街の娼婦から連邦軍の備品となり。備品扱いから二等兵になり、二等兵から伍長にまでランクアップしてしまった少女だが、彼女の興味は勲章や階級にはなかった。
彼女は正直なところ、二等兵のままでもよかったのだ。理由もなく殴られない環境。決まった時間に出るまともな食事。ちゃんとした寝床。はした金のために男に股を開かなくてよくなった、それだけで満足だった。
満足だったのだが、ジャブロー行きの輸送機に乗って生まれて初めて空を飛び、窓から見下ろすその景色に見とれてしまった。もっと空を飛びたいと願ってしまった。
そして、勲章を受け取る場でこう漏らした。『空軍に入りたいです』と。
ルールもマナーも知らない故のやらかし。狙ったわけではないが直談判という形になる。しかもよりによって話した相手がレビル将軍。その他将官たちと大勢の兵士が見ている前である。
兵士たちに威厳を見せようと厳めしい顔を保っていたお歴々もこれには面食らった、まさかこんな場所でそんなことを言うなんて、誰も予想していなかったものだ。しかもそれほど無茶な要求でもない。戦艦に乗りたいとか試作MSをよこせとかもっと階級を上げろとか、そういったものでもなく、戦果に対してみれば非常に、あまりにもささやかな要求だったために、一部の人間は笑うのをこらえていた。
「……よろしい。君の願いについては検討しよう」
もちろんこの後、華やかな戦果を挙げた英雄のささやかな要求について、空軍からは大量の陳情を食らい承認せざるを得なかった。
年齢はともかく、貴重な対モビルスーツ戦闘経験と、それを行う度胸を併せ持ったパイロットはぜひとも欲しいと。特に現在はミノフスキー粒子のせいで従来の誘導兵器が使用できないために、輸送任務以外では戦果がほとんどない状態だ。一方陸軍は被害こそ大きいが、敵にもしっかり被害を与えている。今回もザクを6機撃破、3機鹵獲した。陸軍ばかりに血を流させてはいけない、俺たちもジオンを殴らないと、という声は多い。
「まだ14歳だぞ」という偉いさんたちに、「あの基地の連中が14歳にナニをさせてたか知ってるか。俺たちは知ってるぞ」と情報提供という名の脅しをかけて引っ張ってきたのは輸送部隊。そもそも年齢や性別や経験は関係ない。エースパイロットでも兵士になる前はただの人間だ。ただの人間を殺人マッスィーンに変えるのが教育と訓練だ。まして素養がある。芽はきっと出るはずだ、と教導隊とアグレッサーは目をギラつかせて書類をにらんでいた。最悪芽が出なくとも、勲章持ちが居るだけで現場の士気は上がる、と判断して空軍少将は許可を出した。
なお、勲章を授与された他二名に関しては、勲章授与式の最中に元居た基地がジオン軍MS部隊の襲撃を受けて壊滅したため、小隊長はモビルスーツ運用研究に持っていかれ。もう片方はレオナ伍長に引っ張られる形で空軍へ転属となった。
それから一か月。4月のことである。空軍学校に叩き込まれた少女はパイロットとして必要なことを座学でみっちり、徹底的に脳に刻み込まれ、詰め切れない部分の補助として軍曹が付いた。義務教育さえ受けていない少女に空を飛ばすのはあまりにも危険だったが、現在連邦軍で一番ザクを多く狩っているエース様が早く飛びたいと言うので仕方なく、複座の練習機に乗って飛び立った。もちろん教官が後ろに乗って。
少女は一つ一つ教わったことを確かめるように機体を動かし、機体の動かし方に慣れてきたらご機嫌になり、笑いながら教本にあったマニューバを連続で取り始める。
その動きたるや、教官も歯を食いしばって耐えるのがやっとというほど。しかし少女はGに耐えながら笑っている。教官は肉体改造でもされているのかと心配して、着陸後に健康診断と称して詳細な肉体検査を行ったが、どこにも手を加えられていない天然物の肉体であった。少し内臓に、主に子宮にダメージを負った痕跡はあったが、それ以外は全くの健康体。疲れも見せず、むしろまだ飛べる、まだ飛びたいと教導隊に頼み込むほど。よほど空がお気に召したらしい。
さて、そんな彼女のことはさておき、なかなか戦果の上がらない空軍はついにザクに対してようやく効果のある新兵器……というべきか、現行兵器の改良版というべきか劣化版というべきか……を量産し、戦線へ投入し、連邦軍はジオンへの本格的な反撃に打って出た。
その兵器の名はデプロッグ。巨大な機体に分厚い装甲、強力なエンジン。自衛用の対空レーザー砲に大量の無誘導爆弾を積んだ重爆撃機である。
丈夫な箱に爆弾をたくさん積めこんで羽をつけた。その洗練されたシンプルすぎるデザインは、博物館から引っ張ってきた、という噂が流れるほど。実際使われているのは古い技術ばかりで、目新しいものは何もないためその噂は間違いではない。生産コストも低く、建造のためのノウハウも旧世紀以前より蓄積されていたため、生産速度も良好であった。
