機動戦士ガンダム 天使の飛ぶ空   作:からすにこふ2世

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大将は忙しい

 過呼吸で倒れたレオナ軍曹。倒れた後の検査には問題なかったのだが、倒れた場所が問題であった。

 地球連邦軍の将官、よりによってゴップ大将の部屋である。軍曹と大将、それから扉の前で立っていた衛兵の証言により、何事もなかったことは明らかになった。それでも、過程はどうあれ「大将と会話をしていた軍曹が倒れて、医務室へ運ばれた」という結果は確かに存在するのだ。どう取り繕おうとも、下品なうわさが立つのは避けられない。

 

 緘口令など出せば噂をかえって補強することとなるため、あえてそんなものはくだらない噂にすぎないと放置し、相手をしなかった。しかし噂には尾鰭がつくもので、信じる者が居るからこそ広まる。結果人の口から口へと伝わり、宇宙まで広く知られることとなり、ジオンのプロパガンダにも使われ、ゴップ大将は将官たちが集う会議で一つの話題として挙がった。本人はこの程度慣れたものだ、と軽く否定してまったく気にしていなかったが。

 

 評価が少々下がったところで自分の仕事<やること>はきちんとやっているのだし、出世に影響することもない。むしろ噂に惑わされる愚か者が、むこうから馬脚を現してくれるのだから助かるものだ、とあえて放っておくのだった。

 

 そして噂の被害者側であるもう一人の当事者は、見目麗しい撃墜王であり、大将の愛人をしている、という随分と偏った評価にすり寄ってくる輩たちにうんざりして、無理を言って出撃し、ジャブロー爆撃の定期便や、さらにその護衛機を叩き落してスコアを伸ばし、近々また新しい勲章をもらうのでは、彼女専用の勲章が準備されるのでは、と噂されることとなった。

 その噂も、ひと月と経たぬうちに衝撃的なニュースによって上書きされることとなる。

 

『ガルマ・ザビ、北アメリカにてホワイトベース隊と交戦し、戦死』

 

 地球連邦軍には北アメリカを指揮する優秀な指揮官、ジオンの旗頭、ザビ家の末弟として知られ。ジオンにはその優れた容姿と能力から高い国民的人気があり、軍の中にもその死を悼む者は大勢いた。

 それに伴う士気の低下を補うためギレン・ザビは国葬を実施、映画館のスクリーンよりもはるかに巨大なガルマ・ザビの遺影とそれの下辺を埋め尽くす花束を背に演説を行い、逆に士気高揚に利用した。

 

「奴は演説の天才だな。大昔に居たらしい、ヒトラーとやらもあんな感じだったんだろう。知っているか?」

「スラム出の娼婦が、そんなこと知ってるとでも?」

「これからはそういった教養を身に着けてもらう。君は私の愛人らしいからな。そばにいて恥ずかしくない程度の学を身に着けてもらいたい」

「……無理があるでしょ」

 

 軍曹はテレビモニタを眺める大将の頭からつま先までを眺めて、不満も込めてそう言った。積み重ねた年期、功績、それに寄り添って恥ずかしくない教養など、一体どれほどの間机に噛り付いて、読みたくもない本を読み、書きたくもない文を書かねばならないのか。

 その間、ジオンを殺せないことを考えるとまた倒れそうになる。

 大体、スラム出身でろくな教育も受けていない人間に何を求めているのか。

 

「養子にしてもよかったのだが。愛人のほうが手続きもいらないし、なんの拘束もない。君にとってもそっちのほうがいいだろう」

「無関係でいいじゃない」

「しかしねぇ君。すでに噂は立っているのだからして……」

「よくしゃべる」

「……君のような人間を生み出した政府、政治、その一端に関わる人間の贖罪とでも思ってくれたまえ。悪いと思っているのだよ、これでも」

「知らない。悪いと思ってるならヨーロッパへ戻して。あそこは私を必要としている」

「欧州ではないが、ちょうど北米で大規模作戦が予定されているところだ。撃墜王さまには働いてもらうときが来た。詳細は追って指示があるだろう、それまで待機したまえ」

「……本当に悪いと思ってる?」

「ああ。君のような子供を戦地へ送り出さねばならない地球連邦軍の窮状をなんとも情けなく思う。ガルマ・ザビを撃墜したホワイトベース隊の主戦力も、聞けば15歳の子供なのだと。まったくどうかと思うがね……」

