別荘地の怪人   作:あらほしねこ

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故郷の手紙

 早朝の冒険者ギルド、その受付カウンターでは、早速始業時間を迎えた受付嬢が、今日も冒険者たちを出迎える準備をする。そこへひとりの女性が受付窓口を訪ねてきた。

 燃えるような紅い髪と、それと同じ色をしている女性にしては些か逞しい眉は、白い額によく映える。そして、体格もそうだが背も高い。逞しい胸板や肩の印象も手伝って、女物の服を着ていなければ、男性かと思うくらい。

 だが、こうしてみると、まるで舞台女優のようだ。服の上からでもわかる、鍛え上げられた鋼の如き体躯は、もうこの際仕方ないにしても。

「冒険者の登録申請をしたい」

 その聞き覚えのある凛とした声に、受付嬢は、先だっての黒い軍団の長だということに気付く。しかし、冒険者に対して、あまりいい心証を持っていないように見えたが、その冒険者登録とは一体どういった風の吹き回しか。

「承知いたしました、それでは、こちらにご記入をお願いします」

 それはともかく、受付嬢は申請用紙をカウンターの上に差し出すと、冒険者登録についての説明を行う。そして、概要を聞き終えた女軍団長は、書類を前に必要事項をさらさらと書き込み始めた。地位にふさわしく実に達筆で流麗な文字、掛け値なしでそう思える。

「できたぞ、確かめてくれ」

「はい、少々お待ちください」

「うむ」

 そして、待つこと暫し。受付嬢から差し出された白磁の認識票を前にして、女軍団長の逞しい眉が跳ね上がった

「何故この私が白磁なのだ!これでも私は一軍の長だぞ!?」

「はい、ですが、冒険者登録の規定ではどのような方でも、最初は白磁等級からと定められているんです」

「どんな奴でもだと言うのか!?」

「はい、そのとおりです」

 朝っぱらから賑やかな、そして、傍迷惑な騒動を起こしている娘の姿に、退役軍人は兜ごと頭を抱えながら言葉を失っている。

 渡された白磁等級の認識票に対して、理不尽な不服申し立ての声を上げる女軍団長と、それに対して一歩も退かず、まるで想定内とでも言うように、いつもの笑顔で受け答えをする受付嬢。

 そして、そんな姉の様子をにこにこと見守る副軍団長と、はらはらとした様子で金色の瞳をせわしなく動かす半闇狩人。

「お師匠様………姉さまが…………」

「ああ、わかってる、わかっているよ」

 心底憔悴した様子の師に、半闇狩人はその心痛を推し量りつつも、もはやこうなったら、ここは自分が、と立ち上がりかけた時、女軍団長に近付くひとりの冒険者の姿に気付き、その銀色の細い眉がぴくりと跳ね上がる。

「やあ、お嬢さん、おはよう」

「何だ、貴様は?」

 馴れ馴れしい声に、女軍団長は怒りを押し殺した三頭獣(ケルベロス)のような表情で振り返る。しかし、彼女に声をかけた槍使いの青年もさるもの、些かも怯むことなく話しかける。

