1話 南陽 袁術
「はぁ~。終わらない」
「ははっ。わかりますよ。紀霊殿」
「申し訳ない。いつも手伝ってもらって」
「これがわれらのお役目ですし本来なら当家の長たちがすべき事ですから」
城の一室。そこでは一人の武官が複数の文官といくつも積まれた書類の山と格闘していた。
男は性を紀、名を霊、字を白麗。真名を識という男性である。
一応武官志望の客将である。そう客将である。
そしてここ南陽を収める汝南袁氏の当主袁術の配下の中では彼は比較的新参者。
というよりつい最近入ったばかりの男である。
つい先日揚州での戦が袁家における初陣でありその前は幽州で義勇軍に所属していた。
しかし彼のかつての主、劉備玄徳はあまりに優柔不断であった事と
その主と共同代表を務める北郷一刀が友人で旅仲間で共に義勇軍に参加した
趙雲子龍に対して何度も口説き落とそうとする行動をとるなど目に余る行為が多く、
趙雲自身も辟易としていたのと精神衛生上いい場所とは言えなかったので
黄巾の乱終結後、袂を分かち、士官の旅を続けていた。
そして現在、路銀を稼ぐ為に袁家に仕官したわけだがはっきり言おう。
異常だった。当主は何もしないしその従者兼召使い兼軍師兼大将軍も何もしない。
結果その全てが紀霊の下に来ていた。
「俺、客将のはずなんだが。いいのかこれ?」
「いえ、全然よくないです」
「ですよね」
その場にいる全員が溜息をもらす。
俺は転生者だった。
いや少し違うな。転生ではない。俺死んでないし。
それは偶々だった。医大の論文の資料を探すために
パソコンで調べ物をしていた時にメールが来た。
メールには『あなたの考える恋姫最強キャラはどのようなもの?』という
題名と共にPDLが貼ってあるそれを見ていた。
疲れていたのと中々進まない論文の作成にストレスが溜まっていたし、
気分転換の意味も込めてキャラ制作を行った。
性別、容姿を設定し武器を設定し
二つ技能を選んだ。
選んだ技能は直接戦闘系統の軍才と武術の才だ。
全てを決定するとパソコンの画面が光り気が付いたら草原に立っていた。
自身が設定したキャラ、紀霊 白麗の容姿で。
恋姫夢想の世界に転生して今も紀霊として生きている。
そして今仕事をかたずけていた時一人の侍女が入ってきて当主である袁術殿が呼んでいるという。
玉座の間に向かい中に入るとそこには袁術様と張勲そして同じ食客の孫策殿がいた。
「およびと聞き参上いたしました」
「紀霊、遅いのじゃ」
「申し訳ありません」
あんたの仕事をやってたんだよとこの場で叫びたい。しかしここはぐっと抑える。
路銀を考えるともう少し欲しいところだ。今は我慢、我慢。
「孫策と共に賊を討伐して来いなのじゃ」
「承知しました」
「では下がってよいぞ」
「「はい(は~い)」」
孫策殿と共に下がる。
「あんたも大変ね~」
「そうですね」
「紀霊って確か私が袁術ちゃんの下についた少し前に入ったのよね?」
「ええ。揚州での戦が袁家における初陣です」
「ってことはそれほど時間がたってないわよね。目の下すごいわよ?」
「でしょうね。ここ三日はまともに寝ていないので。
とにかくその賊討伐に向かいましょう。兵糧等はこちらで賄いますので
兵の準備をお願いします」
「わかったわ」
孫策殿は自身の屋敷に向かっていった。
「さてこちらも準備をしましょうか」
俺は残りの仕事を文官たちに任せて自分の部屋に向かい準備をし
兵士数名と共に倉庫に向かい準備を整える。
「星、出陣の準備はどうだ?」
「ああ。愛紗と共にすでに終わらせてある。
しかしまた目の下がすごいことになったな」
「さっき孫策殿にも言われた。正直今すぐ寝たい」
「すまないな。私はどうしてもその手の仕事が苦手でな」
「知ってる。その代わり訓練引き受けてもらってるからな。
それにしても稟と風、香風がいた頃が懐かしい。
こんなことなら一緒に曹操殿ところで仕官しとくべきだった」
「はははっ。そう言ってくれるな。お前がついてきてくれたこと私は嬉しいぞ」
星はそう言って笑ってくれる。
「その笑顔が見れただけで俺は救われるよ」
これで救われている俺は案外単純な男なのかもしれない。
そう思いながらも出陣の準備を整える。
「すぐに出るぞ。途中で孫策殿と合流する」
「承知した」
馬に乗り部隊に合流する。
「愛紗」
彼女は性を関、名を羽、字を雲長。愛紗はその真名だ。
そう、あの三国志でも有名な関羽だ。
彼女もかつては劉備義勇軍に所属していたし劉備とは義姉妹の盃を交わしていた仲だった。
しかしここで北郷一刀が関わってくる。
義勇軍所属時代も彼女は北郷をご主人様と呼んでいた。
これは一刀というよりも劉備が呼び始めたのが最初なのだが
一刀はそれを愛紗にも強要した。
そのころから尻を揉まれただの口説かれて夜にベットに誘われただの
現代なら逮捕待ったなしのセクハラ被害を受けていた。
それでも一刀も男だし、全ては義勇軍のためだと、
我慢していたようだが星にも同じような事を言って口説いている
場面に出くわし、更にその被害が義勇軍内で横行していることがわかり、
このままでは義勇軍内の風紀に関わると劉備に相談した所、劉備自身は
「でもそれってご主人様に愛されてるっていう証拠だよね」
と劉備自身も満更ではない様子で特に注意する気はなく、
それで愛想をつかしたそうだ。
黄巾の乱が収束し義勇軍を解散する日、盃を劉備に返し、
再び旅に出ると言って同様に劉備や本郷の下を離れた俺と星についてきた。
それからは俺を主と仰いでくれている。
「識様!」
「準備は?」
「すでに整えてあります」
「なら出陣」
『おう』
ここにいる五百の兵士は全て義勇軍時代からの付き合いだ。
義勇軍事態二千人ほどだから25%が俺たちについてきたことになる。
と言っても残りの千五百人のうち劉備の下に残ったのはごく僅かだろうが。
そしてついてきた奴らの中には本郷にセクハラされただの
彼女を寝取られただのまたは自身の貞操に危機を感じたなど
そういう奴らはなぜかまとめて俺の下に来た。
「それにしてもなんで俺のところだったんだ?」
『だって紀霊様はそういうことはしないでしょ?』
「な、なるほど」
どんだけ信用されていないんだ、北郷。
また溜息をついて行軍を再開した。