ひなたとヤタガラスの歓迎会から数日が経った頃、いつものように部室に全員が集まっていたところで夏凜が口を開いた。
「ねえみんな、身体に変な違和感を感じない?」
「「「「「「「「へ?」」」」」」」」
「ほお?」
夏凜の前触れのないその質問に、感心したように呟くヤタガラス以外は揃って抜けた声を洩らす。そんな一同に、夏凜はその質問の理由について話し始めた。
「この世界に来てからなんだけど、身体を激しく動かすと妙な違和感を感じるのよ。最初は気のせいかと思ったんだけど、この前の戦闘の時も似た違和感を感じたから気のせいじゃないって気付いたのよ」
「違和感って、具体的には?」
「口で説明しづらいわね。なんかこう、思い描いた動きとズレてると感じるというか……」
詳細を求めた銀に対し、夏凜は煮え切らないような表情で言葉を返す。
「そういえばバーテックスとの戦いの際、あれ?って思う時があったわね。他のみんなは?」
「言われてみれば、勇者パンチが少し弱かったかも」
「私はてっきり自分の足で動いた際の違和感かと」
「着地に失敗した時のあれがそうなのかな……?」
言われてみれば確かにと頷いた風の質問に、友奈、美森、樹も似たり寄ったりの違和感があったと顔を見合わせる。
やはり自分が感じた違和感が間違いでないと改めて実感した夏凜は、反応からして絶対に知っているであろうヤタガラスに顔を向けた。
「ねえ烏丸。この違和感は重力や磁場の乱れから来るものかしら?」
「ハズレじゃ。その違和感はまだ魂がその肉体に馴染みきっておらぬからじゃ。他の者なら数分足らずで完全に馴染むが、お主らの場合は少々特殊じゃからの」
ヤタガラスのその言葉に、ひなたを除く全員が何となく満開絡みであると察した。
何せ本来は治らない身体機能の欠損を神樹が作ったパーツで補完したのだ。ようやく馴染んできて早々に仮初めの肉体に入れられれば、ズレが生じてしまうのも必然かもしれない。
「ま、そのズレも身体を動かし続ければ直に解消するじゃろ。じゃからそんなに心配するでないぞ」
「それなら、みんなでトレーニングした方がいいわね。いつバーテックスが来るか分からないし、そのズレが原因で何かあったらいけないし」
ヤタガラスは少しすれば完全に馴染むと言い切るも、夏凜はその“少し”を埋める為に全員参加のトレーニングを提案する。完成型勇者は相変わらず、みんなを心配できる優しい勇者である。
「そうね。それで樹やみんなが怪我でもしたら大変だし」
「みんなでトレーニング!具体的にはなにをするの?」
風もそのズレの危険性を考慮して夏凜の意見に賛成し、友奈も乗り気となって具体的な内容を夏凜に聞く。
夏凜はそんな一同の前で、得意げな表情でその中身を告げた。
「まずは有酸素運動ね。その後は腕立て伏せや腹筋運動。締めに組手といったところね」
「それじゃあつまんないよ~、にっぼしー」
「……最後の組手だけはなしにしてくれないか?」
実にトレーニングらしいトレーニング内容に、園子はつまらないと不満を口にする。千晶も何故か最後の組手だけは免除してほしいと告げてくる。
そんな園子と千晶に対し、美森は苦言を呈した。
「そのっち!それは駄目よ。つまらなくても、協調性を持って参加するの。千晶くんも参加するからには、最後までやらないと」
「俺としては、最後の組手だけは本当に勘弁してもらいたいんだが。主に男女の関係で」
「「……あ」」
千晶のその言葉に、美森と夏凜は得心がいったのか揃って抜けた声を洩らす。
男女で組手するのは、端から見ればセクハラと周りから通報されても文句が言えませんから。
「確かに男女の組手は大問題だわ……」
「そうね。下手したら互いに気まずくなりそうだし……」
「それはつまり、押し倒しとお触り案件……!やっぱり面白そうだからやろう!!」
絶対に邪な妄想をしている園子様は目を輝かせて賛成の立場に回った。本当に己の欲望に正直な人である。
「押し倒す……それって友奈ちゃんに押し倒され……ぶはぁ!」
「ああっ!?須美が鼻血を噴き出して倒れた!?」
「ちょっ!?早く正気に戻りなさい!東郷!!」
「東郷さん!しっかりしてください!」
「いやいや!普通は鼻血が噴水のように飛び出たことを指摘するのが先じゃないの!?」
