ソメイヨシノは穢れない   作:スターフルーツくん

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いやー、まさかね?一ヶ月以上間空くとは思わないじゃん?20000文字近く書いたの初めてですよ。
って事で本編どうぞ


第6話「想いが詰まったストーリー」

 

 

 希は頭脳だけでなく剣術にも秀でていた。まさに文武両道、誰もが羨む完璧なリリィであった。しかし、そんな彼女は伽奈芽と出会う前まではずっと苦しんでいた。それは彼女が幼少期の頃にまで遡る。

 希が剣術において頭角を表したのはエレンスゲ女学園の初等部三年生の時であった。彼女は紫電一閃流の門下生となる以前は麗叉真峰流(れいさしんほうりゅう)の門下生であり、一年も経たないうちに免許皆伝を成し得た。人は彼女を天才だと褒め称えた。しかし、そんな大人達からの期待は時が経つにつれ重圧へと変化していった。

 櫻田 希ならこの程度はできて当然。神の子なのだからこんな事でも容易くできるだろう。そんな希の両親を含む大人達の言葉は徐々に彼女の心を蝕んでいった。

 加えて、文武において秀でていた希はその才を妬まれる事も多かった。天才であるが故の孤独。希は残酷な現実から目を背けたかったのか、次第に剣術からも学業からも遠ざかっていった。

 そんな時に希の噂を聞きつけてきたのか、紫電一閃流の当主である大里 宗二が彼女に声をかけた。

 

「君は自分のために力を使った事はあるか?大人達の期待に応えるために腕を磨いて何になるのかと思った事はないか?だったらその力を自分のために使えばいい。私がいる場所はそういう所だ。」

 

 最初は乗り気ではなかった希だったが、宗二の言葉を反芻する内に心変わりをしていき、遂に紫電一閃流の門下生となった。

 自分よりも優れた剣術の腕を持つ者がいる。その事実に希の心は歓喜に打ち震えた。この世界であれば自分は普通の人間として生きていける。そう感じていたからだ。しかし、そんな彼女の心をまたもや残酷な現実が痛めつける。

 この世界はヒュージが出現する。そしてその怪物をリリィという戦士が撃退する。無論、希もCHARMを持ってヒュージと対決する。しかし、紫電一閃流の門下生の一員として戦っていた彼女は自身が足手纏いである事を悟った。他の者達は次々とラージ級やミディアム級を撃退していく中で自身はスモール級ヒュージしか倒せない。希は己のエゴで剣術から逃げた事を酷く後悔した。

 彼女が中等部三年生となった頃、紫電一閃流の道場に一人の少女が現れた。その少女こそが松山 伽奈芽だった。伽奈芽は元々剣術の才があったが、それでも晴海と紬だけには勝てなかった。

 

「何故そうまでして戦うのですか?」

 

 不意に希は伽奈芽にそう問いかけた。希は伽奈芽の事を不思議に思っていたのだ。できないと分かっていながらも無謀な挑戦を繰り返す伽奈芽の行動が希にはどうしても理解できなかった。

 

「越えられない壁があるんなら、越えてみたくなる。あたしは最強になるんだ。人類の希望になるために。」

 

 伽奈芽の言葉の意味が分からず、希は呆れた意を含めたため息をつく。そして伽奈芽に向けていた視線を自身の持っていた本に移す。

 

「そんな事をして何になるのですか?誰もできない事だというのに。」

「誰もできない事をやろうとするのがカッコいいんだよ。そして希、アンタもアンタにしかできない事をやればいい。」

 

 伽奈芽に言われ、希は自身にしかできない事が何か必死に考えた。そしてようやく見つけた。自身の頭脳を最大限に活かしたい。全員の個性を引き立たせる作戦を考え、貢献したい。そして何よりも自身の居場所を作ってくれた伽奈芽の役に立ちたい。希のそんな思いはいつしか恋愛感情へと発展していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、松山さん!実は…。私、ずっと前から松山さんの事が好きでした!!今も、昔も!だから…。私とお付き合いをしていただけませんか!!」

 

 希の告白を部屋の外から聞いていた陽向は気づかれないように急いでその場を離れる。故に伽奈芽がどんな返事をしたのかは知らなかった。伽奈芽は少し驚いた様子を見せると、深呼吸をして希の告白の返事をした。

 

「…ごめん。」

「…!」

 

 予想通りの返事だったのか、希は顔を上げ、驚く様子もなく悲しげな表情を浮かべる。いくら予想通りの返事だったとはいえ、その瞳には涙が浮かんでおり、今にもこぼれ落ちそうであった。それとは対照的に伽奈芽は後ろめたさを感じ、顔を下に向ける。今の彼女の視界には希は映っていなかった。

 

