機動戦士ガンダム 天使の飛ぶ空   作:からすにこふ2世

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グフなんて居なかった

 ええい、連邦軍のモビルスーツは化け物か! と、宇宙で誰かが言った頃、地球ではジオン軍のモビルスーツは化け物か! という悲鳴があちこちで聞こえていた。ザクよりも耐久力が高く、下駄履きほどではないが速度が速く、腕のいいパイロットなら爆撃を耐えながら強引に突破して機甲部隊に奇襲をかけることもできる、モビルスーツ・ドムが登場したのだ。

ドムはザク同様マシンガンとバズーカを主装備としていたが、マシンガンは小口径化され、高速徹甲弾をメインにしたことで貫通力を落とさず長射程化と命中率の向上に成功。低空を飛ぶ航空機への脅威を増した。バズーカはザクのそれよりも大口径、大威力に。ザクのヒート・アックスよりも取り回しの良いヒート・サーベルどれ一つとっても戦車には明らかなオーバーキルで、いずれ来るモビルスーツ戦を想定した装備であることは間違いなかった。

 前線に配備された数は、新型モビルスーツ故に少ないものの、それでも少なくない部隊がドムの犠牲となった。また、機動性を活かし少数精鋭が夜間に活動することで、空の目から逃れて前線の指揮系統への打撃を試みることもできた。

 夜間攻撃の成功率と、妨害の失敗率との差が生まれた原因は、地球生まれ地球育ちの連邦軍と、宇宙生まれ宇宙育ちとの、暗闇への適応性にあった。宇宙には上下も昼も夜もない、時間の感覚すらあいまいになる漆黒の無重力が常にある。その暗闇に慣らされたジオン公国軍兵士たちにとって、重力という確かな方角を感じながら夜間に行動することの障害は、地理的要因を除けばほとんどなかった。

 さらにミノフスキー粒子影響下での夜間飛行は極めて困難かつ危険であり、攻撃効果もさほど期待できないことから、連邦軍は偵察機を含め飛行機を夜間に飛ばすことはほとんどなかった。ジオン軍は巧妙にその隙を突いたのだ。

 一方連邦もタダではやられない。宇宙世紀以前から積み重ねてできた死体の地層から、最適な対策をはじき出した。通信ケーブルと中継器を蜘蛛の巣のように張り巡らせ、隠密性の高い歩兵たちの目視観測で襲撃を察知し、ミノフスキー粒子に影響されない有線通信で情報を共有し、人員と物資を避難させることで被害を軽減させることに成功する。結果、施設に被害は出ても人的被害はほとんどないという状態になる。

 むしろ小規模な拠点を分散して置き、それらを釣り餌にして部隊を引き寄せ、大口径の重砲とロケット砲の集中砲火を行うことで撃破・撃退に成功している。砲兵による計算された砲弾の雨が奇襲部隊に降り注いだのだ。海が近い場所では戦艦による艦砲射撃まで利用した。装甲のせいで一発二発は耐えられる、なら百発の砲弾を叩き込めばどうなるか、という空軍と同じ圧倒的力押しであった。

 それでも重装甲とホバーによる高機動で逃げ回るドム相手では撃墜数が伸びず、手痛い損傷は与えても取り逃すことが多かった。ただしパイロットは視界を埋め尽くす爆炎と、装甲越しに押し寄せる死の音がトラウマになり再起不能になることもあった模様。

 ジオンは数度にわたる夜襲で得られた成果と、失った機体とパイロットを天秤にかけた結果、どちらも割に合っているとは言えず、夜襲作戦は一か月とせず打ち切られることになった。

 兵士たちの血でぬかるんだ大地の上で、戦争はまだ続く。欧州はエースパイロットの活躍もあり、『地上のぼっけもんが、こどんにまくったー恥ずかしか!! おいは生きておられんごっ!』と士気旺盛でなんとか耐えしのいでいたものの、北米はとっくの昔にジオン軍の手に落ちていた。ジオンは3月に西海岸の工業地帯に降下して以降、モビルスーツを生産し続け連邦軍をじりじりと押し続け、ついには大陸の北半分を手中に収めた。

 連邦軍はジャブローから爆撃機隊と戦車部隊を増援で送り続けるも、アメリカ大陸は広く、戦線を維持し続けるのは困難。特にパナマを水陸両用モビルスーツで襲撃されて以降は増援の派遣も難しくなり、戦線の整理という名の後退を続けていた。