 

 ゴップの脳内には、大将会議で話をしたこれからの戦争の展望が広がっていた。モビルスーツの量産体制は整い、北米を奪還するのに十分な数が生産できた。ジオン軍の主力はいまだにザクだ。新型も出てきたとはいえ、未だ地上の主力であるザクを上回る装甲を持ち。ザクを一撃で倒せるビーム・スプレーガン。取り回しに優れるビーム・サーベルを持つジム。支援用モビルスーツ兼、戦車と砲兵のアップグレードとして量産型ガンタンク・ガンキャノン。そしてコア・ブースターによって強化した航空支援。まずこれらの戦力を全力投入し、北米のジオンを次の司令官がやってくる前に片付ける。同時に欧州でも反攻作戦を実施せねばならない。二正面作戦となるが、どちらかを攻めなければ、そのどちらかが、がら空きのジャブローを嬉々として襲いに来るだろう。

 その後、地上のモビルスーツ部隊を宇宙に上げて、再建した宇宙艦隊と合流させ、数の暴力で地の利ならぬ宙の利を上書きする。

 ……そのためには、個人としては心苦しくとも子供に出撃を命令することも必要だと、軍人として冷酷に判断する。顔に刻まれた皺が、一層深くなったような気がする。

 ちなみに強化人間を『生産』するという施設の案が提出されたが、ゴップは手の内で握りつぶした。そんなことをせずともこの戦争には勝てる、と踏んだのか。これ以上戦争の犠牲になる子供を作ってはならない、という良心の枷からか。それ以外か……理由を語ることは終ぞなかった。

 

 地上の戦争は間もなく決着がつく。だが、宇宙はどうなるか。完全な決着がつくまでに、果たしてどれほどの人間が死ぬのか。コロニー落としから始まったこの戦争で、少なくとも数十億の人間が死んだ。そして、これからも死者は増える。

 戦後の片づけをする政治家どものことを考えると哀れに思える。が、そもそも政治家どもの圧政が招いた結果なのだから、自業自得と言うべきか……それとも後片付けなど放っておくのだろうか。戦争に巻き込まれ傷つき、死んだ大多数の無辜の市民のことをわずかでも考える頭があれば、復興に力を注ぐだろうか。その頭もなければ……

 

「いかんな。軍人の考えることではない……これではレビルと同じではないか」

 

 シビリアンコントロール、古くからある概念だが、軍とは政治の道具であらねばならない。飼い主にかみついてはならない。しかし賢い犬ならば、飼い主を誘導するくらいはしてみせるのではないか、と。頭に浮かんだ安易な方法を振り払う。

 

 兵士たちは、いや地球に生きる全人類が、大なり小なりジオンのコロニー落としにより被害を受けている。地球に住むすべての人間が、程度は違えどジオンへの憎しみを持っている。だからこそ、軍民そろって英雄をたたえている。

 民衆が英雄を求め、英雄を擁する軍への協力を惜しまない。戦中はそれでもいい……問題は戦後だ。いずれ来る終戦の後、せっかく苦労して獲得した平和をぶち壊しにする過激派が間違いなく出てくる。そういった憎しみを持つ兵士、市民の声をまとめ上げた過激派の人間が権力を持ち、軍人の域を超え政治に口を出すようになれば、なぜジオン公国という国が生まれたのかも理解せずに……あるいは理解してなおスペースノイドにさらなる圧政を課し、第二第三のジオンを生み出すことになるだろう。そしてまた夥しい量の血が流れる。

その流血の一助を、あの少女が担うことになると思うとどうにも不快であった。

 

 

偽善だな。とか、敵だけでなく味方もしっかり見張っておかなければならんなあ。とか、そういった言葉を音にはせずに、葉巻の煙として吐き出す。一本吸い終わったらまた仕事に戻る、大将は忙しい身分であった。

 




オデッサと北米作戦を同時進行します。原作とはちょっと違う。
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