「くそ、くそ、くそ!!」
今日一日のことを思い出し、そのあまりにも非現実的な現実に無性に腹が立つ。
長谷川千雨は麻帆良学園の中等部の学生だ。
千雨が麻帆良にやってきたのは初等部の頃だったが、やってみてこの学園のあまりの異常に驚く。
人外魔境、まさしくそうとしか言い表せないそこは、まさしく千雨の常識とは乖離しきった世界だった。
「だいたい十歳のガキが教師とかありえねえだろ!!」
自宅に帰ってから外では言えないその愚痴は加速する。
千雨にとって中等部での学園生活は、日常と呼ぶにはあまりにも毎日が非現実過ぎた。
自身の常識がまるで通用せず、思考回路自体が自分とは違うクラスメートたちを見ていると、まるで異星人の中に一人紛れたような錯覚すら覚える。
千雨の預かり知らぬところで勝手にやってるのは良い、どうぞご勝手に、と思う。
一番苛つくのは、千雨自身がその非常識どもに巻き込まれている現状だった。
同じクラスだから…………それだけの理由で千雨は彼女たちの巻き起こす騒動に巻き込まれる。
「私なんざほっとけってんだ」
まさしく余計なお世話。こちらとしては放っておいてくれることが一番の気遣いだと言うのに。
「荒れてますね、千雨さん」
玄関を閉め忘れたのに気づいたのは、声が聞こえた直後。
人の部屋に勝手に入ってくるな、と言いたいところだが目の前の人物だけは例外だった。
「宮崎か…………」
宮崎のどか。千雨のクラスメート。
そして……………………。
「いらっしゃい…………まあゆっくりしてけよ」
千雨の最大の理解者だ。
自分、宮崎のどかと彼女、長谷川千雨との出会いは数年の時を遡る。
まだ小学生だった自分は、その頃スタンド使いになったばかりで、スタンドを持て余していた。
彼女、長谷川千雨にあったのはちょうどその頃だ。
どうしてなのか、原因不明の全くもって理解不能な事実だが…………スタンド使い同士は引き寄せあう。
縁と言う名の糸を手繰るように、運命と言う名の糸に絡め取られるように。
全く持って無意識に、全く持って自然と、スタンド使いはスタンド使いを見つけ出す。
故にこそ、この出会いは必然と言えたのかもしれない。
長谷川千雨はスタンド使いだ。
今では本人も理解しているし、受け入れてはいる。
だがそれは『今では』……の話だ。
千雨は非常識が嫌いだ。非科学が嫌いだ。
それは千雨のちっぽけな常識を壊すから。
それは千雨の弱々しい正常を壊すから。
けれど麻帆良の地においてその価値観は致命的だ。
だから千雨は麻帆良に馴染めない日々を送っていた。
そしてそこに現われる触れず、他人には見えない人型。
長谷川千雨のちっぽけな心が悲鳴を上げた。
宮崎のどかが長谷川千雨に会ったのはちょうどそんな時だった。
「つうか、ありえねーだろ!! 常識的に考えて、十歳のガキが教師だなんて!!」
さきほどから老人のうわ言のように同じ愚痴を延々と聞かされ続け、少々参る。
「先生はあっち関係だからね…………あっちに常識が通用しないのはいつものことだし」
千雨さんは自覚していないだろうけれど、彼女がここまで疲弊するのは、彼女自身の面倒見の良さが
どれほど非常識を嫌っていようと、どれほど常識を愛していようと、どれだけクラスメートたちを不審がっていようと。
それでも巻き込まれれば付き合う彼女自身の人の良さ、結局それが彼女自身を苦しめている。
「千雨さん自身も常識外な部分もあるんだから、許容してあげようよ」
スタンド能力云々ではない、千雨さんのその才は、麻帆良にあって決して他と遜色無いものがある。
ちらりと備え付けられたPCを見て微笑む。
千雨さん自身も多少自覚があるのか、PCを見て口を噤む。
「日常的にハッキング行為をするような中学生は普通いないと思いますよ?」
苦笑交じりにそう言うと、千雨さんは唸るばかりで返事を窮する。
千雨さんはパソコン、特にインターネットを使ったことが非常に得意だ。
麻帆良でも群を抜いている。自作のホームページでネットアイドルしても活動しており、トップの人気を誇る辺りも彼女の技量を窺える。千雨さん本人から聞いたことだが、単純に容姿が良いというだけでなれるようなものでもないらしい。
どこか自身の技術を誇るように千雨さんが話していたが、そういう時の千雨さんはとても生き生きとした表情をする。
そういう時、彼女のことをやっぱり自身と同じ中学生の女の子なのだ、と再認識する。
いつも外面を取り繕って素の自分を見せないだけに、自分の前ではいつもは隠している素を見せてくれるのが嬉しい。
そう、ただ一つだけ思うのは…………。
「学園でも眼鏡取ればいいと思うんですけどね」
「………………無理だな」
嫌そうな表情でそう呟く千雨さんに一つ溜め息を吐く。
昔から周囲から浮き続けたせいか、若干対人恐怖症の気があり、眼鏡をかけていないと人とまともに話せないのだ。
眼鏡を取った彼女はとても綺麗なのに、勿体無い、といつも思ってしまう。
まあ自身の前で外してくれるので、それだけ友情が深いと言う証であり、嬉しくもあったりするのだが。
まあそれも一つの個性か、と若干諦めも交えつつ納得する。
他人が言ってどうこうなる問題でも無いし、こればっかりは千雨さん自身がどうにかしないといけない問題だ。
「あ、そうそう」
そう言えば用件を忘れていた。
これを言いにわざわざここに来たのだった。
「今日で終了式だし、クラスのみんなでネギ先生の正式に教員になったお祝いも兼ねてパーティーしようって言ってるんだけど、千雨も行きませんか?」
そう、先にあった期末試験で、毎回最下位だった二年A組は学年トップと言う快挙を成し遂げた。
高畑先生に聞いた限りでは不正などは無く、本当にトップだったらしい。
まあ元々2-Aには成績優良者たちが揃っていた。ただそれを上回る成績不良者がいただけの話で、今回成績不良者の中でも特に点数の低い五人が優良、とまでは行かないが、学年平均程度の点数を取ったので結果的にクラス平均は大きく引き上げられたようだった。
その結果をもってして、ネギ先生は学園長を含め、魔法先生にも、一般の先生にも受け入れられつつあるらしい。
私のそんな誘いに千雨さんは表情を歪めて。
「私はパスする…………わざわざあんな変人たちのところに行きたくないし」
と、そんな予想通りの回答を返してくるので、一歩、二歩と千雨さんの目の前まで歩いて行き。
「せっかく二年生最後のイベントですし…………一緒に行きませんか?」
笑顔でそう言ってあげると、千雨さんが一瞬息を呑み。
「…………そうだな、最後くらいは参加するか」
そう呟き、苦笑を漏らした。
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。
水代は面白そうな小説を探してランキングを見ていたら日刊にこの小説の名前があった。
な、何を言っているのか分からねえと思うが、俺も分からねえ。頭がどうにかなりそうだった。
幻覚とか表記ミスとかそんなチャチなものじゃねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。