離陸後、南西方向へ飛行。目標地点までオートクルーズモードに設定して、目を閉じて休むこと少し。レーダーアラートで目を覚ました。
「……夜間の戦闘飛行は初めてね。数は、三機。暗視モードに切り替え。火器ロック解除」
ミノフスキー粒子が撒かれれば赤外線は攪乱され、暗視モードは役に立たなくなる。そうなると月と星明りの非常に暗い中、目視索敵で戦うことになるが、エンジンの光くらいしか見えないのにどうやって戦うというのか。それは技術と根性である。
撒かなければ機体性能の差でこちらが有利。多少の被弾は物ともしない頑丈なボディに、ビーム砲と機関砲。三機程度なら相手の腕にもよるが落とせる。
しかし、戦闘になれば燃料を多く消費することになる。そうなると目標地点までたどり着けるかどうか怪しい。
「……どうしよう。ん、ミノフスキー粒子タンク? これはいいわね」
機体の下には雲。時間は夜。レーダーを無効化するミノフスキー粒子。少女の中でこの場を切り抜けるプランが決まった。
「ミノフスキー粒子散布。高度下げ」
雲の中に潜り、ミノフスキー粒子をばらまき、空になった粒子タンクをパージする。赤外線がかく乱され暗視映像が真っ白になる。これでレーダーでの索敵も、目視での索敵も不可能となる。代わりに自分も目隠し飛行になってしまったが、オートクルーズ設定は継続中だ。放っておけば機体が勝手に目的地へ飛んでくれる。
これで少し時間は稼げる、と少女は腕を組んで次にどうするかを考える。考えるほどのことでもなかった。敵が追跡をあきらめてくれればよし。そうでなければ殺すか、全力で飛んで逃げるか。その三つしかないのだから。
仮に戦うとして、レーダーで捉えたのは三機だけ。やれないことはない。しかし応援が出てくる可能性もある。夜間に飛べるパイロットは少なくても、居ないということはないだろう。三機ならどうにかなっても倍に増えたら燃料も弾も持たない。
戦うにしても、殺さずに翼を折る程度にしておけば、救助のためにしつこい追跡もなくなるだろうか。
「めんどくさいなぁ」
敵が追跡をあきらめてくれればいいのに、と少女は願う。しかし、ジオンとてスクランブルで上がっておいて戦闘どころか通信もせずに基地へ帰ってくれるほど不真面目ではない。雲を抜けると、真上と真下をドップに挟まれていた。なぜ見えたか? 月明りとエンジンの光だ。
「やるしかないか」
ガッとエアブレーキを開いて減速、操縦かんを引いて機首上げ減速、失速寸前まで速度を落とし、機体下面の姿勢制御スラスターを吹かす。急速に機体が一回転する。
その回転の最中、ビーム砲を二連射、閃光が夜空とドップを切り裂いた。翼をもがれたドップ二機は姿勢を崩し、地面に向けて落下していく。爆散はしていないから、コックピットに当たっていなければ脱出はできるはず。運が良ければ助かるだろう。
機体を水平に戻して、アフターバーナーを使用して急加速。急減速からのクルビット一回転からの急加速に、三半規管がいかれて胃もひっくり返ってパーティーで摘まんだごちそうが上から出そうになるのを歯を食いしばって耐える。
のこり一機がどこに居るかはわからないが、ドップはコア・ブースターの加速にはついてこられない。僚機二機を失ってなお挑んでくるほどガッツがある相手なら、丁寧に僚機と同じく地面にたたき落としてやるだけだ。
その後しばらく飛んだが、追跡部隊は現れず。対空ミサイルも飛んでこず。燃料アラートが鳴るまでの間、快適なフライトを楽しんだ。
「……レーダーに反応。識別は、味方。やった、助かった」
『こちらは地球連邦軍、ミデア補給部隊隊長マチルダ・アジャン中尉である。そちらの所属を答えよ』
若い女性の声がした、連邦軍という確認も取れたので安心して機体の速度を落とす。
