彼は勇者ではない   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ。


満開と散華

―――神樹歴三百年、九月。

 

『サンチョなのにカッコ良かったな。ロックを感じたよ』

「サンチョの魅力を存分に発揮しとったよ~」

「この劇場版サンチョは子供たちの間で大人気だそうだからな。実際、二作目の製作発表が公表されているしな」

『マジで?』

 

持ち運びできる超高性能プロジェクターとプロジェクタースクリーンで映画観賞していた銀、園子、千晶はそんな感想を発する。字幕で内容を把握していた銀は千晶がもたらした情報に面食らっていたが。

ちなみに神様である鴉は供物として持ってきたフルーツセットをバクバクと食べている。嘴を何度も開け閉めしてるのに食いカスや汁が散っていない辺り、さすが神様といったところである。

 

『おおう。メロンがどんどん消えてってる。知らなきゃ軽くホラーだぞこれ』

「神様は相変わらず皮や種ごと食べるんだね~。美味しいのかな~?」

 

その神様が見えない園子と銀からすれば、果物がかじられて消えるという怪異現象にしか見えないが。

 

『当然だ。自然の感謝の恵みは全てが美味であるからな』

 

園子と銀には聞こえないのに、メロンを完食した神様は渋い声で律儀に返した。

そのまま神様は残りの果物も全部平らげると、漫画で見るようなどてっ腹のままバサバサと飛び、そのままサンチョの枕の上に降り立ってゴロンと横になった。

これで【導きの神】とかつては言い伝えられていたのだから、何とも言えない気分である。

 

『次の供物は焼きそばをよろしく』

「私は恋愛ゲームを~」

「完全に俺をパシリ扱いしてるな。お前達は」

 

千晶がそう言うと園子はプイッと顔を逸らし、銀も遅れて顔を逸らす。

まあ、こんな部屋で祀られてただ寝ているだけの生活は精神が参ってしまうだろう。実際、会話すらできない銀は数日で目を虚ろにし、当時は思うように動かせなかった右手を握って開くを繰り返したのだから。

 

『なら我は鰹節を所望する。当然上質な物をな』

 

サンチョの枕の上で寝転がっていた神様も供物を要求。もちろん削り節ではなく丸々一本で、だろう。この神様は肉だろうが魚だろうが何でも食う。

ちなみに上質な物を捧げないと祟られる。事実、その神様を軽んじた大赦の人全員が連日不幸に見舞われた。適当な供物を捧げようものなら、間違いなく祟ってくるだろう。

 

「取り敢えず申請はしておく。得物をちらつかせてな」

 

千晶もニヒルな笑みで承諾する辺り、結構甘いと言わざるを得ないが。

何せ大赦は極一部を除き、園子達が俗世との繋がりを持つことを今も尚良しとしていない。今でさえ何だかんだと理由を付けて彼女達が求める供物を却下しようとしているのだ。

まあそれも、千晶の物理的な脅しで意味を成さないのだが。

そうして上映用の機材を千晶が片付ける中、千晶のスマホから樹海化警報のサイレンが鳴る。

 

「来たね。予定通り、帰還のタイミングで大橋の祠を利用してわっしーを呼び寄せるよ」

『本当は勇者全員呼びたいところだけど、縁が強い人物しか呼べないんだよな』

「仕方ないだろう。俺達と現役勇者達には接点が一つもない。良くて須美と強く繋がっている娘が限界だ」

 

実際、“お役目”に選ばれた勇者達は資料でしか知らない。この呼び出しは縁が深い場所を利用する以上、どうしても呼べる人間が限られてしまう。

そういう意味では、過去最高の勇者の適性値を持つ“結城友奈”が一緒に呼ばれる可能性が高いだろう。

 

『それじゃ園子に千晶。須美の事をよろしく。アタシはここで留守番してるよ』

「ゴメンねミノさん。本当はミノさんもわっしーに会いたいのに……」

 

銀の文字に園子は申し訳なさそうに呟く。

今回呼び出しで須美に会いに行くのは園子と千晶の二人だけ。散華によって対話できない銀は一人でこの部屋で待つことを前もって決めていた。

 