 連邦が一度は取り返したハワイも、パナマを襲撃したジオンの水中戦力により、連邦がやった海上封鎖をそのままやり返されて、取り返された。以降海岸沿いはジオンの水中戦力による攻撃に悩まされることとなる。

 

 

 だが、連邦軍は臥薪嘗胆。データを収集し、工場を秘匿し、前線へ一気に投入するのに十分な数のモビルスーツが揃うまで耐えに耐え続けた。

 

 そのころ撃墜王はというと。

 

「どうして私はまだ地上に居るんですか。しかも敵地のど真ん中に」

 

 連邦軍の工作員に連れられて、ドレスを着せられて北米のとある都市に居た。

 

「容姿が大変に魅力的であること。それを自覚して、武器として使ってジオンの基地を丸ごと一つ潰したこと。聞いたときからずっと諜報部にスカウトしたいと思っていたのですよ。14歳という年齢も素晴らしく都合がいい。子供というのはそれだけで油断を誘います。訓練された大人は大勢いても、訓練された子供というのはなかなか居ませんからね。一から仕込むには時間もかかる。しかし我々にはその時間がないので」

「あっそう……で、私に何をしてほしいの」

「難しいことはありません。ガルマ・ザビの主催するパーティーに出席して、ジオンに媚びを売る権力者たちの写真を撮るだけです。ブローチの中に小型カメラが仕込んでありますので、ただ出席して私についてまわるだけで結構。情報さえ取れれば、あとはこちらの仕事です」

「指揮官の場所がわかってるなら爆弾抱えて突っ込んで殺せばいいじゃない。どうしてそんな遠回しなことをするの?」

「やらない理由は二つ。目的が違うこと。実行が困難であること」

「やる気が足りないんじゃない? 飲み込むなり、腹裂いて埋め込むなり、やり方はあるんじゃないの?」

 

 無知ゆえにあれこれ無茶なことを話すようだが、あまり的外れではない。スラムは暴力と犯罪の温床だ。門前の小僧以下略というように、その場所で長く過ごせば犯罪の手口にも詳しくなるというもの。この提案も薬の密輸を爆薬の密輸に変えただけのものだ。

 やり口はテロだが。テロも軍事行動も、暴力によって目的を果たすことは共通している。

 

「前線じゃ今でも兵士たちが死んでるのに、あなたたちは血を流すこともしないのね」

 

 車窓から外の整理された景観を眺めつつ、少女はぼやいた。前線には苦楽を共にした仲間がいた。彼らが冷めたレーションを食べて血を流して戦っているのに、自分はこんなところで着飾って車に揺られている。

 そう考えると落ち着かないようだ。

 

「我々の任務は戦って死ぬことではありませんので。ですが、この仕事も命がけです。工作員とバレたときには捕まって尋問を受けます。南極条約違反ですが、拷問を受けて死ぬこともあります。先週も仲間が捕まって死体が街外れに捨てられていました。まあ、連邦もやっていることで、お互い様ですがね」

 

 嫌味もどこ吹く風と受け流し、丁寧に返事をする身なりの整った階級不明の中年男性。今日はこの男の姪として、ガルマ・ザビ主催のパーティーに出席することになっている。周囲に目を光らせつつ安全運転している男性は、地元の反ジオン勢力。

 占領下にあるが、それはそこに住む人間の服従を意味しない。自分たちの住む母なる大地<地球>へ、愛する故郷へ<北米大陸>へコロニーなどという巨大な爆弾を落とし、軍を居座らせ、銃をちらつかせて威圧してくる相手を友、あるいは主と認められるか? 否! これを敵と言わずになんと言うのか!!

 とはいえ、武力に差がありすぎることもあり、積極的な反抗はできず、嫌がらせの範囲に留まる程度のことしかできなかった。こうした連邦の手助けをすることで、間接的にジオンへの反抗を示す者が多かった。

 もちろん家族や職を失うなどで、自棄になり自爆テロなどの過激な行為に出る者も居たが、そのほとんどが無計画なため有効な打撃を加えることはできていない。

 

「私たちが潜入中に、万が一工作員としてバレたらどうするの?」

「全力で逃げるしかないでしょう」

「脱出ルートは確保してるんでしょうね」

「あなた一人を逃がす分のルートはしっかりと。捕まった場合の救出プランも複数準備してあります。撃墜王をこんなところで失っては、欧州戦線の方々から呪われますよ」

「あなたたちは?」

「ご心配なく。歩兵ほどではありませんが、替えが利きますから」

「俺は連邦軍に家族を人質に取られて脅されて仕方なく、と答えるさ」

「……育ちが悪いからボロを出しても恨まないでね。それと、私の首には懸賞金がかけられてるそうだけど、本当に出席して大丈夫なの?」

「ははは、心配しないでください。まだ子供ですから。度が過ぎない限り多少は愛嬌として見てもらえるでしょう。それにあなたが活躍しているのはヨーロッパで、替え玉も飛ばしてあります。髪型の変更にカラーコンタクトとメイク、体型をごまかすためのパッドとコルセットとヒールです。これだけ変装すれば誰にもわかりませんよ……さあ行きましょう」

