悪の組織で働くネクロマンサーちゃんとTS転生した死体ちゃん   作:浅空哀歌

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第1話

 

 

 「人は二度死ぬ」らしい。

 

 

 死んだこともない人間がたいそうな口を開いたもんだと腰を据えて聞いてみれば、これまた案外と理にかなった言葉なのである。

 

 この言葉の意味はこうだ。

 

 肉体が死んでも生きた事実は死なない。生きた事実が死んだとき人は初めて死ぬことができる。

 

 

 正直なところ何を言ってんだ、と思った。

 

 全くもって意味が不明だが、言わんとすることは分からんでもない。これを名言っぽく深い意味を持たせた理由も何となくは分かる。あぁ、人は二度死ぬのかもしれない。そう思わされる不思議な説得力があるのだろう。

 

 

 けれど多くの人は首を縦に振って肯定することはできない。なにせ、二度死んだことがないのだから。

 

 

 

 例え、そうかもなあと思っても「人は二度死ぬんだぜ」と断言することはできない。それも仕方のない事であって、普通死者は思いを巡らせない。死を証明することはできないのである。

 

 死んだやつが「俺さ、この前二度死んだんだ」なんていうわけない。

 

 死人に口なし。

 ゆえに、人は二度死ぬ「らしい」。

 

 

 生産性のないことを考えたところで、はてさて、ここで一言。

 

 

 人は()()()()こともある。

 

 

 簡単な話をすると、死んで、転生したら死んでいた。だから私は二回死んだ。詳細に語れば、俺が一度死んで、私はもう一度死んでいた。

 

 いわゆる私はTS死体転生者というわけだ。

 

 私も未だに現状を詳細に理解できているわけではないが、私がTS転生したと気がついたら……とき既に遅し。

 

 私は物心がつく前から死んでいたのだ。死んだせいで前世の記憶はあまりなく、覚えているのは死んで転生したことと、転生した自分が死んでいたこと。

 この二つの記憶以外はうろ覚えだった。

 

 自分が何者なのか。生前は何をしていたのか。

 転生後はどんな人生だったのか。自分のいる場所は何処なのか。

 

 覚えていることは死んだことだけとくれば、死人である私であれど困惑してしまうのも無理はないだろう。

 

 全くもって不明瞭な出立に当初困惑しかできない私にも救いはあった。

 

 

 その少女は濡羽色のような髪色で白く透き通る肌をしていた。顔の造形は端正で女性的な身体的特徴も程よくある。体躯は華奢で身長は平均。

 体に適されていない大きな白衣に身を包む少女が、そこにはいた。

 

 そして私は手は差し伸べられた。

 それが、ネクロマンサーちゃんだった。

 

 

 無機質で人の住む形跡もない白を基調とした室内で目を覚ました私は、近くに佇んでいた一人の少女に事のあらましを説明された。

 

 曰く、捨てられていた死体を蘇らせたそうだ。

 そこで私は二回死んだことに気がついた。

 

 捨てられた死体を自宅まで回収したネクロマンサーちゃんは、数ヶ月の過程を経て私を蘇生した。ネクロマンサーちゃんが言うには「命の再生」を行ったらしい。

 

 命の再生。死者を蘇らせるなんて何処のファンタジー作品かと思った。彼女から「私はネクロマンサーだから」と言われたがネクロマンサーだから何だよ。ネクロマンサーってそんな万能な存在じゃないだろうと。明らかに生を実感できる生身の体を触っては心の中で驚愕の連続だった。

 

 これには神様もびっくり仰天だろう。TS転生なんてさせた神様的存在も、泡吹いて倒れているかもしれない。再生という言葉を簡単に使っているが、その実これは創造といっても過言ではない行為なのである。

 

 

 死者を生き返らせることができるだなんて神様にも似た所業なのだ。それも一介のネクロマンサーがである。世界のネクロマンサーたちもみな彼女と同じなのかと思えると生命のインフレが起きるに違いない。

 

 それに今どき創作の世界でも聴き馴染みのない職業を告げられたのだから、驚くのにも無理はない。表情筋は死後硬直で動かないんだけれども。

 

 そんなこんなで、ネクロマンサーちゃんと私の二人による共同生活が始まった。と言っても私はあくまで死者である。最もらしい共同生活が始まったわけではない。

 

 食も睡眠も必要としない動くだけの肉塊である私は彼女の研究を手伝い身の回りの世話をおこなう都合の良い存在となった。私も身に覚えがなく勝手に蘇生されたと言えるけれど、彼女に恩義はあったから苦ではない。

 

 いつも何をしているのかズブの素人である私には分からない。でも、彼女の世話をして、彼女と共に暮らす生活も案外と悪いものではないと思い始めた時に––––––––。

 

 

 ––––––––あいつらは、やってきた。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 TS死体転生者、偽名ちゃんの朝は早い。

 

