アグレッシブな本屋ちゃんは嫌いですか?   作:水代

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三日目夜とか言うタイトルの割りにまだ昼くらいなのは勘弁。


二十五話 修学旅行三日目夜 前編

 

 

 

 本当の敗北とは、絶対に失くしてはならないものを失くした時を指す。

 自身の従者、宮崎のどかはそう言った。

 生きることは競争だ。失いたくないなら走り抜け。奪われたくないなら蹴落とせ。

 それが彼女、宮崎のどかの信条だった。

 

 

 ネギ・スプリングフィールドは敗北者だった。

 幼少の頃に自身が住むウェールズの村は悪魔の集団に襲われ、村の人たちは殺されるか、石化の呪いをかけられた。

 その事件を通して初めて自身の父が単に尊敬されるだけではない、時に恨まれることもあると言う現実を知った。

 けれど時既に遅く…………スプリングフィールドと言う何かと面倒の種になる名の自分たち家族を隠していてくれた村の人たちを失った。

 今でも記憶の奥底にこびりついている、炎に包まれた村の姿、路傍に転がる人だった石像、群れる悪魔たち、そして自身に遺言染みた言葉を託し目の前で石になったお爺さん…………そして絶望の状況で現われた父親。

 

 言葉にするならば罪悪感だろうか。

 自分が故郷を蹂躙されたことに寄るマイナス感情よりも父親と出会ったことによるプラス感情が強かった。

 それはまるで村の人たちがどうでも良かったと言っているようで。

 自分がリードを切った犬の飼い主さん、湖に飛び込んで高熱を出した自分を診てくれた医者のおじさん、そして殺されかけた自分を守ってくれたスタンおじいちゃん…………。

 今思い出せば皆口では色々言いながら自分を守ってくれていた人たち。

 なのに。

 自分は。

 

 

 一度だけ、そんなことを宮崎のどかに言ったことがある。

 その時に言ったのが先の言葉。

 

 本当の敗北とは、絶対に失くしてはならないものを失くした時を指す。

 自身の従者、宮崎のどかはそう言った。

 生きることは競争だ。失いたくないなら走り抜け。奪われたくないなら蹴落とせ。

 それが彼女、宮崎のどかの信条だった。

 まさしくその通りだった。

 

 自分は父親の影を追って、現状で足踏みしていた。

 だから蹴落とされた、だからたくさん奪われた。

 そして続けてこう言う。

 

 蹴落とされたなら這い上がれ。奪われたなら奪い返せば良い。

 大事なものはまだ失われていないのだから。

 

 目が覚めたような気分だった。

 何故思いつかなかったのか、それとも無意識に諦めていたのか。

 石化を治療する、と言うことを何故考えなかったのだろう。

 そう考えた時一つ思ったことがある。

 

 這い上がらねばならない。

 

 自身は蹴落とされた場所で立ち止まったままだから。

 だから早く這い上がらなければならない。また奪われないためにも、また蹴落とされないためにも。

 そのための力なら、あれから学んできたはずだから。

 

 

 それを再び思わされたのは修学旅行初日の夜であった。

 

 教師と言う役職だけあって、自身は修学旅行期間中も仕事がある。

 初日の夜、自身が割り振られたのは旅館の外の巡回だった。

 夜に生徒が抜け出すことがあるのでその防止策、と言うことらしい。

 そしてその途中…………ソレに出会った。

 

 

 

 

 