 

 運転手にドアを開けてもらい、地面に立つ。慣れないヒールでふらついたが、それ以降は特に問題なく会場に潜り込めた。叔父役の士官が上手くエスコートと助言をしてくれるおかげで怪しまれることもなく、順調に出席者たちの顔を撮影できていた。

 ……途中までは。ボロを出さないように集中していたこと、慣れないヒールを履いていたこと、原因は色々とあったが、最たる不運は、やたらと勘のいい男がその場にいたことだろう。

 

「おっとすまない……」

「申し訳ございません。こちらも不注意でした」

 

 明らかに場にそぐわない仮面を被った怪しい男にぶつかられ、シャンパンをドレスにぶちまけられた。慌てて頭を下げつつ、少女は心の中で盛大に舌打ちをした。

 

「……すまない、ドレスにシミがついてしまったな。よければ弁償させてくれないか」

 

 跪き、手を差し出して謝罪の言葉を述べる男に、謝罪を受ける少女。工作員として目立つことは最大限避けねばならないと事前に説明を受けたはずなのにこれとは、最悪極まりない。

 

「どうしたんだシャア。赤い彗星ともあろう男が、不注意だぞ。私が見ていない間にそこまで飲んでいたのか?」

「ああ。酒もあるが、重力酔いかもしれないな……君のパーティーにも泥を塗った。それもすまない」

 

 さらに主催者であるガルマ・ザビまでも。連れてきた士官はなんとか平静を装おうとするが、額に流れる汗を止めきれないでいる。ジオン軍最高のエースパイロットの赤い彗星に、北米指揮官にしてザビ家の末弟。下手は打てない。

 だが、レオナ軍曹も男の相手は慣れたものだ。種類は違えども修羅場は十分に潜っている。焦ることなく口を開いた

 

「……そうですね。では、お言葉に甘えてもよろしくて?」

 

 ここで「女」を前面に押し出した顔で、シャアの手を取った。その瞬間、ビリ、と指先から腕を伝い、肩、首、そして脳にかけて電流が走る。静電気のような不快なその感触に一瞬だけ表情筋をヒク、と動かしてはすぐに戻した。

 

「どうかしましたかな」

「ドレスを汚してしまって、叔父さまに怒られないかと思うと……」

 

 士官とのアイコンタクト。一秒間に瞬きを三度。『自分でどうにかする』という合図だ。

 

「問題ないよ。そちらが弁償してくれると言っているのだし、お願いするといい。皆様、私の姪が失礼をした」

「いや。失礼をしたのは主催である私の友だ、謝らなければいけないのは私だ。皆様、ご歓談中のところ、私の友が大変な失礼を働き申し訳ない。どうぞ寛大な心でお許しいただき、パーティーをお楽しみください」

「ありがとう叔父さま。ありがとう、ガルマさま」

「すまない、ガルマ」

「シャア。早くお嬢さんをお連れしろ……見たことのない顔だから、初めての出席なのでしょう。こんなことになってしまい本当に申し訳ない。ドレスの弁償に加え、慰謝料も後ほど支払います。それでどうか許していただきたい」

 

 その後、ホールをシャア・アズナブルに連れ出され、軍曹は汚れたドレスを着替えの担当者(こちらも連邦軍の内通者)に預け、アフター(失敗したとき)用の動きやすいドレスに着替えて、シャアと共に会場を抜け出し、レストランへと連れ込まれた。ただし武装はない、いいところのお嬢様という設定なので、持っているはずがないのだ。

 

「……」

「……君は何者だい」

「何者と聞かれましても」

 

 軍曹の心中はどうやって目の前の男から逃げ出すか、殺すか、やり過ごすか。それぞれの成功率、成功したパターン、失敗したパターンのシミュレーションをしていた。

 あとは、どこでバレたか。世間知らずのお嬢様のフリは完ぺきだったはず。

 

「連邦軍は子供も戦力として使っていると聞いた。まさかと思っていたが、実物を見ることになるとはな」

「わたくし、兵士どころか銃も持ったことのないのですが」

「さっき触れて確信した。君は、多くの人間の命を奪っているね」

 

