悪の組織で働くネクロマンサーちゃんとTS転生した死体ちゃん   作:浅空哀歌

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第2話

 

 

 悪の組織といえば私の中のイメージカラーは黒だ。

 

 何者にも染まらない黒。

 世界を覆い隠す闇の色。

 

 人間が恐怖を抱く色とは黒であり闇であると私は思っている。

 

 事実、悪の組織の戦闘員は黒を基調とした社用の服装が支給されている。まるでスーツを着た社会人のように、みんな同じ服装で業務に勤めているわけだ。

 

 

 そんな悪の組織の社内は意外なことに清潔感のあふれる白を基調としていた。

 

 

 廊下、室内、何処を見渡しても白なのだ。研究室や病院を連想させられるが、やっていることは人様に迷惑をかける悪行。人々のために働く労働施設と比べてしまうのは失礼だろう。

 

 

 さて。どうも、偽名ちゃんです。ネクロマンサーは今日も死体の前で何かをするそうです。

 

 

 はて、なにか如何わしいことをしているように思えてしまうが、悪の組織が如何わしいことをしないわけもなく。私は壁に寄っかかりながら、彼女をぼうっと見つめる。

 

 ネクロマンサーは何やら解読不能の文字を遺体へ刻み込んでいた。これが、彼女が死霊を操るために大事な要点らしい。よくある魔法使いが術式を行使するようなものと同じ原理だろう。

 

 詳しくは私にもわからない。

 

 

 「……わっ」

 

 すると、いきなり扉が開かれた。我ながら情けない小声とともにポスンッと、柔らかい感触が頭部に伝わる。

 

 

「ネクロマンサー様。ただいまお持ちいたしました。そして偽名様、大変失礼いたしました」

 

 そういって、黒一色の服装に身を包む女性が私の頭を支え起こしてくれる。するりと私の横を通過すると、試験官のようなものをネクロマンサーへと手渡した。あれは遺体の血液である。

 

 

「はいはい、ありがとうね〜。……おっと、今日は見ない顔だね」

 

 

「新たに配属されました。構成員Sです。よろしくお願いいたします」

 

 

「うんうん、そのシンプルな名前。嫌いじゃないよ。さすが悪の組織の構成員だね!」

 

 

 彼女は少し口籠りながらに言う。

 

「……はぁ、お褒めに預かり光栄でございます」

 

 

「それじゃ、始めるから離れといてね〜。偽名ちゃん、ドアの前に寄っかかるのは良くないよ〜?」

 

 

「うん」

 

 

 気怠そうに欠伸をしたネクロマンサーは、私と構成員Sさんが遺体から離れた位置へと移動したことを確認すると試験管と遺体を交互に見て何かを始めた。気分は親の仕事を見つめる子供のようだ。いや、親子ではないんだけれどもね。

 

 私は隣に立つ彼女を見やる。そのネクロマンサーの行動に一人、釘付けにされたかのように凝視する構成員Sさんがいた。

 

 

「……Sさん。やっぱり、気になる? 」

 

 

 私が言うとSさんはピクッと肩を揺らす。少し時間をおいて、彼女は「……はい」と肯定し話を続ける。

 

 

「命の再生。ネクロマンサー様はこの世で唯一死者を蘇生できる方だと存じています。そしていま、私は奇跡を目の当たりにしようとしているのです」

 

 

「……奇跡」

 

「そうです。ネクロマンサー様がいれば人は死を恐怖しなくて良い。不死とは人類史が追い求め叶わなかった悲願なのです。

 

 誰しもが起こりうる死という事象に恐れるしかなかった。そんな不可能を可能にすること、人はそれを奇跡と呼ぶのです」

 

 

「……奇跡は、嫌い」

 

 私の小さく呟かれた言葉は彼女には届かない。

 Sさんはネクロマンサーの一挙手一投足を見逃さまいと目を見開いている。まるで、何かに取り憑かれたようにネクロマンサーを見つめていた。

 