「ご、ごめんなさい…。女同士でなんて、気持ち悪かったですよね……。」

「…違う。」

「だったら何故…!」

「あたしには大事な人がいるんだ。あたしはその人を裏切れない。」

 

 伽奈芽は希にそう告げ、静かに部屋を後にする。伽奈芽が部屋から去った後、一人取り残された希は膝から崩れ落ち、目に浮かべていた涙をひっそりと流した。

 

「ごめん、希…。ごめん……。」

 

 希の気持ちに応えることができなかった伽奈芽は後ろめたさを抱えながらそう呟いた。しかし、どれだけ謝罪しようとも現実は変えられない。その事に伽奈芽は悲壮感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、百合ヶ丘女学院の工廠科では購買部のレジ担当の男が書類を何枚かファイルにしまっていた。そんなところに百由が現れ、彼の後ろに立つ。

 

「あれ、お兄さんの仕業じゃないんですか?」

 

 百由の言う“あれ”とはリリィ以外の何者かが特別指定上級ヒュージを殺害したという事件である。会議の時点では誰かわからず事件は迷宮入りしかけていたが、百由は何かをわかっていた様子であった。

 

「まず、事件はお兄さんがこの学校に来てから発生した事です。それまではこんな面倒な出来事は起こってませんでしたし。お兄さんが来たのが一月十日。そして最初の事件が一月十日の夜。これだけならまだ偶然ですが、他にもあります。」

 

 百由は自身の制作したCHARMを一瞥すると話を続ける。男は特に何の反応も見せずにただただ黙って話を聞いているだけであった。

 

「特別指定上級ヒュージの死骸にはマギの反応が検出されませんでした。これは明らかにCHARMで殺されたものでもありませんし、ヒュージの仕業とも思えません。特別指定上級ヒュージはCHARMでなければ倒せないのに。となると、必然的に謎の多い貴方に疑いの目がかけられますよね。何か反論はありますか?」

 

 百由の言葉を聞いて男はうんともすんとも言わず、ただ黙って座っている。そして棒付きキャンディーを口に入れると、ようやくその口を開いた。

 

「何か反論はあるかって…。別に。つか話長すぎて全然聞いてなかったわ。一言で説明よろ。」

 

 男はゆっくりと立ち上がりながら百由にそう言った。男の態度と発言に百由は理不尽に溜まっていくストレスを抑えながらにこやかに男に尋ねる。

 

「あの事件ってお兄さんの仕業ですか?」

「…二つ、言っておこう。」

 

 男はそう言い、右手の人差し指と中指を立てる。

 

「一つ。君の言った事に関して僕はイエスともノーとも言わない。本当の事は僕だけがわかってればいいんだから。二つ。ヒュージはCHARMを用いてしか殺せない。そんなルール通用しなきゃ手の施しようなんていくらでもあるの。」

 

 男は工廠科の部屋から立ち去ろうとしたが、何かを忘れたかのように顔を上げる。その後、鞄に手を突っ込み、百由に白髪の入ったカプセルを手渡した。

 

「これは…?」

「夢結ちゃんの髪の毛。組み手してた時に取ってきた。ルナティックトランサーの発動時において外見の変化が最も顕著な部位は髪と目。さすがに目玉くり抜いて持ってくるわけにはいかないから髪の毛ね。CHARMだって起動してなくても武器は武器だから。簡単に切れるよ。後はこれ()()()()()に持ってって。じゃ。」

 

 百由は男を引き止めようとしたが、男は姿を消していた。彼と共同でとある調査をしている百由だったが、未だに彼の真意は掴めずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、閉店となったビリヤード場にロゼラ、ケルヴス、セレンの三体の特別指定上級ヒュージが人間の姿で集まっていた。

 先日以前の集合場所であった廃墟をリリィ達を罠にかけるために使ったために集合場所を変える必要があったのだ。

 あと一体。あと一体足りない事にいち早く気がついたのはロゼラだった。

 

「ベヒームはどうした。」

「さぁな。とうとうこの集まりが嫌になったんじゃねぇのか?」

「勝手に動かれてはデネテの進行の邪魔となる。セレン、次のデネテは誰が執行する?」

 

 ケルヴスと対話しつつ、ロゼラは話をセレンに振る。セレンはこの事を予測していたのか、驚く素振りも見せず淡々と語った。

 

「次のデネテはスフィスだ。奴にベヒームの始末を任せる。」

「『デネテの成功も忘れるな』と伝えておけ。この事態がどうなろうがもはやベヒーム、奴に参加する余地は無い。」

 

 ロゼラは断言し、他の特別指定上級ヒュージもベヒームに対して同情の念を向けはしなかった。今回のベヒームの行動は掟に背いた身勝手なものでしかなく、そこまで掟の見解を重視していないケルヴスですらもベヒームの事を自業自得だとしか考えていなかった。

