別荘地の怪人   作:あらほしねこ

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黒の軍団

 早朝の冒険者ギルド、普段なら仕事を求めてごった返すロビーも、振り続く雪のせいか集まる人もまばら。よほどやる気のあるものか、懐事情に不安を抱えるものくらいしかいないが、酒場の方ではそれなりに人が集まっているのが面白いところ。

 とはいえ、こんな天気、こんな時間に開いていて、満足のいく温かい食事をとれる所は、この街では、ここギルドの酒場位なもの。今しがたも、朝食を終えた旅の商人らしき男が勘定を済ませ、しんしんと雪の降りしきる外へと去っていった。

「お師匠様、今日はどうするんですか?」

「隊商の皆さんの予定次第だねぇ、この大雪の中、輸送を決行するのかしないのか、そろそろ使いの人が来る頃だと思うんだけどね」

「そうですか………それにしても、今日は冷えますね」

「まったくだよ、年寄りには堪える。本当に勘弁してほしいものだねぇ」

 向かい合って朝食をとりながら、ぼそぼそと会話する退役軍人に、いつもの元気はあまりない。

「でも、その装備、温かそうですよ?」

「いやいや、とんでもない。寒いものは寒いよ」

「そうなんですか?うまくいかないものですね………」

「まったくだよ、ああ、早く連絡がこないものか。仕事なら仕事、延期なら延期で、気持ちも切り替えられるのに」

 温めた牛乳をちびちびと飲みながら、退役軍人は情けない声をこぼす。山育ちの半闇狩人にとって、このくらいの寒さはまだ平気。むしろ、隙間風ひとつない建物の中では、底冷えなど寒さの内に入らない。しかし、どうやら彼女の師はそうもいかない様子。

 そんな退役軍人を気遣わし気に、そして苦笑交じりに眺めていた半闇狩人の耳が外の気配を感じ取り、それを捉えようとするようにぴんと動く。

「お師匠様、表に誰か来ているようです。馬車が4……5台ほど………結構大きい感じです、なんでしょうか………?」

「使いにしては多過ぎ、隊商にしては少な過ぎ、そもそも集合場所はここじゃないはずだし、いったいなんだろうね?」

「入ってくるようですよ、一応、用心を………」

「そうだね」

 普段と変わらない、しかし、静かに警戒の糸を張り巡らせる退役軍人にうなずき返しながら、半闇狩人は静かにスプーンを置き、帯革から投石紐を引き抜いたその時、ギルドの扉が、すぅ、と滑るように開く。同時に、強烈な寒気を伴う風と共に、黒ずくめの集団が音も無く雪崩れ込んできた。

 漆黒のサレットヘルムと鉄仮面、プレート・アーマーの上に羽織った黒いサーコート、無機質な視線を突き刺してくる真っ赤な色眼鏡。そして、その手に持つのは長銃身のマスケット銃。その銃口の真下には短剣並みの刃渡りを持つ銃剣が取り付けられ、飛び道具としても白兵武器としても不足なく使える事を知らしめるかのように白刃が光る。

 誰何の声を上げる間もなく、ギルドのロビーを制圧したその異様極まる突然の来訪者に、酒場にいた者だけでなく、ロビーにいる冒険者やギルド職員も思わず表情をこわばらせる。と同時に、一斉に退役軍人の方へと視線を向けるが、当の退役軍人は心底慌てた様子で『知らない』というように顔の前で必死に手を振る。

 だが、その場に居合わせた者同様、半闇狩人も師と酷似した姿の黒の軍団を前に、動揺を隠しきれない呟きが小さな唇を突いて出た。

「お………お師匠様がたくさん?」

「いやいやいや、莫迦なこと言っちゃいけないよ、君」

 退役軍人とほぼ同じ装備に身を固めた黒ずくめの集団は、先行隊が他の冒険者やギルド職員の動きを封じ込め、遮るもののないロビーに続けて突入した後続隊が退役軍人と半闇狩人の座るテーブルに殺到し、死角の無い相互警戒を組むと、対象包囲と円周防御を兼ねる陣形で取り囲んだ。

 この間、人がほんの二言三言、朝の挨拶を交わす程度の時間。ギルドにいた他の冒険者や客に対してその銃口は真正面から向けないものの、一切の手出しを許さない陣形の真ん中で、退役軍人と半闇狩人はそれぞれの反応を示しながら顔を向き合わせる。

「お師匠様、この人たちはいったい………!?」

「窓も出口も塞がれたか………これはもう逃げられないねぇ」

「どうしましょう、お師匠様………!」

「心配いらないよ、手荒なことにはならないから………多分」

「そんな!?」

 普段の悠然とした振る舞いからは想像もできない弱気な退役軍人の言葉に、半闇狩人は思わず悲鳴を上げかけるが、さらなる脅威の気配を察知すると、開け放たれた扉の向こうへ僅かに恐怖の色を滲ませた金色の瞳を走らせる。

