ソメイヨシノは穢れない   作:スターフルーツくん

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改めて、こんにちは。エルモから改名してスターフルーツとなりました。何卒よろしくお願いします。
あと自分12000文字以上書くとモチベが落ちる事が判明しました。
ではどうぞ


第4話「天才リリィ、伊坂 晴海」

 伊坂 晴海がリリィを志したのは彼女がまだ五歳の頃であった。彼女には歳が五つ離れた兄がおり、両親と一緒に甲州市で暮らしていた。

 晴海はこの時に交通事故の被害に遭い、どうにか一命を取り留めたものの両目を失明してしまう事となった。それでも晴海は笑顔を絶やさなかった。

 そんなある日、晴海の住む街にもヒュージが現れた。ミディアム級のヒュージの群れだった。

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

「逃げろ!!殺されるぞ!!」

 

 街は一瞬のうちに混乱に陥り、伊坂家もヒュージの被害に巻き込まれた。間接的にではなく、直接的に。一家はヒュージと遭遇してしまったのだ。目の見えない晴海でも何が起こっているか、自分の周りには何があるかを察知していた。

 

「皆さん!ここは危険ですので安全な場所まで避難を!!」

 

 すると、街にCHARMを持ったリリィが現れた。どんな容姿か、どんな名前の少女かは晴海にはわからなかったが、彼女の発した声から凛々しさと誠実さを感じ取っていた。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 少女は凄まじい勢いでヒュージを切り倒し続けた。その華麗な捌きに周囲の人々は感嘆の声を漏らす。

 

「ふぅ、ひとまずはこんなところかな…。あっ!」

 

 ヒュージの群れをある程度撃破した少女は逃げ遅れた晴海と彼女の兄が今にもヒュージに襲われそうになっている光景を見た。少女は急いで二人のもとへと駆け寄り、飛びかかった。

 

「危ないっ!ああっ…!」

 

 間一髪のところで二人はヒュージからの奇襲を免れたものの、少女の左腕からは大量の血が流れ出ていた。今の少女ではCHARMを握る事すらも不可能。事態は剣呑な方向へと進んでいた。

 刹那、何者かが少女のCHARMを振り下ろしてヒュージに傷を負わせた。死を覚悟した少女と晴海の兄はその光景を目の当たりにする。CHARMを持っていたのは晴海だった。五歳という幼い年齢ながらCHARMを起動し、使用できたことに二人は驚く。しかし、CHARMを使って人類の敵であるヒュージを倒すという現実が晴海を変えてしまった。

 

「…ス……。殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス…。」

 

 感情の無い殺戮マシーンと化した晴海は少女のCHARMで残りのヒュージを全て薙ぎ倒した。伊坂 晴海、当時五歳。スモール級ヒュージ及びミディアム級ヒュージの群れ、計六十六体をたった一人で全て殲滅。

 この衝撃の事実が発生した現場にいた人々は晴海を英雄として称えた……。事はなかった。

 

「きゃああああ!!!」

「化け物だ!!人間じゃない!!」

「鬼の子だ…!」

「こっちに来るな悪魔!!!」

 

 晴海の強大な力に恐れをなした人々は街を救った救世主であるはずの晴海を拒絶した。そんな彼女をリリィである少女も、兄も恐れた。

 次の瞬間、涙を流し、悲しみに暮れる晴海の背後にスモール級ヒュージの生き残りが彼女に襲いかかった。晴海は避けようとしたが回避が間に合わない事を悟り、CHARMを盾に攻撃を防ごうとした。

 しかし、突如として何者かがスモール級ヒュージを刀で両断した。晴海は恐る恐るCHARMを下ろした。彼女の前には三、四十代と思しき見た目の男性が立っており、背丈が高く、肩幅も広い。そんな彼の手の中には刀があった。ヒュージをも斬り裂いた刀。それを見た人々は彼の名を呟いた…。

 

「あ、あれは…。大里 宗二(そうじ)…。」

 

 大里 宗二。剣術の流派の一つである紫電一閃流の十九代目当主であり、現在の国上日本支部の局長である大里 紬の父に当たる人物である。

 

「お、大里さん!その子を斬ってくれ!そいつは化け物なんだ!!」

 

 街の住人である男性が宗二に指示をする。しかし宗二は鋭い目つきで指示をした男性を睨みつけた。

 

「君、名前は?」

「伊坂、晴海…。」

「皆さん、勘違いしないでください。彼女は守るべきものを守った。自分にとって大切なものを傷つけようとする存在が許せなかった。ただそれだけの事なんです。晴海ちゃんは心の優しい子です。」

 

 宗二が発した言葉は晴海の心に深く深く突き刺さった。そして今度は彼女の目から悲しみではなく、嬉しさの涙が溢れ出した。

 その後の調べで晴海の両親がヒュージの襲撃によって亡くなった事が判明した。彼女の兄は祖父母の家で引き取られることになったが、晴海は別だった。

 