 

「もしかしたら、勝手にデネテを始めようとするかもな。」

「そうであるならば尚更止めねばならない。スフィスでも十分止められるレベルであろうが。」

 

 ロゼラは怒りを示すことも、呆れを示すこともなくただ事務的かつ無機質な口調でそう言った。そんな彼女の様子にケルヴスはつまらなさを感じたのか、かける言葉を放棄していた。更に言うならば、ロゼラにかける言葉を考える時間すらも放棄していたのだ。

 

「とりあえず、まだ見たいものがあるから俺は奴らを見張ってみるぜ。」

 

 ここで得られるものは何も無いと悟ったのか、ケルヴスはビリヤード場から去っていった。彼の行き先はどこか、ロゼラは分かっていたが敢えて追わないようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員、もう大丈夫かしら?」

 

 一週間の出撃禁止処分を喰らっていた十九人に対して祀が話しかける。本来であれば生徒会の三役の一人であるブリュンヒルデの中村 翼芽がここに来る予定であった。しかし今日は各ガーデンの代表のリリィ同士の会議があり、スケジュールが重複してしまったため代役として祀が来ていた。

 

「はい、おかげさまで。」

 

 初めに口を開いたのは晴海であった。晴海の傷は既に完治しており、心身共に戦闘に参加する状態としては万全である。

 

「がむしゃらにやるよりも冷静に、周りを見て行動する。当たり前の事でしたけれど、危うく見落とてしまいそうでしたわ。一生の不覚です…。」

 

 楓が打ち明ける。彼女の顔には以前のような苦しんでいる雰囲気は感じられず、むしろガゴラとの一戦以前よりも一層余裕を感じさせる表情をしていた。

 

(すっかり元気ね。これもお兄さんが考えたプランのおかげなのだけれど、あの人は一体何者なのかしら…。)

 

 祀は顎に手を当て、男について考察する。実は百合ヶ丘女学院に在籍する全てのリリィは彼の素性を知らない。教員側は彼の名前を含め、ある程度の素性を知っているがそれが本当かどうかすらも不明瞭であった。

 リリィ達が彼について知っている事といえば年齢が二十四歳である事、血液型がAB型である事ぐらいであった。

 そして一柳隊、アールヴヘイム、晴海達のサポートをしたのもその男であり、彼の素性がどうであれリリィ達の味方である事に疑いの余地はなかった。

 

「祀?」

「あ、いいえ。何でもないわよ。それより、一柳隊に国上から依頼が届いているわ。」

「紬さん達から?」

 

 祀のルームメイトである夢結が彼女と会話をする。国上が一柳隊に依頼をした。一週間休んでいた晴海はそれを知らず、その上で話が進んでいたのだ。

 

「ええ。そして今回はあのエレンスゲ女学園のヘルヴォルも一緒よ。」

「一葉さん達もですか!?」

 

 祀の伝えた情報に梨璃が驚く。一柳隊、ヘルヴォル、グラン・エプレ。この三組のレギオンは一年前から共に数多のヒュージとの激戦を乗り越えてきた仲であり、関係も良好である。そんなレギオンの一組であるヘルヴォルのメンバーと会える事に梨璃は歓喜していた。

 

「なんでも国上の司令長の櫻田 希さんがエレンスゲ女学園なの。今回の任務も彼女が主体となった作戦となると思うわ。」

「確かに櫻田さんの制服、エレンスゲ女学園のものでしたね…。」

 

 梨璃がレギオンのリーダー同士での合同会議の事を思い出す。考え抜かれた人選、その配置。その時も全てを上手く根回ししていた。

 

「けど、本当に大丈夫なのか?希はまだ二年生だろ?場数で言ったら確実に三年生の瑤とか千香瑠とか、恋花とかに頼んだ方が良いんじゃないか?」

「ここに十三歳の高一リリィが居ますよ、吉村さん。」

 

 希の事を不安がっている梅に対して晴海が声をかける。晴海がこんな事を言うのも希に対する絶大な信頼があってこそなのだろう、と夢結は推測する。そんな中で祀は口を開いた。

 

「詳しい内容は国上とヘルヴォル、両方のレギオンと会ってから知るしかないわね。武運を祈るわ。」

 

 祀はそう言うと会議室から去っていった。祀が去った後、会議室の中で沈黙が続く。数分後、天葉が口を開いた。

 

「折角だから、闘技場に行かない?私達は外征に行くから一柳隊とヘルヴォルと国上の任務には参加できないけれど、それでもやれる事はあるはずよ。」

「そうですね。それでは行きましょうか。」

 