「とにかく、静かにしてるんだよ。どうにかしようとしてどうにかなる相手じゃないからね」

 いつになく真剣な退役軍人の言葉に、半闇狩人は無言のまま頷く。そんな彼らをよそに、果たして、ゆっくりと敷居をまたいで現れた、黒檀に銀の装飾をあしらった杖を握る黒衣の重装騎士。その威風堂々たる様は、おそらく軍団の長か。そして、その補佐役と思わしき重装騎士が半歩下がった位置を歩く。

 彼らは、歩みを進めながら補佐役の重装騎士が従卒に対しいくつか指示を与え、従卒の手信号と同時に数名の軍団員が素早く入り口を固める。

 悠然と黒マントを翻しながら、まっすぐ退役軍人と半闇狩人の方へと歩いてくる黒い軍団の首魁。見てもわかる重装備で全身を固めながらも、鎧擦れの音も足音もなくつかつかと歩み寄ると、彼らのテーブルの前で足を止める。そして黒檀の指揮杖をひとつ握り直すと、責めるような、しかしどこか安堵するような声で叫んだ。

「ようやく見つけましたよ、父上!」

 

 

 

 今、冒険者ギルドの建物を外から見た者は、どこか異国の軍隊に占拠されたのかと思っただろう。屋外に展開する、黒ずくめの鎧兜とサーコートに身を包んだ兵士は、銃剣付きのマスケットやブランダーバスを隙なく構え、外からの侵入者も、内からの脱出者も許さない意思表示を明確にした配置で、文字通りその赤い双眸を周囲に光らせる。そして、果たして冒険者ギルドの建物内では――――――

 

 

 隠居なさるなどとまだそんなお歳ではないでしょう

 それはそれとして、そんな大事なことを置き手紙ひとつとはどういうことですか

 いくら魔神王との戦が終息したからと言えど我々にはまだお役目があるのに

 余生を冒険者として自由に生きたいなどと

 冒険者に対して無礼、軍団員に対してもあんまりではありませんか

 

 

 漆黒の面頬の下から現れたのは、姉弟と思われるふたりの若い軍人。その、主に姉の方から次々と容赦のない叱責の言葉を浴びせられ、その巨躯を縮こまらせる退役軍人と、呆気にとられた表情で、その一方的なやり取りを見つめる半闇狩人。

 だが、退役軍人とて、いつまでも説教を喰らう子供のように黙ってはいない。この男にしては珍しく、たまりかねたように声を上げた退役軍人の言葉は、緊迫した表情で事態を見守っていた冒険者やギルド職員を思わず吹き出させた。

「ふたりとも、話はちゃんと聞いてあげるから、まずは扉を閉めてきなさい!他のみんなの迷惑になるじゃないか!」

 無作法な子供を叱る父親のようなその一喝を聞き、慌てて扉を閉めようとした軍団員を手で制した退役軍人は、目の前に立つ姉弟に向かって、諭すような声を投げかける。

「おまえたちが開けさせたんだから、おまえたちが閉めてきなさい」

「わ、わかりました、父上………」

 さきほどの勢いはどこへやら、まるで子供のようにふたりそろって入り口の扉を閉めると、この姉弟、主に姉の方が不満たらたらの表情を浮かべて戻ってくる。そして、そんなふたりを迎える、穏やかな言葉。

「ともあれ、遠いところまでよく来てくれたね、まずは座りなさい。それに寒かっただろう?何か食べるかい?」

 半闇狩人を自分の隣に呼んで向かいの席を空けると、退役軍人はこの姉弟を座らせる。

「いえ、朝食は済ませてきました、大丈夫です」

 女軍団長がそう答えた瞬間、副軍団長の胴鎧越しに腹の虫が異論を唱えた。

「ほらみなさい」

 女軍団長は副軍団長を振り向きながら睨みつけ、退役軍人はため息交じりに顔を左右に振る。この姉のことだ、情報を掴み次第、突発で弟と部下を叩き起こし、この大雪の中を強行軍で引っ張ってきたのだろう。まあ、その程度で音を上げるような彼らでは決して無いにしても。

「それと、外にいる皆にも、中に入って休んでもらいなさい。私は誓ってどこにも行かないよ。それなら、彼らが表にいる理由はないだろう?」

「う………わかりました、父上………おい、行って伝えてこい」

「はい、姉上」

 姉の指示にうなずき、弟は従卒に手早く指示を伝える。そして、ほどなくして、外から20名程の黒ずくめの一団が、歩幅、歩調、縦列、横列、それこそ一分の乱れもない行進で酒場の中へ入ってくる。そして、先程ギルド庁舎に突入してきた集団と合流し、空いた壁際に一糸乱れぬ隊列を形作る。

 そして、ざん、と音を立てて整列したと思えば、そこから彫像のように微動だにしない。しかし、黒の軍団はそこに黒い壁を作ってなお、異質な威圧感を放散し続ける。

「………ねえ、おまえたち。私を見つけたんだから、もういいだろう?彼らの任務を解除してやることはできないのかい?このままだと、どちらにしても他のお客さんに迷惑だよ」