『いいよ。再会の楽しみは次に取っておくさ。それより早くした方がいいんじゃないか?』

「そうだね~。それじゃこーりん、お願いね~」

 

園子の言葉に千晶は頷くと、点滴等の医療器具を園子の身体から外していく。園子は味覚と嗅覚を散華によって失っている為、栄養補給は点滴とサプリ頼りとなっている。銀は普通に病院食だが。

そんな生活で痩せこけていないのは、一重に精霊のおかげである。精霊がその身体の理想的な成長へと調整しているので、飲まず食わずだろうがその逆だろうが肉体的には健康そのものである。

 

ただ、銀が『理想的に成長させるなら、須美並みのメガロポリスにしてくれても』と愚痴った時は苦笑いするしかなかった。あれは比較する事自体が間違いである……とも言えない。彼女も知らずに精霊の恩恵を受けているだろうから。

そんな精霊パワーの事を考えながら園子の医療器具を全部取り外すと、千晶は仮面と冠を装着する。服装は神官のものなので、見た目は完全に大赦の神官だ。

 

「やっぱりそれは付けていくんだね~」

「今回は散華について話す以上、こうした方が都合が良い。大赦も十数分で駆けつけるしな」

 

大赦の人間は四国全土のあらゆる場所に滞在している。さすがに山奥といった場所にはいないが、大橋程度であればすぐに気づいて駆けつけてくるだろう。

なので無駄話はあまりできない。再会の余韻を踏まえれば、今は園子の味方程度に見られるのが良い。

千晶は園子に対してそう返しながら、園子を抱えあげる。俗に言うお姫様抱っこで。

 

「う~ん……お姫様抱っこはドキドキのシチュエーションなんだけど、心臓が動いていないからドキドキしないんよ~」

「笑えないブラックジョークだな。心の温度は?」

「ぽかぽか陽気の春だよ~」

 

そんな軽いやり取りをしながらも、園子と千晶、サポートの銀の三人は揃って目を閉じ、大橋のイメージを脳内に浮かべて念じる。

少しして、室内の照明灯とは違う明るさを瞼の裏から感じて目を開けると、そこはいつもの不気味な部屋ではなく壊れた大橋と夕暮れの光が見える外の景色であった。

 

「無事に成功したな」

「うん。わっしーも無事呼び出せたからさっそく会いに行こうか」

 

園子のその言葉に千晶は頷き、祠の前で困惑している二人の少女へと歩いていく。

祠の裏手から身体を出すと、髪を後ろに結った少女―――結城友奈と車椅子に座っている黒髪の少女―――“鷲尾須美”は驚いたように目を開いた。

 

「えっと……どちら様でしょうか……?」

「……大赦の人、ですか?」

 

友奈は困惑しながらも窺い、須美は警戒しながら聞いてくる。そんな須美の態度に園子の目が一瞬悲しげな色を浮かべるも、すぐに隠した。

 

「あはは~。初めましてだね。私の名前は乃木園子。一応は二人の先輩だよ~」

「えっと……結城友奈です!」

「……東郷、美森です」

 

園子が自己紹介し、二人もそれに倣って自己紹介する。須美改め美森は警戒の色を匂わせているが。

 

「友奈ちゃんに美森ちゃん、か…………うん。いい名前だね」

 

園子は友奈と美森……特に須美の本名を反芻し、感慨深げな笑みで誉める。

 

「それで、私達の先輩というのは……」

「言葉通りの意味だよ~。私も二年前、二人のお友達と一緒に勇者として戦ったんだ~」

「え?そうなの!?」

「それではその怪我はバーテックスに……!?」

 

園子が勇者だった事に友奈は驚き、美森は園子の包帯だらけの状態をバーテックスのせいかと問い掛ける。

当然、園子は頭を振る。この状態は今から話す力の代償によるものだからだ。

 

「二人は満開について、どう聞いているかな?」

「え?えっと……使うと疲労で一時的に身体に影響が出ると……」

 