 天葉の意見に神琳が賛同する。その他のリリィ達も首を縦に振り、一同は闘技場へと向かった。

 闘技場に辿り着いた天葉は扉を開く。するとそこには見慣れない少女がいた。少女は薙刀型のCHARMを持っており、技を出す間の一つ一つの流れが鮮やかである。あまりにも美しいその技は日本の伝統舞踊を彷彿とさせた。

 少女の髪は青く、容姿についてもメリハリがあり、グラビア雑誌の表紙を飾れるほどの見た目をしている。そしてその瞳は黒く、狙った獲物を確実に仕留めるスナイパーのような目をしていた。

 

「あれ…どちら様でしょうか?」

 

 梨璃は少女の正体がわからず、首を傾げる。しかし、ミリアムと晴海はその少女をよく知っており、彼女のもとへと駆け寄る。一方、リリィ好きの二水もまた彼女を知っており、鼻血を出していた。

 

時雨(しぐれ)さん!」

「時雨!」

「え、枝野 時雨!?」

 

 突然の事態に梨璃達はますます混乱する。それを察した晴海は彼女を梨璃達に紹介した。

 彼女の名前は枝野(えだの) 時雨。アルケミラ女学館の二年生であり、国上日本支部の十番隊隊長である。国上日本支部が結成される以前から紫電一閃流の門下生であったため、国上の中でも古参のリリィである。

 また、小学生の頃にドイツに留学していた過去があり、そこでミリアム及びその一家と知り合った。

 

「それにしても、何でここにいるんですか?」

 

 晴海は疑問を時雨に投げる。時雨は北海道でヒュージ討伐の任務を遂行していたが、百合ヶ丘女学院に来ている。その事が晴海の心に疑問として引っかかったのだ。

 

「櫻田さんから要請を受けたのじゃ。それにあの程度のヒュージであればいくら十番隊の隊士と言えども応戦できるレベルじゃろう。何せ妾の育て上げた隊士なのじゃからな。」

 

 晴海の質問に時雨は自信を持ってそう答える。国上日本支部の隊長はヒュージとの戦闘にとどまらず、隊士の育成も仕事とされる。特に国上でも随一の自信家である時雨は自身の隊の強さに自負を持っていた。

 

「それにしても驚いたぞ!おぬしとこうして戦えるなんて…!」

「妾もじゃ、ミリアム。誇りに思うぞよ。」

 

 時雨とミリアムは互いに抱擁し、ハイタッチをする。彼女達を見て二人が共に過ごした歳月は一日や二日程度ではないのだろうと弥宙は推測する。

 

「時間ももうすぐ無くなるわ。早く特訓をしましょう。」

 

 壱の提案により梨璃達は軽めの特訓を開始し、一柳隊、晴海、時雨はエレンスゲ女学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「集まりましたね。では始めましょう。」

 

 国上、一柳隊、ヘルヴォルの前に現れた希は早速自身の後ろのホワイトボードに写真を数枚磁石で貼り付けた。写真には梨璃達が見たことのない特別指定上級ヒュージの姿が写っており、写真によって切り取られた動作の一つ一つに怒りのような感情すらも感じられる。

 

「都内の周辺で特別指定上級ヒュージの目撃情報が多数報告されました。これを駆逐するのが今回の任務の内容です。私を除けば今回は二十名が出動するので、四人一組の方式で五組ほど分けましょう。Aチームは相馬さん、一柳、白井さん、芹沢さん。Bチームは二条さん、王、吉村さん、相澤さん。Cチームは松山さん、ヌーベル、安藤、飯島さん。Dチームは枝野、郭、グロピウス、初鹿野さん。最後のEチームはお姉様、伊坂さん、二川、佐々木さん。以上です。では皆さん、チームごとに分かれてください。」

 

 希の指示により梨璃達はそれぞれのチームに分かれる。チームごとに分かれた事を自らの目で確認した希は今回の任務を遂行するための作戦を口頭で説明した。

 

「今回、この特別指定上級ヒュージを駆逐するにあたって注意しておきたい点をいくつかまとめておきました。まず、単独行動は絶対にしないこと。目撃された特別指定上級ヒュージは一体ですが先日のように通常のヒュージを多数引き連れている場合も考えられます。敵の戦力が未知数である現時点では単独行動を控えるようにしてください。」

「ねーねー希、何で私はスリマ使っちゃダメなの?」

 

 作戦を説明する希に紬が尋ねる。それを聞いた希は呆れた表情でため息をつくと、声音を強くして答えた。

 

「お姉様のスリマは強力すぎる上に敵味方関係なく吹き飛ばしてしまいます。今回のようにフォーマンセルで行う作戦には明らかに不向きです。お姉様はもう一つCHARMを持っているようなのでそちらの方がよろしいかと。」

「えぇ〜!そんなぁ〜!」

 

