ザクとの遭遇により壊滅した第四小隊は、投降しジオン軍の拠点に連れていかれた。
そこでは三個小隊、9機のザクがローテーションを組み哨戒と基地の警備、休憩とを回していた。ほかにも歩兵、整備兵、衛生兵、一通りの兵科が詰めている、かなり本格的な基地であった。
「ぅ、ぐっ!」
ザクを寝かせている格納庫の中で、兵士が苦しそうな声を上げる。その至近には、手錠も何もされていない捕虜、レオナ二等兵。周りにも兵士は居るが、それを不審に思ったりはしないし心配もしない。むしろ羨望のまなざしで眺めている。
その理由は……
「はい、代金分はサービスしましたよ」
彼女が提供している有料のサービスにあった。小隊長がサービスを受け、その部下たちも受けて、となると情報は瞬く間に基地全体に広がった。彼女がこの拠点に来てから三日しか経っていないというのに、両手足の指に収まらない数の男が彼女の世話になっている。
予約の順番待ちさえできている始末。本来ならこのようなこと、摘発されてしかるべきなのだが、風紀の悪化を取り締まるべき士官から真っ先に世話になっているのだから、さもありなん。
「あぁ……ありがとう」
「いいんですよ。お仕事お疲れ様です。次の方はちょっと待ってくださいね、手を洗ってからお相手しますから」
呆けた顔の男に営業用のスマイルを送る。その皮を一枚剥けば、冷静に客の数、基地の人数とそれぞれの所属を数えている兵士が居た。ジオン軍の追撃をどう凌いで、どうやって足を確保して連邦軍の基地に戻るか、しっかりと考えているスパイが居た。
車の中で連邦なんてどうでもいいと言ったが、あれは嘘ではない。本当だ。ただしジオン軍を好意的に思っているかといえば、そうではない。
少女は地球人である。地球人にとって地球とは家のようなものである。その程度の帰属意識は持っていた。ジオンはそこへコロニーという巨大な爆弾を落とした。自分の家に爆弾を落とした人間を憎みこそすれ、好意的に思うはずはないのであった。
ただし連邦軍もそこそこに嫌っているので、「同じクソでもマシなほうを選んだだけ」だった。
「次の方……あら、あなたは……」
「……」
連邦軍基地に帰るためのプランを実行するときが、思ったよりも早くきた。
次の客は、第四小隊にマシンガンをぶち込み崩壊に追いやったザクのパイロット。捕虜がサービスを提供していると聞き、来てみれば予想外の子供で、知らずとはいえこんな子供に120mmの砲弾を撃ち込んで殺しかけたのか、と罪悪感を感じていた。そのくせサービスはしっかり受けた、とんだクソ野郎である。
少女はそこに容赦なく付け込んだ。気にしていない風に見せかけて、サービスの後に少し涙を見せたらコロッと落ちた。
そしてこれで三度目。玉と心を完全に掴まれている。
「ねぇ、お願いがあるんです」
「な、なにかな……聞けることなら聞いてあげるよ」
まだ若い(少女よりは十以上年上だが)兵士は戸惑いがちに尋ねる。
「私、あの大きなロボットに、ザク? っていうんですか? に乗ってみたいんです」
「……それは」
「えぇ、だめですよね。わかってます。捕虜ですもの……身の程をわきまえない、図々しいお願いをしました。ごめんなさい……」
涙を見せつつ、引き下がるフリをする。兵士は戸惑いながらも胸をなでおろす。
「でも乗せてくれたらもっとイイコト、してあげてもいいんですよ。それもタダで」
二人にしか聞こえない声で釣り餌を垂らす。
「イイコトって……」
「死ぬほどイイコトですよ。ナニをするかはその時までヒミツです」
「……わ、わかった。後で呼びに来るよ」
食いついた、と少女は笑う。怪しく笑う。何を考えているか理解せずに、男は簡単に魅了される。
「おいおい、後がつかえてるんだ。早くしてくれよ」
「彼は今回はいいそうです、次の方お先にどうぞ」
「いいのか? へへ、じゃあよろしく頼むぜ嬢ちゃん」
少女はこの後も何人かの相手をして、疲れたからと切り上げて基地の中を散歩した。捕虜の扱いではない。入ってはいけない場所、機密を扱う施設、重要な設備のある場所、弾薬庫など危険な場所、それから、一番大事な、捕虜を収容している場所を教えてもらい。そこ以外をうろうろしていると、哨戒に出ていたザクが戻ってきた。
「……」
戻ってきたザクが格納庫の前で寝そべり、パイロットが下りて休憩に入る。基地を警備していたザクは哨戒に出ていき、休憩中の部隊が入れ替わりで警備に当たる、という順番になっているようだ。見ている限り、一日三度交代が行われる。
少し調整すれば動いているザクが三機だけの状況が作れる、と少女は行動の目星を付けた。そう考えて、格納庫のほうへ向かった。
そしてしばらく。
「てめぇ!! パイロットだからってレオナちゃんに無理やり迫ったんだってなぁ!?」
「ち、ちがうんです! 彼らは悪くないんです、私が隙を見せたのがいけないんです……!」
「そうだ! 俺たちはその子が誘ってきたから……! 合意だ合意!」
「やかましい!!」
少し焚き付けただけで、女をめぐって整備兵とパイロットの醜い争いが始まった。血気盛んな兵士たちが口論で収まるわけがなく、場を鎮めるフリをして火に油を注ぐレオナ二等兵の存在もあり、たちまち取っ組み合い殴り合いの喧嘩に発展した。