 といっても死体には睡眠が必要ないからである。いつもボーッと呆けて時が過ぎるのを待ち日の出と共に私の体は稼働する。

 

 偽名ちゃんというのは私の名前だ。記憶喪失で名前がないからとりあえず偽名を付けようということで、偽名ちゃん。

 

 安直なネーミングセンスの名付け親もまたネクロマンサーが本名と来たのだからどうしようもない。まあ「偽名」というふざけた名前にも愛着が湧き始めたので私は気にしていないから何だって良いのが本音である。

 

 

 さて、時刻は朝の5時。私の1日の始まりは2杯のグラスに水を注ぐことから始まる。

 

 

 死んだ年齢が幼少期らしく、いくら歳を重ねても成長することのない死体だけは未だに不便である。水を注ぐのにも、お立ち台をキッチンまで運ばなければならない。成人が暮らすことを想定とされた研究室はなかなかどうして多様性に欠ける作りをしている。

 

 グラスに二人分の水を注ぎ終えたところで私は片方のグラスに口をつけて水分を補給する。水を飲み、お立ち台から降りた私が次に向かうのは彼女のもとへである。

 

 眠る彼女の肩を揺らし呻き声のような相槌を聞いたところで、私は口を開く。

 

「ネクロマンサー。今日の仕事は––––」

 

 言葉を遮るように彼女は欠伸をしながら答えた。

 

「分かってるよ。今日も……だろう? どうして社会は人を酷使するんだろうか。いつの時代も労働者が損をするようにできている」

 

 白を基調とした室内の隅に置かれた大きなベッドの上で彼女は気怠そうに溜息を吐いた。ボサボサになった鴉の濡羽色のような艶のある黒髪を手櫛で軽く整えると、近くの机へ綺麗に畳まれた白衣を取って袖を通す。そして、腕を目一杯に上へと伸ばし気持ちよい唸り声を出したのがこの部屋の主人、ネクロマンサーである。

 

 私は小走りで両手に持った水入りのグラスを渡しに行く。彼女は受けとるやいなや口につけ喉を鳴らしながら水を飲む。

 

「ネクロマンサー。今日は3人」

 

「おや案外少ないね。いつもより人員を多めに割り振ってヒーローと戦っていたとは聞いていたけど……もしかして上手くいっちゃった?」

 

「ううん」

 

「なら撤退? まさかうちにも末端の社員へ気遣う良心が残されていたとはねえ」

 

「ちがう。負傷者、数十名。行方不明者、十数名。死者、三名」

 

 途端にネクロマンサーは眉を顰めた。

 

「ああ〜、納得。どうせ戦闘中に巻き込んだ〜とか、囮に使った〜とかでしょ?」

 

「うん」

 

「全く……度し難いねぇ。」

 

 退屈そうに、彼女は私の頭に手をやると力強く髪を掻き乱した。不思議と痛みはない。心地よいとも言える力加減に私は成す術もなく彼女の思い通りにされるがままだった。

 

「あぅ……ネクロマンサー、そろそろ」

 

「……おっと。さて、今日も一仕事するかな」

 

 私の頭から手が離れる。グラスを机の上に置いた彼女は扉の前へと歩き出す。慌ててその後をついて行く。彼女の歩幅は大きく、私の歩幅は小さい。自然と早歩きのような形で私は白を基調とする病棟のような道を歩いた。

 

 ……ああ、病棟であれば私たちはどれほど嬉しかっただろうか。彼女の研究が、彼女の才能が、彼女の全てが認められた世界を私は見てみたかった。彼女は私を蘇らせたのは気まぐれじゃない。

 

 

 誰かを救いたいという善心がそこにはあった。

 それを、あいつらは利用したんだ。

 

 

 私たちは悪の組織である。金のため、野望のため、人を殺して世をまかり通る悪心である。

 

 

 私たちは心臓である。命を無造作に扱われ、散っていた悪の組織を動かすための歯車である。

 

 

 私たちは死人である。

 心を亡くし組織のために尽くす奴隷である。

 

 

 死体となって帰ってくる悪の組織の構成員たち。

 

 犠牲を伴っているのに一向に尽きぬ人員のわけは、ネクロマンサーの蘇生によるものだ。

 

 

 彼女は来る日も来る日も死者を蘇らせた。何度も命の再生を行った。それは彼女に誰かを救いたいという思いがあったから。だから私もネクロマンサーを支え続けた。

 

 

 今日も彼女は人を蘇らせるのだろう。死ぬために蘇らされた人は何を思うのだろう。少なくともの救いは心を亡くしてしまったことなのだろうか。

 

 

 あの日から、ネクロマンサーの目は死んでしまった。

 

 

 

 人は二度死ぬ。

 

 

 あれはやっぱり嘘のようだ。彼女の後ろを小走りでついて行く私は、気怠そうに歩く彼女の背中を眺めながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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