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第1話「史上最強のニューカマー」
リリィ。それは人類を脅かす怪物、ヒュージに対抗する少女達の名前。故に人類の希望であり、英雄である。人類は彼女達の手によってヒュージの猛威から守られている。しかし、そんな中である問題が発生した。
「んー…。一柳隊にヘルヴォル、そしてグラン・エプレ。ここ一帯の主力のレギオンは今のところここら辺かしら。」
ヒュージ対抗研究施設の施設長である
まずは一柳隊。百合ヶ丘女学院内のレギオンであり、九人で構成されている。個々の強さに加えて固い団結力を備えたハイレベルなレギオンで世界から注目されている。
次にヘルヴォル。エレンスゲ女学園内のレギオンであり、実力ではなくヒュージを倒すという意思の強いメンバーのみで構成されている。
最後にグラン・エプレ。神庭女子藝術高校のレギオンである。ヒュージ討伐よりも個人の意思を尊重している。リリィとしての活動を最低限のもので良いとしているものの、所属するリリィの実力は高いレベルである。
「ええ。リリィ養成に長けているこの地区の中でも特に力のあるレギオンですね。」
雪奈に対して施設の研究員もこのレギオン三隊の活躍ぶりを認める。しかし雪奈は長く伸ばした白色に近い水色の髪の毛をいじりながら気難しい表情をする。
「けれど、昨今のヒュージの勢いは強まってきているわね。中には特別指定上級ヒュージという、レギオン全体どころか学園全体でかからないと倒せないほど厄介なヒュージがいたり。」
特別指定上級ヒュージ。この存在が現在世界を脅かしている元凶であった。体積や生体構造は人間と同程度であるが、その強さは通常のアルトラ級ヒュージの十倍は強く、さらに知能も従来のヒュージのそれよりも高く言語を話せるほどである。これに対して雪奈はある一つの解決手段を提示した。
「
「こ、国上ですか!?」
国際連合直属機関特別指定上級ヒュージ対策班。通称“国上”。国際機関から特別に使命されたエリートのリリィだけで構成されたレギオンであり、各々が母国で活躍している。その数は全世界でおよそ数千人。無論、国上の日本支部隊員も存在している。しかし、それには大きな問題があった。日本の国上はトップクラスのレギオンではあるものの、ほとんど戦闘狂しか存在しない。現在国上はこの事から個性派かつ無法者のリリィ達の集まりであるという噂が後をたたない状況にあった。つまり単純な戦力という面では国上は百人力であるが、協調性には欠けているレギオンなのだ。
「危険すぎます!第一、彼女達は他のリリィ達と共闘できません!!」
「そうかしら?私はこのまま特別指定上級ヒュージを放っておく方が危険だと思うけど。それに、彼女達も案外物分かりが良いわ。どうかしら?国上から特に強い六人を派遣させるというのは。」
研究員は雪奈の提案に沈黙を持って答えた。そして今ここに国上のリリィ六名が集う事が決定した。
ここは鎌倉府の西部。ここで少女は特別指定上級ヒュージから逃げていた。特別指定上級ヒュージは人型であるため図体は通常のヒュージよりも小さいが、その力は通常のヒュージ以上である。また、このヒュージは蜘蛛の性質を持っており少女が如何に遠くへ逃げてもすぐに追いついた。
「はぁ…!はぁ…!」
「ヘユエヌゲヌプム、ヴェルンド。」
言語能力を取得した特別指定上級ヒュージは独自の言語であるヒュージ語を話すようになっており、その解析方法は未だに解明されていない。
「や、やめて…!」
「鬱陶しいなぁ…。」
すると少女の前でヒュージは右腕と首を斬られ、もがき苦しみながら倒れた。唖然としている少女の前にはヒュージに対抗するための決戦兵器、CHARMを持った十代後半程度と思しき少女が立っていた。
「怪我は無い?大丈夫。後はあたしに任せて。さてと…。国上日本支部副長、
松山 伽奈芽と名乗った赤い髪の少女は瞬く間に蜘蛛の性質を持ったヒュージを自身のCHARMで斬り倒した。その圧倒的な強さは文字通り泣く子をも黙らせるほどであり、本人も自身の強さを自覚していた。
