キィン、と周囲に空気を割って響くような金属音。
続いてキン、キン、と鉄同士がぶつかるような音が響き。
「神鳴流奥義」
「にと~れんげき」
そして合間に聞こえてくる二人分の声。
「斬鉄閃!!」
「ざんてつせん~」
刀身から放たれた気が月詠の放った気とぶつかり合い、相殺される。
そのことを確認するよりも速く、互いに間を詰め斬り合う。
周囲では私とお嬢様についてきたクラスメートたちが月詠の召喚した式神たちに襲われているが、害をもたらすような類のものではないようではあるので、悪いとは思うが放っておく。そのお嬢様も神楽坂さんが連れて逃げてくれている。宮崎さんから神楽坂さんのことは聞いている。もどかしくはあるが信じるしかない。
生憎、自分は目の前の相手から目を逸らすことができない。
変幻自在にどこからでもやってくる月詠の小太刀を時に避け、時に払いながら隙を見つけては反撃するが、どうにも当たらない。
昨日も思ったが、単純な剣術勝負ではどうにも互角、千日手である。だからこそ昨日の怪我が響くかと思ったが、思っていたよりもずっと軽く済んだ肩の傷は、さほど気にしなくて良い程度のもののようだった。
同じ神鳴流と言う流派を収めているだけあって、神鳴流の剣は互いに知り尽くしている感がある。
たしかに小太刀二刀と言う神鳴流としては珍しい武器を使ってはいるが結局使うのは神鳴流の技である以上、私もそれを『知っている』。
もし勝負を動かすとすればそれは、互いが知らない神鳴流の技を使うか、もしくわ…………。
斬り合っていた月詠が、唐突に大きく後退する。
どういうつもりかは知らないが、その吊りあがった口元とぎらついた瞳から察するに、何か仕掛けてくるらしい。
確かにこのままでは千日手ではあったが…………。
思い出すのは昨日の最後に喰らった斬撃。こちらの防御をすり抜けたような一撃だったが、もしあれを仕掛けてくるならば私は…………防げるだろうか?
考える暇も無く、月詠が動き出し…………その姿が消える。
「なっ!?」
消えたのでは無い、低姿勢で地を這うように移動したのだと悟った瞬間、月詠が目の前に現れ、咄嗟に薙いできた右手の小太刀を振り払う。
突然の出来事に小太刀を振り払った時に体勢が崩れる。
不味い、次の一閃を受けきれない。
そう確信し、仰け反ることで左手の小太刀の斬撃を避けようとし…………構えに違和感を覚える。
縦でも横でも薙ぐのなら刃先は真横ないし自身のほうを向いているはずだ、だがその刃先はこちらを向いており…………。
そしてその瞬間、自身の読み違いに気づく。
「いただきですえ」
月詠が太刀ごと突進するように真っ直ぐ自身へと向かってくる。
そして刃先がこちらを向いた小太刀を………………真っ直ぐ突き出した。
「アアアアアァァァァァァ!!!」
その刃先が真っ直ぐに自身を貫く姿を幻視し、必死の声を上げながら身を捻る。
一秒にも満たない、ほんの僅かな時間。それが明暗を分けた。
一瞬だが早く気づいたお陰で、月詠の小太刀は私のわき腹を浅く斬るだけに留まる。
すぐさま体勢を立て直すために下がり、油断無く野太刀を構える。
「…………今のは自信あったんですけどな~」
しょんぼりと肩を落とした月詠だったが。
「ホンマ…………ええなあ、先輩」
すぐに笑みを浮かべる。楽しそうに、どこまでも楽しそうに。
だがそのことに反応することができほどに私は焦燥に駆られていた。
危なかった、危なかった、危なかった!!!