「晴海ちゃん、君はどうする?」

「私は…。おじさんについてく!」

「そうか。君とは歳は離れているが私にも娘がいる。きっと仲良くなれそうだ。」

 

 晴海は宗二と共に彼の家である紫電一閃流の道場に着くと、一人の少女が木刀で素振りの稽古をしていた。

 

「私の娘の紬だ。紬、挨拶を。」

「は、はじめまして…。」

 

 これが伊坂 晴海と大里 紬が初めてあった瞬間であった。ここから紫電一閃流の門下生が続々と集まり、国上日本支部のメンバーが揃うのだが、それはまだ先の話…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、八年後の現在。田中 壱、天野 天葉、遠藤 亜羅椰の三人は学園の敷地内にある闘技場の扉に貼ってある貼り紙に書かれてあった内容を読んでいた。

 

「おかしい…。今の時間なら闘技場が空いている筈だったのに……。」

 

 壱が訝しげな表情で言う。壱は長く伸ばした緑色の髪に白色のカチューシャをつけており、瞳は紫色である。また、世界最高峰のレギオン、アールヴヘイムの一員でもあるのだ。

 貼り紙には“本日は急用のため、闘技場は使えません”と書かれてあり、数日前から闘技場の使用を申請していた壱達は突然闘技場が使用できなくなった事が腑に落ちなかった。

 

「これじゃあ特訓もできないね…。」

 

 天葉はそう言い、悲しげな表情を見せる。天葉は毛先が肩まで伸びている金髪と青色の瞳の持ち主であり、学園内でも上位に入るほどの美貌と強さを持っている。

 

「理由を聞いてみなければわかりませんわ。行きましょう。」

 

 突然の事態に対して納得のいかない亜羅椰は誰に言われるでもなく、闘技場に入った。

 闘技場の壁には大きなヒビが入っており、購買部のレジ担当の男性が何かの破片を箒で掃いている。

 

「あのー、何があったんですか?」

「ん?あぁ、ついさっき一柳隊の子達と組み手してたんだけど勢い余ってつい壁とCHARMをぶっ壊しちゃって…。」

 

 男は申し訳なさそうな表情をして闘技場の方を見る。闘技場はコンクリートの壁が壊れており、とてもではないが使える状態ではなかった。放っておけば闘技場そのものが倒壊しかねない危険性も孕んでいるため修理が必要である。

 

「何をどうしたらそうなったのですか?」

「いや、あのー、CHARMで攻撃しようとした時に神琳ちゃんが媽祖聖札で防ごうとしたから勢い余って腕ずくで媽祖聖札ごと弾き飛ばしたら僕と神琳ちゃんのCHARMと壁が壊れて…。」

「何で!?」

 

 問い詰める亜羅椰に対して男は視線を逸らして冷や汗をかきながら答えた。アールヴヘイムが闘技場を使用する事を知っていたのか、男は亜羅椰に対してもきまりが悪い様子を見せていた。

 

「何でって…。勢い余ってだけど。あー、てかこれ天引きで勘弁してもらえないかな。てか僕がこっそり壁修理すればいいけど…。あー、このままじゃ理事長と百由ちゃんに怒られる…。」

 

 男はそう言いながら再び掃除の作業に取り掛かった。その後に男はしっかりと理事長と百由にそれぞれお叱りを喰らっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様〜。今日も頑張ったねぇ。」

「あ、ありがとうございます……。」

 

 百合ヶ丘の保健室の職員である太田 春香が壱、天葉、亜羅椰以外のアールヴヘイムのメンバーを労い、江川 樟美が感謝の意を述べる。春香は保健室のイメージ通り、上に白衣を着用しているが上半身は赤色の服、下半身は膝が見えるほどの長さの黒色のスカート。そしてその下には黒色のタイツを着用しており、仮にこの百合ヶ丘に男子などいようものなら絶大な人気を誇っていたであろう。

 

「で、今日は特訓?」

「はい、ここ数週間は外征も無いのでしばらくはここで特訓をしたりヒュージの討伐に勤しんだりしようと考えています。」

 

 春香の質問に渡邊 茜が答える。アールヴヘイムは百合ヶ丘の中でもトップクラスの強さを誇るレギオンであり、外征に行くことも度々ある。しかし最近は外部への出動命令が減り、しょっちゅう現れるスモール級ヒュージの相手をする事が頻繁にあった。

 毎度同じ相手を倒してばかりでは経験値こそ手に入るもののそれ以上の進化は望めない。そう考えたアールヴヘイムのメンバーは鍛錬を積み重ねると同時により強力なヒュージとの対決に備える事を決めた。

 

「けれど、本当に大丈夫なのかしら?特別指定上級ヒュージはレギオン一組だけで相手できるほど簡単な相手じゃないわ。」

 

 刹那、金箱 弥宙が口を開いた。これまで百合ヶ丘のリリィは特別指定上級ヒュージを相手にする際、三組以上のレギオンが集って撃破していた。アールヴヘイムはしばしば外征に行く事もあり、特別指定上級ヒュージと対戦した事は無いが、その脅威は話に聞くだけでも十分に伝わっていた。