「私は地球連邦軍、レオナ・ネーレイド軍曹。所属は……今は、ニューヤークの特殊工作部隊」
『ヨーロッパ戦線の撃墜王!? なぜ単機でこんなところに?』
「潜入任務に失敗して脱出してきたところ。燃料と弾が切れてるから、補給してもらえると助かるんだけど」
『申し訳ございません。我々はホワ……別部隊への補給任務の分のみしか物資を積んでおらず、その帰途につき余分な物資はないのです』
「じゃあ地上に降ろすから収容してちょうだい。空のミデアなら載せられるでしょう。ずっとコックピットに詰まってたから足を伸ばしたいの」
『敵地なので難しいです。それに、追手が来ている可能性もありますので』
「レーダーには映ってないけど」
『地上に潜んでいる可能性があります。夜間なので、できれば着陸は避けたいところです』
「じゃあなに。燃料切れで墜落しろっていうの?」
『……では、こうしましょう。空中給油で当機の予備燃料を渡します。安全な場所まで、我々の護衛をお願いします』
「え、護衛なしで飛んでたの?」
『そうです』
「えぇ……」
護衛もなしに輸送機を飛ばすなんて、かわいそうに。爆撃機隊でも護衛機はしっかりついていたのに。この輸送部隊は捨て駒なのだろうか。と勝手にレオナ軍曹は想像するが、そうではない。ミノフスキー粒子の影響下で夜間飛行できる、れっきとした精鋭部隊である。ドップを対空機銃で追い払ったりしている。
なぜそんな精鋭部隊を護衛なしで飛ばしているのかはわからないが。ともかく精鋭なのだ。
「わかりました。護衛の任務を引き受けます。ただし、こちらも元から弾薬をあまり積んでいない上に、ドップと一戦した後なので弾薬に余裕はありません。相手できるのは数機までです」
『ありがとうございます。たとえ一機だけでも、居るだけで心強いものです。それがエースパイロットとなればなおさら』
「褒められて悪い気はしないわね。お礼に面白い話を教えてあげる」
『なんでしょう?』
「ニューヤークでシャア・アズナブルを殴り倒してきたわ」
『……なんです?』
「聞こえなかった? 赤い彗星を殴り倒してきたって言ったの」
『……大変愉快で、興味深い話です。安全な場所まで辿り着けたら、詳しく聞かせてください』
その後他愛ない会話をしつつ、夜間の空中給油という困難なミッションをこなした少女。約束通り安全な場所へたどりついたら、機体を地面におろして収容してもらい、輸送機のコンテナ内で長時間のフライトで固まった身体をストレッチして伸ばした。
我慢していたトイレも済ませて平らな場所で存分に体を伸ばしてスッキリして、温かい食事を済ませた頃に、操縦席から女性の士官がエレベーターで降りてきた。
「おはようございます、欧州の撃墜王さん。私が輸送部隊の隊長で、機長のマチルダ・アジャンです。会えて光栄です。どうか階級はお気になさらず、気軽にマチルダと呼んでください」
握手を求められ、ためらいがちに手を差し出す。成人女性の、大きな、しかし軍人らしく少し固い手だった。シャアと触れ合ったときと違い、どこか暖かく安心するところもあった。
「受け入れありがとうございます。食事まで用意してもらって……とても助かりました。でも、無礼な発言をして申し訳ありませんでした」
「いいんです。こちらも助けられてますから」
「ついて飛んだだけで何もしてませんよ」
「護衛のあるなしでは、安心感が違うんです。ですから、お礼を言わせてください。ありがとうございます」
「……そうですか」
昨年までは全く聞くことのなかった感謝の言葉と気持ち。助け合いという概念。少女の乾ききった心に、雨水のごとく染み入って、感じたことのない快感を得ている。承認欲求というものなのだが、それを教育してくれる大人は居らず、本人もそれをそうと知らず。ただ敵を殺せば褒められる、敵を殺す=イイことと、無自覚の刷り込みを得ている。
