宇宙世紀0079年11月某日。地球連邦地上軍、オデッサ最後のジオン軍拠点に決戦を挑む。
味気ないエナジーバー(携行食)を眠気覚ましにカフェインのたっぷり入った飲料で流し込み、作戦前の最後の栄養補給をしたら、ゴミをシートの下に放り込んで作戦区域に向かう。
今日この日の空には、地球連邦軍の欧州方面軍のほぼ全ての航空機が揃えられている。空を埋め尽くすばかりの飛行大隊の先頭を率いるのは、レオナ・ネーレイド軍曹率いる急降下爆撃隊……と、ハービックの新型戦闘機が一機。その後方に、爆撃隊と空挺MS輸送部隊、護衛戦闘機隊が続く。前日の核ミサイル破壊作戦で隊長が負傷したため臨時で一番機を任されているが、隊長として指揮を執るのは二番機だ。
『まもなく作戦エリアだ。改めて、本日の作戦を確認する。急降下爆撃隊の任務は、打ち上げ施設を防御する対空兵器の破壊。先行してこれを撃破し、空中の安全を確保。爆撃隊が地面を耕して、空挺部隊が残りの敵をせん滅する。必要に応じて近接航空支援を行う。爆撃隊の支援は別部隊がやってくれる、天使様は地上の敵だけに集中すればいい』
雲を抜けて、対空砲の届かない高度から空中管制機が下を飛ぶ飛行隊に伝達を行う。
「お客様はどうするんだ。軍人でもないのに無線共有させているが」
『上からは大事にしろと言われている。落ちる余地もない作戦だが、できるだけカバーしてやってくれ』
「ごめんなさい。私のせいで荷物が増えちゃって」
コアブースターのコックピットで、レオナ軍曹が珍しく落ち込んだ声で隊員に向かって謝る。自分が余計なことを言わなければついて来なかったのに、とでも言いたげな調子だ。
「邪魔にさえならなければ好きにさせればいいだろう。手数が増えたと思えばいい」
「もし自分が落ちたら機体を破壊してください。一応最新技術の塊なので……」
「さっそく邪魔になってるな。どうする、落とすか」
「民間人を殺すわけにはいかん。査問にかけられたくなければ、その手の冗談は口にしないことだ」
「すまない。いまのは忘れてくれ。ああそうだ、墜落したらMS隊に破壊を任せよう」
『任された。こんな勝ちが決まった作戦で墜落するようなら不良品もいいところだからな。天使様に不良品を押し付けようとしたってことになる。もし落ちたら……ハービックは二度目になるな?』
「その件は、大変申し訳なく……」
「改良したコアブースターはいいもんだ。誇っていい。誇っていいが、それはそれとして不良品を押し付けたことは反省しろ」
「反省しております」
そうこうしている内に雲を抜け、露天掘りした鉱山跡地が見えてきた。同時に、地表でいくつもの対空砲火が瞬き、時限信管により空中に爆発の壁を作る。
「よぉし。じゃあ降下するぞ! 軍曹、一番槍だ、行って来い! お客様は掃除が進んだあとだ!」
「了解!」
「わかりました」
軍曹を先頭にしたコアブースターの編隊が、音の壁を突破して、爆発のど真ん中に向かってほぼ垂直に降下する。爆発の衝撃、破片が機体を叩くが、コアファイター由来の頑強な装甲で強引に突破する。ハービックの新型機はついてこない。ついてきたら命令無視だし、そもそも民間人の営業マンにそんな度胸を求めてはいけない。
ボロボロになっていく機体。しかし致命的なダメージが蓄積するより前に、対空砲の炸裂高度を抜ける。秒数にして五秒未満。
「……―――!!」
コアブースターに爆弾を積んでいないのは正解だった。対空砲の攻撃で誘爆してはたまらない。
対空砲の層を抜ければ、すぐに敵の姿が見えてくる。密集したMSがマシンガンの弾幕を張る。火線を翼に掠らせながらすり抜けて、機体を立て直せる限界の低高度。必中、必殺の圏内に敵を捉えてから、ビーム砲を放ち、蛍光色のビームが二条奔り、対空MSが爆散するのを見届ける暇もなく、機首を持ち上げて空へと反転。
「ぐぅっぅうぅうっぅ!!」
機体が軋み声をあげる、軍曹は歯を食いしばって全身を押しつぶすGに耐える。後に続く機体が傷口を切り開くように突入して、さらに被害を拡大させ、軍曹の後を追って空へ舞い上がる。しかし、敵も被害を承知で密集している。MSの攻撃に耐えきれなかった僚機が制御不能に陥り、地面に墜落し、爆散する。コアファイターを分離して離脱する暇もない、壮絶な討ち死にであった。しかし、散った仲間を悼む暇などない。上げた高度を直ちに下げて、猛禽が襲いかかるように、地上のMS隊へ執拗な攻撃を加える。