「ほら、おんぶしたげるから乗って。」
「うん、ありがとうお姉ちゃん!」
伽奈芽はパーマのかかった自身の髪をいじりながら少女に問いかけた。その後助けた少女を背中に乗せて目的地まで送ると待ち合わせ場所である百合ヶ丘女学院へと向かった。
「今日から私達も二年生かぁ〜…。」
百合ヶ丘女学院の入学式の手伝いをしていた桃色の髪を四葉のクローバーの髪飾りで右側に結んでいる一柳 梨璃は自身が二年生に進級した事に思い耽っていた。自身の進級もそうだが彼女が何よりも考えていた事、それは後輩の事であった。
入学当初はヒュージとの戦闘のイロハもわからない素人どころかCHARMすらも満足に軌道できない新米リリィであった自分に後輩ができる。後輩のためにも自身がしっかりとリードしなければならない。今の梨璃の脳内にはその使命感しか無かった。
「梨璃、手が止まってるよ。」
「あっ、ごめんなさい雨嘉さん!」
梨璃に注意した王 雨嘉はクラスこそ同じではないものの同じ一柳隊のメンバーであり、ヒュージ討伐の才に秀でた王家の次女である。その黒い髪には髪飾りが付けられており、中でも左側で髪をまとめているシュシュは特徴的である。
「それにしても、新しく入ってくる子達と会うの楽しみだなぁ〜。何か凄い子がいるって聞いたけど…。」
「
新入生に興味を示す梨璃に二川 二水が声をかける。二水はリリィのプロフィールについて詳しく知っており、れっきとした“リリィオタク”として名が知れている。またレアスキルである“鷹の目”により状況を把握、判断する能力にも長けている。
「へぇ〜、そんな凄い子がいるんですね!一体どんな子なんだろう…。」
「貴女達、私語は慎みなさい。もうすぐ新入生が来るわよ。」
そんな話をしていた三人のもとに白井 夢結が現れた。夢結は梨璃と姉妹の契りであるシュッツエンゲルの誓いを結んでおり、梨璃の良きパートナーである。またそれは梨璃にとっても同じであった。
「おぉ〜、ここが百合ヶ丘女学院ですか!なんだか賑わってますね〜。」
すると、四人の前に音も立てず一人の少女が現れた。突然の事に四人は声をあげずに驚愕する。少女は髪を一つに結んでおり、目元は目隠しで覆われている。
「誰なのでしょうか、この方は…。」
「あ、あぁ…。あの子が、いやあのお方があの伊坂 晴海さんですよ!」
梨璃達が困惑する中、唯一二水だけが少女の正体を知っていた。そして彼女達の目の前にいる、長い黒髪を一つ結びでまとめている少女こそが伊坂 晴海だった。生まれつき盲目でありながらも圧倒的な才能で世界にも名を馳せている天才リリィであり、飛び級もその才能を買われての事だった。
「えぇと…?」
「初めまして!二川 二水です!あの、宜しかったらサインを…!」
「二水ちゃん上級生だよね…?」
二水のあまりにも遜った態度に梨璃達は困惑すると同時に見てはいけないものを見たような表情をする。そんな中、夢結が晴海に対して一つの質問を投げかけた。
「晴海さん、貴女はこんな所で何をしているんですか?入学式の説明ならば事前にお伝えしていた筈ですが…。」
「ああ、入学式じゃないんですよ。今日の夕方ぐらいから国上と一柳隊とヘルヴォルとグラン・エプレで合同会議をやるって聞いていたので何を話すのかな〜っていうのを尋ねようとしたんです。」
ここ数日現れる特別指定上級ヒュージ、それに対策を講じるために四つのレギオンによる会合が提案されていた。晴海にはそれが気になって仕方がないようだった。
「合同会議の事ですか…。詳しい事はヒュージ対抗研究施設の施設長である櫻田 雪奈さんから話があるそうなので、私達自身も詳しい事はよくわかりません。」
「そうですか〜。なら仕方ありませんね。気長に待って…。」
「ごきげんよう、そこの貴女!伊坂 晴海ですわね?」
次の瞬間、二年生である遠藤 亜羅椰がCHARMを持って現れた。亜羅椰はリリィとしての実力こそ高いものの、自身が狙ったリリィに手を出そうとする躊躇いの無い性格の持ち主であり、難のある生徒として名が知れている。彼女の一方的な挑戦はこれが初めてではなく、一年ほど前にも夢結に対して勝負を挑んできた。結果的に止められはしたものの、現在でも根本的な解決には至っていない。