人殺し以外で感謝されるのは慣れておらず、戸惑って返事に窮した。
「……あなたのようなかわいい子が撃墜王だなんてね」
悲しむような、同情するような、その声色。憐憫の情を彼女は、己の容姿(過去の仕事)のみを評価され、今の存在意義(功績)を否定されたと感じ、とたんに視線の温度が冷めた。
露骨に表情を変えなかったのは、軍隊に入ってからまともな人との馴れ合いを経て成長したからだが、そうでなければ殴っていただろう。
マチルダ中尉も繊細なところへ触れてしまったことに気付き、すぐに頭を下げて謝罪する。
「ごめんなさいね。あなたのことをよく知らないから、変なことを言って傷つけてしまったみたい」
「……いえ。構いません。それよりも、この機はどこへ向かっているんですか」
「ジャブローへ。一度本部へ戻るの」
少女がジャブロー、地球連邦軍本部へ戻るのはこれで三度目だ。一般兵がそう何度も訪れる場所でもないが、何かと縁があるのがこの少女。
「それより、シャア・アズナブルをどうやって殴り倒したか。詳しく知りたいって言う部下が多くて……話してもらえると嬉しいんです」
「……わかりました。任務失敗の経緯を詳しく話すようになって恥ずかしいんですが」
こうしてのんびり話をして、赤い彗星の情けない話を広める一方、ニューヤークでは。
「シャア……人の趣味嗜好に口をだすのは間違いだとはわかっているが、あえて言わせてもらう。年下好きでもローティーンはどうかと思うぞ。せめてハイスクールにしろ」
「ガルマ……!! ええい、君まで私を誤解するのか! アレはただの子供ではない、連邦軍の軍人だ!」
「証拠もないのにそうと決めつけるのはどうかと思うぞ。シャア」
「私の勘と、恥ずかしい話だが一発で倒されたのが証拠だ。あれほどの一撃を放てる少女が、ただの子供のはずがあるまい」
「イセリナもある程度護身術の心得はある。おかしくはあるまい。子供にぶつかるほど酒も入っていたのだから、酔いもあっただろう。君はそれほど酒に強くなかったはずだ。君の言うところの、『若さゆえの過ち』を認めたくないのはわかるが、反省したらどうだ。彼女の叔父という人に正式に謝罪をしたかったが、昨夜のレジスタンスの蜂起で姪を連れて帰ってしまったと言うし。昨夜捕まった連中は『ジオンが少女に乱暴を働いたのが許せなくて決起した』と言っている。死人も出た。部下たちも君が原因だと話して士気が下がっている。いくら友人でも庇いきれないぞ」
「では、検問所を突破して逃げた車と、飛び立った連邦機はどうなのだ」
「混乱に乗じて逃げ出した連邦軍人だろう。あんな子供がドップを二機一度に撃墜できるほどのエースなら、大人の兵士はもっと強いはずだ。であれば、この北米をこうも簡単に制圧できたはずがない。連邦軍が子供を徴兵しているというのはプロパガンダであって、君が真に受けてどうする……なあ、シャア・アズナブル少佐。いくら君が無二の友と言っても、それは永遠の友情を保証するものではない。反省しないのなら私にも考えがあるぞ」
「……そうか。わかった、すまない……私が悪かった」
「……少しの間、反省を促すために独房へ入ってもらう。そうでもしなければ部下が納得しないだろう。悪く思わないでくれ」
「ああ。身から出た錆というやつだ……認めたくないものだな。私自身、若さ故の過ちというものは」
「本当に反省しているのか?」
このような具合で話が進み、シャア・アズナブルは独房へぶちこまれた挙げ句、ロリコンの誹りを受け、赤い彗星ならぬ赤いロリコンと呼ばれるようになった。なんとも情けない英雄もあったものである。