「何かお困りのように見えたから、手助けになれればと思ったんでね」

「失せろ、貴様に用はない」

「まあまあ、そんなこと言わずに」

「貴様に用はないと言っている」

 何だ、この軽薄極まりない優男は。生理的に受け付けない種類の人間を前に、女軍団長の元々それほど高くない怒りの沸点が一気に煮えくりたつ。

 そして、彼女の苛立ちがそのまま浮かび上がるかのように顔に深いしわが刻まれ、それらを飾るようにみしみしと血管が浮かび上がり、炎のように紅い髪がざわめき立ち始めた。

「失せろ、下郎。これが最後だ」

 もう見ていられない。

 あまり好きになれない人だけど、ここで騒ぎを起こしたら姉だけの問題ではなく、師にまで後々迷惑が掛かり続ける。それだけは、何としてでも避けなければならない。

 それに、あの姉弟ふたりが訓練所から帰ってくるまでに、この益体もない騒ぎを何とかしなければ、今のこの姉の姿を見せて幻滅させる訳にはいかない、絶対に。

 そう決心と覚悟を固めて立ち上がったその時、気がついたら目の前にいたはずの師がいない。

「ちょっと、こっちに来なさい」

「お、お父さま………!?」

「君、申し訳ないけれど、応接室をお借りするよ?」

「はい、わかりました、先生。こちらが鍵になります、どうぞ」

「本当に申し訳ない、娘には、私からよく言い聞かせておくから」

「ちょっ、お、お父さま!?」

「君も、娘が申し訳ないことをしたね。後できちんとお詫びに伺うから、今はこれで収めておくれ」

「お………おう」

「お父さま!」

「いいからおいで、私はおまえをこんな聞き分けの悪い子に育てた覚えはないよ」

「いっ、いたたたた!?」

 女軍団長の耳を引っ張り、そのまま応接室へと連行していく退役軍人。まるで、行儀の悪い娘を叱る父親のそれそのものな光景に、槍使いの冒険者も、毒気を抜かれたようにその様子を見送っていた。

 

 

 小一時間ほどして解放された女軍団長は、心底しょげ返った様子でテーブル席でうつむき、その差し向かいには、腕を組み巌のような姿で座る退役軍人。しかし、ややあって腕を解いた退役軍人は、張り詰めていた空気を和らげる。

「おまえの気持ちもわかるけどね、誰でも、私も、みんなそうだったんだ。それにね、おまえなら、その気になればすぐにでも銅、いや、銀等級になれるよ。大丈夫、私が保障してあげるから」

「はい………申し訳ありません」

 すっかり毒気も抜けてしまった女軍団長は、面接室でもそうだったように、諭すような父の言葉と励ましに、じわり、と目の端に涙を浮かべる。

 そこへ、あの時のように、半闇狩人から差し出されたハンカチ。大事に使われているとわかる、しみひとつない木綿の織物。それでも、惜しみなく、躊躇いなく、使えと勧めるその心。

「ありがとう………すまない、いつも心配をかける」

 女軍団長は、その小さな手からハンカチを受け取り、そっと目元を押さえると、傍らに座る半闇狩人に淡い笑みを向ける。

「これは、私が洗って返す、暫し貸してくれ」

「はい」

 にこりとうなずく半闇狩人に、女軍団長の目にようやく光が戻る。

「ところで、話が済んだところでさっそくなんだけどね」

 退役軍人は、向かいに座る半闇狩人に話しかける。

「入り用のものがあってね、寒い日にすまないけれど、ちょっと町までお使いに行ってきてくれないかい?」

「はい、わかりました!」

 打てば響くような返事と共に立ち上がった半闇狩人に、退役軍人は、今や財布代わりになっている弾薬盒からいくらかの銀貨を取り出すと、それを半闇狩人に手渡す。

 そして、ちらちらと半闇狩人に視線を向ける女軍団長に、退役軍人はふっと頬を緩めながら声をかける。

「おまえも一緒に行ってきなさい、町の様子を知っておくのも、大事なことだからね」

「はい、わかりました」

 そして、連れ立って町へと出かけていくふたりの背中を見送りながら、退役軍人は、ようやく一息ついたように、背もたれに身を預けながら、冷めかけた茶に口をつける。

「それで、おまえの話はなんだったっけ」

「はい、実は」

 副軍団長は、一枚の依頼書を父の前に差し出す。

「気になる依頼文書があったので、検討という形で受付担当者から借りてきました」

「なるほど」

「山狩りの依頼です、かなり広範囲ではありますが、対象の正体は不明とあります」

「これはまた、随分、雑な話だね」

「ええ、しかし、問題はそこではないんですよ」

「うん?」

「この依頼先の村、これは、あの子の故郷の村じゃありませんか?」

 副軍団長が指で示した依頼人の所在地、それは、確かに以前、半闇狩人から聞いた彼女の故郷の名前。

「ふぅむ………」

 思いがけない内容に、退役軍人は低く唸る。山中に潜む何かに、村人が襲われ続けている。そう書き記された、依頼文の内容。しかし、村人を襲うものが何であるかが、依頼主でも把握していないうえに、報酬は山狩りを兼ねた討伐と言った内容に比べてかなり低い。

 それでも、相場はどうにか満たしてはいるが、それでも最低限の金額。大抵の冒険者は、割に合わないと無視してしまうだろう。いや、事実、この依頼文はかなりの間放置され続けていたという。

 それも当然だろう、と、退役軍人はうなずく。報酬額が内容のわりに低すぎる、というのももちろんだが、肝心の山狩りの対象が何であるかもわからないあやふやな内容で、我こそはと名乗りを上げるものは、まずいないだろう。

