薄暗い部屋に男たちと少女一人が詰め込まれ、怒声が飛び交う。それは決してやましい話ではなく、彼らに与えられた作戦のことでもめているのだ。声の大きさは単純な怒りではなく、真剣な疑問からのもの。なぜ疑問程度で怒声を上げるのか。それはプロジェクターに映し出される作戦情報を見ればわかる。
『ジオン核ミサイルサイロ破壊作戦』と銘打ったその作戦は、単純であり、必要性・緊急性が十分に伝わるものだった。だが、それになぜ疑問が上がるのかといえば、内容に問題があった。
大型の爆撃機に地中貫通爆弾を搭載、レーザー誘導装置を装備した戦闘機でサイロに爆弾を誘導、直撃させてミサイルを破壊する。これはいい、地上部隊の進行を待つ時間はないし、追い詰められれば到着前に発射するだろう。空挺部隊を投下するより爆弾を落としたほうが早い。
だが、出撃部隊が一個小隊限定なのはどういうことだ。失敗の許されない作戦なら、失敗しないだけの戦力を投入する必要がある。と、作戦を直々に持ってきたエルラン中将に隊長が詰め寄った。
「説明している暇はない。出撃準備をせよ」
「一個小隊だけでは作戦の成功は見込めません。ご再考を願います」
口調は穏やかに、しかし声量は拒絶の意思を表すように極めて大きく張り上げる。攻撃目標がそこらに点在する陣地ならともかく、戦場全体に影響を及ぼす重要な拠点であれば、対空砲が針山じみて生えている。第一段階として対空砲をきれいに掃除してから、第二段階、爆弾を誘導する部隊が出動、という流れならわかる。だがこの作戦内容では初段ですべてをやることになっている。これではいくら精鋭だろうが一個小隊では突入したところで返り討ちにされるのがオチだ。
しかも爆弾誘導中の機体は回避行動が取れず、無防備となる。ならば護衛のために余計に戦力が必要になるはずだ。それをたった一個小隊でやれというのは、失敗が前提となっているとしか考えられない。
「歩兵一個小隊で基地を一つ壊滅させた事例もある。その当事者がここに居るではないか。空軍ができないとは言わせないぞ」
「できないと言ってるじゃあないですか!」
「なんだとぉ……? 命令拒否で営巣にぶちこんでやろうか」
隊長と中将の雰囲気が過熱して殴り合いに発展しそうになっている頃、部屋の後ろでは。
「なあ、軍曹。お前さんゴップ大将と連絡はつくか。つくなら、この作戦どうもおかしい。正規のルートで発令されたものかどうかちょっと調べてもらってくれ」
「わかりました。中将閣下、少し席を外してもよろしいでしょうか。お手洗いに行きたくて」
「我慢しろ! そんなものブリーフィング前に行っておけ!!」
「我慢できそうにないので発言したのですが……ここで漏らせという命令ですね? わかりました」
「ち、メスガキが……早くいってきなさい」
「失礼します」
速足で部屋を出て、トイレには行かず個人用携帯端末でゴップ大将に電話を掛けた。困ったことがあったらかけなさい、と言われて渡された番号だ。
番号の行先が専用回線を引いて入浴時以外は常に身に着けているホットラインということは、彼女の知るところではない。
『私だ。どうかしたかね軍曹』
コールしてから一秒で電話に出た。
「エルラン中将がジオン軍核ミサイルサイロ破壊作戦という計画書を持ってきて、出撃命令を出されたのですが、それがおかしいということで。正規ルートで出たものか調べていただけませんか」
『調べるも何も。核ミサイルの情報は確かに諜報部の報告書にあったが、それをどうするという計画はこれから会議をする予定だったな、レビル?』
『ああ。エルランがスパイかもしれない、という報告書もあった……それについては読んだか』
『黒か?』
『早とちりしただけかもしれん。何がおかしいのか聞かせてくれるかね』
「聞いた限りでは、サイロの破壊に向かうのは一個小隊だけ、目標の重要度に対して投入する戦力が少なすぎる、と隊長が文句を言っても取り合ってくれなくて」