同じく己の欲望に忠実と言える美森もつられて想像してか、鼻血を盛大に噴き出して倒れてしまう。その光景にその場にいた面々は慌てたように美森に駆け寄っていく。
「地面に倒れて互いに見つめ合う二人……うんうん、創作の意欲が湧いてくるんよ~!」
「……絶対に組手だけはやらないぞ」
創作意欲に火が付いたのか、園子はハイテンションでメモ帳に書き込みを続けていく。対する千晶はうんざりした表情で頑なに組手の却下を再度告げる。
「それならリレーとか徒競走といった、競技種目で競い合うのはどうでしょうか?」
「いいわね、それ」
「私も!なんか楽しくなりそうだし!」
ひなたの救済とも言える提案に、風が良い考えだと頷き友奈も楽しそうだと賛成の意を示す。
「なら、乃木園子ら先代チームと結城友奈ら今代チームに分けるのはどうじゃ?」
「新旧対抗戦!なんか面白そう!」
さらにヤタガラスがチーム分けの案を出し、銀もノリノリで賛成する。
「そうなると……私は友奈ちゃんとは別チームになるわね」
「そっか……でも、東郷さんと競い合うのも楽しそう!」
少し美森の事が不安だったが、友奈の発言でその辺りは杞憂に終わる。爆弾の取り扱いは本当に慎重でなければいけないので。
「そうと決まれば競技を決めないとね。やりたい競技はある?」
「玉入れや綱引きがやりたいけど……どうかな?お姉ちゃん」
「それ大人数でやるものよ、樹。後、どこに道具があるかも分からないし」
樹がすぐにやりたい競技を提案するも、前提条件からかなり厳しいため敢えなく却下された。
「ここはシンプルに、ひなたさんが仰ったリレーや徒競走じゃ駄目かしら?」
「やっぱりそれが無難よね。障害物競争も道具の関係で無理だし」
美森がひなたが提唱した競技を採用すべきではと提案し、夏凜も同意するように頷く。
「でもでも~、それだと少しつまんないかも~」
「また園子さんが駄々こねてる……」
「そうだ!二人三脚のリレーとかどうかな~?」
「二人三脚のリレーって……二組だからリレーになるかしら……?」
「細かい事はいいんだよ、フーミン先輩」
園子がぴかーん!と閃いたような提案に、風はどうでもよい所にツッコミを入れる。対して園子は特に気にした様子はない。
「でもそれ、面白そう!」
「そうね。単純な運動能力だけじゃなく、互いの息も合わせないとマトモに進めないからね」
友奈と美森も賛成し、残りのメンバーも同意するように頷く。
こうして後日、二人三脚のリレー対抗戦が開かれることになるのであった。
――――――
―――二人三脚のリレー対抗戦、当日。
「それではルールを確認しますね。各組がグラウンドのトラックを二周し、先にゴールした方が勝ちとなります」
「審判は我と上里ひなたが行う。当然、体当たりや引っ張りは違反とみなして失格とする。その時点で敗けとなるから不正なんぞ考えるでないぞ?」
審判役のひなたとヤタガラスが簡潔にルール説明を行い、全員がそれに頷く。このメンバーでルール違反はあまり考えられないが、白熱して『ついうっかり』はあるかもしれないので注意は必要だ。
「では、まずは一組目は準備が済んだらスタートラインに立つが良い」
「開始の合図は私がしますので、フライングにならないように注意してくださいね」
ヤタガラスとひなたの言葉に従い、最初の走者がスタートラインに立つ。
最初に立ったのは美森&銀ペア。友奈&樹ペアだ。
「やっぱり向こうの組分けはこうなったわね」
「そりゃあ園子がいるから、この組み合わせになるのは確定でしょ」
今代チームが予想した通り、組分けは美森&銀、園子&千晶としたようだ。相性という点から見ても最良と呼べるだろう。
「これは予想外だね~。てっきりフーミン先輩とイッつんがペアだと思ったんだけどな~」
「確かに。姉妹の阿吽の呼吸で挑むものかと思っていたんだが」
逆に先代チームは予想していた組分けとは違っていたことに、どんな狙いがあるのかと首を傾げていた。
「むっふっふ……向こうはさっそく困惑してるわね」
「なに作戦の内のように喋っているのよ。単に樹の願いを聞いただけでしょ」
悪どい笑みを浮かべる風の呟きに、夏凜が呆れたようにツッコミを入れた。