 

「大丈夫!百合ヶ丘一丸で立ち向かえばどんなヒュージにだって勝てるし、何よりあの天才リリィがいるからね!!」

 

 特別指定上級ヒュージの強さを危惧する弥宙に高須賀 月詩が声をかける。すると、月詩の発した“天才リリィ”という単語にすかさず番匠谷 依奈が反応する。

 

「伊坂 晴海さん、だったかしら?うちの亜羅椰と小競り合いを始めては勝ったというあの……。」

「へぇ〜、世の中にはそういう才能を持った子もいるんだねぇ。」

 

 依奈の言葉に耳を傾けていた春香はコーヒーを飲みながら感心する。言わずもがな春香も学生時代はリリィとして活躍していた。しかし、当時の彼女の周りには晴海ほどの才を持ったリリィは一人としていなかった。

 

「私達にはそういう才能はありませんが、一人一人に役割があります。羨望したって仕方がありません。そもそもそんな暇はありません。私達は私達にしかできない事をやるだけですから。」

「うん、そうだね……。」

 

 森 辰姫の言葉に樟美が賛同する。春香も辰姫の思いを聞き、首を縦に振っていたが、途中であることに気づいた。

 

「そう言えば……。壱ちゃんと天葉ちゃんと亜羅椰ちゃんは?」

 

 春香の問いを最後に会話が終了し、しばらく保健室の室内に沈黙が流れ込む。それから数秒後、樟美達は恐る恐るお互いの目を合わせる。

 

「すっかり忘れてた!!!」

 

 保健室を後にした数十分後、何とか六人は無事に天葉達と合流する事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、晴海は伽奈芽と市営の闘技場で待ち合わせをしていた。伽奈芽からの二百六十六九回目の挑戦を受けて立つためだった。

 

「覚悟はできてますか?」

「当たり前だろ!あたしがアンタと戦う中で決心がつかなかったことなんてない!」

「まぁ二百六十八回も負けてればそうでしょうね。」

「何だと!!」

 

 伽奈芽はランドグリーズを起動させ、構える。一方、晴海はグリフォンを起動させ、短剣の柄のすぐ下にある鎖を持って短剣を振り回した。辺り一面にはドリルが回転する音と短剣が風を切る音が静かに響く。

 互いがしばらくの間様子見をし、両者の沈黙が続く。先手は伽奈芽の刺突だった。腰を落とし、その反動から放たれる刺突(それ)は速度、威力共に絶大である。しかし晴海はそれよりも速い速度で左側に避けた。

 

「やりますね。」

「まだまだ!」

 

 晴海はカウンターとして右手に持っていた短剣を伽奈芽に向かって投げる。しかし、伽奈芽はそれを避け、短剣の柄を左手で掴んだ。

 

「何を?松山さんのレアスキルは円環の御手(サークリットブレス)じゃないので私のCHARMは今は使えないと思いますけど。」

「使うんじゃない!投げ飛ばす!!」

 

 伽奈芽は自身の方にグリフォンを引き寄せ、晴海を思い切り投げ飛ばした。投げ飛ばされた晴海は華麗に着地し、再び短剣を振り回す。

 

「少しは腕が上がったんじゃないですか?」

「随分と上から目線なこった。あたしの方が年上なのにね!」

 

 伽奈芽と晴海は同時に攻撃を仕掛ける。剣本来の使い方である振り下ろしの斬撃。これも同時だった。そしてこの日初めて、伽奈芽と晴海のCHARMがぶつかり合った。互いの刀身が火花を散らし、金属がぶつかり合う無機質な音が強く唸る。

 

「本当はこれ、使いたくなかったんですけどねぇ…。」

 

 今度は晴海が先に動いた。晴海は右手の短剣を伽奈芽のランドグリーズから離し、左手のドリルで彼女のCHARMを弾く。

 

「ぐっ…!」

 

 あまりに勢いのある回転に伽奈芽のランドグリーズは予想だにしない方向に巻き込まれ、伽奈芽自身も体勢を立て直すのに精一杯だった。しかし、晴海が右手の短剣を伽奈芽の首に突きつけた事で勝負の決着はついた。

 

「これで私の二百六十九勝目ですね。」

「ちっ…。今日こそは勝てると思ったんだけどなぁ…。」

 

 伽奈芽は悔恨の思いを表情に浮かべ、ランドグリーズを下ろす。晴海のグリフォンは攻守共に優れているCHARMではあるが、伽奈芽が使用しているランドグリーズの方が高い攻撃力を有しており、防御力に関しても他のCHARMに首位を奪われている。そんなCHARMを使用しながらも晴海は一度も敗北した事がないのだ。

 

「どうやったらアンタに勝てるか、誰か教えてくんないかな。」

「教えてもらったところで松山さんには無理ですよ。」

「はぁ!?」

 

 伽奈芽が晴海に詰め寄った瞬間、晴海の携帯から着信音が鳴った。携帯の画面には百由の名前が表示されていた。

 