暴力沙汰になれば当然MPも出てきて、まとめて独房へぶちこまれる……結果、ザクが一個小隊無力化された。三個小隊でローテーションを組んでいたところで一個小隊が欠ければ、うまく回らなくなる。しかしパイロットから「人間には食事と休憩が必要だ。足も延ばせない狭いコックピットの中では休憩などできない」というパイロットからの要求もあり、哨戒は一時停止して休憩と警備のみとなった。
「ここまで思い通りになるなんて。さてはジオンは馬鹿の集まりなの?」
「何か言った?」
「モビルスーツってものに乗るのが楽しみだなって。どうやってこんな大きいものを動かすの?」
「車の運転と似たようなものだよ。歩く、走る、しゃがむとか、そういう大きな動きは勝手にやってくれる。パイロットが動かすのは細かいところだけだよ」
まんまと釣られたパイロットが、少女をコックピットに連れ込んで、膝の上にのせて、相手が捕虜ということも忘れて兵器の説明をする。もちろん連れ込むのを見て止めようとする兵士も居たが、見逃してくれたら後でサービスしてあげるから、という甘い言葉に乗せられてしまった。ジオン兵は脳みそまで性欲でできているらしい。
少女とパイロットを乗せたザクが立ち上がり、武器であるザクマシンガンを拾う。
「私たちを撃った武器は?」
「……」
「大丈夫、教えて。お願い」
少女の毒気に密閉されたコックピットで、密接した至近距離で、若いパイロットは少女の笑顔と匂いに中てられた。彼女の目がしっかりと機体の起動から今に至るまでの操作を一つとして逃さず追っていることに気付きもしないで。
一体何が大丈夫なのか。なにも大丈夫ではない。
「これだよ。この赤いボタンを押すと弾が出るんだ。レバーで狙いを動かしてね……あっこら、そこには銃があるから触っちゃだめだよ、危ないから」
「ええ、心配してくれてありがとう」
太ももをなでるふりをして、素早くホルスターから拳銃を引き抜いてパイロットの顎に銃口を押し付ける。
「へ?」
「背中の斧はどう使うの?」
「ちょっ、ちょっとま」
抵抗のそぶりを見せたのでトリガーを引いた。顎から脳天にかけて銃弾が通過し、飛び出した血と脳漿がコックピット内を汚す。
無線のスイッチは入っていない、他には聞かれていない。
「足をもらうついでに土産ももらっていくわね。サービス料ってことで」
死体の手を払いのけて、少女はレバーを握る。両隣に二機。少女が機体のコントロールを奪ったことには気付かれていない。
見せてもらった手本通りに、レバーで狙いを定める。
『おいおい、おふざけはや』
ドドドドドドド、ドドドドドドド。斉射を二回。正面装甲に穴が開き、巨人は煙を吹いて倒れる。
『おまっ何を!!』
もう一機が振り向いてマシンガンを向けようとしたので、撃たれる前に撃った。どうにかこうにか、背中についている斧を使おうと弄り回したら、機体の足から爆弾が飛び出して格納庫が吹き飛んで、がれきと赤いまだら模様の絨毯じみた光景になる。
試行錯誤の結果ようやくヒートアクスを手に持つことができた。その過程であちこち吹き飛んだけれど。警報音がうるさい。
『き……ききき、きさまぁ! 自分が何をしたかわかっているのか!! 軍法会議にかけるまでもない、射殺してやる! 降りてこい!!』
司令官が叫んでいるのがうるさいので、少女は施設にマシンガンをぶちこんで黙らせた。戦車が動き出そうとしていたので、これもマシンガンをぶちこんで止めさせた。
指揮系統がズタズタにされ、基地の中は大混乱。もはや誰も少女を止められる者は居ない。
「足の分以外残しておいても仕方がないよね。追ってこられても困るし」
少女は冷酷に判断して、動かないザクに四度斧を振り下ろした。二機残しておいたのは残り二人の足用だ。周りに動くものがなくなったので、コックピットを開けて死体を蹴りだす。高所から落ちた死体は地面に落ちて、無事に模様の仲間入りを果たした。
「さて、小隊長さんを取り戻さないとね。吹き飛んでないといいけど」
ズシン、ズシン、と歩いていって、捕虜を収容している建物の屋根を持ち上げて外す。小隊長と上等兵が驚く顔がよく見えた。
「隊長―! 私ですー! 一緒に帰りましょうー!」
「……! …………!!」
サイレンがうるさくて聞こえないので、とりあえず二人を手に乗せて、二機だけ残しておいたザクのところへ連れていく。格納庫前で寝そべっているザクのコックピットの上にそれぞれ下ろし起動方法を教えながら、邪魔をしようと出てきた歩兵たちをザクマシンガンで追い散らす。
二機のザクが起き上がるまで三分かかった。その間も少女の乗ったザクはヒートアクスを振り回して、目につく施設を片っ端から破壊して回っていた。
「さあ、基地へ帰りましょう。ぐずぐずしてると敵が来ますよ」
『この戦果は勲章ものだな、過去に例のない大戦果だ。しかし、いったいどう報告したもんかな……女の子が一人で基地を壊滅させたなんて誰が信じる?』
『証人は俺たちしかいねえ。恐ろしい女だ。魔女って呼ばせてくれ』
地面を鳴らしながら、三機は連邦軍の基地へ向けて走り出す。煙を上げる基地を置き去りにして。