そう。単に樹が『せっかくだからお姉ちゃん以外でペアを組んで走ってみたい』と言ったのを採用しただけであり、特に深い意味はないのである。
「それじゃ、お手柔らかに……」
「負けないよ!東郷さんにミノちゃん!」
「ええ!やるからには全力よ、友奈ちゃん!」
「おう!先代勇者の阿吽の走りを見せてやるぜ!」
樹は少し遠慮がちだが、残りの三人は戦意十分。開始前からやる気に満ち溢れている。
「それでは、位置について。よーい……」
ひなたの合図で友奈達が走る体勢に入った瞬間、樹海化警報のアラームが鳴り響いた。
「ええっ!?」
「敵襲です!」
「おのれバーテックス!樹の晴れ舞台を邪魔するなんて……すぐに殲滅してくれるわぁ!!」
相変わらず空気の読めないバーテックスに怒りを覚えた風は、直ぐ様変身すると早々に樹海へと向かっていった。
「ちょっ!?風!一人で先に行くんじゃないわよ!!」
一人先行していった風に文句を言いつつも、夏凜も直ぐ様変身して後へと続いていく。友奈に美森、樹の三人も脚の紐をほどくと先に向かった二人同様に変身してバーテックス退治へと向かっていった。
「まったく!今日くらいは来ないでくれよな!」
「向こうはこっちの事情なんてお構い無しだろ。気持ちはよく分かるが」
銀が空気を読まずに襲撃してきたバーテックスに文句を言うも、その気持ちを理解しつつも宥めてきた千晶によって渋々といった感じで大人しくなる。
「それにしても、何でこのタイミングで襲撃しに来たのかな~?バーテックスも、二人三脚リレーに参加したかったりして~」
「いやいや園子。さすがにそれはないって」
「単にタイミングが悪かっただけだと思うが……」
園子の呑気とも取れる推測に、さすがにそれはないだろうと銀と千晶は告げる。
―――数十分後。
「今回のバーテックスは二体一対のすばしっこいヤツばかりだったわ。ジェミニも二人一組で攻めてきたし……」
「マジでアタシ達の勝負に参加しに来たのか?」
無事にバーテックスに勝利して帰ってきた夏凜の愚痴に、銀は園子の推測が現実味を帯びたことに少し戦慄した。
「そうだとしたらとんだ乱入者ね。本当に水を差されたし……」
「向こうはこちらの都合など関係ない筈なのですが……この話を聞くと完全に否定しきれませんね」
美森はイベントが半分壊されたことに軽く落ち込み、ひなたは意図的に襲撃した可能性を否定しきれないことに困った笑みを浮かべる。
何せ、二体一対……コンビを組んで襲撃してきたのだ。それも動きが速いやつしかいなかったのだから、勝負を挑みに来たと言われても不思議ではなかった。
「実際にやってるのは、リレーじゃなくてラグビーだが」
「誰が上手いこと言えといった」
千晶のその言葉に風が半目でツッコミを入れる。互いの領地を奪い合う陣取り合戦なので、ゴールにボールを持って突撃していくラグビーに幾ばくか近いのは否定しきれないが。
「ま、残党もおらぬからもう水を差される心配はないじゃろ」
「そっか。じゃあ、心置き無く走れるね!」
ヤタガラスの残党はいないという報告に、友奈は笑顔で対抗リレーの再開を進言する。それに対し、美森と樹が申し訳なさそうな表情をした。
「あの~……ごめんなさい。今の戦闘で私、疲れちゃいました……」
「実は私も。たぶん、満足に走れないと思います」
「そっか~……残念」
どうやら今の戦いで疲れてしまった美森と樹の本当に申し訳なさそうな言葉に、友奈は残念そうにしながらも仕方ないと諦める。
「ちなみに~、ゆーゆ達は~?」
「私は全然走れるけど……」
「私も走れるわ。なんたって完成型勇者だからね!」
「アタシもよ。女子力がバリバリに有り余ってるし」
美森と樹と違い、友奈、夏凜、風の三人は走れるようだ。
「それなら全員参加でも大丈夫じゃないか?二人三脚だから、互いの呼吸が重要の筈だし」
「最初はアタシと須美、友奈と樹だから条件は同じだし、一周だけにすればイケるんじゃないか?」
千晶の進言と銀の提案に、美森と樹は互いに顔を見合わせる。二人は少し悩むと……
「一周だけなら何とか……」
「そうね。それなら……」
二人が了承したことで、少しだけルールを変更して二人三脚リレーを再開させるのだった。
「それでは、位置について。よーい……どん!」
ひなたの拍手を合図に、最初のペアが呼吸を合わせて走り出す。