いきなり園子から勇者の切り札である“満開”について聞かれ、友奈は戸惑いつつも答える。

予想通りというか何というか。大赦はやっぱり誤魔化していた。その事実に園子はもちろん、会話に参加していない千晶も呆れたくなる。

 

「私も満開したんだよ。その結果がこれ」

 

園子がそう答えた瞬間、空気が凍った。

 

「え……?」

「……待ってください。それは二年前からずっとそのままって事ですよね?だとしたら……!」

「うん。花が一つ咲けば一つ散る……私達はそれを散華と呼んでいる。枯れた花は自力では二度と咲かないんだよ」

 

満開の影響が一時的ではなく永続的であったという事実を知り、友奈と美森は愕然とする。そして、美森の視線は大赦の仮面を被っている千晶に向けられる。その目付きは敵意に染まり、端末を片手に握って。

 

「こーりんは大赦の人じゃないよ~。この格好をしているのは諸事情ってだけだから~」

 

それも園子のフォローで事なきを得たが。それでも美森は警戒の色は抜けていないのか端末は握りしめたままだ。

 

「信用できないのは分かる。だが、少なくとも俺は園子の味方だ。それだけは理解してほしい」

「…………」

 

千晶のその言葉に、美森は警戒の色こそ消さなかったが端末をしまってくれた。今はそれで十分だと言うように千晶は頷く。

 

「話の続きだが、散華は端的に言えば神樹の負担を減らす為の供物だ。何処が供物として捧げられるかは完全なランダム。捧げられる側も捧げてもらう側も選べない」

「神樹様でも選べない……?」

「負担を減らす為の供物……?」

 

引き継ぐように説明した千晶の言葉に対し、友奈と美森は疑問を浮かべながら揃って首を傾げる。その疑問に対しても千晶は説明していく。

 

「ああ。四国を守る壁と人々の生活を支えるインフラやライフラインの維持……神樹は常に力を行使し続けている。そこに勇者の力と代償が無かった場合の満開の力が加われば……」

「神樹様は……もたない?」

「その通りだ。人間で例えるなら、飲まず食わずで毎日働かされるようなものだ」

 

神といえど無限に力があるわけではない。生物にはもちろん、建物にさえ“寿命”が存在する以上、神樹にも“寿命”という力の上限が存在する。力を行使すれば、その分寿命が減っていく。その負担を避ける為にも供物は必要だったのだ。

 

「ならどうしてランダムに……供物が必要なら……」

 

美森は理解しながらも納得できないと言いたげに呟く。その反応は当然のものだと千晶と園子は思う。

何せ、代償は一時的なものと、すぐに元に戻ると希望を抱いていたのだ。それが実は二度と治りませんと知ったら、ショックを受けるのは当たり前である。

 

「供物は敬意を持って捧げるもの。捧げても構わないものを供物とした時点で、それは供物として成立しなくなってしまう」

「でもその理屈だと!捧げてはいけないものまで捧げてしまうんじゃないの!?」

 

美森の怒りを露にした慟哭が辺りに響く。彼女は頭が良いから、供物次第では勇者が死んでしまう可能性に行き当たったのだろう。

その可能性も当然否定される。最悪の形で。

 

「うん。だから勇者は決して死なないんだよ。心臓が動いてなくても、呼吸が出来なくなっても、精霊がそれを防いでくれるから」

 

園子のその答えに、今度こそ友奈と美森は言葉を失った。それはまるで生かされているようだと。

 

「そんな……どうして私たちが……」

「穢れのない乙女にしか神の力を宿せない。それ以外の人に無理に力を注いでも、例外を除いて最悪の場合は死んじゃうんだよ」

「そんな……」

 

園子の言葉に美森は再びショックを受ける。彼女の言葉の違和感に気づけない程に。

 

「で、でも!バーテックスは全部倒したんだし!身体だってきっと!」

 

友奈はショックを受けながらも、それでも希望を信じて言葉を発する。現実逃避とも不安から逃れる為なのかもしれないが、希望を捨てていなかった。

そんな彼女に対し、園子は優しげな笑みを浮かべた。

 

「そうだね……生きていれば良い事もあるよね」

 