「しかし、父上!」

「お願いだから、お父さんのお願いを聞いてもらえないかい?私が言うのもなんだけど、はっきり言うとね、怖いんだよ、彼らが大勢集まると」

「わかりました、父上。彼らの任務を解除し、別命あるまで待機。これでいいですか?」

「おい!何を勝手に!?」

「そうそう、それでいいよ。それじゃあ、お願いするよ」

「父上!?」

「ああ、それと、すぐに温食の手配をしてあげなさい、いいね」

「父上………!」

 見てくれはともかく、言うことなすことその辺にいるような気のいい父親が、家に遊びにきた我が子の友達をもてなすような言動に、女軍団長は眉間にしわを寄せてかぶりを振る。

「まったく、変わると言えばこうも変わりますか」

「だって、もう私は軍人じゃないからね」

「しかし、これでは士気にかかわります!」

「軍団長と副長が、持ち場を離れてここにいること自体、どうかと思うけどね」

「出奔して行方知れずになった軍団長が見つかった報せに、私共自ら出ずにどうしますか!」

「それじゃあ、軍団の方は、あの3人が見てるってわけかな」

「はい、現場の方がいいと、散々文句を言われました」

「ハハハハハ、彼らも相変わらずだねぇ」

「笑い事ではありません!!」

 女軍団長の鋭い剣幕に気圧され、退役軍人はしょんぼりと肩を落とす。

「お取込み中の所、失礼いたします。少々、よろしいでしょうか?」

 防戦一方の退役軍人を見かねたのか、それとも、このまま放置すれば顰蹙どころか、我に返りつつある血の気の多い冒険者とトラブルになる可能性を恐れたのか。もっとも両方の理由だろうが、ギルドの受付嬢が、勇敢にも遠慮がちに一方的な親子喧嘩の中に割って入る。

「当方には応接室もございますので、せっかくですから、そちらでお話をされてはいかがでしょうか?」

「わかった、では、すまないが部屋を借りよう」

「かしこまりました、それでは、ご案内いたしますね」

「でも、君、私は依頼主の連絡待ちをだね………」

「ご心配いりませんよ、先生。取り下げの手続きの方は、こちらでやっておきますので」

 鈴を転がすような声に、優しい笑顔は普段通り。しかし、彼女のその目は、少しも笑っていない。まさに孤立無援、逃げ場なし。そもそも、あれだけ手荒な訪問の仕方をしたにもかかわらず、この程度で済ませてくれるだけ有情というべきか。

「よし、総員、現任務を解除!朝食を済ませた後、別命あるまで待機!」

 若々しく張りのある女軍団長の号令一下、軍団員は一斉に敬礼し、後はそれぞれ十人隊ごとに分かれると、それぞれの隊長の指示のもと動き出した。

「さあ、後は彼らに任せて、私達は話の続きとまいりましょう、父上」

 そう言って振り返った女団長の表情は、獲物を追い詰めた狼のごとく、鋭く目を光らせていた。

 

 

「まったく、あの黒ずくめも、まったくいいとこなしだの」

「仕方ありますまいて、公と私の板挟みともなれば」

「それにしても、ずいぶん統率の取れた連中だの。森人の軍隊もあんな感じなのかの」

「ちょっと、あんなのと一緒にしないでくれる。森人の軍団っていうのはね、もっと優雅なものなんだから」

「おいおい、いくらなんでもあんなの呼ばわりはなかろうて、耳長の。それにやつら、食事を大鍋で手配しちょる。もしかして、あいつら、どっか他所で食べるつもりなんかの」

「常在戦場、いかなる状況でも油断せず。なるほど、戦士の鏡でありますなあ」

「それにしても、あの方、本当に偉い人だったんですね」

「まあ、普段の立ち居振る舞いから見りゃ、だいたいそんな感じじゃろうとは思っちょったけどのう。まさか、自分の子供らに全部おっかぶせて、とっとと隠居とはまあ、本当に愉快な奴じゃて」

「それにしても、人が少ない時期と時間帯で幸いでありましたな。かような有様、もし槍使い殿や重戦士殿の一党と鉢合わせしようものなら、正に火に油、でありますれば」

「それはそれで面白そうだけどね」

「はっはっは、野伏殿は、本当に騒ぎがお好きですなぁ!」

「ちょっとなによそれ!そんなんじゃないったら!」

「ま、かみきり丸も、ちくっと早く来とったら、面白いもんが見れたのにのう」

「どうせ『ゴブリンではないな』で終わりよ」

「うははは!そりゃ言えとるわい!」

 

 

「………………………」

「………………………」

 ギルドの応接間で向かい合って座る二組の男女、退役軍人と半闇狩人、そして、女軍団長と副軍団長は、お互いの様子をうかがうような視線を交わしながら、終始無言で向き合い続ける。

「………ねえ、おまえたち?話があるというから、せっかく応接間を貸してもらえたのに、どうしたんだい?黙っていちゃ、わからないよ?」

 最初に口火を切ったのは退役軍人、しかし、女軍団長は、じろりと父を睨むと、棘のある言葉を放つ。

「話というのなら、まずは父上が事情を説明する方が先でしょう?」

「おやおやおや、そうきたかい?でもね、あんな乱暴な訪問の仕方をして、ギルドのみんなに迷惑をかけたのに、ごめんなさいの一言も言わないのかい?私は、おまえたちをそんな大人に育てた覚えはないよ?」