『どう思うゴップよ』
『個人的な感情も入れてよいなら黒だ。そうでなければほぼ黒』
『私も同感だ。出撃命令は保留。エルラン中将を拘束せよ』
「わかりました、お忙しいところ失礼しました」
『構わんよ。むしろよく連絡してくれ』
ゴップ大将が言い終わる前に、背にした扉を蹴り破り室内に突入。驚く室内の人間を無視して、部屋のど真ん中を突っ走り、助走をつけてエルラン中将の顔面にドロップキックをぶちこんだ。
「おぶっ!!??」
いきなりの蛮行に対応できず、もろに食らって吹っ飛ぶ中将。いきなりの凶行に唖然として動けない、室内の隊員一同。追撃の手を緩めず、手近にあったパイプ椅子を持ち上げて容赦なく振り下ろす軍曹。何度も何度も振り下ろされるたびに、パイプ椅子の足がだんだんと血に染まっていく。
「ぶべ、わだしをっ! ぐぶぇ、だりぇだど! やめ、やべでっ……」
「裏切者のくせにドブ臭い口でやめてくれなんて言わないでよ」
将官という階級は暴力を指揮するものであって、暴力に直面するものではない。長らく痛みとは無縁だったエルラン中将は、ただわめきながら許しを請うしかできなかった。しかし関係なく、容赦なく、スラム仕込みの暴力が降り注ぐ。体系で劣る相手には武器を使え。反撃されたら負けると思え。動く気がなくなるまで徹底的に痛めつけろ。誰に教えられたか、自分で学んだことか、それを忠実に実行していた。
事情を知らなければ上官に全力で暴力をふるう、完全にやばいヤツだ。
「軍曹何をしている! やめろ!」
「中将を拘束しろと命令されたので手伝ってください」
やめろと言われても、さらに上からの命令なので手を止めることはない。飛行隊長に助けを求めて手を伸ばすエルラン中将だが、その手にパイプ椅子を振り下ろされてひっこめた。なお軍曹は羽交い絞めにされてようやく殴るのを止めた。逃げようとすれば逃げられたが、直接の上官だし部隊の仲間なので、抵抗せずにおとなしくした。
ボコボコにされた中将もうずくまって動かない、拘束(動けなく)しろという命令は達成したというのもある。
「いったい誰に! どうして!」
「レビル将軍です。理由はスパイ疑惑。それと、今回の出撃命令は保留にするとも」
「……さっき部屋を出たときか」
「そうです」
「後で改めて確認をとる。もしも嘘なら極刑もあり得るぞ」
隊長は複雑な表情で、床に倒れる中将と、返り血まみれの軍曹を交互に見つめる。嘘は言ってないので堂々とする軍曹。
「なあお前ら。彼女が嘘をついているか、中将が本物のスパイなのか、どっちだと思う?」
「俺は中将がスパイの方に賭ける」
「俺もそっちに賭ける。どう考えても怪しいもんな」
「賭けにならねえなオイ」
「お前らぁ! そういう問題じゃないだろう!」
「どーも、軍警です。エルラン中将を拘束に来ました」
隊長が部下を諫めたとたんに、武装したMPたちがぞろぞろと部屋に入ってきて、床でぐったりしている中将に手錠をかけて持ち上げて連れていった。
「……」
連れていかれた中将の運命はいかに。いい目に合わないことだけは確実だが。
連邦、ジオン共にスパイの扱いは残酷を極める。捕まえたらとにかく拷問にかける、というのが基本方針だ。肉体、精神、薬物、人質、あらゆる手段を尽くして、死んだほうがマシという状況になるまで追い詰められ、情報を搾り取られる。
南極条約などあってないようなものだ。開戦時に猛威を振るった核搭載ザクが出てこないだけで、今度は核ミサイルを使おうとしているのだから。追い詰められればコロニー落としもやりかねない。
どんな手を使っても、この戦争は勝たねばならない。連邦軍兵士はみな、口には出さないが同じ認識であった。
話は変わりますが仕事をやめましたので、再就職まで少しだけ更新ペースが上がると思います。