風が暴走するより少し前、美森は円鶴中央病院に一人で来ていた。
その理由は先日出会った先代勇者、乃木園子と話をする為である。
受付で身分を証明した美森は案内に従い、立ち入り禁止区域―――重症患者等を隔離する区画へと案内される。
その区画へ入ってからは薄暗い通路を一人で進み、目的の病室へと辿り着く。その病室のベッドの上では、園子はヘッドホンを付けてベッドに取り付けられてある机の上に置かれたパソコンを眺めていた。
「やっぱり来たんだね、わ……東郷さん」
美森が来た事に気付いた園子は、ヘッドホンを自身の精霊―――鳥天狗に外してもらいつつ、来る事を最初から予期していたような態度で美森に顔を向けた。
「……こんにちは、乃木さん。隣の彼女は……?」
てっきり園子だけだと思っていた美森は、同じベッドの上で園子の隣で煎餅を食べていた銀髪の少女に視線を向ける。
その少女……銀は食べるのを止めて美森を見つめていたが、すぐに机の上に置かれていたタブレットの一つを美森に向け、手元に置いてあったタブレットを手慣れた感じで右手でタップしていく。
『アタシは三ノ輪銀。園子と同じ先代勇者だ』
タブレットによる銀の自己紹介に、美森は驚くと同時に納得する。銀も勇者であるなら、園子と一緒に寝ている理由も検討がつくからだ。
「そう……あなたも満開して、声を……」
『ああ。アタシは声だけじゃなく、両耳も捧げちゃってな。これとこの部屋にある音を拾う装置がないと、会話すらできないんだ』
タブレットに表示されたその文字に、美森は暗い表情で俯いてしまう。樹のように声だけでなく、聴力まで捧げられたのだ。美森も片耳が聞こえなくなっているので、その辛さが容易に想像できる。
そして、散華の残酷さを改めて思い知らされた。
『あー、ゴメンな。暗い気分にさせちゃって。気分転換に煎餅食べる?醤油味だから美味しいぞ?』
食事で口元の包帯をずらしていたことで、はっきりと苦笑の表情が窺える銀は美森に謝りながら未開封の煎餅を進める。
美森はそれを手を軽く上げて断ると、本来の目的を果たす為に問い質した。
「単刀直入に聞くわ。私はかつて、あなた達と同じ先代勇者だったのよね?」
美森のその質問に、園子と銀は驚いたように若干目を見開く。が、それも一瞬。二人はすぐに得心がいったような表情となった。
「そっか……気づいちゃったか」
『スゴいな。いや、須美は昔から頭は良かったから当然か』
「……やっぱり、そうだったのね」
園子と銀の肯定と取れる言葉と文字に、美森は自分の推測は正しかったのだと改めて確信する。
そして、そこに至った経緯を話し始める。
「乃木さんから散華のことを教えられ、裏付けの検証も取った後に満開のもう一つの接点に気づいたの。精霊の数が満開の使用回数に反映されているんじゃないかって」
実際、満開していない夏凜以外は精霊が一体ずつ増えていた。そして、美森は最初から三体の精霊を従えていた。そうだとしたら、美森は最低でも二回も満開していたことになる。
つまり……
「私は散華で両足と……二年間の記憶を捧げたのね?」
「……正解だよ、東郷さん」
「無理しなくていいわ。先代勇者だった頃、私は違う名前であなた達と一緒だったんでしょ?三ノ輪さんが私の事を“須美”と認識していたし」
美森のその指摘に、銀はあっといった感じの表情となる。うっかり美森のことを昔の名前で入力していた銀に園子は苦笑しつつも、あっさりと受け入れる。
「それじゃあわっしーと呼ばせてもらうね。昔のあなたは“鷲尾須美”って名前だったから」
「ええ、構わないわ。鷲尾……大赦の中でも力を持つ家だったわね。そこに私は養子として出されていたのね」
昔の名前も聞いた美森は了承しつつ、話を本題へと戻していく。
「うん。当時の大赦は家柄に拘っていたからね」
『須美の勇者の適性値が高かったから、勇者を輩出したかった鷲尾家が須美を養子にしたことで家柄の問題をクリアしたんだよ』
「そこで私はあなた達とお役目に就いたのよね。あなた達と一緒に戦い……記憶を散華で失い、東郷家に戻された」
彼女達とどう過ごしたのか、記憶を失った美森には分からない。けど、二人の様子からして仲睦まじく過ごしていた筈だ。
それを……満開によって奪われてしまった。
「そして私は次の戦い……今回の戦いに回されたのね」
「……大赦は身内だけじゃやっていけなくなったんだよ」
園子が暗に肯定したことで、美森は車椅子を握る手に力を籠める。
つまりは、全部仕組まれていたのだ。美森が友奈の家の近くに引っ越したのも、すべては友奈を巻き込み、共に勇者として戦わせる為の仕込みだったのだ。