「もちろん、無作法は謝罪します。ですが、これは軍団の正式な任務です」

「私に謝られても仕方ないよ。ギルドの職員さん達や、冒険者のみんなに謝るのが筋じゃないのかい」

「私達は、軍団に一言もなく出奔した軍団長の捜索と確保が任務です。そして、今日ようやく軍団長を保護するに至りました。父上、貴方のなさったことは脱柵と同義です。これでは、他の軍団員に示しがつきません」

「ちょっとまちなさい、一言もないということはないだろう?家督相続の手続きに不備は無いし、書簡も残してきたよ。それを脱柵とは、少し心外だよ?」

「それでも、私達に相談くらいあってもいいでしょう!」

「したじゃないか、冒険者をやりたいと言ったら、隠居してから存分に、と言ってくれたじゃないか。だから、家督をお前に譲ったんだよ」

「あれは相談とは言いません!そもそも、あれを相談と思う人間などいません!」

 そう言い返しながらも、あの時、いつもの朝食の席で持ち掛けられた話を思い出し、女軍団長は微かな焦りを感じながら反駁する。またいつもの益体もない口癖が始まった、とあしらい聞き流してしまった話。しかし、そんな彼女の焦りに追い打ちをかけるような父の言葉

「私はいつどんな時でも、人の言葉には真剣に耳を傾けるように、と言ってきたじゃないか。それとも何かな、私の話は真面目に聞く値打ちもないということかい?」

「そ、そんなことは言っていないでしょう!」

 図星を突かれた女軍団長は、半ば裏返りかけた声で反駁する。しかし、父の言うことは事実。しかも、あの話があってそう間を置かず、本当に家督相続の手続きを済ませて出奔するとは思いもしなかった。

「それならいいんだけどね、でも、脱柵なんて言われたら話は別だよ。私だって、言いたいことは改めて言わせてもらうからね?」

「ど、どうぞ、なんなりと」

「そもそもだよ、家督をおまえが継いだからこそ、その杖がおまえの手にあるんだろう?違うのかい?」

「う………そ、それは………!」

 退役軍人の指摘に、女軍団長はその手に握る黒檀の指揮杖がずしりと重くなる感覚に陥る。そして、そんな彼女にしっかりしろ、とでも問い掛けるように、指揮杖の頭に据えられた三頭獣の紋章が鈍く光る。

「知ってるとは思うけど、それは、家と、軍団を束ねるものが持つ長の証なんだ。それをおまえにあげたんだから、大事にしてもらわないと杖だって困ってしまうよ?」

「そ………それはわかっております!」

「それならいいんだけどね」

 いよいよ議論も白熱の様相を呈し、というよりも、女軍団長が退役軍人に年の功でじわじわとやり込められていく。不意打ちで一時的に優勢を取られた時ならいざ知らず、態勢を整え迎撃の布陣を組み終えられてしまっては、到底勝ち目があるはずもなく。

 形勢が逆転しつつある焦りを感じながら、女軍団長は微かに涙目になりながらも、それでも必死の形相で退役軍人に食らいつこうとする。

「ところで父上、僕からも聞いてよろしいですか?」

 ようやく言葉を発した副軍団長に、女軍団長は微かに安堵の表情を浮かべる。弁舌でなら、少なくとも後れを取りはすまい。

「こちらの方は、どなたしょうか?」

 その時はじめてその存在に気付いたように、女軍団長は、退役軍人の隣に座る半闇狩人にぎろりと鋭い目を向け、半闇狩人は、その炎のような眼力に気圧されるように小さな肩をすくめる。

「今はこいつの話などしていない!」

「姉上、尋ねているのは僕ですよ」

 吐き捨てるような言葉を叩きつけてくる女軍団長、いや、姉に副軍団長は眉一つ動かさず答える。

「少し、言葉を控えていただけますか。それでは、この子も落ち着けないでしょう」

 穏やかに、しかし、確固たる意志で姉の怒声を遮る言葉に、喉の奥で唸るような音を立てながら黙り込む女軍団長をよそに、副軍団長はもう一度父に向き直る。

「それで、どうなのでしょうか」

「うん、この子は、私と一緒に仕事………いや、冒険をしてくれる仲間だよ」

「そうでしたか、それはなによりです、父上」

「お前!こんな時に何を………!」

「姉上、気持ちは理解しますが落ち着いてください。もはやこの方とて、無関係と言う訳にはいかないでしょう。ですから、素性をお尋ねしたまでのことです」

 不機嫌さを隠そうともしない姉に、副軍団長はやんわりと言葉を向けてそれを遮る。

「確かに、父上もいささか性急だったかもしれませんが、言っていることは何一つ間違っていません。もちろん、きちんと総会などで伝えていただければそれに越したことはありませんでしたが、家督相続の手続き自体は正式な手順にのっとっています。そして、王府に受理された以上、これ以上父上を責めても、姉上の名誉に傷がつくだけです」

「ならどうしろと言うのだ!私は………!」

「だから、落ち着いてくださいと言っています。僕達は、今こうして父上に会えました。何を慌てる必要がありますか、ちゃんとお願いすれば、父上は黙っていなくなりなどしません、話をする機会はいくらでもあります」