 希の返答に紬は戦場に向かうにも関わらず自身の全力を発揮できない事に嘆く。そんな紬を他所に希は再び作戦の説明を開始する。

 

「次に、ヒュージを目撃した際には必ず援軍を呼ぶようにしてください。先程も言いましたが、敵の戦力は未知数です。闇雲に突っ込んでは被害が増大する一方なので慎重にお願いします。最後に、担当するエリアの方です。Aチームは山のある方面を、Bチームは海沿いの方を、Cチームは街の方を、Dチームは工場のある方面を、Eチームは比較的人気の無さそうな場所をお願いします。空から奇襲してくるヒュージはチーム関係なしに全員で潰してもかまいません。」

 

 希は各チームの担当エリアを伝える。すると、それに疑問を持った二水が挙手をして希に質問した。

 

「あのー、特別指定上級ヒュージは人が密集している場所に出没するんですよね?でしたらそちらの方を調査してもいいんじゃ…。」

「目的に特別指定上級ヒュージのアジト捜索も含めての判断です。特別指定上級ヒュージ探しに加えてこちらも捜索する方が効率が良いでしょう。」

 

 希の説明を聞いて二水は納得した態度を示す。希はホワイトボード用のペンを元の場所に置き、再び梨璃達の方へと向き直った。

 

「本日の作戦会議はこのくらいにしておきましょう。さてと、今から合宿となりますが…。」

「合宿!?」

 

 希から話を聞いた梨璃は驚くと同時に慌てふためき、顔を赤らめながらあたかも何事もなかったかのように振る舞い出す。その事に関して希は疑問を持った。

 

「ええと?今日は確か合宿だと伺っていましたが…。」

「はい、私達もそのように聞いておりました。」

 

 希が百パーセント事実を語っている事を証明するかのように一葉も口を開く。梨璃達は特訓をするという事までは聞かされていたが、合宿とは聞かされていなかったのだ。

 

「ちびっ子4号?」

「いえ、私は何も知らなくて…!って何ですかちびっ子4号って!!」

「お待たせー。持ってきたよ。」

 

 楓は何故か何も知らない晴海に視線を向け、圧をかける。そんな時、購買部のレジ担当の男が大きな袋を持って部屋の窓から急に現れた。彼に一度も会った事がない一葉達は身構えてCHARMを起動しようとする。

 

「お兄さん!?あっ、こちらは百合ヶ丘女学院の購買部でレジを担当してるお兄さんです…。」

「どもー。気軽にお兄さんって呼んでね。」

 

 男の風貌を見て一葉達は困惑せざるを得なかった。あの厳格な校風の百合ヶ丘女学院に反した世俗に塗れた見た目、気の抜けた表情と声音をしていたその男が百合ヶ丘女学院の関係者だと梨璃達から言われても腑に落ちなかったためである。男は袋に手を突っ込み、バッグを九つ取り出した。

 

「これが梨璃ちゃんの分、こっちは楓ちゃんのかな。でこれが雨嘉ちゃんと神琳ちゃんので…。」

「え?ちょっと待ってください。お兄さん何で私達の部屋の荷物持ってるんですか?」

「エレンスゲに合宿しに行くこと、伝え忘れちゃってね。教員の人とルームメイトの子に協力してもらいながら持ってきたってわけ。」

 

 雨嘉に尋ねられ、男は淡々と答える。言葉からしてこの合宿を勝手に提案したのは彼だったのかと梨璃達は気づいた。

 

「伝達は早くお願いしますね…!」

「わかったよ。だから夢結ちゃんさ、殺気鎮めてくんない?」

 

 夢結は男の胸ぐらを掴む手を離し、咳払いをして再び席に座る。男は両手を下ろし、用事を済ませたのを確認すると「またね」と言って再び窓から出ていった。

 

「ここは動物園じゃないってば…。」

 

 男の予想外の登場の仕方に恋花は頭を抱える。そんな中、伽奈芽は一人深刻な表情をしていた。

 

「カナさん、どうかした?」

「いや、あの人前にどこかで見たことがあるような…。」

 

 伽奈芽は自身の記憶を反芻し、男の表情、特徴を再度認識する。やはり彼の顔にデジャヴを感じていたが、詳しい事は思い出せなかった。すると、その場の空気を変えようと千香瑠が口を開いた。

 

「何はともあれ、ここに泊まることは決まりましたね。では早速特訓を始めましょう。」

 

 千香瑠の提案で梨璃達は特訓をした後、食事を済ませた。そして当初の予定通りそれぞれに用意された部屋で寝ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、夢結と同室となった梨璃は就寝するための服に着替えた後、ドライヤーで髪を乾かしていた。明日のヒュージ討伐作戦に備えて夢結は既にベッドに横たわっていたが、梨璃はドライヤーを乾かした後も目を瞑り、椅子に座っていた。