しかし、残る敵も精鋭。恐怖の象徴である赤翼の天使に怯えることなく果敢に反撃を行い、一度攻撃を加える度に、一人が墜ちる。三度目のエントリーを終え、部隊の人数が半分まで減ったところで、隊長機が叫ぶ。
「軍曹! これ以上は無理だ! 離脱するぞ!!」
「……! 了解!」
最期にもう一度エントリーしてから合図のフレアを撒いて、MSの頭上を掠めるほどの低高度で一気に離脱する。
その直後に、高度を下げた爆撃機編隊によって、爆弾の雨が降り注ぐ。密集した爆撃機編隊が高度と速度を落として、腹に抱えた大量の爆弾を一度に落としていく。魚が卵をぶちまけるように。
急降下爆撃隊が対空砲を始末しておかなければ大量の被害が出たであろう戦術だが、対空砲の大半は始末した。残りの目もすべて天使が惹きつけている。照準を空に向けてももう遅い。グロス単位の爆弾が降り注ぎ、爆発が地面を塗りつぶして更地に変えていく。爆撃隊が飛び越した後、ダメ押しに輸送機から空挺MS部隊が、更地になった地面に隠された、巨大なハッチを制圧しに降下する。
ハービックの新型機はそれをただ眺めているだけだった。飛び込めば死ぬような爆発の中に落ちていくのは狂人にしかできない。ただのサラリーマンにできるはずがない。
しばしの後に、戦域全体に伝令が響き渡る。
『オデッサ北部にて、隠蔽された打ち上げ施設の稼働を確認! 全軍は直ちに急行せよ! 繰り返す……』
「げぶっ……そんな、馬鹿な……情報が間違っていた?」
「エルランめ……最後の最後でやってくれたな。それとも最初から使い捨てにするつもりで偽の情報を与えられていたのか」
「行けと言われても、な。俺たちの機体はボロボロ。燃料も弾も使い切った。もう飛んでるだけで精一杯の状態だ。爆撃隊も持ってきた爆弾を全部落として、輸送隊も空挺兵を回収する暇もない……セイバーフィッシュの足じゃ間に合わん。悔しいが、今回はジオンが一枚上手だった」
――――計器を眺めて、残弾と燃料を確認して、計算する。弾は全部使い切った。目標地点までは空中給油で辿り着いたとしても、弾がなければ何もできない。
シートに身体を預けて、脱力する。マスクを外して、鼻から垂れてくる血を袖で拭う。
やれるだけのことはやった。もうこの戦場で自分にできることは何もない。
『……あの。もしよろしければ我々が行きますが』
『抵抗できない相手を一方的になぶり殺しにするのでは、性能のすべてを披露できませんがね。それでも一発も撃たずに帰るのは、上になんと報告すればよいか』
「民間人は黙ってろ。どうせ行く度胸もないんだろう、同じ空を飛んでいるだけでも特例だというのに。管制機、聞いてるか。急降下爆撃隊は戦闘継続不能だ。帰投する。墜落した仲間の救助部隊もよろしく頼む」
『聞いている。帰投を許可する。セイバーフィッシュ隊、1番から6番までを護衛として割く。そしてお客様の戦闘は禁止だ、爆撃隊と一緒に基地へ帰れ。仕事を増やすな馬鹿野郎』
申し訳なさそうに意見を口にするハービックと、口だけは勇ましいアナハイムのパイロット。結局戦闘に参加しなかった二機の提案を、聞く価値なしと悪態交じりに一蹴する管制機。管制機に乗る指揮官は戦争の真っ最中でも、まっとうな感性を残しているらしい。管制機には常に高度で正確な判断が求められるから当然なのだが。
針路を基地へと向けながら、キャノピー越しにHLVの打ち上げ光を見つめる面々。
「あれを落とせれば宇宙での戦いが楽になる。が、もう誰も間に合わん」
『宙にも軌道艦隊が居る。彼らにも手柄を譲ってやると考えよう。君たちはよくやった。次の作戦に備えて今は休め』
結果を見れば、この作戦は半分失敗だ。敵の陽動に引っ掛かり、本命を取り逃がした形になるが。しかし残りの半分は成功したのだ。地上戦力の撃滅に成功し、重要地域の奪還に成功したと考えれば、そう悪い結果ではない。オデッサは解放されたのだ。