 副軍団長の落ち着いた言葉に、女軍団長は顔を真っ赤にしながら言葉を詰まらせ、退役軍人は紅眼鏡の奥の目を緩ませる。

「そういうわけです、父上。お願いできないでしょうか」

「それはもちろんかまわないよ、私だって、久しぶりにおまえたちと会えて嬉しいからね。おまえも、そろそろ機嫌を直してくれないかい?」

「で、ですが、私は…………!」

 じわり、と微かに涙を滲ませて、精神的な敗北を噛み締めながら女軍団長は膝の上で拳を握り締める。その時、半闇狩人が懐から取り出した木綿のハンカチを、おずおずと女軍団長に差し出した。

「………なんのつもりだ、貴様」

 警戒心をあらわにする女軍団長に、半闇狩人は根気強くハンカチを持った手を差し伸べ続ける。しかし、女軍団長は躊躇いと不満の入り混じる表情で唇を噛む。

 我が父の隣に、当然のような顔をして座っている、この半闇人の小娘。それが、自分に情けをかけようというのか。それとも、既に寵愛を受けているという余裕の表れか。

 それよりも、父はなぜ自分達を前にしてでさえ、兜と面頬で顔を隠し続けるのか。もしかすると、言葉以上に自分達に対して怒りと不満を抱いているのだろうか。そんな思いが、今さらになってじわじわと心の縁を焼き焦がしていく。

 やがて、半闇狩人は、諦めたように手を戻そうとしたその時、副軍団長の、弟の穏やかな声。咎めるでもなく、とりなすでもなく、ごく自然に発せられる言葉。

「姉上、いいじゃありませんか、お借りしましょう」

 弟の言葉に、女軍団長は微かに唇を尖らせながらぷいと横を向く。そんな彼女の仕草に、もしかしたら、見た目より若いのかもしれない。そう思いながら、半闇狩人は微かに表情を緩ませながらも、小さく息をつくと諦めたように手を戻した。

「そうだ、君、さっきの依頼の取り下げ手続きなんだけどね、私の代わりに確認をしてきてくれないかい」

「わかりました、お師匠様」

 退役軍人の指示に、半闇狩人は静かに席を立つと、応接室の一同に丁寧に頭を下げて退出していった。

「姉上」

 副軍団長の言葉を途中で制しながら、退役軍人は女軍団長に声をかける。

「無理もないよ、おまえも驚いただろう。でもね、彼女は私の大事な生徒なんだ。あまり、きつく当たらないでやってくれると助かるよ」

「父上………」

 父のとりなすような言葉に、女軍団長は、再び小さく唇を噛みながらうつむく。そんな我が娘の様子に、退役軍人はほろ苦く笑いながら、静かに兜と面頬を外してテーブルの上に置いた。傷だらけの顔、引かぬ血で赤く染まる目。しかし、久方ぶりに見るその懐かしい顔を前にして、女軍団長の表情が見てわかるほどに緩む。

「私がこうしておまえたちと話すことが出来るのも、あの子が私を助けてくれたおかげなんだ。恩に着ろとはいわないけれど、理解してくれると嬉しいよ」

 傷だらけの顔を穏やかに緩め、紅眼鏡を外しつつ暖かい笑みを浮かべながら、退役軍人は、久しぶりに会う我が娘や息子にまっすぐ視線を向ける。

「今さらこんなことを言っても仕方ないだろうけれど、おまえ達なら任せられると思ったんだよ。心配をかけてしまった事は、本当に悪かったよ。それに、疲れたろう?今日はもうゆっくりしていきなさい。ギルドやみんなには、私からお詫びしておくから、何も心配いらないよ」

「わかりました………本当に、申し訳ありません、父上」

 暖かい父の言葉。ずっと聞きたかったその声に包まれながら、女軍団長はこぼれかける涙をこらえ素直にうなずいていた。

 

 

「さてさて、炎(かぎろい)の姫君は、首尾よく父上に会えたのか」

 中庭を望むテラスで、ひとり雪景色を眺める若い王。古い友人が訪ねてくる報せを受け、人待ちも兼ねてただ白い景色を眺め、楽しむ。

「御機嫌よう、陛下」

「ああ、ひさしぶりだな、息災そうでなによりだ」

「ありがとうございます」

 陛下と呼ばれた男、そして、彼に一礼するのは、水の都から王都を訪れた、剣の乙女と呼ばれ敬われる至高神の大司教。

「黒の軍団が動いたと聞き及んでおりますが、どのような向きなのでしょう」

 いきなり本題に切り込む剣の乙女の表情は、いつもと比して些か硬い。

「知覚神や魔神王の使徒が動いているというお話は、今のところ報されていませんけれど?」

「だろうな、今のところは連中も大人しくしている。目に届く範囲ではな」

「では、何故?」

 微かな警戒と嫌悪が混じる言葉、その、らしくないとさえ言える友人の態度に、国王は僅かに苦笑を浮かべる。

「隠居して旅に出た父上が逗留している辺境の街、そこを訪ねるだけの簡単な用事だ。別に、あの物騒な飛び道具を振り回しに行った訳ではない。同道した護衛の数も、相手の立場を慮れば妥当だ」