 

「梨璃、ベッドで寝なさい。そんな所で寝ては風邪を引くわ。」

「寝てません。イメージトレーニングをしてるんです。お兄さんが言ってました。『何に対しても勝つイメージは強く持ちな』って。私ももっと強くならないと…!」

 

 梨璃の直向きな態度に夢結は感心すると同時に一抹の不安を抱えていた。梨璃は確かに一年前と比べて強さを増していた。しかし、その愚直すぎるとも言える梨璃の真っ直ぐな心がいずれ己の身を滅ぼすのではないかと夢結は懸念していた。

 シュッツエンゲルであるからこそ、大事な義妹(いもうと)であるからこそ梨璃には自滅するような真似をしてほしくないと考えていた。

 そんな事を考えながら夢結が再び梨璃に視線を向けると、彼女は黙り込み、視線を下に向けていた。

 

「梨璃?」

「もう二度と…。あんな思いはしたくありません…!」

 

 梨璃はガゴラとの戦闘を思い出していた。ガゴラの圧倒的な強さ、それによって証明された自身の弱さ。今のままでは守りたいものは一つも守れないと梨璃も感じていた。そんな梨璃の覚悟を感じ取ったのか、夢結は温かな笑みを浮かべて彼女に声をかけた。

 

「梨璃、こっちに来なさい。」

「は、はい…。」

 

 夢結に誘われ、梨璃は彼女の布団に入り込む。布団の中は既に夢結の体温で温まっており、あたかも彼女に抱きしめられているかのような感覚があった。

 

「んっ、あったかいです…。」

「眠れそうかしら?」

「えっ?」

 

 夢結の言葉に梨璃は思わず素っ頓狂な声音を出す。そんな梨璃の頬を夢結はその細い指で輪郭をなぞるように触れる。

 

「安心しなさい。皆あなたと同じ気持ちよ。それにヘルヴォルと国上もついてるわ。何も心配する事は無いのよ。」

「お姉様…。」

 

 夢結の気遣いが梨璃の心に染み渡り、安らぎが生まれた。その安らぎに心身を任せていさなか、梨璃自身も気づかぬまま彼女は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます!!!」

 

 早朝に出せるとは思えないほどの声量で一葉は伽奈芽達に挨拶をする。当の伽奈芽達は鼓膜が破れないように耳の穴を人差し指或いは手のひらで塞いでいた。

 

「うっせー…。あいついつもあんな感じなの?」

「いえ、今回は特別気合が入ってるみたいですわね。」

 

 準備を済ませていた凛音は希に声をかけ、希も応答する。希の言う通り、一葉は気合を入れてこの作戦に臨んでいた。この作戦はヘルヴォルのメンバーだけでなく一柳隊と国上の力も借りている。

 

「今日は特別指定上級ヒュージの討伐の日です。全身全霊、魂を込めて任務を完遂しましょう!」

 

 一葉の声がけで一同は奮起する。ついに三組のレギオンの決死の共同作戦が始まった。

 チーム毎に分かれ、梨璃と夢結は陽向と千香瑠と共に特別指定上級ヒュージの捜索のために山の中を歩いていた。刹那、背後の気配を感じ取った千香瑠はすかさずゲイボルグを銃の形態に変形させ、スモール級のヒュージを射抜いた。

 

「凄い…。お見事です千香瑠様!」

「そんな事ないわ。私はまだまだよ。」

 

 千香瑠はCHARMを元の剣の形態に戻し、梨璃達の前へと出る。エレンスゲ女学園内の序列が八十四位であるという数字のみを見てみれば彼女の言う事はわからなくはないが、序列の順位が強さそのものというわけではない。それを分かった上で不思議に思う梨璃達を一瞥した千香瑠はぽつりと独り言を言うかのように呟いた。

 

「一葉ちゃんはレギオンのリーダーだけあってもちろん強いし、恋花さんと瑤ちゃんは色んな戦場で戦ってきてるから経験も豊富。藍ちゃんだってその気になれば強い。頭が良いとは言われるけどそれだってヘルヴォルから一歩外に出れば希ちゃんの方が上。だから人一倍努力しなきゃいけないの。」

 

 千香瑠は自身の切実な想いを梨璃達にぶつける。そんな彼女の言葉を聞いてから数十秒後、陽向が口を開いた。

 

「なんか、わかる気がします。私も普通のCHARMが使えないから国上の皆に迷惑かけてると思ってます。普通のリリィじゃないから皆がやってる以上の努力を積み重ねないと足手纏いになる。でも、それ櫻田さんも同じこと思ってます。」

「え?」

 

 自分よりも優れた才を持っている希がまだまだであると言っていた事が信じられず、千香瑠は思わず声を出す。陽向は早速希の話の続きを始める。

 

