機動戦士ガンダム 天使の飛ぶ空   作:からすにこふ2世

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準備期間

「閣下。質問があります」

「なんだね」

 

 大将が書類仕事をしている傍らで、課題として渡された本を読まされている准尉が、読書に飽きて声を上げる。

 読んでいる本は児童向けの初等教育本。准尉の年齢からすれば、かなり学習が遅れているというレベルの教育だが、スラム育ちでまともな教育を受けていなかったことを踏まえると、妥当なところである。

ただし空戦については並ぶもののない天才で、飛ぶこと、戦うことに関係する知識はこの半年ほどで大体理解した。天測航法などの高度な計算も感覚で理解し、質問にも答えられる。が、それ以外の一般教養になると、まともな教育を受けていないことからてんでダメ。そもそも一般常識からしてなかったりする。

大将の愛人が馬鹿ではいろいろ問題があるだろうと、建前上は護衛の武官としてそばに置きつつ教育をしているのだが、実際のところは哀れな少年兵を見かねて拾い上げた慈善活動である。育児のそれに近い。

 

「どうして私は宇宙へ上げてもらえないのでしょうか」

「医者から説明があったと思うのだが。君の肉体は戦闘負荷による重度の損傷があり、回復するまでは打ち上げの負担に耐えられないと」

「耐えて見せます」

「宇宙への打ち上げは戦闘以上に体へ負担がかかる。地上から宇宙へ物を打ち上げるのに必要な速度を知っているかね? 秒速11km、君がいつも乗っている戦闘機の何倍もの速度だ。体にかかる負担も当然その分増える。宇宙に上がったところで、よくて寝たきり。悪ければ死ぬ。出撃もできない役立たずになって、ほかのクルーの手を煩わせまで宇宙に上がりたいかね?」

「……」

「気合で物事の道理を曲げられるのなら、ジオンはとっくに地球を制圧しているし。君は撃墜されて死んでいる。わかったかい」

 

 大将の発言にも納得できるところがあるのか、口を閉じて飽きかけていた本に目を落とす。

 なお、実際のところは一週間の投薬と代謝活性化による治癒促進で、肉体損傷の八割は治っていると言っていい。昔ならいざ知らず、宇宙世紀の医療技術は大きく発展しており、しっかりとした設備さえあればたいていの負傷は治るものだ。このような高度な治療は、効果に比例して費用も高価であり、連邦軍の兵士であっても高級士官でもなければなかなか受けられない。

ともかく、おかげで打ち上げにも耐えられる体調だ。言いくるめられているのは、代謝活性化が引き起こす全身の疼痛を、体が傷ついているからと認識しているからである。

 騙されているのは知識がないから。なれない読書を試み、書いてある内容を少しずつ、少しずつ理解していき、多くのことを学べば、騙されていることにも気が付けるようになる。

興味のないことを学ぶというのは彼女にとっては苦痛でしかないが、必要なことと理解しているから学習を止めることはない。

 

「閣下。入ってもよろしいでしょうか」

「かまわんよ」

「失礼します」

 

 文官が入ってきて、ゴップ大将に近付き新たな書類の束を渡す。以前はオフィスの外で仕事をすることのほうが多かった大将だが、ここ最近はジャブローのオフィスにこもって仕事をすることが増えた。

 地上戦が一区切りついたこともあるが、連邦最高のエースパイロットが勝手に自滅しないようにという拘束のためもある。

身に着けている勲章の数が飾りではないことを兵士であれば誰もが知っているため、勝手に訓練していても、隙あらば抜け出して残党狩りに出かけようとするのも、尉官程度では止められない。佐官クラスになると遊ばせるほどの数も余裕もない。将官ともなれば各方面の指示のため忙しく、子守りなどしている暇などない。

 つまり、安全な後方で彼女に首輪をかけられるのがゴップ大将のみということで、自分から引き受けたのだった。護衛にしては階級・年齢が低くとも、勲章の数だけを見れば釣り合いが取れること。愛人の噂までも利用して、そばに置くことに成功した。