「そうですか」

 ひと言呟くような言葉と同時に、両目を覆う眼帯の下の目がすぅっと鋭くなる。

「妹君の時ですら、お許しを与えなかったと言うのに?」

「やれやれ」

 些か頑なともいえる友の言葉に、国王は再び苦笑を浮かべる。彼らも、余程嫌われたものだ。王は、黒の軍団を率いるあの烈火のような女当主と、先代の軍団長であった彼女の父の顔を思い出しながら、また浮かびかけた笑みを飲み込む。

 これ以上のとぼけた態度は、目の前に立つ、見えぬ目でこちらを見据える友人の心証を害しかねない。そも、自分とて友の感情を理解できない訳ではない。

 かつて、法の番人を標榜し、魔神王や覚知神の信徒を始めとして、ありとあらゆる邪教の徒とその係累に対し苛烈極まる弾圧を重ねてきた黒の軍団。

 それがたとえ女子供、老人であっても一切の容赦はなし。当然、やり過ぎではないかと異論の声を上げ、行動を起こした者もいたが、黒の軍団はそれらに対しても容赦なく牙を剥いた。

 一切の慈悲も酌量も持たないやり方は、やがて祈らぬもの達からのみならず、祈るものからも恐怖と怨嗟の目を向けられ、やがて憎悪の連鎖は自ら邪教へと身を投じるものすら現れた。

 もはや手の施しようもない負の連鎖を前に、魔神王との戦争の最中にもかかわらず、先代の王と至高神の大司教は、黒の軍団の粛清を決意した。

「警戒する気持ちはわかるが、私達が赤子同然の頃の話だ。許せとは言わん、しかし、そろそろ見方を変えてみてもいいのではないかと思うのだがな」

 そうは言ってみたものの、無理を求めていることは自分でも良くわかる。かつて、黒の軍団と正面から対峙したのは、水の都を拠点とした至高神の僧兵団。

 至高神の正義を頂くものと、己の正義を頂く者との激突。それは、辛くも僧兵団の勝利に終わり、黒の軍団はその力を失った。

 そして、今や軍団(レギオン)とは名ばかりの、4個百人隊(ケントゥリア)で構成された2個歩兵中隊(マニプルス)まで規模を縮めた。そんな、軍団とは名ばかりの定員割れも甚だしい有様は、他の諸侯が抱える軍団に比べれば、貧弱もいい所。

 それでも、当代の至高神の大司教たる彼女の立場からしてみれば、拭い難き遺恨とさえ言ってもいい黒の軍団の動きは、確かに看過できるようなものではないのだろう。

「先代の申し送りを重く受け止めているのは、理解するがな」

「私としては、動員の許可をお与えになったこと、正直、解しかねるものではありますよ、陛下」

 随分な友の言葉に、国王は小さく息をつきながら、穏やかな表情を浮かべる。

「精査はした、その上での判断だ」

「それならよろしいのですけれど」

「それにな」

 未だ承服しかねる様子の友を見ながら、王は穏やかに笑った。

「あの男なら、決して悪い方にはいかんよ」

 

 

 ギルドを騒がせた黒い軍団は、その翌日には綺麗に姿を消していた。そして、退役軍人と副軍団長が、即日、その場に居合わせた冒険者やギルド関係者に謝罪して回ったということもあり、酒の肴に上がることはあっても、それ以上表立って話題にするものはいなかった。

「昨日は本当に申し訳ないことをしてしまったね、根は優しい子なんだけど、あの通り、頑固者だから」

「いいんです、仕方ありません。わたしも、少しお節介でした」

 何がお節介なものか

 あれだけ辛辣な態度を前にして、それでもなお人の痛みに寄り添おうとする心。それのどこに、責められるものがあるだろう。そして、今この時、朝食を共にする彼女の表情には、ひとかけの曇りも影もない。

 そんな彼女の真っ直ぐさとひたむきさに、今までどれだけ助けられてきただろう。彼女は自分を恩人と言うが、それは自分とて同じこと。もしこの子と出会わなければ、自分は今、ここで呑気に朝食を食べることなど出来なかっただろう。

 今度は、きちんと話をしなけりゃいけないね。そう考える退役軍人にかけられた、弟子からの言葉。

「ところで、お師匠様」

「なんだい?」

「あの皆さんは、もう都に帰ってしまったんですか?」

 朝食をとりながら、半闇狩人は昨日の騒ぎが夢かなにかだったかのように、いつもどおりに動いているギルドを見回しながら、退役軍人に話しかける。

「いや、多分、まだ町のあちこちにいると思うよ」

「そうなんですか?」

「彼らは、そういう人達だからね。ほら、噂をすればなんとやらだ」

「え?」

 退役軍人の視線の先を追うと、二階の宿屋から降りてくる二人組の男女の姿。その地味な風采は、旅の商人か何かのようにしか見えない。そして、ふたりは退役軍人たちのテーブルの前まで来ると、丁寧な朝の挨拶をする。

