「レオナ・ネーレイド、指揮下に入ります」
「階級は、軍曹か。了解、歓迎する。我々は第五ブロックへ向かう、ついてこい」
警備のMS部隊3機と合流した軍曹は、指示のあった場所へ向かう。ジャブローの広い地下空洞をドスンドスンと音を立てながら走り回るジムの群れ。その向かう先には、MS生産工場と、それを攻撃するジオン軍MSが居る。
MSの使う武器は巨大なだけに、銃声も同じようにでかい。離れていてもよく聞こえる。
「レオナ軍曹、貴官の活躍ぶりは耳に入っている。しかし、MSでの戦闘は経験がないのではないか?」
「実戦は一回。それ以降はシミュレーションでだけ」
「後ろから盾を構えて撃ってるだけでも、居ないよりはいいんじゃないか?」
「味方を撃たなければな」
「味方を誤爆したことは一度もないので安心してください」
「それは頼もしい。皆、空の撃墜王でもMSの操縦時間は俺たちのほうが長い。スコアで負けるなよ」
「イエッサー」
全員士気は高く、足並みは揃い練度の高さが伺えた。しかし残念なことに、たどり着いた頃には、工場の建物は崩されて瓦礫の隙間からくすぶる炎と黒々とした煙が上がり。破壊された工場を背に、五機の異形のMSが並んでいた。四機はアッガイという水陸両用型MSで、中心に立つ一機は赤く塗装されたズゴック。これも水陸両用型。
どちらもアメリカ奪還作戦で連邦水上艦隊に大きな打撃を与えた厄介者だが、陸上での戦闘報告はない。しかし対潜爆撃機に撃破された機体の残骸から、情報は得られている。
アッガイの武器は腕部にバルカンとクロー。頭部にロケット。ズゴックは腕部にメガ粒子砲とクロー、頭部にロケット砲。装甲は厚いが、距離を取って集中射撃を加えれば撃墜できる。そう判断して、警備隊長は部下に指示を出す。
「目標! 前方の赤いMS! 攻撃開始!!」
並みの相手ならそれで片付いただろう。もちろん油断はなかった。特別な機体ということはそれに見合った強さがあるのだろうと警戒して、集中攻撃を加えるように命令したのだが。
問題は相手が並どころではないトップランクのパイロットであったことだ。
距離を保ったまま盾を構えてビームスプレーガンを発射するが、ジオンのMSは見た目よりも遥かに機敏な動きでこれを避けて、掠りもしない。アッガイは瓦礫の向こうへ飛び込んで逃走を開始。ズゴックはなんと一機でジム隊の方へ駆けてきた。距離を詰めながら両腕を前に突き出し、メガ粒子砲が放たれる。
黄色い閃光が盾の表面に弾かれ、超高熱の粒子が装甲板を焼く。脆くなったその盾をもう片方のメガ粒子砲が貫通し、機体の背中から拡散したビームが漏れる。
制御を失って膝をつくジム。一番前に立っていた隊長機は、一番に撃墜されてしまった。
「隊長!!」
「動揺しない!」
動揺すれば隙が生まれる。敵は見事にその隙を突いた。反応が遅れて、盾を払いのけられたジムの胴体を、ズゴックのクローが貫通する。飛び散る部品、破片と、少しだけの肉片。貫通した先でクローを開いたら、その腕からもう一発メガ粒子砲を放ち、ついでとばかりにすぐ後ろにいたジムが、わき腹を撃ち抜かれて倒れる。
「たった一機のMSに、ジム3機が……そんな馬鹿な……! 馬鹿なことがあるかぁ!」
やけになったジムのパイロット、警備部隊最後の一人が盾を放り捨て、ビームサーベルを抜き、スプレーガンを乱射しながら突撃する。しかし、ズゴックは撃破したジムを盾にして銃撃をしのぐ。ビームを何発も受けて穴だらけになるジムの残骸、しかしビームライフルよりも収束率の低いスプレーガンは、その向こうに居るズゴックに傷一つつけられない。
ズゴックのパイロットは落ち着いてジムが接近するのを見計らい、ビームサーベルを振り上げた瞬間に、盾を突き飛ばして、残骸を押し付けた。