「どう思いますか、父さん」

「そうだねぇ…………」

 退役軍人は、何かしら思うところあるように首を傾げつつも、真剣な言葉を向ける。

「私も、この村の村長殿には、力を貸してあげたいと思うよ」

「ええ」

「でも、それを決めるのは、私じゃなく、あの子だよ」

 父の言葉に、副軍団長は了解の意を示すように、静かにうなずいた。

「わかりました、ギルドの方には、もう少し預からせてもらえるよう調整します」

「すまないね、そうしてもらえると、助かるよ」

「はい」

 

 

 町の石畳を歩きながら、半闇狩人と女軍団長はふたり連れ添うように歩く。しかし、道路はあらかた雪かきが終わっていて、足を滑らせる心配はなさそうだ。ほどよく清掃された往来は歩きやすく、これならスカートや外套の裾を汚す心配もないだろう。

 女軍団長は、そんなことを考えながら、父を始めとした冒険者たちが雪かきをした成果を享受していることに気付き、内心で溜息をつく。

 町のみんなの為に

 そんな父の言葉が、改めて実感を持って蘇る。父が、それに倣った部下たちが、そして、冒険者たちが、こうして町のために働いたからこそ、この安心感がある。

 あの時は、つい感情のままに、下男のようなと言い放ってしまったが、今思い返してみれば、屋敷にいた時も、父は、自分の事は自分でする性分だったことを思い出す。

 なにも、変わってなどいなかったのだな。女軍団長は、白い息と共に小さく笑みをもらす。どんな時でも、どんな場所であっても、いつでも父は、自分の信念で動いていた。それに、軍団長をしていた時よりも、活き活きと、そして若返ったようにも見える。

 下世話な話だというのは自分でも理解しているが、初めは、年若い後添えを見つけたからだと思っていた。しかし、それは完全に、自分の思い違いであったし、卑しい勘繰りであったことが、今すぐにでも大声を上げたくなるほどみっともない。

 媚びず、奢らず、へつらわず

 自分の知っている父は、今でもあの時のままだ。そして、それを教えてくれたのは、隣を歩く、小さな、そして、新しい家族。

 我が父が認めた人間なのだ、だから、自分もこの子をもっと理解しよう。そして、いつかこの子が、妹であれ、義母であれ、その将来を心から歓迎し祝福するために。

「しかし、道がこれだけ綺麗になっているのなら、その藁靴は必要なかったな」

 女軍団長は、半闇狩人が履いている、藁で編み上げたブーツをみて微笑む。最初は、どうにも粗末に見えたものだが、藁を束ね、厚く編み上げたそれは、保温性もさることながら、雪や泥濘の上で足をすべらせることもないだろう。

「そうですね、でも、雪の日はこれを履くのが習慣みたいになっちゃって」

 そう答えながら、半闇狩人は照れくさそうに笑う。

「それに、履き慣れちゃってるから、雪の日はつい作っちゃうんです」

「作った?それを自分でか?」

「はい!」

 半闇狩人の屈託ない返事に、よくよく見れば見るほどその作りの丁寧さに唸る。本当に、この子には驚かされることばかりだ。そして、さっき、ほんの少しでも粗末だと思ってしまった事を、心の中で撤回する。

 これは、彼女が学んだ知恵や経験から生み出されたもの。それを笑うという事は、自分の思慮の足りなさに他ならない。

「なるほど………ならば、私も一足、作ってもらうとするか」

「えっ………でも、よした方がいいと思います」

「な、なぜだ?」

 思いがけない拒否の言葉に、女軍団長の声がやや裏返る。

「姉さまみたいな綺麗な人に、こんな粗末なもの、似合いませんから………」

「莫迦なことを言うな」

「えっ?」

「何が粗末なものか、ならば、私に似合うような素敵なものを作ってみないか?お前なら、出来るはずだろう」

 女軍団長は、真剣な、そして、心からの言葉を向ける。

「まあ、急くことはない。おまえの気が向いた時でいいから、楽しみにしているぞ」

「はい!」

 ふわりと明るくなる半闇狩人の表情に、女軍団長は安堵するように微笑む。そして、今回の外出の用事を思い出し、半闇狩人に問いかける。

「ところで、父上からは何を言付かったのだ?」

「はい、私達の新しい靴下を一週間分と、唐辛子ですね」

「なんだ、雪中行軍でもするつもりなのか、父上は?」

「さあ………それはちょっと」

「まあいい、買い物を済ませたら、どこか寄って茶にしよう。この辺に、いい茶屋はないか?」

「はい、ありますけど………でも、お小遣いが………」

「いいから私に任せておけ、年上とはこういう時に使うものだ」

 いつかどこかで聞いたような女軍団長の言葉に、半闇狩人はふっと笑みをこぼす。やっぱり、血のつながった親子なんだな。そんなことを思いながら、半闇狩人は、なぜか彼女がとても羨ましくなった。