「両親は、この事を知っていて……黙っていたのね」
「うん。大赦は満開についても、両親にだけは話してたからね」
『手紙でしかやり取りできないけど、とーちゃんとかーちゃんは謝ってたよ。恨んでくれて構わないとも書かれてたよ』
そう答えた園子と銀は内容こそ軽い感じだが、僅かな怒気が発せられている。
それだけで、二人が大赦に対して良い感情を抱いていない事が理解できる。理解できてしまう。現に美森も大赦に対して今は不信感しかないのだから。
「……家の食事の質が上がった事と、合宿の料理が豪華だったのも、偶然じゃないのね?」
「うん。大赦が十分な援助をしているからだよ」
『それについてだけは感謝してるよ。弟が二人いるしな』
つまり、あれは労っていたのではなく祀っていたのだ。今の二人と同じように。
「どうして……私たちが……こんな……」
「……そうだよね。納得、できないよね」
『仕方ないよな。アタシらも通った道だし』
実際、園子と銀も同じような想いを感じた。どうしてこうなったのか。あんなに頑張ったのに何で報われないんだと。
「神樹様は……私達の味方じゃないの……?」
「……あの時こーりんが言ったように、神樹様もいっぱいいっぱいなんよ。価値観の違いはあるけどね」
『ぶっちゃけ、アタシらは神樹様にだいぶ甘えているからな。神様だからって何でもはできないんだよ』
人類の味方だからこうしてもらうのは当たり前、というのは一種の傲慢だ。
神様も“生きている”以上、疲れもするし力も落ちる。そこを無視して文句を言うのはお門違いだと、かつて諭された園子と銀はそう思える。
だから二人は神樹を恨んでいない。恨むとしたら、真実を隠してバーテックスと戦わせた大赦だ。
「それに……本当に戦いは終わったの?バーテックスの残党を倒したのに、私達の端末は回収されずに手元に残されてるのは何故?本当は……何一つ終わってないんじゃないの?」
美森は震える声で二人に対してそう尋ねる。
二年前にも満開を使ったのであれば、あの戦いのようにバーテックスを倒せた筈だ。全部は倒せていなくても、一、二体くらいは倒せても良かった筈だ。
しかし、この戦いで倒したバーテックスは十二星座の数の通りに十二体。双子座が二体で一体の扱いだとしても、一体も倒せていないのは明らかにおかしいのだ。特に今しがた判明した先代勇者の事を加味すれば。
「…………」
美森のその質問に対して、園子と銀は答えられない。答えることはできない。少なくとも、今は伝える時ではないからだ。
「……ごめんね、わっしー。それについては、今は教えられないんだ」
「!やっぱり知っているのね!?なら、どうして教えてくれないの!?」
故に申し訳なさそうに謝る園子に対し、美森は険しい表情で問い詰める。これは勇者部の……大事な親友に関わる重要な問題なのだ。だから、どうしても聞かねばならないという思いが先走り、園子に詰め寄っていく。
そんな美森に対し、園子は表情を変えず、されど真っ直ぐに美森を見つめる。
「意地悪してるわけじゃないんよ。これは、勇者部のみんながいる時に伝えるべきと考えているから」
園子のその言葉に、美森は自身も気付かぬ内に伸ばしていた手を止める。それがなければ間違いなく彼女の病服を掴んでこちらに引き寄せていただろう。
それに気付いた美森は気持ちを落ち着かせる為に、腕を下ろして深く深呼吸する。
『本当は散華についても全員に伝えようと考えていたんだよ。けど、あの呼び出しは縁の繋がりを利用するから、全員は呼べなかったんだ』
銀の擁護に、美森は再びショックを受ける。大橋の祠に呼び出せる程に、自分と彼女達は繋がっていた。それなのに、自分は何一つ彼女達との思い出を思い出せないのだから。
そんな美森の気持ちを察した上で、園子は語りかける。
「だから友奈ちゃん……ゆーゆが一緒に呼ばれた時は安心したんだ。わっしーが一人ぼっちじゃなかったことに。大事な友達ができていた事に」
園子のその言葉に同意するように銀も頷く。そんな二人を見て、美森は思わず涙を流す。
自身がこんな姿になっているにも関わらず、園子と銀は美森の事を気にかけていたのだ。そんな彼女達の優しさと、思い出せない罪悪感が混ざり合い、胸が苦しくなる。
『須美は本当に涙脆いなあ。位置が逆だったら頭を撫でてやれるんだけどな。代わり煎餅食べる?』
銀はそう伝えると同時に精霊―――鈴鹿御前を召喚し、未開封の煎餅を鈴鹿御前を使って美森へと持っていく。