それは心からの言葉。園子もこんな身体にはなってしまったが、全部をなくしたわけではない。

だから、まだ希望を信じられる。この絶望しかない世界でも生きていたいと思える。

 

「悲しませちゃってごめんね。大赦がこの事を隠すのはある意味では仕方のないことなんよ」

 

敗北が許されない戦い加え、その戦いに参加できる資格を持つ者が限られているのだ。心ある者達にとっても苦渋の決断であった事も理解はできる。受け入れられるかは別問題だが。

 

「でもね、私はちゃんと知っておいてほしかったんだ。その上で、選んでいたら……少なくとも後悔しないように、いっぱいいっぱい楽しんでいただろうから……」

「乃木……さん……」

「……そのリボン、似合ってるね」

「これは、とても大切な物。記憶をなくした時から持ってた、大切な物だから……」

「そっか……」

 

散華によって記憶を失いながらも、その想いはしっかりと残っていた事に園子は再び笑みを浮かべる。

そのタイミングで、千晶はこちらに向かってくる大勢の人の気配を察知した。

 

「……どうやら話し合いはここまでだな」

「そうだね~。伝えたい事は伝えたし、こうなった以上は無下には出来ないだろうしね~」

 

そのやり取りをして千晶は友奈と美森に背を向け、こちらに向かって来る大赦の人達に向かって歩いて行くのであった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

園子とこーりんと呼ばれた神官が友奈と美森から離れてすぐ、大赦の人達が駆けつけた。

少し距離があって話し声は聞こえないが、大赦の人達はすぐに二人に対して一斉にひれ伏したので友奈と美森は少し恐怖を感じた。

そんな不安を感じる二人の前で、予想だにしないことが起こる。

 

「え……?」

「あれは……精霊?」

 

突然園子を抱き締めかかえる神官のすぐ隣に、頭巾と錫杖を持った人型の精霊が現れたのだ。全体がぶれて七体いるようにも見える。

その精霊がその神官の懐に入るように隠れる。少しして、その神官の身体が光に包まれた。

 

「「!?」」

 

その現象―――勇者の変身と差違がないその光景に友奈と美森は驚きを露に目を見開く。

光が収まると、そこには背中に黄色い彼岸花の刺繍が大きく施された羽織を羽織り、黒い頭巾で頭を被っている先ほどの神官らしき人物が佇んでいた。

その神官が脚に力を入れるように若干屈むと、常人ではあり得ない跳躍をして高く跳んでいく。そのまま建物の屋上を足場にして瞬く間に去っていってしまった。

 

「……東郷さん。あれは一体……?」

「……あれは私にも分からないわ」

 

次会う時はあの神官について聞こう。そう思う二人であった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「うーん。風が気持ちいいんよ~。これぞ愛の逃避行だね~」

「実はそれがしたくて最後まで送れと言ったのか?」

 

鳥の顔を模した金の仮面ごしの千晶にジトッとした視線に対し、園子はてへっ♪と言いたげな感じの表情で返す。その反応から当たりだと知った千晶は大きく溜め息を吐いた。

 

「あはは、ごめんね~。さすがに欲張りすぎたかな~?」

「そこまで気にすることじゃないさ。身体を動かすのにちょうど良いしな」

 

こんな言葉を返す辺り、千晶はやっぱり園子に甘い。そんな千晶に精霊―――“七人同行”から何故か呆れた雰囲気が発せられるのであった。

 

 

 

……一方その頃。

 

『これ絶対にインチキしてるだろ神様!このジェンガー、倒れなきゃおかしいのに全然倒れる気配がないぞ!』

『たわけ。我の絶妙な采配でバランスが維持されているだけだ。それより早く引き抜け』

『こんなのどれ抜いても絶対倒れるだろ!』

 

文通でそんなやり取りをしながら、銀は神様の鴉とジェンガーで遊んでいたのだった。

 

 

 




「よぉーし!このままこーりんに四国一周して……」
「さすがにそれは無理だ。だから真っ直ぐに病院に帰るぞ」
「ぶーぶー」

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