 

 

 お使いの買い物を済ませたふたりは、その足で町の飲食街に赴くと、一軒の茶店に腰を落ち着ける。

「やはり暖かい所は落ち着くな、さて、一息入れよう。おまえも、なんでも好きなものを頼むといい」

「はい、ありがとうございます!」

 嬉しそうな笑顔で半闇狩人が所望したのは、バターと蜂蜜がたっぷり乗ったパンケーキと、温めたミルクティー。そして、女軍団長も、給仕の少女に同じものを注文すると、改めてこの半闇人の少女と向かい合う。

「………それにしても、不思議な奴だな、おまえは」

「え、そうでしょうか」

「ああ、最初あれだけきつく当たったのに、根の一つも持たんとはな」

 女軍団長の言葉に、半闇狩人は困ったような表情で笑う。

「だって、誰だって驚くと思います。それに、お師匠様のご家族なんですから、悪い人じゃないと思ってましたし」

「そ、そうか?」

 我が父を心から信頼していなければ出てこない言葉。これでは、どちらが子供だかわからない。女軍団長はそんな彼女を前に、小さくため息をつく。

「今朝は、みっともない所を見せて、本当に悪かった」

「気にしないでください、ちょっと、びっくりしましたけど」

「だろうな」

「でも、気持ちはわかります。それに、たまにいるんです」

「そうか、返す返す申し訳なかった。てっきり、経歴を査定して等級を与えるものとばかり思っていたからな………」

「そうですね、でも、それならお師匠様は、最初から銅か銀の認識票をもらってます」

「む………」

「あんなに強いのも納得です、だって、あんなにたくさんの人を率いていたんですよね」

「あれはごく一部だ、いくつかある百人隊の半分もおらん」

「そんなに」

「それでも他に比べれば少ない方だ、まあ、あまり詳しくは言えんがな」

「はい、色々教えてくれてありがとうございます」

「そう礼を言われるような話ではないよ」

 丁寧に頭を下げる半闇狩人に、女軍団長は困ったように笑いながら答える。そして、ふたりの前に、暖かい湯気を立てるパンケーキとミルクティーが運ばれてきた。

「そうか………そんなことがな………」

 ティーカップを傾けながら、半闇狩人の話に耳を傾けていた女軍団長は、ほろ苦い笑みを浮かべながらうなずく。

「父上も、ようやく自分のやりたいことができた、ということなのだろうな」

「はい、だといいのですけれど」

「何を言うか、おまえの話で充分それは伝わっているよ………だが、本物のケルベロスと相対したとはな、父上もおまえも、よく無事で帰ってこられたものだ」

「それは………はい、いろんな人に助けてもらいましたから」

 自分にとって、もうひとりの姉ともいえるあの人。ほんのちょっとだけ道を間違えたけど、それでも、今はまっすぐ迷いなく歩いていると信じている。

 そして、いつも細やかな気遣いで、一党の働きを支えてくれた戦士さん。彼も、彼を頼りにしている新人達の一党と、今でもどこかで皆を支え導いているはず。

 それだけじゃない、いつも自分を元気づけてくれるギルド酒場の女給さん。もしあの人が差し入れをくれていなかったらと思うと、自分は今、こうして思い出に浸っていることもできなかっただろう。

 そしてなによりも、こんな自分を信頼し、共に歩んでくれるお師匠様。お師匠様がいてくれたからこそ、自分は色々な人に会えた、そして、今も。

「そうか」

 そんな半闇狩人の言葉に、女軍団長は優しく目を細める。

「しかし、体をいとえよ」

「え?」

「おまえのその心、その気概、感服の極みだ。しかし、父上はおまえのような若者を踏み台にしてまで、生き永らえることをよしとするような人間ではない」

「は………はい」

「そう気に病むな、おまえは冒険者なのだろう?我が身を犠牲にすることより、知恵を絞って生き残ることを考えろ。誰かの盾になるのは、我々軍人の仕事だ」

「はい………でも、姉さまも、もう冒険者………ですよね?」

「ハハハ!これは参った、どうやら一本取られたようだな!」

 心底愉快そうに笑う女軍団長に、半闇狩人も、穏やかな笑顔を浮かべた。

 