「ん〜?何の用ですか?」
「今すぐCHARMを持って私と勝負してくださるかしら?類稀なる才能を持ったリリィ、一度お手合わせ願いたかったの。」
「貴女、入学式の前よ!そんな理由で争ってる場合じゃ…!」
「あぁ、良いですよ。ただし怪我しても知りませんけど。」
晴海は夢結の制止も聞かずに梨璃のCHARMを強奪し、目の前の相手の様子を伺いながら戦闘態勢に入った。
「あっ、それ私のCHARM!」
「すみません、これ借りますね。よし…。国上日本支部一番隊隊長、伊坂 晴海。征きます。」
晴海はそう言うと、肉眼では確認できないほどのスピードで亜羅椰の間合いに入り、彼女のに突きを入れる。一方、咄嗟に反応した亜羅椰はCHARMで晴海の突きを防いだ。
「ぐっ…!」
晴海の強力な突きに亜羅椰は後方へ後退りする。体勢を立て直させる間も与えずに晴海は亜羅椰のCHARMを亜羅椰の手から弾き、自身のCHARMの切先を彼女の喉元に突きつけた。
「きゃっ!」
「勝負あり、ですね。」
その勝負の様子を側から見ていた百合ヶ丘女学院の生徒達は忽ち感嘆の声を漏らす。そんな中、梨璃達は晴海の強さに唖然としていた。
「強い…。」
「晴海さん…。音でわかったんですけど五回攻撃してませんでした?肉眼で見たら一回突いただけに見えますけど…。」
二水の言った事は事実であった。晴海は亜羅椰のCHARMに五回ほど突きを入れた。しかしあまりにも速すぎたために常人の肉眼では一回だけ突いたようにしか見えなかった。
「感心してる場合ではないでしょう。そろそろ…。」
「おっ、こんな所にいたんだ晴海。よし、次はアタシと勝負だ!」
夢結の言葉を遮って現れたのは伽奈芽であった。何故副長である彼女がここ百合ヶ丘女学院まで来ているのか、それは同じレギオンに所属する晴海にもわからなかった。
「あぁ!言わずと知れたあれは
「そうそう。そしてこの松山 伽奈芽こそが、空前絶後の最強リリィなのだ!」
二水の説明に伽奈芽は一言付け加える。しかし、その一言は晴海の言葉によって印象が覆された。
「でも松山さん、私に二百六十八回も挑んで一回も勝ててないですよね?全敗ですよね?それなのに最強のリリィだなんて言っちゃって良いんですか?」
「なっ…!だったらこの場でアンタと…!」
「お待ちなさい。」
周囲が混乱している中でも伽奈芽は晴海に挑もうとする。そんな両者に待ったをかけたのは夢結であった。
「貴女、確か松山 伽奈芽と仰っていましたね?確か国上日本支部の副長であると耳にしていますが、そんな貴女が何故この百合ヶ丘女学院に…?」
「ああ、四組のレギオンの合同会議で国上の代表で来たんですよ。本来だったら“お姉様”が来る予定だったんすけど、『今は手が離せないから』って言って…。という事で副長のアタシが代理で出席するわけです。」
伽奈芽は一旦落ち着くと、事務的な声色で夢結に説明する。一方晴海は自身の持っていたCHARMを梨璃に返却すると、伽奈芽の方に駆け寄った。
「松山さん、何でお姉様が来れないんですか?」
「さぁ?アタシにもわかんない。それより晴海!今日こそはアンタに勝つ!」
伽奈芽は依然として晴海と戦う姿勢を見せていたが、晴海は相手にもしなかった。そんな二人を尻目に梨璃は二水に話しかけた。
「国上って、あんな感じの人達なの…?」
「さぁ…。私も今日初めてお会いしたのでどんな性格かまでは…。」
伽奈芽と晴海のやりとりには噂されていたような凶暴性が感じられず、むしろどこにでも存在するありふれた女子高生のような雰囲気であった。
「国上の副長、松山 伽奈芽さんと一番隊隊長の伊坂 晴海さんですね。初めまして!工廠科三年の真島 百由です!合同会議まではまだ時間があるので、折角なら工廠科に足を運んでみてはいかがですか?」
