの髪を一本抜き取り、そこに優しく息を吹きかけた。すると、その髪はいきなり光だし、次の瞬間には長方形の紙に変化した。
「え、それって──」
「動かないでちょうだい」
女性がそう言うと、よく分からない文字が書かれた、まるで御札のような長方形の紙を傷口付近に近付かせる。
すると、黒く書かれていた文字が光だし、紙から浮き出るように動き出す。そして、傷口の中に吸い込まれるように消えてしまった。
「へっ、な、なんですか今の!?」
「黙って見てなさい」
星桜が慌てふためいていると急に傷口が閉じていき、数秒後には跡形もなく消えた。
「────へっ?」
自身の傷跡を確認するように左手を伸ばし触るが、痛みなどはなく、普通に動かす事も出来た。
「どうなって……」
「傷の治りを強制的に早めさせたの。このぐらいの傷なら簡単に出来るわ」
立ち上がりながらアイは簡単に説明する。
「なぜ貴方がここにいるのか分からないけれど、その足なら動けるでしょう。もう十二時になるわ。送っていくから早く立ち上がってくれないかしら」
「あ、はい」
星桜は右手を動かさないように慎重に立ち上がり、地面に転がっている鞄を持とうとした。だが、横から伸ばされた細く白い腕が先に持ってしまう。
「貴方は右手の骨が逝ってしまっているわ。仕方がないから私が持つわよ」
「逝ってしまった………。あ、ありがとうございます……」
戸惑いながらも、星桜はお礼を口にしアイの後ろを付いて行くが、なぜかアイは崖へと近付き見上げ、小さく呟いた。
「この高さなら、行けそうね」
「え、何を言って──」
「しっかり掴まってなさいよ」
アイは星桜の質問を無視し、左手で鞄、右手で星桜を米俵のように抱えた。それがスムーズすぎて、彼女は「へっ?」という抜けた声を出してしまう。
「行くわよ」
この場にそぐわない淡々とした言葉でそう言うと、アイは膝をグググッと折り、視線を崖の上へと向け、地面を思いっきり蹴った。
────ダンッ!!
「ひっ!!! いやぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
崖に添い、勢いよく上空へ跳ぶ。
葉の隙間から覗く星空が近付き、星桜は大きく口を開け叫び続ける。
さすがにひとっ飛びは無理だったのか、崖を何度か蹴り、上へと登る。
───トンッ
崖の上に戻ることが出来たアイは、藍色の髪を翻し、道路へと軽やかに着地。
周りを見回した後、冷静な口調で「着いたわよ」と口にした。
「人生最後を味わいました」
「最後になるわけないじゃない。こんなところで死ぬなんてごめんよ」
アイはそう返し、星桜を優しく地面に降ろした。そして、暗く不気味な道を静かに進む。それについて行っていいのか分からず、彼女はその場から動けなかった。
「何をやっているの? 早く病院に行くわよ。外傷は治すこと出来るけれど、骨などは不可能なの。早く病院で見てもらわなければ痛みが酷くなるだけよ」
アイは付いてこない星桜に気づき振り返り、冷静にそう伝えた。その言葉が怖かったのか、星桜は慌てて彼女に追いつき、その後は一言も発さずに歩き続ける。
夜中の十二時過ぎということもあり、道には星桜達以外に人がいない。二人の足音と、木々が重なる音だけが聞こえ、星桜は右腕を固定するように支えながら、無駄に辺りをキョロキョロしている。
そして、最後に見たのはアイの横顔だった。
「……聞きたいことが山ほどあると思うけれど、貴方ならそのうち分かることになるわ」
その視線に気付いたアイは、前を向きながらそう口にした。
「分かることに?」
「えぇ。おそらく、だけれどね」
アイの言葉がよく分からず、星桜は首を傾げてしまった。すると、何故かいきなりその場に立ち止まってしまう。
彼女が立ち止まったことにより、星桜も自然と足を止めた。
「あの、どうかしましたか?」
「──ここから先は貴方一人で行ってくれないかしら。安心して。ここから病院まで徒歩十分くらいよ。車なら三分くらいじゃないかしら」
アイは鞄を星桜に渡すと、ナナシのように忽然と姿を消してしまった。
その場には、甘い花の香りだけが残され、星桜は唖然と目の前を見る。
「え、えぇ……」
状況が飲み込めず、星桜がその場でアワアワと困惑しながら立ち止まっていると、前方から人影が現れた。
「君、こんな時間に何をしているのかな」
声のした方を見ると、二人の警察官が懐中電灯を星桜に向け、立っていた。
「え、あ、いや。その──」
何とか言い訳を考えていると、警察官の一人が星桜の折れている腕に気付く。
「君、怪我をしているじゃないか。しかも、骨が折れてそうだ。パトカーが近くにある。乗っていきなさい」
そう言われ半ば強引にパトカーに乗せられ、星桜はそのまま病院に向かった。
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