 

 奇跡、という言葉には聞き覚えがある。それはネクロマンサーが起こした所業が世間に知られたときだ。その時はまだ重篤な一人の少女を救った将来有望な医者の卵ぐらいに勘違いされているとき、人々は私と彼女に「奇跡だ」と言った。

 

 

 死ぬ間際の少女を救った。本当は死んでしまっていたんだけれど、彼女は医者ではなくネクロマンサーなんだけれど、何度も私たちは奇跡の子として囃された。何度も彼女の所業は奇跡と言われた。

 

 

 奇跡とはネクロマンサーの嫌いな言葉である。

 

 

「奇跡は、怒る。辞めた方が、良い」

 

 

「……はあ、申し訳ございません。ですが、それ以外の言葉として言い表すことはできません。ネクロマンサー様の行いはまさしく––––」

 

 

「––––神の所業ではないよ。構成員ちゃん」

 

 

 私が話しかけた時よりも彼女の体が震えたことがわかった。ネクロマンサーの声はどこか優しくてどこか冷たい。ネクロマンサーが怒ると私が言ったからか、Sさんは気不味そうに口を閉じたまま黙っていた。

 

 

「ねえ、構成員ちゃんはネクロマンシーについてどこまで知ってる?」

 

 

 口籠るSさんを一瞥したあと、こちらに背を向けたまま普段と変わらない口調でネクロマンサーは言った。

 

 

「ネクロマンシーはね、言ってしまえば呪いなんだ。実存的な思想から乖離した生と死を弄ぶ行為。決して正当化されて良い行いではなく、ましてや神と比べるなんてもってのほかさ。

 

 錬金術という言葉が科学技術という言葉へすげ替えられたように、ネクロマンシーも呪いや死霊崇拝なんて別の言葉へとすげ替えられていった。全く良い意味を持たない悪い言葉へとね。

 

 ……ねえ、一体それは何でだと思う?」

 

 ネクロマンサーの質問にSさんは答えなかった。そもそも、ネクロマンサーは彼女の回答を待とうと思っていなかったのだろう。一呼吸の間が空いて、すぐにネクロマンサーは自嘲するようにクスリと笑って言った。

 

 

「生命への冒涜。とどのつまり、あたしは神様の敵なのさ」

 

 

 途端、Sさんは口を開く。

 

 

「そんなこと––––」

 

 

「そんなことない。そう言って人の過ちを赦せるのは神様だけさ。人が人を赦すだなんて烏滸がましい。あたしたちが思っている以上に人間っていうのは高尚な存在じゃないのさ」

 

 

「……では、何故ネクロマンサー様は人を蘇らせるのです。過ちであると理解してなお犯し続ける意味とはなんですか」

 

 

「良い質問だね。でも、あたしにも分からない。私にとってコレは特別ではない。特別とは何度も続けば、いつか当たり前になるものなのさ。

 

 ……人は生まれながらにして意味を持ち、死したのちに意義を失くす。それなら意義をなくして生き続ける人は一体どんな意味を持っているんだろう。もう、あたしには分からない」

 

 

 声色を変えず言い切ったネクロマンサーは3人の遺体が眠るキャスター付きの机を押して奥の部屋へと向かっていく。

 慌てて私はネクロマンサーの後をついていくことにするが、Sさんはその場から動こうとしない。

 

 

 ネクロマンサーは怒っているわけではないのだろう。付き合いがある程度ながい私には分かることだ。どうせ彼女は小っ恥ずかしいだけだ。そんな尊敬される人物ではないんだぞと伝えたかっただけであって、初対面のSさんが気にする事ではない。

 

 そう、言おうとして私はSさんの方へと振り返った。

 

 

「…………」

 

 

 彼女は声を出さずに笑っていた。

 

 

 広角を上げ艶然とした表情で立ち尽くしていた。目元は僅かに細められ、ウットリと何か悦に浸っているようにも思える。ただその瞳の中に映すのは、奥の部屋へと姿を消すネクロマンサーの背中だけ。