 

「お師匠様、ただいま戻りました!」

「やあ、おかえり」

 ギルドに戻ってきた半闇狩人と女軍団長は、酒場の隅の席で副軍団長とやり取りをしていた退役軍人の声に出迎えられる。

「外は寒かっただろう、なにか暖かい飲み物でも頼むかい?」

「はい、ありがとうございます。それとお父さま、言いつけの品はここに」

 抱えていた大きな包みをテーブルの上に置き、女軍団長は半闇狩人の隣に腰を下ろす。

「ありがとう、助かるよ」

「いえ、私はなにもしておりません、この子の働きです」

 そう言いながらも、彼女の口元は嬉しそうに緩む。そして、獣人女給が運んできたティーポットから、暖かい茶を各自注ぎながら、暫しその温もりと香りを堪能する。

「ところでね」

 みなが落ち着いた頃合いを見計らうように、退役軍人はその場にいる面々に話を切り出した。

「近々、依頼を受けてみようかと思うんだけどね」

「はい!それじゃ、さっそく準備を――――――」

「それなんだけどね、その前に、内容を確認してほしいんだ。この依頼を受けるか受けないかは、そのあとで決めたくてね」

「は、はい………?」

 いつになく慎重な様子の師に、半闇狩人は戸惑うような表情を浮かべつつ、退役軍人が差し出した依頼文書に目を通す。そして、その差出人と村の名前に、半闇狩人の心臓は一瞬大きくはね上がった。

「お……お師匠様、これって………」

「うん、君の村の、村長殿からの依頼だね」

「は……はい………」

 村の窮状を訴える村長の文字を前に、様々な思いと感情が半闇狩人の胸の中を去来する。しかし、女軍団長の静かな、しかし、憤るような言葉に半闇狩人は我に返る。

「お父さま、お聞きして宜しいですか」

「なんだい」

「何故、この依頼を?」

 それは――――――そう退役軍人が口を開く前に、副軍団長が間に入る。

「僕が見つけ、父さんに相談しました」

「お前が?」

 弟の言葉に、女軍団長の表情が険しくなる。そして、一呼吸の間を置くと、女軍団長は明確な拒否の言葉を口にした。

「私は反対です、お父さま」

「どうして?」

「どうしてなどと………この村は、この子に闇人の血が流れているという、それだけの理由で村を追い出したような連中です。それに、別段この子に対し助けを求めている訳でもありません。この依頼は、他の冒険者たちに任せればいい事でしょう」

 女軍団長は、煮えくり返る感情を懸命に自制しながら、自らの考えを父に訴える。いくらこの子のふるさとであるとはいえ、この村にいい感情など欠片も持てないのは事実。

 それに、肝心の窮状の原因が全くわからないときている。それなのに、依頼の内容は、原因を突き止めるための山狩りと、脅威の排除。

 いくらなんでもこんな莫迦げた話はない。自分たちを襲うものの正体もわからず、あまつさえ、それを突き止めた上で退治してくれなどと、丸投げにも程がある。

 そんな根性だから、村に尽くしたはずの男の忘れ形見をこうも粗末に扱えるのだ。そんな連中の面倒など、見てやる義理などどこにもない。

 剥き出しの怒りを露わにする女軍団長の、我が娘の言葉を、退役軍人は静かに、そして、真摯に受けとめる。彼女の言い分ももっともな話。そして、自分も諸手を上げて博愛に走る気はない。しかし、一度目に止めてしまった以上、何らかの形で回答を出さなければならない。それが、是にしろ否にしろ。

 だからこそ、こうして、皆に問うたのだ。

「だいたい、お前が余計なものを見つけて父上にお知らせするからだ!見ればこの依頼、だいぶ前から張り出されたものだろう!この子がそれを見知っていたかもしれない事、何故考えない!?」

 青銅の鐘を打ち鳴らすかのような、重く、それでいて高く響き渡る怒声に、今度こそその場にいたもの全員が何事かと振り返る。そして、半闇狩人は、憤る姉を鎮めようと懸命に訴える。