 どうしてバレたのかはわからないが、とにかく相手は完全な確信をもって問うてきている。カマかけではない。となれば排除かどうするか。連邦の腑抜けた兵卒とは違う。よく鍛えられた軍人で隙が無い。勝ち目はゼロではないが、負ける可能性もある。

 

「何を根拠に。仮にそうだとしても、奪った命についてジオンに言われるのは心外ね。コロニー落としで何億の人が死んだのかしら?」

「ふ、それを言われるとジオン軍兵士として辛いものがあるな。大義があって行ったことでも、罪は罪だ」

「ええ。そうでしょう」

「だが君を見逃す理由にはならない」

「証拠もないのに拘束するの? 不愉快よ。ウェイター、タクシーを呼んで。叔父様の居る会場に戻るわ。支払いはこの方が持ってくれるそうよ」

 

 捕まっても救出するプランはあると言っていた。最悪の場合はそれに頼ることになるが、この場は自力で切り抜けようと席を立つ。

 

「大人を甘く見ないことだ」

 

 肩をつかまれると、軍曹は店員に目配せをした。しっかりとこっちを見ている。これで先に手を出したのはジオンだという目撃者が出来た。

 

「やめてくださる!?」

 

 大声で叫び、肩の手を一度振り払う。そうして延ばされた次の手を、手刀で叩き落とす。そして打ち下ろした手を振り上げつつ、一歩踏み込み。顎を狙って振り抜く。

 シャア・アズナブルが素面で、そうでなくとも少女がもう少し大きければ、反撃を警戒し、この攻撃は避けられるなり、止められるなりしていただろう。だが、そうはならなかった。

 小娘と見て侮っていたのもあり。アルコールで判断が一瞬遅れたのもあり。

 

 ゴッ

 

 最高の角度の一撃が、顎を斜め下から打ち上げた。騒動を周囲が見守る中、やけに鈍い音がフロア内に響き、シャア・アズナブルが、赤い彗星と呼ばれた男がストンと膝を折った。

 

「……!?」

 

 このままマウントをとって再起不能になるまで殴り倒してやりたいところを、少女は堪えた。そこまでしたらやりすぎで捕まりそうだ、と。殴って腰を抜かした程度ならば十分に正当防衛の範囲に収まるだろう。

 赤い彗星、少女に殴られて腰を抜かす……良くも悪くも宣伝になりそうだ。

 

「ええい……動け、なぜ動かぬ……!」

「助けて! この人がついてこないとひどい目に遭わせるって……電話を貸して、叔父さんのところへ帰らせて!」

 

 大声をあげて涙を見せつつウェイターのほうへ駆け寄っていく。

 使える武器は何でも使う。己の弱みさえも武器に変えて、相手を排除する。スラムで乱暴な客から逃げるのによく使った手だ。恥という概念は存在しない、生き残ることがすべてだ。

 

「なんだとぉ? 警察だ! 警察を呼べ!!」

「やっぱりジオンはクズだな! そいつを店から出すな!!」

「怪しい仮面付けてると思ったらやっぱり不審者か!」

「お客様とて許せぬ!」

「女の敵!」

「少佐! 見損ないました!」

「ま、待て、これは違うっ!! 私はもっと母性ある女性が好みだ!!」

「何が違うってんだ馬鹿野郎!」

「死ねロリコン!」

 

 演技の甲斐あって、店内に居合わせた人間には、彼女の味方しか居なくなった。本来ならシャアの味方であるはずのジオン兵でさえも、シャア・アズナブルに侮蔑の言葉を投げつける。

 いくら無類のエースパイロットといえど、訓練された軍人といえど、モビルスーツから降りたらただの人間だ。腰を抜かしている状態で成人男性が束になって同時にかかってこられたら成すすべはない。銃も真っ先に取り上げられた。

 

「さあ。お嬢さん、こちらへ」

「ありがとう。怖かった……」

 

 差し出されたハンカチで涙を拭きつつ、ウェイターに縋りつく。これで完全に店内は少女への同情ムードに支配された。あとはあのシャア・アズナブルが軍警察か街の警察かに連れていかれて、そこから軍に連れ戻されるまでの間にこの街から逃れなければならない。

 ベンダントに偽装した通信機を決められたリズムで叩く。3・1・3回。これで自分の居場所と状況が伝わる。急ぎ迎えが来るはずだ。あとはその迎えに乗って逃げるだけ。

 ……逃がす方法は用意してある、と言った。ならそれを信じよう、と少女は腹をくくった。

 

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