「ぬぉおおお!!」
仲間の躯をぶつけられて姿勢を崩されたジム。赤いズゴックはこの後ろに回り込み、背中からクローを突き刺して撃破した。
三機が撃破されるまで三十秒もなく、軍曹は援護に入る暇さえなかった。
『さて。残るは一機か。どうするかね、退くというなら見逃してあげよう』
オープンチャンネルで投げかけられた挑発めいた通信に、軍曹は無言でビームスプレーガンを発砲することで応じた。もちろん訓練とは違って、敵は避けるから当たらない。地下洞窟の天井を炎とビームの色が照らす。
逃げなかった理由は、自分なら逃げている背中を撃つか刺すから。赤いズゴックのパイロットも、自分が逃げていたならそうするつもりだろう。敵なのだから逃がす理由もない。
少しだけしか言葉を交わしていないとはいえ、仲間は仲間。その敵討ちというのもある。
ここでこの赤いやつを逃がせば大勢が死ぬことになる。その予感が、何より退けない理由であった。
「こちらレオナ・ネーレイド。第五ブロックで赤いモビルスーツと交戦、警備部隊は全滅しました。至急応援を要請します」
『了解しました。ほかの部隊がそちらへ向かっています。到着まで三分、それまでどうか持ちこたえてください』
慣れてないモビルスーツで、実質初めての戦いだ。おまけに相手はエースパイロット。条件はこっちが不利。
操縦スティックを握る手を強めて、深呼吸して緩める。不利な相手との喧嘩なんてスラムでいくらでもしてきた。大人の男を相手に商売していて、トラブルになることなんて何度でもあった。金を払わない客から暴力で取り立てたり、プレイ中にサービス外のことをしてきた客を殴り倒して強制終了させたり。なんだ、いつものことじゃあないか。
空に居る間は格下の相手しかしていなかったから、昔のことをすっかり忘れていた。知らない間にぬるい環境に慣れてしまっていたらしい。
「持ちこたえるのはいいけど。別にぶっ殺しても問題ないのよね?」
『……無理はなさらないでください』
「相手が許してくれたら無理しなくて済むんだけど」
ズゴックのアームクローが開いたので、横に跳ぶ。バシュゥ、と自分がいた場所をビームが通過した後、ブーストでもう一度空中を跳ねる。二発目のビームが回避後の位置を狙って飛び込んできたが、外れる。反撃に空中からズゴックを狙ってスプレーガンを放つ。相手もただやられるワケがなく、拡散する加害範囲を大きく跳ぶことで避けてから、軍曹のジムの着地点に向かって突進する。腕を弓のように引き絞り、クローを出して、着地狩りの構えだ。
着地。同時に眼前まで迫ったズゴックがアームを突き出す、防御のために突き出した盾を貫通し、そのままクローはコックピットを貫く……ことはなかった。
ズゴックの狙いは外れる。ジムが着地と同時にブーストを前に進む方向へ全力で吹かして、ズゴックの方へ機体を押し出したからだ。
結果、軍曹のジムはコックピット表面の装甲を削り取られるだけで済み。ズゴックは体当たりをもろに受ける形になる。姿勢を崩したズゴックに、追撃に足を踏み下ろし股関節を踏み砕こうとする。蛇腹構造の関節カバーのせいで滑って砕けはしなかったが、小さくはない衝撃を与えた。少なくともバランスを崩すには十分。武器を手放して両手を空けて、その両手でズゴックの両腕の付け根を抑える。
そのままブーストを続けて、さらに頭部バルカンで銃撃を加えて嫌がらせをしつつ、押し倒しにかかる。押し倒してマウントをとればビームサーベルで殺せる。殺意を全開にした動きであった。
しかし、ジムよりもズゴックのほうがパワーは上だった。最初は押していたが、押し合いになり、次第に押され始め……ジムのコックピットに警報音が鳴る。