「あっ、私用事ができたので百合ヶ丘に戻らないといけなくなったんでこれで失礼しますー。」

「いいけど必ず二百七十回目やるからな!!」

 

 そんな伽奈芽との約束を胸に秘め、晴海は百合ヶ丘女学院を目指して颯爽と駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、都内の廃墟ではロゼラとベヒームともう一人、白髪にパーマをかけた男性が集合していた。

 

「ガゴラ、次のデネテはお前だ。セレンも承知の上だ。」

「ふふっ、またやらせてくれるんだ。」

 

 ガゴラはそう言うが、口にした言葉とは違い、どこか喜んでいる様子も面倒くさがっている様子もなかった。感情もなく、自身の成すべき事を実行する事務的な声色で言葉を放つ。

 しかし、そんなガゴラを余所にベヒームは怒気を帯びた顔つきをしていた。

 

「俺の番を飛ばす気か。」

 

 ベヒームは怒りのあまり近くにあったドラム缶を投げ飛ばす。ベヒームはブロム族のリーダーであり、彼の同族である特別指定上級ヒュージはこれまで幾度となくリリィ達によって倒されてきた。

 

「正式な選定によるものだ。異議は認めない。」

 

 ベヒームはやり場のない怒りを飲み込んだまま、もう一つのドラム缶に腰をかける。すると、彼らのいる部屋に一人の男性が現れた。

 男は丸型のサングラスを付け、豹柄の上着を着ている。無造作に逆立っている金髪の毛先も相まってヤクザの組長という印象を受ける。

 

「随分と派手に暴れてんな、ベヒーム。」

「何をしに来た、ケルヴス。」

 

 豹柄の上着を着た男、ケルヴス・プラティアは先程ベヒームが投げ飛ばしたドラム缶を右足の裏で転がす。

 

「次のデネテは誰の番だ?」

「ガゴラだ。」

 

 ケルヴスの質問にロゼラが答えた。ケルヴスはそれを聞くと特に驚く様子もなく、慣れた手つきで煙草を吸い始めた。

 

「へぇ、てめぇも不憫なもんだな。」

 

 ケルヴスはベヒームに視線を向けながら言う。ケルヴスの声色には他の特別指定上級ヒュージと比較して人間味を感じさせるものがあり、他よりも人間の生活に順応している様子が見受けられる。

 能天気なケルヴスを見てベヒームは自身のデネテの番が回ってこない事に対して再び怒りを募らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院へと到着した晴海は一柳隊、シュバルツグレイルと共に会議室で待機していた。会議室にいるリリィ達の面持ちには緊張の色がハッキリと現れており、その場にいる全員が沈黙を貫いていた。

 本来であればアールヴヘイムやレギンレイヴなどの百合ヶ丘の中でもトップクラスのレギオンも参加する予定だったがこの日は外征に行っており、不参加となった。

 数分後、遂に会議室で座っているリリィ全員に招集をかけた百由がタブレットとテレビを持って現れた。

 

「お待たせしました。早速ですが、皆さんに緊急の調査をお願いしたいと思ってます。」

 

 百由は持ってきたテレビの画面にタブレットに表示されている画面と同じものが表示される。テレビの画面には今日のニュースの記事が表示されていた。

 

「これは死体処理班からの報告なのですが、本日未明に特別指定上級ヒュージの死骸を発見したそうです。死体の状況から見て死亡時刻は昨日の午後九時半頃。ですが昨日はどのガーデンもどのレギオンも特別指定上級ヒュージを倒したという形跡がありませんでした。」

 

 百由はニュースの記事の文を踏まえて語った。彼女が語った事実が意味する事、それはリリィではない何者かが特別指定上級ヒュージを倒したという事である。

 昨日は誰もヒュージを倒していない。その事実が揺るがない根拠は百合ヶ丘だけでなくどのガーデンもヒュージ出現の警報が鳴らなかったためである。

 さらに国上も出撃命令が発令されていなかったため、ヒュージの撃破をされていないと見做された。これらの事実が明らかとなり、この事態がリリィによって引き起こされたものではないという事実が明白となったのだ。

 

「一つ気になるのですが…。その特別指定上級ヒュージの死因は何だったのでしょうか?」

 

 そう言って百由に質問を投げかけたのは一柳隊の一員、郭 神琳だった。神琳は右目が赤色、左目が黄色の瞳である、俗に言うオッドアイであり、雨嘉のルームメイトである。

 

「射殺だったよ。頭部と心臓部にそれぞれ一弾ずつ正確に撃ち抜かれた痕跡があった。並大抵の人間じゃあ、まずここまで正確には撃ち抜けない。とすると、余程戦闘慣れした人間がやったか、もしくは特別指定上級ヒュージ同士の勢力争いか…。いずれにしろどっちも考えにくいけどね。」

 

 頭脳明晰な百由でも今回の事件には流石にお手上げだという意思を肩を竦めるジェスチャーをして示した。

 