「い、いいんです!あの時は、まだ私は字が読めなかったから、それで気づかなかったんです!」

「そうとも、おまえのせいではないよ。よしんばわかっていたとしても、誰もおまえを責めたりなどしない。いや、責められる筋合いなどどこにもない」

 女軍団長は、半闇狩人を落ち着かせるように声を和らげる。しかし、元々激情家である性分はどうにもできず、赤熱しつつある怒りは、依頼文の主と弟である副軍団長に向く。

「お前はどれだけ残酷なことをしたかわかっているのか?こんなものを見せられて、はいそうですかとうなずける人間がどこにいる!!」

「僕だって、面白半分でこの文書を持ってきた訳じゃありませんよ、姉さん」

「なら、どう言うつもりだ?返答次第では、いくらお前でもただではすまさんぞ?」

 地の底から響くような姉の言葉に対しても、副軍団長は微塵の動揺もなく答える。

「もちろん、僕だって面白半分やお節介でこれを持ってきた訳じゃありません」

「では、なんだ」

「心の中の影は、必ず消し去ってしまわなければなりません。その心に、深く根を張ってしまう前にです」

 相変わらずの持って回った言い回し、しかし、言わんとしていることが汲み取れないほど、愚鈍なつもりもない。

「それが、今だと言うのか?」

「もちろん、今である必要もありません。まだ、備えが足りない、力が足りないと言うのであれば、それは何も責められるものではありません」

 副軍団長の言葉に、女軍団長は低く唸る。

「だが、いつかはやれと言うのか」

「そうです」

「何を勝手なことを!そんなこと、人が口を出す話ではない!」

 今度こそ本気で激昂し、席を蹴って立ち上がる女軍団長を、副軍団長は眉ひとつ動かさずそれを見上げる。

 勢いは収まらず、むしろ白熱化していく激しい口論に、酒場だけでなくギルドの受付の近くにいた他の客たちは、激しく激突するその様子を固唾を呑んで見守る。

 そんな周囲の様子を察しながら、退役軍人は、獰猛な表情を浮かべる娘と、それに対して微塵も怯む様子もなく相対する息子の間に、穏やかな声を差し挟む。

「とりあえず、ふたりとも落ち着きなさい」

「お父さま!」

「おまえたちの意見はよくわかったよ、とりあえず、この話は一旦私が預かるよ。それに、何も今すぐ決めなければいけない話じゃないからね」

 穏やかに仲裁に入る退役軍人の言葉に、女軍団長も、いささか納得しかねる表情ながらも、矛を収めるように腰を下ろす。

「あ……あの………」

 そんなふたりの様子をおろおろと見守る半闇狩人に、退役軍人は安心させるように声をかける。

「大丈夫だよ、これはあの子が言うとおり、君が気にする話じゃないんだから」

「で、でも………」

「そんなことより、君とこの子がこんなに仲良しになってくれたことが嬉しいよ。おまえも、まるでお母さんみたいじゃないか」

「せめて姉と言ってください!」

「だって、そう見えたんだもの」

「まったく………」

 退役軍人の言葉に、女軍団長は完全に気勢をそがれた様子で椅子に背を沈める。しかし、逞しい腕を組んだまま眉間に深く走らせた縦じわは、先の本題に対し決して納得していないことを、無言ながらもこれ以上ないくらい雄弁に語っていた。

 

 

「え、今から出かけるのかい?」

「はい、私は、この子と個人的に話したい事がありますので」

「そ、そうかい………?」

「ええ、それに、そろそろあの姉弟も依頼から帰ってくる頃合いでしょう。是非とも、彼らを労ってやってください」

 やんわりと辞退の言葉を並べる女軍団長に、退役軍人はやはり今日の事かと嘆息する。そして、まだおぼつかないながらも、出来得る限りの準備を整え、地下下水道へと赴いたあの姉弟を思い出す。あれからそれなりに助言や稽古の相手をする機会も増え、単なる『同業者』とは言えなくなっているだけに、それを言われると弱い。

「そうだねぇ………わかったよ、行っておいで」

「ええ、それでは行って参ります。さあ、いこうか」

「は、はい………」

 その日、父から家族揃っての夕食の誘いを断り、女軍団長は半闇狩人を連れて外食へと出かけていく。そんな彼女たちの背中を見送りながら、退役軍人は残念そうにため息をつきつつ、小さく肩を落としている。