「お父さま、おはようございます、早いのですね」

「ハハハ、おはよう。どうやら、お寝坊さんなのは、まだ直っていないようだね」

「これでも、人よりは早いつもりです」

 微かに不満げな表情を浮かべながら、女軍団長は当然のように退役軍人の隣に腰掛ける。

「父さんが早すぎるんですよ、でも、確かに静かな時間に朝食をとるのは、確かにいいものですからね」

 こちらも、地味だがしっかりとした身なりをした副軍団長が、半闇狩人に丁寧に一礼しながらその隣に座る。

「すまないね、先に頂いているけど、お前たちも好きなものを頼みなさい」

「はい、ありがとうございます、お父さま」

 昨日の烈火のような勢いが嘘のように、しおらしくうなずく女軍団長に、半闇狩人はやや戸惑うようにその姿を見る。

「姉さんはなかなか親離れできなくてね、すまないけれど、大目に見てやってくれないかい?」

「いい加減なことをいうな、人が黙っていれば調子に乗って!!」

 今話している副軍団長にしろ、師匠の隣に座っている女軍団長にしろ、昨日の軍人然とした口調は鳴りを潜め、平民のような砕けた言葉を交わしている様子に、半闇狩人は、その金色の瞳をせわしなく動かす。

 昨日同様、こちらの存在は気にとめていないというか、敢えて無視しているようだとしても、元気になってくれたのなら、よかった。

「町にとけ込むのも、大事なお仕事だからねぇ」

 退役軍人は、牛乳を注いだジョッキを傾けながら、半闇狩人に楽しそうに話しかける。

「お父さま、昨日のお話なのですが、やはり、帰って来てはくださらないのですか?」

「そうだね、お前が素敵なお婿さんを見つけたら、お祝いにいこうとは思うけれどねぇ」

「そんな………!」

「なにがそんななものかい、私が母さんと結婚したのも、お前くらいの歳だったよ。それでも遅いくらいだからね。仕事もいいが、支えてくれる伴侶を見つけなさい。それで、人生はだいぶ変わるというものだよ」

「そ、その話は、また今度いたしましょう?お父さま」

「まあ、お前がそういうなら、それでいいよ」

 退役軍人は、いったん話の区切りをつけると、副軍団長は手を挙げて獣人女給を呼んだ。

「あいあーい、ご注文はお決まりですかー?」

「うん、まずは、卵焼きとトウモロコシのスープ、ベーコンとチーズのソテー、飲み物は牛乳をいただこうかな。ああ、そうそう、卵焼きは砂糖多め、スープは牛乳多めでお願いするよ」

「かしこまりましたー、それじゃ、しばらくお待ちをー」

 獣人女給が厨房へ去ったあと、女軍団長はやや不服気味に頬を膨らませる。

「お前、いくらなんでも、子供でもあるまいし………」

「でも、姉さん。父さんたちの朝食、懐かしいとは思いませんか」

「そ………それはそうだが………」

「それに、実は前々から、いつかまた子供の時の朝食の献立を食べたいと思っていたんですよ。姉さんだって、大好物だったじゃないですか」

「わかったわかった、今回はお前に合わせてやる」

 そう言いながらも、今から楽しみで仕方ないといった様子で、ちらちらと厨房に視線を向ける女軍団長の様子に、退役軍人は少女時代の彼女を思い出し、穏やかに目を細める。あの時も、食卓で待つ間、今か今かと落ち着きなく扉を注視し、執事にたしなめられていたものだった。

「ところで、義母さん………あの、義母さん?」

「え?あ、わ、わたし………ですか?」

「ええ、昨日はきちんとご挨拶できなくて申し訳ありません」

「い、いえ!そんなことは………!」

 明らかに年上の青年に義母とよばれ、半闇狩人は戸惑うように師の方を見る。しかし、退役軍人は楽しそうに笑うばかり。しかし、退役軍人の隣に座る女軍団長から、烈火の如き視線と怒声が副軍団長に飛んだ。

「お前!いくらなんでも、いきなり義母様とはなんだ!」

「そうですか?僕はあまり母さんの記憶がないものですから、一度こうして口に出して呼んでみたかったんですよ」

 弟の無邪気な言葉に、女軍団長は思わず言葉を詰まらせる。自分には、亡き母の思い出は辛うじて残っているが、まだ幼かった弟にはそれがない。だが、それとこれとは話は別だ。

「しかしだな、いくらなんでもこんな若い娘に向かって、義母さまはないだろう」

「あ、あの、私は大丈夫です。どうか、お好きなように呼んでくださって大丈夫ですから………!」

 慌てて仲裁に入る半闇狩人に、女軍団長も気をそがれた表情で言葉を呑み込む。本当に、この闇人の娘にはずっと調子を狂わされてばかり。いや、娘と言うが、もしかしたら自分よりもはるかに年上なのかもしれない。闇人なら、その可能性は十分にある。

「おまたせいたしましたー、ご注文の朝食でーす!」

 タイミングよく、というか、この姉弟の益体もない言い合いを中断させるように、キッチンカートに乗せた朝食を運んできた。そして、半闇狩人は、安堵の溜息をつきなから、この年上の友人に心から感謝した。

 

 