 

「……」

「なにかね? 用事は済んだのだろう。退室してかまわんよ」

「ハッ、失礼しました」

 

 時折今の文官のように、彼女のぶら下げた勲章に対して疑いの目を向ける人間もいるが。そういった人間は大抵どこかで不満を漏らし、それを聞いたほかの兵に連れ去られて延々と彼女の武勇伝を聞かされることになり、考えを改める。改めなければ彼女を尊敬する兵たちにより修正される。

 軍人でなければ実情を知ることのない話なので、外部、政府の人間や一般市民からはゴップはロリコンの下種として見られ、レオナは他人の功績を擦り付けられただけの愛人として見られる。ジオン軍には士気を落とすためのプロパガンダとして受け取られているが、二人にとってはどうでもいいことだった。

 

「で、私はいつになったら宇宙に上がれるのでしょう」

「医者がいいと言ったら上がってもいい」

 

 いくら体が健康な状態に戻ろうが、まっとうな倫理観を持つ医者が子供に対して戦場に出てもいい、などと言うことはまずないので、実質的に止めているようなものだ。たまに無視して残党探しに出撃しているが、オデッサ・北米・ジャブローの激戦で戦力を使い切ったジオン地上軍残党には戦力も気力もなく。さらにはジオン地上部隊にとって航空機とはトラウマそのもの、恐怖の象徴であったため、空に機影が見える、あるいはエンジン音が聞こえてくれば、見つからないようにじっと身をひそめるのだ。エンジン音が離れて行っても折り返しが怖くて動けない。そんな状況なので、定期的な哨戒飛行をするだけで地上の平和は維持されていた。

 

 このときゴップが処理している書類の中には、ジオンが核を使用したことによる南極条約の形骸化、保存されていた核兵器の持ち出し許可及び使用許可を求めるものがあった。これをどうしたかは、ゴップ本人以外に誰も知らない。あるいは、本人すらも知らない(ことにした)のかもしれない。

 

 一方軌道上でも、宇宙に逃げてくるジオンも、それを拾うために地球圏に接近するジオンもほとんど居なくなったために、ソロモン攻略にむけた物資の打ち上げ・艦隊編成・MSの戦闘訓練が行われていた。本来ならとうにソロモンへ向けて艦隊を移動させている時期だったのだが、ジャブロー襲撃を受けて計画が遅れたため、その時間を訓練に費やしていた。

 

 ジオンもその時間を使い、補充した新兵の訓練・回収した部隊、兵士たちの再配置・再編成。ソロモン防衛のための作戦立案、兵器補充を急ピッチで進めていた。

 ジオン公国の首都たるサイド3、ズムシティでは、ギレン・ザビ、キシリア・ザビ、ドズル・ザビのザビ家三兄妹が揃い、場に居合わせた衛兵の胃をおろし金で摩り下ろすような剣呑な雰囲気で会議をした。ソロモン防衛のために残る宇宙拠点、サイド3、グラナダ、ア・バオア・クーからどれほどの戦力を供出できるか。具体的な防衛計画はどうするのか。ついでに地球占領作戦の失敗とガルマの死は誰の責任で起こったことか。連邦侵攻作戦が伸びて得られた貴重な時間を使った甲斐あって、ソロモンの防衛を担当するドズル・ザビにとって実りある結果となった。

ただし後半になるにつれ議論というよりも、癇癪を起こした兄弟喧嘩の様相を呈しており、貴重な時間を無駄にした感が否めないが。

 それでも、結果としてソロモンには質・量共に極めて充実した戦力が揃うこととなった。新型艦、新型モビルスーツに、新型モビルアーマー、旧型でも数は揃っている兵器群。多くの戦果を挙げたエースパイロット、数は少ないが地獄の地上戦を生き延びたベテランと、それらに教育を受け、十分な訓練を積んだ新兵。防衛用砲台の増設、艦船などの収容・修理ドックの改修。およそ考えられる完璧な布陣で、連邦を待ち受けることができたのだった。

 

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