 そんな父に悪いとは思いつつも、どうしても今ばかりは皆と夕食を共にする気にはなれなかった。そんな自分の意地に我が妹を巻き込んでしまった事をすまなく思うが、それでも、誘いに付き合ってくれたことには感謝しかない。

「すまんな、つまらん姉弟喧嘩に巻き込んでしまって」

「いいえ、それに、わたしも姉さまに相談したいことがありましたし………」

「私に?いいとも、遠慮なく話してくれ」

「はい!ありがとうございます!」

「うむ、その前に早く店に入ろう。寒くてかなわん」

「そうですね」

 女軍団長は、外套の襟を引き寄せながら唸ると、昼間見つけた串焼き屋を目指す。あの時店先から流れていた芳ばしい香りは、今でも心をつかんで離さない。もっとも、こんなに早く来ることになるとは思わなかったが。

「はぁ~い、いらっしゃいませぇ~~」

 店に入るなり、軽やかな蹄の音と共に、機転よく接客してきたずいぶん小柄な人馬女給に案内され席に着いた女軍団長は、冒険者ギルドの酒場にいた、あの元気と愛嬌の塊のような獣人女給の顔を思い出して不思議そうに呟く。

「この町では、女給は獣人の仕事なのか?」

「そうでもないと思いますけど、わたしもたまにお手伝いしますし」

「本当に働き者だな、おまえは。しかし昼も言ったように、体はいとえよ?」

「はい、でも今はご飯もちゃんと食べられるし、お布団で寝られますから、はい!大丈夫です」

「そうか」

 そんな言葉に、彼女のこれまでの野良犬同然の生活を思い出し、女軍団長は言葉を詰まらせる。と同時に、静まりかけていた怒りが再び熱を帯び始める。

 しなくてもいい苦労と屈辱をさんざ舐めてきたこの子、我が父の導きで、ようやくあるべき道を歩き出したと言うのに、そんなこの子に、再び薄汚い過去を擦り付けようとするとは。

「それにしても、あいつは本当に一体何を考えているのだ」

 女軍団長は、弟の顔を思い浮かべ、低く唸る。

「あの、そのことなんですけど」

 半闇狩人は、意を決したように話を切り出した。

「わたし、この依頼を受けてみようと思うんです」

「何?」

「だって、ほっとけないですし」

「あいつの言うことを気にしているなら、それは違う。おまえが気に病むような話ではない」

「はい、でも困っている人がいるなら、行ってあげたいんです」

「おまえは………」

「行って、いらないって言われちゃったら仕方ないですけど、でも、行かなくて後悔するより、行って後悔したほうがいいかなって、そう思うんです。それに、あの村には、お父さんとお母さんが眠ってますから」

そんな半闇狩人の言葉に、女軍団長は真っ直ぐにその目を見る。曇りのない、その金色の瞳のどこにも、迷いの影は見当たらない。そして女軍団長は、ひとつ大きなため息をはきだしながらも、その真っ直ぐな意思に笑顔で応える。