剣道では立派に攻撃方法としてある突きだが、刀身が反っている日本刀は普通突きには向かない。
だが月詠の持つ長さの違う二つの小太刀は刀身の反りがほとんど無く、ほぼ真っ直ぐだ。あれなら突きにでも使えるだろう。
野太刀を基本とした神鳴流の技だが突きの技が無いわけでもない。
神鳴流は武器を選ばない、それが信条なのだから。
だが、まだ太刀の技すら完全には修めていない私故に、野太刀で使う技以上のことはあまり知らない。
中学一年の時に麻帆良にやって来たので、単純に新しい技を覚えることができなかったのもここに至っては痛い。
無意識的に同じ剣術を使う相手として、月詠の使う技を自分の使う技だけに絞っていた。
そんな固定概念を突かれた結果が今の危機だ。
「油断ならないな…………」
だが元より斬り合いの殺し合い、何があっても不思議ではないのだ。
呼吸を整える、と同時に心中の動揺を鎮める。
数秒の睨み合い…………そして、痺れを切らしたか、月詠が飛び出す。
そして。
「“オーエン・ソウエン”」
そんな言葉が届いた。
振り下ろされる右の小太刀。左手に持つそれよりも幾分か長いそれの軌道上に野太刀を構え防ごうとし。
見ろ、見ろ、見ろ、昨日はその言葉の直後に切られた、だとするなら何かの技だということ。
昨日何が起こったのか、今見出せ。
そして、振り下ろされた刀身が…………。
直角に曲がった。
「なぁっ?!」
上体を仰け反らせる、だが避けきれない、斬られる、歯を食いしばり来るべき痛みに耐える。
ずぶり、と左脇腹を刃が切り裂いていく。崩れ落ちそうになる体を必死で支え、跳び下がる。
見た、確かに見た。
「刀身が…………折れ曲がった、だと?」
呟きに答えたのは、意外にも月詠だった。
「もう見抜かれてまいましたか~。空間を捻じ曲げる、それがウチのスタンド“オーエン・ソウエン”の能力です~」
と言っても、範囲は広かないんですけどな~。と呟くが、そのあまりの能力に戦慄を覚える。
犬上小太郎はスタンド使いだった。だからこそ、その仲間の月詠がスタンド使いだと言うのは十分に有り得る可能性、だが。
ピッタリ、と言えばあまりに適し過ぎたその力に怖気が走る。
空間歪曲による刀身の位置のズレ…………それこそがこちらの防御をすり抜けてくる必殺の刃の正体。
考えてみれば昨日の斬撃も真っ直ぐに振り下ろしていたのに切れたのは首元から肩への斜めの斬線。
どう対処すれば良い? 防ぐのはまず不可能、となれば避けるかもしくわ…………。
相打ち…………防ごうと構えた刃をすり抜ける、と言うことはこちらが攻撃を出していれば相手は防げな…………。
「そうか…………だからこその二刀流か」
「あ、よう分かりましたな~」
右の小太刀でこちらの守りをすり抜けて攻撃、そして相打ち覚悟で切りかかってきても左の小太刀で防ぐ。
二刀流を使いこなしている月詠ならできるだろう…………。
「ふふ…………さて、そろそろ行きましょか~」
どうする? どうする? どうする?
そう考えていた瞬間。
視界の端、城の屋根の上。
そこに映った光景を見て。
眼前の月詠のことも忘れて走り出す。
それは。
ネギ先生が出会ったと言う白髪の少年が弓を構えている。
そして。
その先には。
倒れ伏した神楽坂さんと、神楽坂さんを庇うように前に立つ。
お嬢様。
無表情に。
まるで作業のように。
少年が。
弓を。
放つ。
走る。
矢が迫る。
走る。
お嬢様に。
走る。
走って。
走って。
そして。
お嬢様の前に立ちふさがる。
直後。
矢が。
私を腹部を貫く。
「せ」
お嬢様が、目を見開き。
「せっちゃああああああああん!!!!!!」
体がぐらりとよろめき、屋根が落ちる。
下は池、果たして助かるかどうか。
高すぎる、まず助からない。
どこか冷めたような自分がそう呟く。
温かい感触。
落ちているはずなのに。
痛みでぼやける視界を開く。
間近にあるお嬢様の顔。
瞬間、お嬢様から漏れる光。
やがてそれが爆発するように広がり。
目を開く。
お姫様抱っこされた私。間近にあるのは。
「この…………ちゃん?」
「せっちゃん」
母親に抱かれているような…………そんな優しい感触。
まどろむような感覚に、いつまでも身を委ねていたくて。
次の瞬間、意識が覚醒する。
慌ててお嬢様から降り、すぐさま頭を下げる。
「も、申し訳ありません、お嬢様」
「せっちゃん、もう大丈夫なん?」
その言葉にはっとなって自身の腹部を見るが、矢の傷痕どころか月詠に付けられた脇腹の傷までなくなっていて。
「お嬢様、もしや力をお使いに?」
心あたりがそれしか無く、問うとお嬢様が不思議そうに首を傾げて。
「ウチなんやしたんか? 夢中で分からへんかったんやけど」
恐らくお嬢様が力を使ったのだろう。恐らくと言ったがほぼ確信だ。
どうする? このままここにいるのは不味い。
ふと城の屋根の上を見たが、少年も居ない、私の腹部に刺さっていた矢もいつの間にか無くなっている。
一度宮崎さんたちと合流したほうが良いかもしれない。
と、なると。
「お嬢様。神楽坂さんを連れて、お嬢様のご実家に参りましょう…………そこでネギ先生たちと合流します」
そんな私の言葉に。
「へ?」
お嬢様がそう呟いた。
スタンド紹介は修学旅行終了時でやります。
まだ月詠のスタンドも含めて全部は出し切ってないので。
ところで今回一つ伏線張りました。
出来事自体が原作通りのように見せかけてこの先に向けての重要なポイントが一つありました。
ちなみに今までに出てきた話にヒントと言うか答えがあります。
日本刀で突きってかなり難しいと思うんですけどそのあたりどうなんですかねえ。
一応この小説の中では「太刀」で使う「突き」の技は神鳴流には無い、と言う設定で書いてます。
自分で書いてて月詠のしゃべり方に違和感……。修正するからも……。