「オーバーヒート!? うぐぅっ!!」
連続稼働の熱に耐えきれなくなったブースターが悲鳴を上げ、取っ組み合いなど想定していない関節のモーターが軋む。そちらに気を取られた瞬間に、姿勢を前に傾けたズゴックの頭からロケットが発射されて、直撃を受けた頭部が粉々に破壊される。全身を襲う衝撃に歯を食いしばって意識を保つ軍曹。やけくその反撃で足を振り上げて、相手を蹴り飛ばすことで距離を置き、ビームサーベルを抜くよう機体に指示を出す。
メインカメラがやられたため、前もほとんど見えないが、サブカメラで多少は見える。しかしさっきと同じ動きで襲われれば、対応できるかどうかわからない。それでもなにもしないよりはマシだ、と思い取った行動だが。それが命運を分けた。
ズゴックのメインカメラもバルカンで破壊されていたため、そこから爆風が入り込み、内部へダメージが浸透。戦闘を続ければ耐水機能に深刻な障害が出ると警告が出たことと、応援のMS部隊が迫っていること、相手の戦意はいまだ旺盛。工場破壊の任務は果たし、部下への追撃も防いだ。トドメを刺せないのは惜しいが、自分も撤退できなくなっては本末転倒と、ズゴックは撤退を決意した。
…………ガシャン、ガシャンと遠ざかっていく足音。サブカメラの荒い画質で去っていく姿を確認したら、軍曹は操縦桿から手を放し、全身の力を抜いて、シートにもたれかかった。
緊張から解放されて、全身の汗腺が開いて汗が噴き出る。
蒸れるヘルメットをコックピットの隅へ投げ捨てて、パイロットスーツの襟を開いて深呼吸。
「あー………………死ぬかと思った」
新鮮な空気を吸い込んで、生きていることを実感する。大変だらしない恰好をしているが、誰も咎めることはないんだからいいだろう。
『大丈夫ですか! 生きてますか!?』
「応援……? 私はいいから、あの赤いのを追撃しなさい。カメラは潰したから、今なら殺せるわ」
『赤いのだって? シャアか!? わかりました、行きます!』
ジムとは違う型のモビルスーツが、頭上を飛び越えてズゴックを追いかける。遅れて足のない大砲を担いだモビルスーツと、二本足の大砲を担いだモビルスーツもそれを追う。
十分ほどしてから彼らが引き返してきて、追撃の成果はなかったと聞かされ肩を落とした。警備隊の面々の死と、自分の奮闘は全くの無駄だったわけだ。
その後、コックピットから這い出た軍曹はモビルスーツの掌に載せられて道路のある場所まで運ばれ、そこから車に乗せ換えられて医務室へ運ばれた。
医務室で医師から簡単な診断を受けたのち、精密検査のために入院ということになった。
見舞いにはやたらとたくさんの客がやってきた。准尉の階級章を持ってきたゴップ将軍と、顔を青くした同僚、そして同じく入院中の急降下爆撃隊隊長。ハービックとアナハイムの営業マンに……顔見知りではなかったけれど、ズゴックを追っていったMSのパイロットも話を聞きにやってきた。疲れていたし、知り合いでもなかったから最後の三人だけはナースに追い返してもらったが。
……静かになった病室で、先の戦いの反省をする。あの状況では、助けが来なければ死んでいただろう。相手はおそらくシャア・アズナブルだった、という話だが、相手がトップエースだったからといって負けていい理由にはならない。というか一度は任務を失敗させられて、二度目は味方を全員殺されて……二度もあの男に泥をかけられたわけだ。三度目会うことがあれば必ず殺す、と、深く決意した。
そのためにも、もっと力を……より厳しい訓練を。より激しい実戦を。より性能のいい機体を。航空機に乗っていてもモビルスーツに乗っていても、勝てるようにしなければならない。