「わかった、わかった、私の負けだ」

「えっ………?」

「おまえのやりたいようにやるといい、私も協力は惜しまん」

 そう答えたその時、軽快な蹄の音と共に、人馬女給がキッチンカートを運んできた。

「おまたせしましたぁ、串焼き盛り合わせにぃ、エールと葡萄酒でぇす。焜炉に炭を入れますんでぇ、気をつけてくださいねぇ、熱いですよぉ」

「うむ、何から何まですまんな」

「はぁい、よろこんでぇ」

 満足そうな表情で頷きながら、女軍団長は、エールのジョッキを手に取る前に、人馬女給に銀貨を一枚渡す。

「あらら、これはすみません。ありがとうございます、奥様」

「奥………ん、まあいい。また頼むかもしれんが、よろしく頼む」

「はぁい、よろんでぇ」

 ぽっこぽっこと軽やかな蹄の音と共に仕事に戻っていくのを見送り、女軍団長は、炭火も赤く燃える焜炉と串に刺した肉を前に、子供のような表情を浮かべる。

「なるほど、考えたものだ。おそらくは東方かあの辺りの作法だな、これは」

 焜炉の上に串肉を並べながら、女軍団長は葡萄酒のジョッキを半闇狩人に手渡す。

「心配いらん、薄めのものを頼んである。ものたりなければ、次から濃くしていけばいい」

「は、はい、でも私、お酒なんて、初めてです………」

「もう成人しているのだろう、飲み過ぎなければ問題ない」

 それに、肉にはエールか葡萄酒だ。そう言いながら、女軍団長はジョッキを掲げ、半闇狩人と乾杯をする。

「うむ!うまい!」

「はい!」

「どれ、そろそろ串の方もいい塩梅だろう」

 焼き上がった串に磨り潰した岩塩をふりかけ、半闇狩人に手渡す。そして、女軍団長も香ばしく焼き上がった串を手に、伝説の剣を手に入れた騎士のように表情を綻ばせた。

「うむ!うまい!うまい!これは見事だな!」

 焼きたての串肉を頬張りながら、エールを流し込む女軍団長を前に、半闇狩人もちみちみと串肉をかじりつつ、咀嚼した肉を葡萄酒で流し込む。

 焼きたての、脂ののった柔らかな肉。口いっぱいに広がる、ふくいくたる肉汁の旨味と、それをまろやかにする葡萄酒の酸味に、頬が心地よくしびれる。そして、串肉の皿は、ほどなくして空になった。

「む、もうしまいか。おい、もうひと皿いけるか、いけるな?」

 そういいながら、おかわりを頼む気満々の女軍団長の傍に聞こえる、軽やかで優しい蹄の音。

「おお、お前、丁度いいところに。もうひと皿追加だ、あと、エールと葡萄酒もな」

「はぁい、よろこんでぇ。あ、そうだ、奥様?本日のおすすめとか、いかがですかぁ?」

「おすすめとな」

「はぁい、今朝仕入れたばかりのぉ、サクラ肉なんですよぉ。脂ものっててぇ、ホントに最高ですよぉ」

「いやいやいや、それは………しかし………うむ、まあ、お前が言うのなら間違いないのだろうが………」

「はぁい、ぜひぜひぃ」

「うむ……そうだな、それをいただこうか」

「はぁい、よろこんでぇ」

 ふんわりとした笑顔と返事を残し、蹄の音と共に厨房へ戻っていく人馬女給を見送りながら、女軍団長はジョッキに残るエールを口にする。

「よもやよもやだ、まさか人馬から桜肉をすすめられるとは思わなんだ」

 苦笑いを浮かべる女軍団長に、半闇狩人はおずおずと話しかける。

「あの、それで、さっきの………」

「ああ、わかっているよ。明日、きちんと父上と話をする」

「は、はい!」

「だが、やつの件については、話は別だ。どういう魂胆なのか、それをはっきりさせる」

 みしり、とその逞しい眉を吊り上げながら、様々な感情と、金剛石のような決意がこもる表情を浮かべた女軍団長は、残りのエールを一気に飲み干した。

 

 

「すまんな!給仕をしてもらった上に、送迎まで世話させてしまった!」

「いえいえ~、わたしも上がりの時間だったんでぇ、お気になさらないでくだぁい」

 ほろ酔いをいくらか通り越して御機嫌もいい所な女軍団長と、先ほどの串焼き屋の人馬女給。その背中には、酒精の程よい眠りに誘われ、寝息を立てる半闇狩人。

「本当にすまんな!聞けば人馬はおいそれと背に人は乗せぬと聞く!それなのにその心意気、感謝の極みだ!」

「いえいえ~、私の一族はそんなんじゃないんでぇ、だいじょうぶですよぉ」

「そうか!姿だけでなく心も愛らしいな!お前は!」

「えへへ~、ありがとうございまぁす」

 ほろ酔い加減の世辞にも、人馬女給はふんわりと笑顔を浮かべて嬉しそうに笑う。

「それより奥様、寒くありませんかぁ?」

 女軍団長の外套は、人馬女給の背で眠る半闇狩人にかけられている。

「なんの!問題ない!それに、良い酒に良い肉!その余韻がまた心地良い!!」

「ありがとうございまぁす、今後とも、当店をごひいきに~」

「任せろ!次は、軍団員全員でくるとも!!」

「はぁい、ありがとうございまぁす」

 上機嫌な女軍団長の声、ぽっこぽっこと軽やかな蹄の音、すぅすぅと静かな寝息。そんな一行の行く先に、冒険者ギルドの庁舎がまばらな明かりと共に浮かび上がっていた。

 

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