美森も今度は断ることはせず、その煎餅を受け取って一口かじった。
「……美味しいわね」
『そりゃグルメ家となった銀様オススメのやつだからな』
美森の感想に銀はどや顔のような笑顔で応える。昔はイネスのジェラートを互いに食べさせ合ってもいたので、本当に昔に戻ったような気分になる。
これも、生きているからこそ迎えられたものだ。
「わっしーの疑問は、勇者部のみんなが来た時にちゃんと答えるよ。大丈夫。少しだけ明かすと、バーテックスはしばらくの間は来ないから」
だからそれまでは信じて待っていて欲しい。
その想いを園子から伝えられた美森は、一先ずはこの問題に関しての追及の矛は収めることにした。
「……そういえば、あの神官の人がいないわね。今日はお休みなのかしら?」
「こーりんは外で買い物に出かけとるんよ~。ちなみに毎日一緒におるんよ」
『買ってるのはアタシらの供物じゃなくて勉強関係だけどな』
どうやらあの神官は買い出しに出かけているようだ。園子の笑顔と銀の苦笑した表情を見る限り、あの神官は本当に大赦側の人間ではないと美森は理解できた。
「その神官さんはあの時、私と友奈ちゃんの前で変身……したわよね?勇者は穢れのない乙女にしかなれないんじゃなかったの?」
「こーりんは唯一の“例外”だからね~。厳密には勇者じゃないけど、戦うことはできるんよ~」
『その理由については勘弁な。それもさっきの話に関わる事だからな』
「……そう。それなら、どうして私達の戦いに参加しなかったの?戦える力があるのなら、大赦が利用しない筈がないでしょ?」
何せ
「それもさっきの話に関わる事なんよ~。大赦の人達は、その事実を隠しておきたいからね……」
『その事実が勇者達に洩れるのは困るから、大赦はアタシ達を監視も兼ねて祀っているんだよ。変身用のスマホも取り上げられてるし』
銀がもたらした事実に、美森は驚いた表情となる。精霊は勇者アプリがインストールされたスマホが無ければ基本的には呼び出せない。命の危機に関してはスマホの有無に関係なく現れるが。
なら、今二人の傍にいる鳥天狗と鈴鹿御前はどういう事なのか。美森はそう言いたげな表情で二体の精霊に視線を向ける。
「むっふっふ~。これはちょっとした手品というやつなんよ~」
『おかげで色々と楽できてるよ。精霊が喚べるだけで、勇者への変身はできないけどな』
どうやら二人は何かしらの方法で、精霊をスマホ無しで召喚することができるようだ。それでもスマホがないから戦うことはできないが。
ちなみにその手品の実行者である鴉様は、サンチョ枕の上でぐっすり寝ている。二百年寝ていたにも関わらず爆睡レベルで。
「そんな訳だから、私とミノさんは戦えないんだよ。こーりんはご両親を暗に人質にとられて釘を刺されてるし」
『アタシ達の供物に関する千晶の脅しという名の交渉も、生き神扱いのアタシ達の要求だからこそ通用する面もあるからな』
「……彼は本当に二人の味方なのね」
あの神官―――千晶も彼女達と似たような立場であった事に、美森は本当に園子と銀の味方であると確信した。
「そうだよ~。こーりんがいなかったら、寝て過ごすだけの生活だったからね~」
『ホントそれな。アタシなんて供物がなかったら、間違いなく気が狂ってただろうし』
どうやら園子のパソコンや銀の煎餅は“供物”という扱いらしい。煎餅はまだしもパソコンが供物扱いなのはどうなのであろう。ほぼ間違いなく“ない”である。
「だからね、わっしーが思ってる程辛くはないんだ。レッツエンジョイ!引ぎごもりラァイフッ!!なっ感じで」
『周りの悪趣味な風景も、電動式の暖簾を垂らせば視界から遮断できるしな。ちなみにこれも千晶が脅して通した』
銀は鈴鹿御前に持ってこさせたスイッチが一つだけの小さなリモコンを押すと、ベッドを囲うように付設された社の上部から分厚い白い暖簾が下りてくる。
「そ、そう……」
存外逞しかった二人に、美森は少し引き気味に言葉を返す。最初この部屋に入った時は辛い日々を送っていただろうと想像していただけに、美森も反応に困ってしまった。
「それに戦うのが嫌になったら、端末を壊せばいいしね。精霊は勇者を死なせないけど、戦いを強制することは出来ないから」
『全部が嫌になって投げ出しても、アタシと園子は責めないよ。だから、あんまり一人で思い詰めるなよ?』
どこまでも
その後、美森は二人と他愛ない話をしていくのだが、自身のスマホのメールに気づくことはなかった。