「樹ー!友奈ー!頑張れー!」
「わっしー!ミノさん!ファイトー!」
それぞれのチームから声援を受け、どちらも息を合わせて走っていく。
「はあ……はあ……やっぱり、少しキツいです……」
「頑張って樹ちゃん!私も頑張るから!」
「少し足が重いわ……」
「大丈夫だって!全然負けてないからさ!」
美森と樹はやはり少しキツそうに走っているが、互いのペアである友奈と銀がフォローしているので躓くことなく走り続けている。
互いに接戦の中、二組のペアは一周を走り終える。
「風先輩!夏凜ちゃん!後はよろしくお願いします!」
「園子!千晶!後は頼んだぜ!」
互いにタッチしてバトンを託す。風と夏凜は今にも飛び出しそうな雰囲気だ。
「よーし!行くわよ夏凜!」
「もちろんよ風!このまま一気に……!」
思い切って走りだそうとした瞬間、互いの息が合わずに風と夏凜はその場で盛大にずっこけた。
そのお約束とも取れる光景にひなたは苦笑し、ヤタガラスは呆れた表情で二人に視線を送った。
「見事に転びましたね」
「気合いが完全に空回りしおったな」
そんな見事に転んだ風と夏凜を尻目に、園子と千晶のペアは息ぴったりで走っていく。
「園子さんと千晶さんは問題なく走れていますね」
「互いに息を合わせておるからの。その分初速は遅いが徐々に早くなるであろうな」
実況と解説を始めたひなたとヤタガラスだが、その間に風と夏凜が砂ぼこりを払いながら立ち上がった。
「ちょっと夏凜!何で右を出さなかったのよ!?」
「それはこっちのセリフよ!次はちゃんと合わせなさいよ!」
風と夏凜は互いに文句を言いながらも、今度は息を合わせて走っていく。しかし、最初の躓きで結構距離を離されている。
「お姉ちゃーん!頑張ってー!」
「夏凜ちゃん!負けるなー!」
「もちろんよ樹ぃ!」
「完成型勇者の実力、その目でしっかり見ときなさい!友奈ぁ!」
樹と友奈の声援を受け、風と夏凜のボルテージは一気に最大に達し、全速力というレベルで走り抜けていく。
「やったー!園ちゃんとこーりんくんを追い越したー!」
「園子!千晶!おもいっきり走れぇ!!」
友奈が嬉しそうにする横で、銀が声援を送る。
「もちろんだよミノさ~ん。それじゃあこーりん、いっくよー」
「ああ」
園子の合図とも取れる言葉に千晶は頷き、走るスピードを速めていく。そして、すぐさま風と夏凜に追い付いた。
「「ええええええええええっ!?!?」」
あまりにもあっさり追い付かれたことに、風と夏凜はすっ頓狂な声を上げる。それが原因で足が縺れ、再び転倒してしまう。
「「あああああっ!?」」
再び転んだ風と夏凜はまるで縋るように追い抜いた二人に手を伸ばすも、無情にも園子と千晶はそのままゴールしてしまった。
「ゴール!」
「勝者は先代チームじゃな。互いに健闘したが、最後の最後でアンカーがドジったな」
「「こんなバカなぁああああああああっ!?」」
こうして、風と夏凜の敗者の叫びをBGMとして二人三脚リレーは終わりを迎えるのであった。
――――――
―――次の日。
「「ハーー……」」
風と夏凜は部室内で見事に深い溜め息を吐いていた。
「まさか乃木も郡もあんなに身体能力が高かったなんて……」
「知っていれば、あんなに取り乱す事もなかったのに……」
「「ハァ~~…………」」
そう呟くと風と夏凜は再び深い溜め息を吐く。
負けたこともショックだが、それ以上に動揺して転んでしまった事の方が精神的ダメージが大きかった。
「いやー、二人があんなに走れるなんて思わなかったよ!それに速いのに息ぴったりだったし!」
「友奈ちゃん。その話はあまり大きな声で……」
無邪気に昨日の話を周りに聞こえる声で話す友奈に、美森が慌てたように苦言を呈する。しかし時既に遅く、二人の矛先は美森に向けられてしまった。
「てか東郷!なんで教えてくれなかったのよ!?」
「そうよ!東郷が教えてくれてたら、あんな無様な醜態は晒さなかったのに!!」
「そう言われましても……成長したそのっちがあんなに走れるとは思ってなくて。それに千晶くんの方は全然知らなかったし……」
見事に責任転嫁された美森は、物凄く困った表情で二人の身体能力は予想外のものだったと告げる。そもそも美森は先代チームだから積極的に教えるのもマナー違反なのだが、今の風と夏凜にはそこまで頭が回っていない。