真島 百由。百合ヶ丘女学院の工廠科に所属するリリィであり、赤縁のメガネをかけ、紺色の長髪には髪飾りがついている。そんな百由の突然の提案に伽奈芽と晴海は顔を見合わせる。そしてしばらく考え込んだ後、結論を出した。
「面白そうだから行ってみる価値はあるかもな。晴海、行くよ。」
「はーい。」
伽奈芽と晴海は百由に案内され、工廠科へと足を運ぶ。すると百由が梨璃達に向けてウインクを放った。そのウインクから夢結は彼女の意図を汲み取った。
百由達が去った後、梨璃は安堵からかため息と膝をついた。
「はぁ…。それにしても、どうして百由様はいきなり伽奈芽さん達を…?」
「これ以上騒ぎを大きくしないためね。あの時点で介入してこなければ、松山 伽奈芽と伊坂 晴海は間違いなくCHARMを交えて死闘を展開していたわ。」
百由の行動に疑問を持った梨璃に夢結が教える。両者の思惑を早い段階で見抜いていた夢結に梨璃は思わず感嘆の声を漏らす。
「それにしても、彼女達の強さは未知数ね。おそらく…。いや、確実に私以上の強さは持っているわね。」
「えっ、お姉様以上に!?」
夢結の発言に梨璃は驚愕し、空いた口を塞げないでいる。この白井 夢結というリリィの強さは強豪揃いの百合ヶ丘女学院の中でも上位に食い込むほどの強さである。特にその強さを象徴するレアスキルが“ルナティックトランサー”。敵味方関係なく攻撃する危険性を孕んではいるものの、脅威的な戦闘力を発揮することが可能なレアスキルである。
「でもあのお二人はお姉様よりも年下ですよね?一体どんな訓練を受けたらそこまで…。」
「おそらくは紫電一閃流の影響ね。もちろん彼女達自身の強さもそうだけれど、自分達の使用しているCHARMの特性を理解し尽くした上で戦っていることもあるわ。」
夢結の推測は的を得ていた。紫電一閃流。現在最も著名な剣道の流派であり、様々な武道を享受している。そして紫電一閃流の現在の当主、大里 宗二の娘こそが国上日本支部局長なのだ。
「あっ、いけない!この書類持ってかないと!じゃあお姉様、また今度!」
突然自分の役目を思い出した梨璃は夢結達のもとを去って行った。夢結達は梨璃が必要な書類を持って行き忘れた事に気づいたが、その頃にはもう梨璃の姿は無かった。
「ほへ〜、ここが工廠科かぁ!」
伽奈芽と晴海は百由に案内され、工廠科の部屋へとたどり着いた。百合ヶ丘女学院の工廠科の設備に伽奈芽は驚きと感心の両方の意思が混ざった声をあげる。するとそこに背の小さい少女が現れた。少女は百合ヶ丘女学院の制服を着ており、髪を二つに結んでいた。
「百由様、そちらの方々は?」
「ああ、国上日本支部の松山 伽奈芽さんと伊坂 晴海さんだよ。」
百由が二人を紹介すると、伽奈芽は不思議な物を見る目つきで少女をチラチラと見ていた。すると伽奈芽は少女を見て気になっていた事を百由に尋ねた。
「百由さん、この子一年生すか?」
「なっ…!違う!!!ワシは二年生じゃ!!!」
伽奈芽の発言に怒る少女をたしなめ、百由は少女を伽奈芽と晴海に紹介する。
「まぁまぁ。あっ、この子はミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウスっていう名前で、私のシルトです。」
百由が紹介したミリアムという少女は依然として伽奈芽に怒っており、頬を膨らませてジト目で睨んでいる。
「ちょっ、わ、わかったよ!悪かったってば!謝るよごめん!!」
伽奈芽は口では謝るものの、ミリアムの事を内心ではハムスターのように思っており、笑いを堪えるために視線を背けた。
「おぬし!さっきから一体何がしたいのじゃ!!」
しかしそれが原因でミリアムは更に憤慨し、伽奈芽に手を出そうとするが百由と晴海に止められた。
「そっ、そうだ!伽奈芽さんはしばらく時間がかかりそうなのでここで時間を潰していきませんか?晴海ちゃんは入学式が終わったらグロッピに校内を案内してもらおう。」
「その呼び名はやめてほしいと言っておるではないか…。晴海、入学式が終わるタイミングで迎えに行くからワシの事を探すんじゃぞ。」