 

 やがて無音になる室内で、彼女の呼吸音と乱れた息遣いが僅かに聞こえ始める。

 

 

 

 

 私は思った。

 こいつは、ヤベー奴だと。

 

 

 

 

    ◆◆◆

 

 

 

 

 私とSさん改めヤベー奴は、ネクロマンサーの後を続くように奥の部屋へ入る。

 

 三人の遺体が安置された室内は相変わらず白を基調とした薬品の匂いが漂う部屋だった。布を被せられた彼ら彼女らからは酸っぱいような異臭がする。ネクロマンサー曰く、これでもマシな匂いらしく日が経つにつれて腐臭は強くなっていくそうだ。

 

 だから、蘇らせるには早い方が良いらしい。

 彼女は仕事熱心なのである。

 

 

「ネクロマンサー様、本日の遺体は––––」

 

 

「はいはい、素早く手早くでしょう? 準備はもう出来てるよ」

 

 

 Sさんの言葉を遮ったネクロマンサーは遺体の胸元へ手を添える。これらは広義的に儀式と呼ばれているわけなんだけれど、私が思っているような周りが変な言葉を繰り返し発言したり生贄を捧げて変な煙が出てきたりなんてことはない。

 

 ただネクロマンサーは祈りを捧げている。そして命を再生するだけだ。その過程は魂の宿る場所と彼女の肉体が触れさえすれば良い。

 フィクション作品の魔法や魔術を想像すれば分かりやすいのだけれど、力を行使するためには必ず何かしらの代償が必要となってくる。それは自身の生命力であったり、他者の命であったり様々だ。

 

 故に、古来より生贄という文化が存在するわけだけれど、ネクロマンサーが支払う代償はどちらかといえば後者にあたる。遺体と縁のあるもの、今回であれば血液がそれに該当するだろう。ネクロマンサーはいわば魂と遺体を繋ぐための道に過ぎない。

 

 そもそもネクロマンシーとは死者を介した占いや死者を操ることだと思われがちだが、本来は隠世に彷徨う死霊の魂を現世に留まらせることを指す。起こりうる事象の結果ではなく、過程こそがネクロマンサーにおいて重要なことなのだ。

 

 

 ちなみに、これらは全てネクロマンサーの自論である。

 

 

 どういうことかと言うと実のところ私にもわからない。ただ唯一理解できることは、ネクロマンサーには死者の魂を呼び出すことが可能であること。ソースは私自身の体である。

 

 

「イイイイイアアアア!!!」

 

 

「ぴえっ」

 

 

 唐突な叫声に私は思わず後ずさってしまう。声の発生源はネクロマンサーの眼前に眠る3人の遺体である。毎度のことながら、これにはどうにもなれない。

 

 

 ところで一体これは何の叫声なんだと言われれば、まず物語にはお約束があることについて語らなければならないのだろう。

 

 これは俺である時の常識。つまり私の前世の常識かと思うのだけれど、戦隊モノ然り、特撮モノ然り、創作にはお約束というものがあるはずだ。

 

 

 その中の一つ、モブ級悪役のセリフについてである。

 

 

 最も有名なセリフといえば「イーッ」という掛け声だろう。いやはや、良い歳をした大人がコミュニケーションを取るために「イーッ」なんて言葉を口にするなんて冗談にしても恐ろしすぎる。

 

 

 大人のコミュニケーションって「お疲れ様です」から始まり「よろしくお願いいたします」で終わるのが常識だろう。たとえ悪の組織が社会の一員ではないとはいえ、「イーッ」だけで終わるのは良いわけがない。

 

 

 モブというのはどの物語においてもぞんざいに扱われるのが常であるけれど、それにしたって人である以上マトモな言葉ぐらいは話せるだろう。

 

 

 そう、本来であればマトモな言葉を話せたのである。

 

 

 

「ほーい、おはよう〜。みんな生き返ったから安心してね〜」

 