「ふふふふ…………ふふふ…………ふふふふふふ」

「み、宮崎さん…………大丈夫ですか?」

 こみ上げる笑いを嚙み殺し切れずにいると、ネギ先生が頬を引き攣らせながらそう尋ねてくる。

「何がですか?」

「い、いや…………その」

 と言うか、大丈夫ですか、とはどういう意味だろう? 頭が、と続くのだとするなら相当失礼だが、先ほどの言動を鑑みるに、言われるだけあるかもしれない、と考え直す。

 と、まあ冗談はここまでにしておいて…………目の前でグルグル巻きに縛られた少年、犬上小太郎へ向き直る。

「さて、あっちの女の人はまだ起きてくれないので先にあなたから始めましょうか」

「なんや…………何するつもりや!?」

 憤る小太郎だが、木ごとグルグル巻きにした上で、ネギ先生に捕縛用の魔法使って拘束しているので何もできない。

「いえいえ…………ただの尋問ですよ」

「俺は何も喋らへんで!!」

 溜まらず噴出す。何がおかしいのか、と睨む小太郎。まあ何も知らなければそうでしょうね、と内心呟く。

「何も喋る必要はありません、ただ私が一方的に質問して一方的に答えをもらうだけですから」

 そう言って一歩近づく。すでに手元にアーティファクトは開いている。

「犬上小太郎君…………さて、お話を始めましょう」

 名前を呟くと同時…………無地の絵日記調の本に字が浮かび上がってきた。

 

 いどのえにっき。

 それが私のアーティファクトの名前だ。

 いどはイドで、無意識のこと。えにっきはそのまま絵日記と直す。

 その効果は『名前を呼んだ人物の表層意識を絵日記調に映し出す』こと。

 さらに相手に対して質問を投げかけると、その回答を拾い上げてくれる。

 口は閉ざせても心は閉ざせない、思考が回っている限りこのアーティファクトから逃げ出すことは絶対にできないのだ。

 欠点は対象との距離が約七メートル以内でなければならない点と名前を名乗らなければならない点、それと表層意識を読み取るため相手に意識がなければならない点だろうか。

 だからこうして捕らえて尋問しているのだが、それら欠点を全部帳消しにして余りあるほどに強力なアーティファクトだと思う。

 

「さて、今回の襲撃に関してだいたい聞きたいことは聞きましたね」

 粗方聞くことは終わったので一息吐く、ふと隣を見るとネギ先生の表情が真っ青になっており、ついでに小太郎が某燃え尽きたボクシング選手のように真っ白になっていた。

 気を失われても困るのでぺちぺちと顔を叩いて気付けをしておく。

「さて、それじゃ最後の質問です」

 その言葉に小太郎が口から魂を出しかけていたが無視する。

 

「どうやってスタンドに目覚めましたか?」

 

 その瞬間、小太郎の顔が真っ青になる。

 だが絵日記は小太郎の心を読み取り…………咄嗟に隣のネギ先生の襟首を引っ張って跳ぶ。

 

石の息吹(プノエー・ペトラス)!!」

 

 直後、小太郎の周辺が煙に包まれる。

 先手を打って“Bad apple”の時間遅延を発動させて逃げたので何とか巻き込まれずに済んだが…………。

「驚いたね、今のを避けられるとは思わなかったよ」

 声のしたほうを辿ると、そこに白髪の少年がいた。ネギ先生が息を飲んだのを見ると、恐らく初日に先生が戦った相手だろう。

 いつの間に、と驚いていたが、すぐにさらに驚愕する。

 魔法によって放たれた煙が晴れると、そこに石像と化した犬上小太郎がいた。

 仲間じゃないのか、と思わず言いたくなったが、元より敵にそんなこと説いても無意味だろうと言葉を飲み込み。

「そんな…………その子はお前の仲間じゃないのか!!」

 隣のネギ先生が叫んだ。

「そうだね、けれど残念ながら彼まで連れては逃げられないから仕方ない」

 そう言う少年の右手には捕まえていたはずの女性、天ヶ崎千草の姿があった。

「余計な邪魔が入らないうちに、彼女だけでも返してもらうことにするよ」

 そしてふっと足元に水溜りが湧き上がり、その中に少年と千草が消えていった。

 僅か数秒の出来事に私もネギ先生もろくに動くことも出来なかった。

「………………………………」

「………………………………」

 重苦しい沈黙。それもそうだろう…………間違いなくあの少年は強い。

 ネギ先生が逃げる、と言った意味も良く分かった。

 

 まあ…………手が無いわけでもないが。

 

 ふと遠くから聞こえた声に私とネギ先生が振り返る。

 そこに刹那さんたちの姿を認め…………はっ、となって石化した小太郎を密かに“Bad apple”に移動させたのだった。

 

 

 

 




小太郎脱落。フェイトの石化は後で戻せたはずですけど、彼に修学旅行期間中に出番はありません。

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