「実は過去にも同じような案件が発生してるの。けど、どれも違う武器で特別指定上級ヒュージが殺されていた。殺害方法は正確なんだけど。とにかく、みんなも気をつけてね。ヒュージを殺害した誰かは敵か味方かわからないから。」

 

 百由がそう言い、今回の会合はお開きとなった。晴海も準備をする。そんな彼女に一人の少女が話しかけてきた。

 

「伊坂 晴海ちゃん、よね?ごきげんよう。シュバルツグレイルの主将、伊東 閑よ。一柳隊の主将の梨璃さんとはルームメイトなの。」

「あっ、初めまして。それで、何の御用ですか?」

「ちょっと待ってて。」

 

 伊東 閑。紺色の髪に白色のカチューシャが特徴的な少女であり、シュバルツグレイルというレギオンのリーダーである。

 閑は鞄の中からクリアファイルを取り出し、その中に入っていた一枚の紙を晴海に見せた。紙にはCHARMと思しき武器の設計図とそれについての詳しい説明が記載されていた。しかし目の見えない晴海にはただの紙切れにしかすぎず、何が書いてあるかは把握できなかった。

 

「これは…?」

「近日中に日本全国のガーデンの工廠科が集まって最高峰のCHARMを作るらしいの。これはその資料。晴海ちゃんはこれが配布された時にはいなかったみたいだから渡したけど…。実はこれ、国上のもとで管理されるみたいだけど何か聞いてない?」

「え?いえ、特には…。」

 

 晴海も現時点ではこの計画には特別な通達を受けていない。それ故に彼女に答えられる事柄は無かった。

 

「あら、そう…。今の段階ではまだ何も教えてもらってないって事かしら。時間を取らせてごめんね。また今度。」

「あっ、はい…。」

 

 閑は資料を晴海に渡したまま、会議室を後にした。その数分後、資料を鞄にしまって晴海も会議室を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日後、伽奈芽は自身の所属するガーデンである“荒司沢女学院”の学科の授業が昼頃に終わったため、ショッピングモールのフードコートで食事をしていた。通常の世界ならばより賑わっていてもおかしくはないが、ここはヒュージという異形の怪物の住む世界。人通りも少なくなっていた。

 

「待っててよ。ヒュージ全部倒したらショッピングモールも気軽に行けるようにするから…。」

 

 伽奈芽は固い決意を胸に秘め、先程注文した焼肉定食を食べるスピードを速めた。すると彼女の席に一人の男が座った。その男はケルヴスだった。しかしケルヴスは現在人間態であるため、伽奈芽は彼の事を不思議には思わなかった。

 

「何の用?」

「…良いねぇその目!“愛”を感じるぜ!」

「はぁ?」

 

 ケルヴスの言い放った言葉の意味がわからず、伽奈芽は思わず素っ頓狂な声を出す。しかしケルヴスはそれに構わず話を続けた。

 

「“愛”があるとよ、そいつに人間らしさを感じるんだよ。如何にも人間らしいって感情でな。」

「は、はぁ…。」

 

 ケルヴスの言わんとしている事の意味が分からず伽奈芽は困惑する。そんな彼女の携帯から着信がかかった。画面には希の名前が表示されていた。

 

「もしもし、あたしだけど。」

「百合ヶ丘の近くに特別指定上級ヒュージが出現したとの情報が入りましたわ!すぐに向かってください!」

「わかった、すぐ行く!」

 

 伽奈芽は通話を切り、ケルヴスに構わず百合ヶ丘女学院へと向かった。ケルヴスはそんな彼女の背中を見て、何かを感じていた。それが何かはケルヴス本人にしかわからない事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一柳隊とアールヴヘイムの計十八名は百合ヶ丘女学院の近くに現れた特別指定上級ヒュージであるガゴラと交戦中であった。

 

「気をつけなさい!今までの常識が通用する相手ではないわよ!」

「はい!」

「ええ!」

 

 梨璃達は四方八方からガゴラを囲み、逃げ場を作らせないようにする。内側は一柳隊の八人が囲み、外側はアールヴヘイムが囲む。二水は自身のCHARMを持ちながらレアスキル、“鷹の目”でガゴラを分析するため、少し離れた場所にいた。

 まずは一柳隊が一気に畳み掛ける。しかしガゴラが上方に飛んだ事で不発に終わり、今度はアールヴヘイムが仕掛ける。しかしこれもまたガゴラが壱を踏み台にして飛んだ事で不発に終わった。

 

「君達も懲りないね。」

「なっ!?人間の言葉…!一体どうやって!?」

「君達は自分の世界の利便性にも気付けてないのかな?ラジオ、スマホ、液晶テレビ、辞書。ヴェルンドの言葉を学ぶ教材なんていくらでもあるんだよ。」

 

 ガゴラは楓の質問にヒュージ語ではなく日本語で答えた。それは今までヒュージ語しか聞いてこなかった国上以外のリリィからすれば驚きの事実であった。

 

「何のために人間を殺すの!?」

「デネテ、つまりこれは儀式なんだよ。それに君達みたいなのが苦しむ顔を見るの、楽しいしさ。」

 

