「あれ…………桜咲さんも今からですか?」
折角の温泉旅館とのことなので、温泉に入るため脱衣所で制服を脱いでいると、桜咲さんがやってくる。
誰も居ないと思っていたのか一瞬、ぎょっ、とした表情をした桜咲さんだったが、すぐに表情を戻して頷く。
「出来れば人がいないほうが良かったので時間帯をずらしたのですが…………」
「ああ…………私もちょっとあの件に時間がかかりまして」
あの件とは勿論、木乃香さんの護衛の件だ。旅館に到着した以上、明日の朝まで私たちはここに釘付けにされる。しかも、大多数が自分の部屋かもしくわ温泉くらいにしか行かない。対象の部屋さえ分かっていればこれほど強襲しやすい状況もそうそう無い。
だからこそ、旅館で何かあった時のために周囲を歩いていたのだが、そうしている間に班の人たちは温泉に入ったらしく、私一人だけ後からこうして入る運びとなったわけだった。
「にしても、どうなっているんですかね?」
「例の件、ですか?」
二人で温泉につかりながら、話題を切り出す。
てっきり行きの新幹線の中で何かあると思っていただけに、肩透かしを食らったような気分だ。
到着してからあったことと言えば音羽の滝の一つに酒が混じっていただけ。
これがもし関西呪術協会側の攻勢なのだとすると、あまりにもみすぼらしい気がする。
「そもそも関西呪術協会って言うのも良く分かってないんですよね、私」
私の言葉に桜咲さんが、ああ、とどこか納得したような顔。
「そう言えば、宮崎さんは魔法関係者ですが、魔法使いじゃありませんでしたね…………簡単に言うと、関西呪術協会にも全力を出せない事情があるんですよ」
「事情?」
「関東魔法協会は、学園長をトップとした整然とした組織体系が組まれた縦社会です、下が反対しようが、最終的に学園長が是とすれば下は逆らえません」
勿論、学園長とて下の意見を無視するような真似はしないでしょうが、桜咲さんがそうフォローしてさらに続ける。
「これができるのは、西洋魔法と言う一つの体系で作られた組織だからです」
けれども逆に、桜咲さんはそう前置きして。
「関西呪術協会は、いくつもの体系の魔術を寄せ集めて創られた組織です。現在の長は神鳴流の剣の使い手で、陰陽道にも精通した方ですので、関西呪術協会内でも神鳴流の立場が強いですが、それでも多数の流派の中の一つでしかありません。故に、関西呪術協会のトップは代表者であって、統治者では無いんですよ」
なるほど…………大体の事情が読めてきた。しかし、そうなるとこちらも大分勝手が違ってくることになる。
「では端的に言って、敵と味方の区別はどうつければ?」
私の言葉に桜咲さんが神妙な顔で頷き。
「長は私にお嬢様の護衛を任されました…………学園長はそれとは別口で宮崎さんをつけましたが、本来お嬢様の護衛は私一人です、つまり」
「向かってくるのは全員敵、ですか」
桜咲さんが強いのは認めるが、それでも飛びぬけて、と言うほどでも無い。正直、スタンド使いではない以上、私でも場合によっては倒せる程度だ。
それをたった一人で護衛に付かせるなんて………………正直、多少神経を疑う。
「神鳴流と言うのはみんな桜咲さんより弱いのですか?」
もしそうなら、納得できるが…………。
「いえ、私などまだまだ」
そう言って首を振る桜咲さん。謙遜などではなく、本気でそう思っているようだった。
「なのに桜咲さん一人が護衛、ですか」
「私では不満だと?」
やや視線がきつくなった桜咲さんに、けれど呆れた声で返す。
「だって、木乃香さんが近づいてきたら逃げるじゃないですか」
「ぐ……………………」
不味い、と言う自覚はあるのか、返答に窮した桜咲さん。
護衛なのに、護衛対象の傍にいないというのはどうなのだろうか?
私は一応スタンドを木乃香さんの傍に置いている。どうせ見えないだろうし。
敵に見つかるか、とも思ったが、関西呪術協会などと銘打っているのだ。まさかスタンド使いなどいるはずも無い…………そう判断した。
この時の判断を後悔することになるのに、そう時間はかからなかった。
「“デッド・プール”」
そんな声が聞こえたと同時。
世界が一転した。
「敵!?」
叫び、しまった、と内心呟く。
どうやってかは知らないが、旅館から隔離された。
辺り一面真っ暗な空間。光も差さないのに何故か隣にいる桜咲さんの姿が良く見える。
「って、ふ、服!?」
一応傍に置いていたタオルはあったのでそれで隠しているが、現状私は全裸。桜咲さんにいたっては、タオルすら持っていない。
「隔離成功やな」
慌てた私たちを嘲笑うかのように、敵が現われる。
それは、ニット帽を被った学生服の男の子で…………って。
「見ないでください! スケベ!」
「悪いなあ、嬢ちゃんらが中々範囲に入らんからやで」
と言いつつ、直視しないようにそっぽ向いて、しかも頬を赤らめている辺り純情だ。
やや冷静になった思考で確認する。
周囲は真っ暗。さきほどまでいた露天風呂ではないことは確実。
声は反響しない…………つまり、決して狭いわけではない。
恐らく、最低でもさきほどまでいた露天風呂くらいの広さはあるだろう。
それは男の子のいった範囲、と言う言葉から察することができる。
私が旅館の中を歩いていた時に隔離されなかったのは、範囲外だったから。
そして露天風呂はその範囲…………脱衣所は分からないが、恐らく視界が遮られていて確実ではなかったとかそんな理由だろう。旅館内はさきほど私が調べたが、目の前の男の子は見たことが無かった。
つまり、彼は外にいた。そしてその範囲とやらに私たちが入ってくるまで待っていた。
今の私たちを襲う、つまり彼は…………。
「関西呪術協会の人間…………」
「そや…………俺の名前は犬上小太郎、悪いけど、ここで倒させてもらうで」
そう言って、不敵に笑い。
「“デッド・プール”!!」
叫ぶ。
そして。
それが、現われる。
「……………………スタンド」
小太郎の頭上に座る黒い犬。
それが、未知のスタンドの
敵登場。