百由の指示でミリアムは晴海を案内する事を承諾した。晴海はミリアムに対してはーい、と返事をすると入学式の会場へと向かった。一方伽奈芽はしばらく工廠科の部屋を見て回っていた。
入学式が終わった後、晴海はミリアムのもとへと戻り彼女に校内を案内してもらった。ミリアム自身は先輩としての威厳を保ちたかったのか、彼女なりに説明を
「ここが闘技場じゃ。百合ヶ丘のリリィはここで日々腕を磨いておる。」
「ふーん…。」
まずミリアムが案内したのは闘技場だった。闘技場と名がついているものの、実質的にはリリィ同士が己の戦闘力を高めるために使用される練習場所である。ミリアムの説明に対して晴海は生返事で返答していたものの、頭には叩き込んでいた。
「次にここが購買部じゃ。何か困った事があればレジにいるお兄さんに聞くと良い。」
ミリアムは購買部のレジで団子を食べている男を紹介する。男は初見では男性か女性かわからないほど美しく若々しい見た目であり、未成年だと言われても信じてしまうほどの顔立ちをしている。さらに男は黒髪で両耳にはイヤリング、目にはフレームが丸型のサングラスをかけていた。
しかしそんな見た目ながらも緊張感を感じさせないユルめな性格と口調が学院中で話題となり、人気を博している。
「あれで本当に仕事してるんですかね…?」
「さぁ…。あ、そうじゃ。ワシは少し買っておきたいものが…。」
ミリアムは手に取った駄菓子をレジにいる男に差し出し、男はすぐに団子の串を捨ててミリアムに対応した。
「お兄さん、そんなお菓子ばかり口にしていると虫歯になるぞ。」
「そうならないように対策してるから問題無いよー。てか、今日はこれなんだ。これすっげぇ美味しいよねぇ。一回食べた事あるけどハマる味だったわ。」
「おぬしもそれの良さがわかるのか!流石じゃのう!」
レジにいる男とミリアムはすっかり意気投合し、そのまま五分ほどレジで会話をしていた。そんな二人を晴海は一体何を見せられているんだ、と言わんばかりの目つきで見ていた。
「ミリアム様ー、行きますよー…。」
しばらくしてミリアムが最後に案内した場所は防波堤であった。荒廃した街を彷彿とさせる瓦礫が辺り一面に転がっており、真正面には海が見える。
「今まではここからヒュージが現れる傾向にあったんじゃがの。最近は特別指定上級ヒュージが現れたからほとんど出てこんのじゃ。」
「そうなんですねー。あ、もうそろそろ時間ですね。」
晴海は自身の腕時計で時間を確認する。晴海はこの後、国上日本支部の会合の予定を入れていた。百合ヶ丘女学院とは場所が離れているため、晴海は急いで踵を返すしか方法が無かった。
「校内の案内、ありがとうございましたー!」
「気をつけるんじゃぞー!」
ミリアムは段々と姿が見えなくなっていく晴海に対して自身の視界から彼女が消えるまで手を振った。
その日の夕方、松山 伽奈芽は百合ヶ丘女学院の会議室で開かれた各レギオンの隊長達による合同会議に出席していた。元々伽奈芽は副長であったが、本来出席する筈の局長が急用で参加できなくなったため代理で出席していた。
「一柳隊の代表、一柳 梨璃。ヘルヴォルの代表、相澤 一葉。グラン・エプレの代表、今 叶星。国上の代表、松山 伽奈芽。全員揃ったわね。じゃあ、始めましょう。まずは各レギオンから戦果の報告を。」
この会合の進行を担当していた人物は雪奈だった。会合に集まったリリィ達は全員何故研究員である彼女がここにいるか疑問に思ったが、彼女の鋭い眼光を見て諦める事にした。彼女の瞳の裏に自分達には到底知る事の出来ない闇を感じ取ったためである。
「あっ、はい!一柳隊です!先週のヒュージ討伐状況ですが、アルトラ級を含めた通常のヒュージは七体、特別指定上級ヒュージは一体の討伐となりました。後者に関してはこの他にも二体ほど発見しましたが、戦闘中に逃げられてしまいました。」
最初に戦果の報告を始めたのは一柳隊のリーダーである梨璃であった。声色には緊張が伝わり、声がか細く、そして弱く震えていた。