 夢結の質問にもガゴラは日本語で答える。それを聞いた梨璃達はそんな儀式があってたまるか、という思いを抱き、怒りの感情をガゴラに向ける。

 

「一柳隊!!アールヴヘイム!!ノインヴェルト戦術よ!」

「はいっ!」

 

 一柳隊とアールヴヘイムは定位置につき、ノインヴェルト戦術を同時に決行する。ノインヴェルト戦術。それはどんなヒュージも一撃で倒す奥の手だが、あまりに大量のマギを消費するため一度しか使えない。言わば諸刃の剣であった。

 一柳隊は二水が、アールヴヘイムは天葉が弾丸を撃ち、順にパスを繋いでいく。一柳隊は二水、楓、鶴紗、雨嘉、ミリアム、神琳、梅、夢結、梨璃の順でパスし、アールヴヘイムは天葉、亜羅椰、茜、樟美、月詩、依奈、辰姫、弥宙、壱の順で繋いだ。

 それは法則も決まった順番もない、完全に不規則なパスであり、ガゴラはどこから弾丸が飛んでくるのか全く予想できなかった。

 

「行きます!」

「フィニッシュショット!!」

 

 梨璃と壱が同時にフィニッシュショットを決め、両者の一撃がガゴラに命中する。特別指定上級ヒュージを倒せたことに対する喜びの思いが込み上げ、梨璃達は歓喜に打ち震えた。

 

「やったぁ!」

「あれだけの威力だったわ、流石に生きてはいないでしょう。」

 

 しかし、ガゴラは生きていた。しかもダメージを負っているどころか、その身体に傷一つすらついていない。突然の事態に梨璃達は動揺を隠せなかった。

 

「もう終わり?」

「なっ…!?生きてる…!!」

 

 するとガゴラは圧倒的なスピードで二水の近くに行くと、彼女に蹴りを喰らわせた。高く飛び上がった二水は上空へと飛ばされ、ガゴラはトドメとして彼女の背中にエルボーを浴びせた。二水は勢いよく地面に叩きつけられた。

 二水を倒したガゴラは次に依奈に近づき、彼女の腹部に蹴りを入れた。あまりにも速く、重い一撃に依奈はそのまま倒れた。

 

「これで司令塔は消えた…。かな?」

 

 二水と依奈が倒されるまでの間、その体感時間はわずか一秒。あっさりと体制を崩された事に梨璃達は怯むが、なんとか平静を取り戻した。

 

(ノインヴェルト戦術の時にただ立ってただけなのは私達のポジションを見破るためだった…!?だとしたらこのヒュージ、相当頭が回る…!)

 

 夢結がそう考えている間にガゴラは動き出し、槍で亜羅椰、壱、天葉、茜、月詩の五人に斬撃を喰らわせた。ガゴラのスピードについてこれず、梨璃達は焦りを見せる。

 

「次は君達だよ。」

「このっ…!」

 

 ガゴラは次に楓、鶴紗、神琳、雨嘉、ミリアムを先程と同じように刀身にマギを纏わせた槍で倒した。これまでの特別指定上級ヒュージとは一線を画す圧倒的な実力差に梨璃達はどんどん追い詰められていく。

 

「ここは私が引き止める!梨璃達は負傷者を連れて撤退しなさい!」

 

 夢結はガゴラに勝てない事をわかっていた。だからこそせめて時間稼ぎをしようと試みた。ガゴラと対峙した夢結はブリューナクを向け、攻撃を仕掛ける。しかし、ガゴラのストレートをモロに喰らってしまい、夢結はそのまま地面に倒れた。

 

「お姉様!!!」

「君達さ、甘く考えすぎだよ。僕はこれまで君達が殺してきた奴らとは違うんだよ。」

 

 ガゴラはそう言い、梅と梨璃にも一瞬で近づき、斬撃を浴びせた。残るは樟美、辰姫、弥宙の三人だった。

 

「こんな所でやられるわけには…!」

 

 辰姫はそう言い、逃げる事なく果敢にガゴラと対峙する。一方、樟美と弥宙は協力しながら負傷したリリィ達を運ぶ。

 

「無駄だよ。」

 

 しかし抵抗も虚しく、残る三人も一瞬のうちにガゴラに倒された。事態は剣呑な方向へと加速していき、もうマギを使い果たした梨璃達に対抗手段は残されていなかった。

 

「ヴェルンドの言葉には“冥土の土産”という言葉があるらしいね。折角だから教えようかな。君達が特別指定上級ヒュージと呼んでいる種は四つの階級に分かれている。一つ目、特別指定上級ヒュージの中でも最も弱いブロム族。二つ目、僕のいるシルヴィス族。三つ目、二番目に強いゴルム族。四つ目、最も強いプラティア族。僕達はデネテを成功させる事で階級を上げていくのさ。」

 

 ガゴラよりもまだ強い存在がいる。その事実を突きつけられた梨璃達の顔は恐怖で青ざめていった。

 