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園子と銀の面会を時間いっぱいで終えた美森は、四国を守る壁の上に立っていた。
その理由はただ一つ。壁の外の世界を確かめる為である。
園子と銀は勇者部全員が来た時に話すと、バーテックスはしばらく来ないと言っていたが、そのしばらくがどれ程なのかは不明のままだ。
それに満開の真実は樹と夏凜の二人にはまだ伝えていない。だからこそ、時間の猶予がどれ程なのかを確かめたかった。
美森は意を決し、外の世界を見る為に壁を超える。そして―――すぐに後悔した。
「こ、これは……なに……?この光景は何なの!?」
今まで見ていた和やかな空。それが壁を超えると一変して辺りは一面真っ赤な炎に包まれていた。そして後ろを振り返れば、天辺が見えない程に高く、見事なまでに生い茂っている、光輝く巨大な大樹が聳え立っている。
「辺り一面が火の海……まるで地獄のような場所……それにあの白い物体は一体……?まさか……あれもバーテックスなの……!?」
その地獄のような場所で、人を丸呑みに出来る程の大きさを持った口だけの白い化け物が、数え切れない程にそこら中を飛んでいるのだ。それこそ空にある星の数のように。
その白い化け物の何体かが美森の存在に気づき、その口を大きく開けて突進してきた。
「ひっ!?」
美森は悲鳴を上げながらも咄嗟に後退しながらハンドガンを召喚し、その白い化け物に銃口を向ける。
発砲。発砲。発砲。
その白い化け物は美森が放った銃撃で容易く吹き飛ぶが、それが引き金となったのか化け物達は次々と美森に向かって飛んでいく。
美森は触手のような補助装飾で移動しながらその化け物達をライフルに切り替えて吹き飛ばしていくも、一向に数が減った様子がない。
「全然減らない……!これじゃあ、焼け石に水じゃない!!」
そんなに美森に、更なる絶望が襲う。あまりもの数で近場の陰に隠れた際に見てしまったのだ。その白い化け物達が集まり、バーテックスが生まれてきているその光景を。
「あれは友奈ちゃんが倒した筈のバーテックス……?」
まるで溶け合った鉄が一つになるように生まれているバーテックス。それは美森が見つけた乙女座だけではない。射手座、蟹座、蠍座……今まで倒したバーテックスが、大量の白い化け物を素材として生まれようとしている。
「こいつらは何度も生まれて、攻めてくるの……?いくら倒そうと、何度も何度も……」
これでは戦いは永遠に終わらない。
「それを勇者である私達が迎え撃つの……?満開して、散華で身体の機能を失いながら……」
最後はあんな部屋で祀られて、残りの人生をそこで過ごす。
いや、それだけならまだマシかもしれない。そうなっても親友に世話をしてもらえるなら、まだ救われるかもしれない。
だが……
「友奈ちゃんだけじゃない……!風先輩に樹ちゃん、夏凜ちゃん……そして、乃木さんに三ノ輪さんも!!」
また大赦が嘘を付く、もしくはせざぬを得ないように状況を持っていって戦うように迫られたら?
もし再び満開を使い、身体の機能を散華してしまったら?
その散華した箇所が、記憶だったら?
その状態で大赦にとって都合の良い内容を教えられたら?
実際、
そんな気持ちのまま、半分逃げ帰るように壁の内側へと戻ってきた美森はその場で崩れ落ちた。
「どうしたらいいの……?このままじゃ、みんなが……みんなが……!」
好きな食べ物の味を感じられない悲しみ。
誰かの声も、好きな音楽も聞こえなくなる恐怖。
想いを言葉として伝えられない苦しみ。
笑い合う光景がその目で見られない悲しみ。
そして……大切な記憶を失い、何も思い出せない恐怖。
「考えなきゃ……みんなを救う方法を考えなきゃ……!!」
絶望と恐怖によって思考が狭まっている事にも気付かず、美森は必死に彼女達を救う方法を考えていく。
数分後、美森は最善にして最悪の方法を思い付き、即座に実行するのであった。
『にしても須美は本当に育ったよなぁ。アタシなんて、精霊が調整してるのに昔の須美以下なんだぜ?』
「精霊って身体の成長にも関与するの?」
「そのとーりー!過食だろうが拒食だろうが、精霊持ちの勇者は理想的な成長が約束されているのだぁ!!」
「……少し複雑ね。精霊がそこまで干渉していただなんて……」
『複雑だよな。アタシの胸は今の園子以下だし』
「ある一説によると~、動きが激しい勇者はそれに相応しい身体に調整するというのもあるんよ~?」
「己精霊!友奈ちゃんの成長を妨げるとは許すまじ!!」
『須美の殺気がヤバイ!!この二年で変わりすぎだろ!?』