「最近の地上軍はどうだ。盛り返してきているそうじゃないか」
「ああ。まだ一部だが、モビルスーツが配備され始めたらしい。これでようやくジオンと同じリングに立てるってもんよ……」
「手元にあれば、だがな。早く俺たちの分も来ないかねえ。そうすりゃ空の天使様にも恩を返せるのに」
「まだテスト中で量産には時間がかかる。一般部隊への配備は当分先になるだろう」
「当分って何か月ですかー。それまで61式で戦えって? 無茶言いやがる。空には新型機が飛んでるのに、地面をはい回ってる俺たちには何もなしってのは納得いかねえなぁ。いつまでザクに好き放題やられりゃいいんだか」
「ザク単体ならまだなんとかなるが、下駄履きが戦車泣かせだ。あれはきつい。飛んでるのは撃ち落とせないし、前と後ろの両方に降りられたらもうどうしようもねえ。天使様が助けてくれなかったら俺たち今頃ここに居ないぜ」
「あまり頼りすぎるなよ。特に、今の天使さまは休暇中なんだから」
陸軍からも空軍からも天使さまと呼ばれているのは、短く切った金髪の美しい、生ける
伝説と化したまだ14歳の少女のパイロット。
伝説の始まりは北米戦線。小隊がザクの奇襲により全滅して、三人生き残った全員が捕虜となった後、どうにか機転を利かせてザクを奪い、一人で6機のザクを撃破して3機のザクを鹵獲、さらに基地を一つ壊滅させたことで勲章を受け、本人の希望で空軍に転属。それ以降はセイバーフィッシュに乗ってドップを落としてゲタを落として爆撃機を落としてザクを落として陸上戦艦を落として……一々戦果を数えていないため、もう何機落としたかわからないらしい。噂では三桁に突入しているとかいないとか。
ともかく、彼女がジオンに与えた損害は計り知れない。捕虜が言うには、ジオン人民最大の敵とまで呼ばれているらしい。落とせば勲章だからと狙ったはいいが、対地攻撃の片手間で撃墜された、と。
そこへさらにビーム兵器を搭載した新型機を受領してからは鬼に金棒。呂布に赤兎馬。機体を気に入ったのか武器を気に入ったのか。弾切れまで飛んで、基地に帰って補給して出撃、また弾切れまで飛んで、帰って補給して出撃。通常のパイロットの三倍は出撃するもので、しかも新型機なので専用の弾と燃料の輸送が間に合わなくなり、今は短いながらに休暇を与えられている。天使が不在で困るかというと、消費した物資の分敵も消えているのであまり困らなかったりする。
戦況に劇的な変化はないが、ジオンの出血は着々と増え続けている。
「でー……いつになったら私は飛べるの?」
「君はしばらく地上で待機だよ。君の操縦記録を学習させたコア・ファイターを本部に運んで、データをコピーして、量産機に活かさなければいけない。出撃は戻ってきてからになるねぇ」
「それは何日後?」
「さあねえ……片道三日で往復一週間。メンテナンスとデータ取りに何日かかるかわからないが、少なくとも半月は下らないかね。幸い戦線は安定している。君が出なくても大丈夫だろう」
「じゃあセイバーフィッシュでいいから出撃させて。私が飛ばないと死ぬ人が増える」
「残念だが。今はこの基地の航空機に予備はないのだよ。それに、新型機から急に旧型機に戻すのは危険だからね。それに、ここしばらくろくに休んでいないそうじゃないか、兵士といっても時には休まなければならない。優秀なパイロットに疲労で墜落なんてされた方が、連邦軍にとっては大きな損失になる」
「……」
「確かに、君の一時の不在で死ぬ兵士も出るかもしれない。しかし、君の戦闘データを反映した機体が量産されれば、我々の戦力は向上し、君一人が戦い続けるよりも多くの連邦兵が救われる。わかるかね」
基地の食堂の隅で、肥満体の将校に甘いものを奢られ、手玉に取られる天使の姿があった。祖父と孫といった歳の差だが。姿は全く似ていないし、会話の内容も家族でするものではない。
「休暇中だって? えらいさんの相手は仕事じゃねえの」
「体は休まるだろ。心はどうか知らんがな」
「地上でのんびりよりも、空を飛んでジオンをぶっ殺してる方が落ち着くみたいだな。あれじゃ兵士ってより兵器だ」
「おい、いくらなんでも言い過ぎだろ」
「いやいや、アレでいいんだよ。教官が見たら絶対、『なんて完璧な兵士だ、俺は感動した』って感動で泣くぜ?」
「俺たちを見たら『あんな子供に負けるほど情けない育て方をした覚えはない。蛆虫から鍛えなおしてやる』って怒りそうだな」
「怒りのあまり墓の下から這い出てきたら笑えるな」
「……まあ、子供には負けてられんな。よし、訓練するぞ! 昼からはモビルスーツのシミュレーターを使おう!」
モビルスーツは届いていないが、シミュレーターだけは先に各基地に届けられている。モビルスーツを前線へ配備して、いきなりパイロットを乗せても、モビルスーツの運用はジオンに一日の長がある。空での連邦対ジオンの力関係がそのまま逆転して、いいカモになるだけだ。しかし、あらかじめシミュレーターで訓練を積んでおけば、損害も軽くなるだろうという本部の計らいである。
なお、登場するエネミーには天使さまが捕獲したザクのデータが使われている模様。
「シミュレーターだけ先に届いてもなぁ。俺たち戦車乗りだぜ?」
「他の連中より多めに訓練して慣れておけば、モビルスーツが届いたときに一番に乗れるかもしれないだろう。やっとく分得だ」
和気藹々の分隊たちを他所に。将校と少女のにらみ合いは続く。にらんでいるのは少女だけで、将校のほうはどこ吹く風だが。日頃相手している顔ぶれを思えば、本当に駄々をこねる孫を相手しているくらいの、軽い気分なのかもしれない。
そんな将校の考えだが……少女の戦果は正しく評価している。エースパイロットというのは確かに軍隊の華であり、そこに居れば兵の士気は上がる。うまく使えば敵の目を惹くこともできる。
だが、うっかり落ちようものならこれ幸いと敵に宣伝され、味方の士気は劇的に下がる。ただでさえ、今はモビルスーツの量産まで時間を稼がなければいけない時期なのだ。押し込まれてはたまらない。だが今は押さなくてもいい。維持するだけでいい。既存の兵器をうまく運用して戦線を拮抗させ、量産した新兵器<モビルスーツ>を大量投入し一気に押し込み、分断の後に各個粉砕する。それがジャブローの考えている地上でのプランだ。
だからこうして、もっともらしい理由を使って少女から機体を没収し、地面に引きずりおろした。時期が来れば、戦線を押し上げるエースパイロットとしてまた空を飛んでもらう。
戦うこと以外は男を誘惑するしか能のない少女が、百戦錬磨のモグラにかなうはずがなく。不満に思いながらも反撃することはできなかった。まさに手も足も出ない、といった感じであった。
なお、隅のほうで話を聞いていた基地の司令はいつもどおり胃痛に悩まされていた。