「あと、シルヴィス族は今まで君達が相手をしてきたブロム族の五倍は強い。だから…。君達がアルトラ級ヒュージと呼んでいる存在の五十倍強いのが僕だよ。」

 

 更に恐ろしい事実を知った梨璃達は絶望で顔が歪む。そんな彼女達を余所にガゴラはそう言った後に百合ヶ丘女学院を指差した。

 

「あれ、いっぱいヴェルンドがいそうだよね。あそこにいる奴ら全員殺したら君達どんな風に苦しむのかな?」

 

 そう言ってガゴラは百合ヶ丘女学院へと向かう。そんなガゴラの左足首を梨璃が掴む。梨璃は光を宿した瞳でガゴラを睨み、手に力を入れる。

 

「絶対に…!行かせないっ…!」

 

 ガゴラはため息をつき、右足であたかもサッカーボールかの如く梨璃の頭を蹴り上げた。頭を蹴られた梨璃は吐血し、勢いのあまりガゴラを掴んだ手を離してしまった。

 

「さっさとくたばれよ。」

 

 ガゴラの槍が梨璃を襲おうとしたその時、伽奈芽がランドグリーズで止めに入った。ガゴラは驚く様子も見せず、後退する。

 

「カナさん…。」

「あたしがいる限り、こっから先は一歩も通さない!!!」

 

 伽奈芽はそう言うと、ガゴラと戦闘を開始した。互いの武器が激しくぶつかり合い、火花を散らす。それが肉眼では追う事のできない速さで激突し合い、しばらく続いた後にガゴラは後退した。一方の伽奈芽は右腕にガゴラの槍による斬撃を喰らった跡ができていた。傷口から伽奈芽の血が流れ、静かに地面へと落ちる。

 

「カナさん!!」

「あの松山 伽奈芽が傷を負うなんて…!」

 

 信じられない光景を目の当たりにした梨璃と弥宙は驚愕して声を出す。驚きの感情を持っているのは他のリリィ達も同様であり、絶体絶命な状況である事は明白であった。

 

(クッソ、どうする…。()()をやるか…?いや、下手すればこっちも死ぬ…。一体どうすれば…。)

 

 すると伽奈芽は何かを感じ取ったのか、急にランドグリーズを下ろした。一方の二水も伽奈芽と同じものを感じ取る。

 

「ふふっ…。ふふふふふっ…。あはははははっ…!」

「二水…?」

 

 二水の様子をおかしいと感じた鶴紗が唖然とする。それに構わず二水はしばらく笑った後、呼吸を整えた。

 

「私達は…。見えているつもりでしたが、()()()()()()()んです…。何も…。ですが、それはあなたも同じ…。私達には切り札がいます…!目は見えないですが、この中の誰よりも視えているリリィです…!!」

 

 二水が言い終わった瞬間、その場にいた全員が途轍もない殺気を感じた。人間のそれとは違い、五感で重みと厚みを感じ取る事ができるほどの強力な殺気。それを放っている人物がCHARMを両手に持って現れた。その正体は伊坂 晴海だった。

 

「晴海ちゃん!?いくら何でも無茶だよ!!」

「危険よ!早く逃げなさい!」

 

 晴海の姿を肉眼で捉えた梨璃と依奈は彼女に逃走を促す。しかしそれは国上のリリィにとっては杞憂にしか過ぎなかった。

 

「いいや、あいつは強い。アンタらも見てなよ。伊坂 晴海の力を!」

 

 晴海は伽奈芽と特訓した時と同様に右手で鎖を持って短剣を振り回し、左手でドリルの柄を持つ。ガゴラも先程までのリリィ達とは明らかに違う実力者である事を察し、初めて構えた。

 

「国上日本支部一番隊隊長、伊坂 晴海。征きます。」

 

 遂に晴海とガゴラの死合いが始まった。先に動いたのは晴海であった。先手は右手の短剣を鎖で振り回して行う斬撃。ガゴラはそれを軽々と避けた。しかしガゴラの身体には切り傷がついており、そこから青黒い血が流れる。

 

「どういう事!?ノインヴェルト戦術が効かなかったのに何で…?」

「それ多分直前でバリア張られたんだよ。いくら特別指定上級ヒュージっつったって十八人分のマギをまともに喰らってピンピンしてる筈がない。」

 

 月詩の疑問に伽奈芽が答える。彼女の推測は合っていた。ガゴラはリリィ達に気づかれないように身体中にマギのバリアを纏い、そのバリアで攻撃を防いでいたのだ。

 晴海はガゴラが怯んだ一瞬の隙を見逃さず、ガゴラのそれを凌駕する速度で攻撃を繰り出す。ガゴラは槍で防いでいるが、足元がおぼつかないのか千鳥足になり始めた。

 

「突然フラフラし出したゾ…!」

「あたし達の努力が無駄じゃなかったって事だよ。」

 