「ヘルヴォルです。先週のヒュージ討伐状況は、アルトラ級を含めた通常のヒュージで十一体の討伐に成功しました。特別指定上級ヒュージの発見には至りませんでしたが、対策を練りながら引き続き捜索を行なっていく所存です。ヘルヴォルからは以上です。」
次に戦果の報告をしたのはヘルヴォルのリーダー、相澤 一葉であった。青色の髪に鋭い眼差しを持った一葉はエレンスゲ女学園内の序列一位という脅威的な実績を誇るリリィであり、序列の順位に違わぬ実力も持っている。
「グラン・エプレです。先週のヒュージ討伐状況ですが、アルトラ級を含めた通常のヒュージを五体、特別指定上級ヒュージを一体討伐しました。今後はレギオンではなく学園にいる全てのリリィの強化に努めていきます。グラン・エプレからは以上です。」
続いて戦果の報告を行ったグラン・エプレのリーダーである今 叶星は黄色い瞳に薄い藤色の髪色であり、左側には紫色のリボンを付けている。本来は臆病な性格ではあるものの、それを感じさせないような態度と戦果の持ち主である。
「最後に国上でーす。先週のヒュージ討伐状況はアルトラ級を含めた通常のヒュージで三十二体、特別指定上級ヒュージで…。あー、あたしが今日倒したヤツを含めて十一体倒しましたー。以上です。」
一方、最後に戦果報告を行った伽奈芽は性分上、堅苦しい会合を嫌っている。故にこのような気の抜けた口調で口を開くことしかできなかった。本来であればこの場から逃げ出したい気持ちがあったが、元々ここにいるはずだった上司の立場を考慮して何とか我慢した。
「みんな報告ありがとう。そうなると…。」
「あー、いたいた!すみませーん!用事が予定より早く終わったんで来ちゃいましたー!」
そう言って会議室のドアを開いて現れたのは伽奈芽達とは制服を着た少女だった。少女と言えど背丈は他の四人よりも高く、黒色の髪を後頭部の辺りで結んでいる。しかしその目は幼い子供を見る母の如く柔和で安らぎを覚えるものである。そんな両目を備えた顔を見た伽奈芽は少女が手に持っているものと含めて驚き、唖然とする。
「な、何でここに…。お姉様が…?」
「え!?お姉様って…!」
「そう。この子が国上日本支部の局長、大里 紬よ。」
紬は歪な色と形をした得体の知れない物体の入った袋をテーブルの上に置くとにこやかな顔つきで四人に差し出した。
「ごめんなさい!本当は来れなかったんですけど用事が思いの外早く終わったもので急いで駆けつけて来ました!ささ、クッキーを作ってきたのでどうぞお食べください!」
通常、見た目が悪くとも味が良いというケースは少なからずある。しかし四人が食べなくとも不味いとわかっていたのは隣に座っている伽奈芽の表情を見れば一目瞭然であった。
「あ、あの…。」
梨璃がたじろいでいると百合ヶ丘女学院の校内に設置されている緊急警報が鳴り出した。この警報がなるという事はヒュージが出現した事を意味する。
「すみません!私行ってきま…!」
「待ってください。ここは是非うちの国上の腕前をアピールさせてください。」
紬は深々と梨璃達に対して頭を下げる。それを見た雪奈はため息をつくと左手の人差し指を彼女に対して指した。
「いいでしょう。国上のメンバーを出動させなさい。」
「承知しました。それとカナさん。」
「はい、何すか?」
紬は伽奈芽に近寄り、他の四人には聞こえないような声量で伽奈芽の耳元で一言呟いた。
「百合ヶ丘の工廠科の真島 百由という方から『もし入手できたら特別指定上級ヒュージの遺体を入手してきてほしい』という依頼を受けたんだけど、カナさんがやってきてくれないかな?カナさん強いからこれはカナさんにしか頼めない事なんだけど…。」
「マジ!?よっしゃやります!!」
伽奈芽を口車に乗せる事に成功した紬は梨璃達の方に向き直り、手を組んで椅子に座った。他の四人も椅子に座っていたものの、紬の貫禄はその中でもずば抜けていた。
「あ、あの…。大丈夫なんですか?私達も行った方が…。」
「心配無用です。ヒュージにやられるほど国上はヤワじゃありませんから。」
紬の仕草から放たれる威厳とは裏腹に、彼女は優しい声色で梨璃の質問に答える。そのギャップに梨璃はある種の恐怖を感じたが、それと同時に安堵を感じていた。