そんな状況に、ヤタガラスが更なる爆弾を投下した。
「二年間車椅子生活じゃった東郷美森が普通に走れとる時点で、ある程度は予想できたじゃろ。そもそも、肉体的な能力は精霊の調整で理想的になっとるしの」
「「「「「……は?」」」」」
ヤタガラスのその言葉に風と夏凜、友奈はもちろん、会話に参加していなかった樹とひなたまで抜けた声を洩らす。美森だけは思い出したような表情であっ、と呟いたが。
「……烏丸。それ、マジ?」
「マジじゃ。でなければ、一月足らずで普通に歩けんじゃろ。寝たきり、座りきりは通常、筋力の低下を伴うじゃろ?」
ヤタガラスのその言葉に、確かにその通りだと内心で納得した。
筋肉は使わなければ衰える。いくら神樹が補填した身体機能が馴染んでも、筋力が落ちてれば意味を為さない。
そんな当たり前の事実に気付かなかった事に、友奈達は軽いショックを受けた。
「ちなみに肉体の成長も、その肉体の理想的なものへと促すぞ」
「つまり、東郷先輩のその大きな胸は……精霊のおかげ……」
樹は光を失った瞳でそう呟くと、自身の胸に手を当てる。そんな樹の態度に一同は何も言えず、ヤタガラスは呆れたような表情をする。
そのタイミングで、園子と銀、千晶の三人が来てしまった。
「おーっす……って暗っ!?アタシらが来る前に一体なにが!?」
「まるでお通夜のような雰囲気だね~。一体なにがあったんだろ?」
「……本当にどうしてこうなっているんだ?」
あまりに重い空気に三人が困惑していると、その原因たる樹が無表情を貫いたまま近づいて来る。そして、園子と銀の近くで口を開いた。
「園子さん。銀さん。お二人の身体的成長は精霊が調整したのは本当ですか?」
「?そうだよ~?精霊が調整してたから、肉体的には健康だったんよ~」
「さすがに今は調整されないけどな。調整するなら、昔の須美なみにしてくれても……」
樹の質問に園子は首を傾げながらもいつも通り、銀は途中から死んだ魚のような目となって答えた。
その答えに……特に銀の呟きに樹は、能面だった表情をさらに能面へと変化させた。
「お姉ちゃん」
「な、何?樹」
「私の胸は成長……するのかな?銀さんは精霊に調整されても……」
「だ、大丈夫よ樹!あんたはまだまだこれから何だから!!」
生気が抜け落ちた樹の呟きに、風は必死な表情で励ましに掛かる。
この日は一日中、何とも言えぬ雰囲気に包まれるのであった。
―――その日、世界は未曾有の事態に陥った。
『天の神々め……独断でこのような事をしおって』
星屑達が人間を食い殺していく光景を、三本脚の鴉の姿をしたヤタガラスは無情な瞳で見つめ続ける。
神の眷族は視界に収めるだけで、人間や動物達に本能的な恐怖を刻みつける。最悪の場合は魂に刻まれて二度と治らない。これが後の『天恐』と呼ばれる症状である。
確かに人間は自然を乱し、何度も神の領域に近づいた……だが、一人残らず絶滅させる程だったのかは疑問である。
故にヤタガラスも含めた他の神々は慎重になったし、何度も協議を交わし続けた。
『地の神々は人間側に付いたが……我を含めた多くの神々は人間に対して懐疑的だ。明確に天に付かずとも、人間の側には立たぬであろうな』
どちらの考えも理解できるが、ヤタガラスはそこまで人間に守る価値があるとは思っていない。
故に何もせずに見守る。それだけに徹するつもりだった。
しかし、その考えはすぐに消えることとなった。
『……生き残りがいたか』
瓦礫の山に埋もれていたおかげか、星屑達が去った翌日に一人の人間が全身傷だらけながらも生き残っていた。
だが……
『魂に眷族への恐怖が刻まれたか……あの人間は数日で死ぬであろうな』
魂に星屑への恐怖が刻まれていることから、直に発狂して亡くなるだろうと判断する。
しかし、その人間の瞳を見て違和感を感じた。
『あの人間……目が死んでおらぬな。強い意思の光を宿しておる』
恐怖を刻まれた者のする目ではなかった事に、ヤタガラスはその人間に興味を抱いた。
『あの人間がどうなるのか……それを見届けてみるのも一興か』
ヤタガラスはそう呟くと、その場から離れていく一人の人間の後を追いかけるのであった。