逆に先端技術をふんだんに使った最新鋭の爆撃機は、仕事をするのに十分な程度の威力の爆弾を、精密誘導でターゲットに直撃させるというスマートなやり口であったためミノフスキー粒子のせいで全て台無しになったので大半は倉庫行きとなってしまった。古き良き「大量生産・大量消費」の時代に逆戻りしてしまったのだ。
ジオンの主兵力はモビルスーツ・ザクだ。ザクはいくら強かろうが空を飛べない。空から見れば大きな歩兵でしかない。倒せる装備さえ整えば爆撃機のおやつでしかなかった。
デプロッグがヨーロッパ戦線に大量投入されると、連邦軍はようやく戦線を維持することができるようになった。なにせ相手もミノフスキー粒子のせいで誘導兵器を使えない。ザクの兵器は、威力こそ絶大だが射程はそれほどでもなく、航空機に命中させるには圧倒的に射程距離が足りなかった。届いたところで威力は減衰し、装甲に弾かれる、そもそも遠すぎてろくに当たらない……もっともそれは爆弾も同じだが、連邦軍はこれを「一発の爆弾で倒せないなら百発の爆弾を落とせばよい」とごり押しで解決した。
ミノフスキー粒子は散布濃度が高ければ、電波だけでなく光まで散乱させてしまう。その中で高高度から落とされる無誘導爆弾、その命中率は非常に低いものだった。
しかし、レーダーがぼやけて見えるところには敵が居るのだ。確実に。ならそこを絨毯爆撃で制圧すればよいと指揮官は考え、かつての米軍のようにトン単位で爆弾を降らすことで精度を補うことにした。
爆撃機編隊の数の暴力によるジオン地上軍への打撃力はすさまじいものがあった。一発一発が地面に小さなクレーターを作るような強力な爆弾である。それが雨あられと降り注ぐのだ。直撃すればただでは済まないし、直撃しなくても至近距離で十、二十と爆風と破片を食らえばザクもスクラップだ。撃墜されずとも確実にどこかがイカれる。そして耕された大地を戦車が群れを成して進み、壊れて動きの鈍ったザクに近寄って袋叩きにする。空から降り注ぐ爆弾の雨と、追撃の戦車部隊にジオン軍はじわじわと押し込まれ、ついに重力戦線は少しずつ連邦有利に傾いていった。
もちろんジオンも爆撃機の登場は想定済みで、地上に補充部隊を降下させ、地上でもモビルスーツの生産を開始。さらに空中戦力を排除するための兵器を投入した。水面で羽を広げたアヒルのようなシルエットの戦闘機ドップと、その母艦となる空中空母、ガウ級攻撃空母のセットだ。前者は強力なエンジンと大口径の機関砲、ミサイルを積み。後者はモビルスーツの輸送も、ドップの空中収容・補給も爆撃もでき、さらには自衛用にメガ粒子砲まで積んだ巨大な空中母艦である。後者は欲張りすぎて航空機としての性能は低いが、移動拠点としては申し分なかった。
しかし、宇宙世紀以前の戦争で積み重ねた戦闘教本がある連邦空軍と、それがなく一から空中戦のノウハウを得なければならないジオン空軍。さらにはミノフスキー粒子による妨害で誘導兵器も通信も封じられた状態で、兵器の性能は拮抗している。パイロットの練度と運用に差があっては、地上戦ほどの戦果は得られないのは仕方がないことであった。
欧州戦線のジオン軍はやはり、じりじりと押し返されるようになる。
一方大陸を挟んで太平洋。ハワイは高速のステルス偵察機でミノフスキー粒子が撒かれる前に情報を入手。その情報をもとに、戦闘爆撃機フライマンタとTINコッドで食糧庫を集中的に爆撃。コロニー落としで発生した津波を被ったハワイの土地に食料生産能力はなく、外部からの供給がなければ飢えるばかり。連邦軍はさらに潜水艦による海洋封鎖と全力の無線封鎖を実施して、結果、ハワイ諸島はかつての飢島となり、その後制圧された。もちろん民間人も巻き込まれたが。
卑怯・卑劣・非道な戦術だが、戦争とは真面目にやればやるほどに非道に走るものだ、と作戦を提案した将校はつぶやいた。そもそも非道といえばジオンである。彼らは一体何人の人間を殺したのか。しかも死者の大半は民間人だ。死者が多すぎて未だに正確な数が把握できていないが、それでも億はくだらない。コロニー落としの影響で地球は寒冷化し、食料の生産に大きな影響が出るという計算が出ている。死者はこれからも増える一方だろう。
ジオン兵は少々苦しんで死んでもそれは当然、自業自得、むしろ彼らの罪に比べれば軽すぎる……アースノイドの大半はそう考えて、ジオンを憎んでいた。なにせ全地球人が何かしらの形で、大なり小なり被害を被っているのだから。
スペースノイドも、連邦政府による圧政と搾取への反逆とはいえ、やり口があまりにも過激すぎたのでは、やりすぎなのではと疑問を抱く者は少なくなかった。
いくらきれいごとを抜かそうが、いくら時代が変わろうが、戦争になれば民間人が一番被害を被るのは変わらないことだった。