 梅と伽奈芽は晴海とガゴラの戦いを見てそう呟く。いくら特別指定上級ヒュージと言えどもマギを消費しないわけではない。

 先程のノインヴェルト戦術を防ぐためのバリア、梨璃達への攻撃、伽奈芽との攻防。ガゴラに残されたマギはもう半分も残っていなかった。ガゴラが晴海の攻撃を避けずに防いでいるのがその証拠である。しかもガゴラの身体には防ぎきれずに喰らった晴海の攻撃の跡が多くつけられていた。

 

「ハッ!」

 

 晴海は突然右手に持っている短剣をガゴラに投げつけたが、ガゴラはそれを弾いた。すると晴海はそれを見越していたかのように後方に回り、左手のドリルを投げた。

 

「両方の武器を投げた…!」

 

 通常であれば命取りとなる行動に樟美は驚きの色を隠せず、声を出した。

 晴海は再びガゴラの目の前に回り、飛び蹴りを喰らわせる。ガゴラの身体には鎖が巻き付けられており、晴海が右足でガゴラの胴体を踏みつけると、短剣とドリルが宙に舞った。

 

「あーあ。晴海のストンピング喰らったか。あいつ内臓と骨ぐちゃぐちゃだなもう。」

 

 伽奈芽がそう呟いている間に晴海は左手で鎖を操り、短剣を引き寄せる。そして左手の中に短剣の柄を収めると、短剣でガゴラの首を刎ねた。

 

「終わりました。」

 

 晴海はグリフォンを回収し、伽奈芽達に笑顔を見せる。戦いが終わった事を喜び合う者もいれば、安堵から肩の力を抜いて安心する者もいた。そんな中、先程まで戦場だった場所にケルヴスが拍手をしながら現れた。

 

「いいねぇ、大切なものを守ろうとする。如何にも“愛”って感じだ。」

 

 ケルヴスの登場に晴海達は首を傾げるが、伽奈芽は一人動揺していた。それを見た晴海はケルヴスを睨む。

 

「あなた、松山さんに何をしたんですか?」

「ほぉ、喧嘩か?いいぜ、望むところだ。」

 

 ケルヴスはそう言うと特別指定上級ヒュージの姿へと変貌を遂げた。その変化に晴海以外のリリィが全員驚愕する。

 

「嘘でしょう…!?」

「人間の言葉を話せて、人間態を持ってるのは厄介ですわね…。」

 

 茜と楓が驚きの声を上げる中、晴海とケルヴスの戦闘が始まった。晴海はどんどん攻撃を仕掛け、ケルヴスを追い詰めていく。一方のケルヴスは晴海の手の内を知ろうとしているのか、ノーガードで耐えている。

 

「いいんですか?何もしないと、あなた死にますよ?」

「おっ、殺す気になったか。じゃあこっちも手抜きはしねぇぞ。」

 

 次の瞬間、晴海はケルヴスのパンチをまともに喰らい、吹き飛ばされた。勢いを殺せず、岩に叩きつけられた晴海は吐血した後、そのまま崩れ落ちた。

 特別指定上級ヒュージがたった一撃で晴海を倒した。その現実を目の当たりにした伽奈芽達は恐怖のあまり身体の震えを抑える事ができなかった。

 

「晴海ちゃんが…。嘘でしょ…?」

「何だぁ?もう終わりか。つまんねぇなぁ。とっととあいつの“愛”を貰うとするか。」

 

 残酷な光景を目の当たりにし、恐怖する梨璃を余所にケルヴスは再び拳を握りしめ、晴海に振り下ろす。しかしそれは突如として乱入した紬によって制止された。

 

「お姉様…。」

「うちの晴海には手出しさせないよ。もしこれ以上やるというなら…。ここからは私が相手になる。」

 

 紬はグングニルを両手で握りしめ、ケルヴスを睨みつける。そんな紬の言葉を聞いたケルヴスはしばらく沈黙した後にため息をついた。

 

「ったく、つまんねぇ事になっちまったなぁ。まぁいい。見たいもんは見れたしな。あ、そうだ。そこのお前、名前は何て言うんだ?」

 

 ケルヴスは伽奈芽に人差し指を向け、彼女の名前を尋ねる。先程会った時は彼女の名前を聞いていなかったためである。

 

「松山…伽奈芽。」

「カナメか。いい名前じゃねぇか。また会おうぜ。元気でな。」

 

 ケルヴスはそう言うと人間態に戻り、踵を返した。

 ケルヴスの姿が見えなくなった後、鼻水を啜る音と嗚咽を漏らす音が聞こえた。その音を発しているのは晴海だった。

 

「ごめんなさい…!ごめんなさい…!」

 

 伊坂 晴海の初めての敗北だった。晴海が涙したのは圧倒的な実力差を見せつけられた上で惨敗した事に対する悔しさではなく、国上の、紫電一閃流の、自身が慕っている紬の顔に泥を塗ってしまった事と彼女に余計な心労をかけさせてしまった事に対する不甲斐なさからくるものであった。

 特別指定上級ヒュージの中でも他とは異なる性格の持ち主であるケルヴス。そんな彼に伽奈芽はいつか必ず借りを返す事を誓った。




次回、展開がさらに大きく動きます
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