 

「イイイアアアア」

 

 

「そう興奮せずとも。大丈夫、もう痛くないよ〜。みんな、生き返ることができたんだから」

 

 

「イイアア、イイアアァ!!!!」

 

 

 

「ぴっ」

 

 ––––––––急に叫ばれ、私の体が反射的に肩を震わせた。

 

 

 さて、つまり何が言いたいかというと、叫声の正体……。

 

 

 それはネクロマンサーによって生き返った者たちの呻き声である。私を含めて蘇った死者は世間一般的にゾンビと呼ばれる。意思を持ち、しかし意味と意義を持たない者たちの声、それが「イーッ」とかの正体であり叫声が聞こえる理由だったのだ。

 

 

 

 いや、結局「イーッ」ってなんだよ。

 

 

 

「偽名様は、可愛い声で鳴くのですね」

 

 

「…………」

 

 

 もっと恐ろしい声が隣から聞こえたので私は何を言うこともなく後ずさってしまう。

 

 

 

「はっはっはっ、そんなに離れちゃうなんて偽名ちゃんは相変わらず苦手なんだねえ。……ほら、君たちも早いとこ仕事に戻らなくちゃ。小さな子を怖がらせるのが君たちの仕事なのかい?」

 

 

 ネクロマンサーの声と共に机の上に寝かされた3人の遺体が起き上がる。彼ら彼女らは、まるで私と同じような無表情だ。

 

 

 それもそのはず、私と境遇が同じだからである。

 これが、死者の蘇生。ネクロマンサー曰く、命の再生と呼ぶ事象だ。

 

 

「イイアアァ」

 

 

「はいはい。んじゃ、あとはそこの構成員ちゃんに従ってね。くれぐれも次は死ぬんじゃないぞ〜」

 

 

「イア、イイイアアア」

 

 

「……はっ、ではこちらになります」

 

 辺りを見回して状況を理解した戦闘員くんたちは、ネクロマンサーの指示通りにSさんのもとへ集まる。さっきよりも恍惚な顔をしていたSさんは途端に我へと帰り一礼をしてから部屋を出て行った。どちらも案外と従順な様は大人の証拠でもあるのだろう。

 

 

 いや、ヤベー奴とヤベー奴らは惹かれ合う。

 これが類は友を呼ぶってことなのか。

 

 

 

「んー、さて今日は終わりかな」

 

 

「……ネクロマンサー」

 

 

「ここ最近は死者も少なくて平和だねえ。さて、今日も寝ると––––」

 

 

「ネクロマンサー、ネクロマンサー」

 

 

 大きく欠伸をして彼女は部屋を出ようとする。それに私は待ったをかけた。彼女が着る白衣の一部をつまみ引っ張ると、ネクロマンサーは微笑みながら私の方を向いた。

 

 

「どうしたのー? 偽名ちゃん」

 

 

「もう、寝るの?」

 

 

 私は首を傾げた。

 

 

「そうだね〜。仕事も終わったことだし、何もすることはないから––––」

 

 

「まだ、お昼」

 

 

 瞬間、ネクロマンサーは「ああ」と呻き声を出して崩れおちた。

 

 その様はまるで仕事がひと段落して定時で帰れるはずだったのに、間際に緊急の仕事を割り振られて嘆く社会人のようだ。まあ、ネクロマンサーは悪の組織の一員だけど、 組織に所属しているから立派な社会人なんだけれども。

 

 

 ネクロマンサーは呪詛のように「ああああ」と声を出しながら立ち上がると、私の頭に手を置いて髪を乱雑に掻き乱しながら言った。

 

 

「んじゃ、ご飯でも食べに行こっか」

 

 あいも変わらず覇気の無い顔をして、彼女は部屋を出る。私は首を縦に振ると、あいも変わらず彼女の後ろをついていった。

 

 

 まだ、私たちの1日は始まったばかりなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フィクションであり、頭の悪い作者の独断と偏見がつみこまれています。
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