「さて、それじゃあ、受傷事故には十分に注意して、今日も一日頑張ろうか!」

「はい!お師匠様!」

 朝食を済ませ、一日の仕事の準備も万端。他の若い冒険者たちに混じり、退役軍人と半闇狩人は、円匙(スコップ)片手に気勢を声を上げる。町の道路に積もった雪、馬車や通行人の妨げにならぬよう除雪する作業依頼に参加した退役軍人と半闇狩人は、さっそく、町の門まで続く大通りに積もる雪を黙々と片付け始めた。

 商隊護衛の依頼はなかったことにされてしまったため、差し当たって選んだ依頼。町内会から出された雪かきの依頼に、退役軍人は半闇狩人と共に、黙々と、しかし、楽しそうに作業を続けている。

「これは、ちょっとしつこいねぇ。誰かが踏んで、すべったりでもしたら大変だよ」

 道路の石畳にへばりつくような、円匙でも歯が立たないほど凍結した根雪をフランジメイスで小突き回し、粉々になったそれを半闇狩人が手にした円匙ですくいとっていく。

「いいんですか、お師匠様。それ、折角直したのに」

 武器屋の親方に頼み込んで修理し、打ち直したフランジメイスを、まるで玄能(げんのう)か何かのように無造作に扱い、凍結した根雪を砕いてまわる師匠を、半闇狩人は何故か落ち着かない様子で見守る。もしこんな様子を、親方やあの生真面目そうな丁稚に見られたらどう思われるだろう、そんなことを考えながら。

「いいんだよ、これも立派な、町の人を守るため、さ」

「よくはありません!!」

 突然響いた怒号に、驚いて足をすべらせた退役軍人は、みっともなく道路の石畳の上にひっくり返る。

「あいたたた………ちょっとなんだい、急に大きな声を出すんじゃないよ、おまえは。びっくりするじゃないか、もう」

 しりもちをつきながら見上げた先には、女軍団長の強張った顔がこちらを睨みつけている。

「どうしたんだい、そんな怖い顔をして」

「どうしたもこうしたも、なぜお父さまがそんな下男のような真似を!?」

「おまえね」

 女軍団長の言葉に、退役軍人の目がわずかに鋭くなる。

「そんな言い方があるものかい、私は、私の意思でこうしてるんだ。そんな、働く人を蔑むような言い方はよしなさい」

「で、ですが………!」

「私は冒険者だよ?冒険者が町の皆の為に汗を流して、なんの問題があるんだい」

「そうですよ、姉さん。言いたいことはわかりますけど、少し言い過ぎですよ」

「なんだと!?…………なんだ、お前、その格好は」

「どうです、僕ももらってきたんですよ、認識票」

 事も無げに言ってのける副軍団長、その外套の襟元に光るのは白磁の認識票。

「お前………!?」

 あまりのことに絶句する女軍団長、そして、その向こうには、ギルドの庁舎裏からぞろぞろとスコップやつるはし片手に出てくる、見覚えのある顔の集団。その胸元には、一様に白磁の認識票が光っている。

「………どういうことなのだ、これは?」

「ええ、みんなと相談しましてね、いい機会だから、申請しておこうという事になったんですよ、姉さん」

「お前!何を勝手に――――――!?」

「ちゃんと父さんにも相談しましたよ?」

「ぐうぅぅ………!!」

 いつの間に。

 しれっと言いのける副軍団長の言葉と表情に、女軍団長は、その逞しい眉を吊り上げて、地獄の番犬のような唸り声を上げる。

「いいじゃないですか、聞けば、国王も金等級の冒険者なんです。僕たちだって冒険者になっちゃいけないなんて話、あるわけないじゃないですか」

「知るか!勝手にしろ!!」

 紅毛の頭から、文字通り湯気を噴き出さんばりの女軍団長。足元の泥雪を気にするように、スカートの裾を持ち上げながら、ずかずかとギルドの庁舎へと帰っていくそんな姉の姿を、副軍団長はやれやれと笑いながら見送っていた。

 

 

「お疲れ様、はい、これ」

「ありがとう」

 監督官から差し入れられたティーカップを受け取り、暖かな茶の香りを吸い込み、受付嬢は大きくため息をついた。

「疲れたぁ………」

 大勢の冒険者志願者が申請に来る、それはいい、人材が集まるのはいい事だから。しかし、なんだって全員、自分の列にだけ並び、他の係員には目もくれないのか。他の職員が声掛けをしても、彼らは完全に無視。

 あの槍使いの冒険者も、例の如く助け船、というかちょっかいを出そうとしていたが、全く相手にされなかった。おかげで、40人以上の申請書の確認と、認識票の作成を自分ひとりでする羽目になってしまった。

「なんなんですか、今日は。なんでこんなに冒険者志願者が来るんです?こんな寒い日に」

「あまり、余計な人間に顔を覚えられたくないのかもね。だから、君ひとりにわざと集中した、ってね」

「まさか、そんな。いくらなんでも………」

「ありえるよー?もしなんかあったら、今度はあの格好で君んち来るかもよー?」

「脅かさないでください、お願いですから」

 季節外れの冒険者志願者の殺到を、どうにかこなし終えた受付嬢は、痛む手首と指先をさすりながら、受付カウンターの後ろで大きくため息を吐き出した。

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