伽奈芽が現場に到着すると、彼女の瞳に一体の特別指定上級ヒュージが街を破壊している光景が映った。
「ふん、本当に懲りないねこの人達は。何回捻り潰されたら気が済むんだか。」
「テヌル、リリィツ。」
伽奈芽が対峙した特別指定上級ヒュージは牛の性質を持ち合わせており、その異常に発達した筋肉によって体躯が非常にたくましいものとなっている。
「さてと、お喋りはこのぐらいにしようか。国上日本支部副長、松山 伽奈芽。いざ参る。」
「シアリムミオツ。シアユギソトウ、タウロ・ブロムプ!」
伽奈芽は即座に自身のCHARMである“ランドグリーズ”を敵に向かって振り下ろす。しかしタウロはそれよりも速く両腕を交差し、防御の体制に入る。
「無駄だ!!」
しかし伽奈芽はそれに構わず腕ごとタウロを切断した。彼女の持つ“ランドグリーズ”は現存するCHARMの中でも最強の攻撃力を誇り、壊せない盾は無いとまで言われている。
「グアァァァァァァ!!!」
「散れ。」
タウロに対して次なる攻撃を仕掛けようとした伽奈芽だったがそれは彼女の左耳に付けてある通信機からの一声で止められた。
「カナさん!四か所同時に特別指定上級ヒュージが出現したよ!」
「嘘でしょ!?うわっと!」
紬からの情報を聞いた伽奈芽だったが、タウロを倒さねば他の現場へは進めない。しかしタウロも相当な耐久力を誇っており、彼女から受けた傷は深いはずだがそれでも立ち上がっていた。
「チッ、どうすれば…。」
「その心配なら要りませんわ!」
すると伽奈芽の通信機から新たな人物の声が聞こえてきた。伽奈芽は少し驚き、その声の正体の名を口にする。
「
「たった今他の現場に国上のメンバーが到着したとの報告が入りましたの。以前から予測していた通り、彼らは単独で動く事はあっても集団で動く事は無かったからこのぐらいの芸当ならやってのけるだろうと思ってましたわ。」
伽奈芽の通信機から紙をバサバサと広げる雑音が入りながらも希は話を続ける。
「今回は人の多い場所がキーですわね。松山さんのいる避難所はもちろん、学校や繁盛してるお店などに目星を付けたので予測ができましたわ。それに集落や廃墟を狙わないとわかっていればある程度絞り込みは可能ですわよ。これも松山さんのおかげですわね。ありがとうございます。」
「ふん、言ってくれるじゃん。」
希の感謝の言葉を聞き、伽奈芽は再びタウロに対してCHARMを向ける。タウロの全速力の突進を躱した伽奈芽はランドグリーズで連続攻撃を繰り出した。
「ガハッ…!」
「今度こそ、本当にトドメだ。」
伽奈芽はランドグリーズを変形し、銃の状態にさせるとランドグリーズに弾丸を込め、正確に狙いを定めた。
「
ランドグリーズから伽奈芽のマギを纏った弾丸が放たれ、タウロの身体を貫いた。タウロの口や身体から青黒い血液が吹き出し、タウロは絶命した。伽奈芽はタウロの前で膝をつき、両手を合わせると両手に手袋をはめてタウロの身体を触った。
「うん、もう息絶えてる。お姉様の言う通り運びますか。」
伽奈芽はタウロを紬から貰った冷凍保存用のケースに入れ、それを持ちながら百合ヶ丘女学院へと足を運んだ。タウロの攻撃によって被害に遭った街は建物がほとんど崩れており、救急車のサイレンの音が段々と近づいてくる。
「あいつら、意気地なしだったわけじゃ…。いや、まさかね。」
伽奈芽がそんな事を呟いていると、彼女の通信機から希の声が聞こえてきた。
「やりましたわ!他のメンバーが特別指定上級ヒュージの討伐に成功しましたわ!」
「ああ、そう。こっちも討伐完了したから。」
朗らかな希の声色とは対称的に、伽奈芽はどこか浮かない心境であった。いくら街が壊れたからと言って自分に何かできるわけでもない。それどころかリリィだからという理由で敬遠されることもあった。だからこそ彼女は決めた。全てのヒュージを倒して、リリィとしてではなく人間として生きようと。
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