「櫻田さんは、希は『自分は弱い』って言ってました。けどだからこそ彼女は自分にできる事を、自分の役割を全うしてます。千香瑠様も、それでいいと思うんです。」

「……。」

 

 陽向の言葉を聞いて千香瑠は目頭が熱くなる。すると、夢結の通信機から希の声が聞こえてきた。

 

「各チームに報告します!!Dチームが特別指定上級ヒュージと交戦中です!直ちに援軍を!!」

 

 希からの要請を受けた梨璃達はすぐさまDチームのいる工場のある場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡る事数分前、時雨、神琳、ミリアム、瑤の四人は工場の場所を探索していた。四人はどこか気怠げな表情を見せ、寒気の残る工場の敷地内を探っている。工場ではあるが人気がなく辺りは閑散としており、時雨達はこんな所にヒュージが現れるのか疑問に思っていた。

 

「本当にここにいるの…?」

 

 既に疲労感が顔に出ている瑤が呟く。先程から彼女達は同じ場所をの往復を何度も何度も繰り返している。億劫な気分になるのも当然であった。

 

「どうでしょうか…。まだいるとは決まったわけではありませんが……。ですが妙ですね。」

「うむ、工場だと言いおるのに人の気配が全く感じ取れん。」

 

 神琳の言葉にミリアムが賛同する。その後、それまでバラバラに分かれて調査をしていた四人は集団で調査をすることにした。すると時雨が工場の入り口から漏れ出た赤い液体を発見し、近くの木の枝で突く。

 

「これは……人間の血じゃ。」

「え…?じゃあ……!」

 

 四人は近くに存在するヒュージに警戒しつつ、円陣を組む。そして目撃情報が多数報告されていた特別指定上級ヒュージ、ベヒーム・ブロムが四人の眼前に現れた。

 

「うわっ!現れた!」

「チイネハンオ…!チイネハンオォォォォォ!!!」

 

 ベヒームは素早い動きで突進するが、四人は難なく攻撃を躱した。いち早くCHARMを起動させていたミリアムはミョルニールを振り、ベヒームに攻撃を仕掛ける。

 しかしベヒームは斬撃を左腕で防御し、右の拳でパンチを繰り出そうとした。刹那、ベヒームの鉄拳がミリアムを粉砕しようとした寸前で神琳がミリアムを押し倒し、なんとかベヒームの攻撃を回避した。

 

「ミリアムさん、大丈夫ですか!?」

「うむ……。どうやらこれが例の特別指定上級ヒュージのようじゃな。じゃがこのヒュージ、この前のヤツと比べればそこまで大した強さじゃない!」

 

 続いて攻撃を仕掛けたのは時雨だった。自身のCHARM、“草薙”の振り下ろし。しかしベヒームは見た目では判断できない程のスピードで避け、再び突進を繰り出す。時雨は草薙の刀身を地面に突き刺すと自身の身体を回転させ、攻撃を往なした。

 

「中々の強さじゃな……。だが、負けぬ!」

「焦って飛ばさないで!!今援軍を頼んだからもうすぐ一葉達がここに来る!今は時間稼ぎをするのよ!」

 

 既に援軍の要請を済ませていた瑤も戦闘に参加し、クリューサーオールを構える。神琳はCHARMを銃の形態に変形させ、遠距離攻撃を喰らわせた。しかし攻撃を喰らったはずのベヒームの身体には傷ひとつついていなかった。

 

「これだけやってもダメですか……。」

「カナさんのランドグリーズを使うほかあるまい。今は持ち堪えよ。」

 

 伽奈芽のランドグリーズは使用されているCHARMの中でも抜群の攻撃力を誇り、防御は通じない。それを予め知っていた時雨は耐久戦に臨んだ。

 

「マギはあとどのぐらい?」

「必殺技を放てるぐらいはあります。」

「よし、ゴー!」

 

 瑤と神琳は二手に分かれ、ベヒームを挟み撃ちにする。一方、時雨とミリアムは後退しつつそれぞれのCHARMを銃の形態に切り替える。ベヒームの動きを探りながら四人は後の線を狙う。

 

「ふっ!」

「はぁっ!」

 

 先に動いたのは瑤と神琳だった。先手はCHARMによる銃撃。二人は瞬時に引き金を引き、銃弾がベヒームに直撃した。しかし攻撃を喰らってもなおベヒームは立っていた。

 

「テツクム。」

「やはり効きませんか……。」

 

 次の瞬間、ベヒームは瑤に向かって突進を喰らわせた。あまりにも速すぎる一撃に瑤は吹き飛び、壁に叩きつけられた後に地面に落ちていった。

 

「がはっ…!」

「瑤様!」

 

 ミリアムは瑤のもとへと駆け寄り、安全な場所へと避難させる。ベヒームは次に神琳のもとへと近づくが、それは援軍の要請を聞いて駆けつけた一人のリリィによって阻止された。

 

「待たせた!やっと見つけた、写真のヒュージ!あたしが潰す!!」

「待てカナさん!」

「闇雲に突っ込むのは危険だって…!って瑤!しっかりして!」

 

 鶴紗と恋花の制止を振り切り、伽奈芽はベヒームに向かってランドグリーズを振り下ろす。ベヒームはそれを素早く避け、彼女に向かってカウンターのパンチを浴びせる。後退した勢いである程度威力を殺したものの、ダメージは受けている。

 

「この……!」

「まずい、白い雷光(レバン・バルカ)の準備じゃ!伏せろ!」

 

 時雨は伽奈芽の構えからこれから起ころうとしている事を察し、その場にいた伽奈芽以外のリリィ達に回避を促す。伽奈芽本人は周りなどお構いなしにCHARMの引き金を引いた。

 

「喰らえ!!」

 

 白い雷光(レバン・バルカ)がベヒームに命中し、辺りに爆風が巻き起こる。煙が巻き上がり、その場にいた全員の視界が塞がれる。

 しばらくして煙が晴れ、視界が開けてきた次の瞬間、ベヒームが仁王立ちで立っている光景が伽奈芽達の視界に映った。

 

「は……!?」

「カナさんの白い雷光(レバン・バルカ)が効かないなんて…!」

「ニクムチソディテピユシアユチイナクビ。」

 

 伽奈芽と神琳は驚愕して開いた口を塞げずにいた。それに構わずベヒームは伽奈芽にアッパーを喰らわせ、空中へと放り投げる。

 空中へと飛ばされた伽奈芽は太陽の光を受けて妖しげに光るベヒームの角によって刺されたかに思われたが、左手で角を掴み、致命傷を回避した。

 

「ぐぅっ…!」

「シコエプ。」

 

 左手を負傷し、悶絶している伽奈芽にベヒームがトドメを刺そうとした次の瞬間、別の特別指定上級ヒュージが現れ、ベヒームに攻撃した。突然起こった事態に伽奈芽達は困惑を隠せないでいた。

 

「ムメカノオ!!」

「デネテミビュルプ。テサイ。」

 

 ベヒームに攻撃を浴びせたスフィンクスの性質を持つ特別指定上級ヒュージ、スフィス・シルヴィスは

 

「な、仲間割れ……。か?」

「一体全体何が起きてますの?」

 

 ミリアムと楓は万が一の事態に備えてCHARMを構える。ベヒームとスフィスは彼女達に構う事なく戦闘を開始し、川の方へと向かっていった。それに続いて伽奈芽達も後を追うが、二体のヒュージは川へと転落した。その様子を伽奈芽達は呆然と立ち尽くしたまま見ることしか出来なかった。

 これ以上の追跡は不可能だと判断した伽奈芽は通信機を操作し、希に着信をかける。通信機から二回コールが鳴った後、希が応答した。

 

「はい。」

「もしもし、希?今目撃情報があったっていう特別指定上級ヒュージ見たんだけどさ。」

「はい。結果はどうでしたか?」

「ダメだった。白い雷光(レバン・バルカ)は通じないし、別の特別指定上級ヒュージが出てきてよくわからないままになったし。」

「なるほど……。しばらくの間考察して状況を整理してみます。」

 

 希が通信を切断しようとしたその時、伽奈芽が自身の要望を思い出し、「あっ、そうだ」と呟いた。

 

「あのさ、もしもあの特別指定上級ヒュージが生きてたとしたら今のあたし達じゃどんな攻撃も通用しない。だから新しい技を編み出す。その間の三十分は戦線離脱させてほしい。」

「…三十分で出来るんですね?」

「うん。」

「承知しました。松山さんの申し出を許可しましょう。」

「ありがとう。」

 

 伽奈芽は通信を切断し、楓達に事情を説明した。その場で異議を唱える者はおらず、即座にゴーサインを出した。伽奈芽が戦線離脱をした後、梨璃達が遅れてやって来た。

 

「すみません!遅くなりました…!って、あれ?」

「一旦終わっただけだ。いずれまた出ると思う。早急の準備が必要だな。時雨、瑤様を希のもとに運んでくれ。」

 

 遅れて駆けつけた梨璃の対応をしつつ、鶴紗は時雨に指示を出す。瑤を抱えた時雨は「承知した」と言うと、希の待機しているエレンスゲへと向かっていった。

 すると梨璃達の通信機から声が聞こえた。声の主は希だった。

 

「こちら、櫻田です。皆様にお願いしたい事がございます。手順はこちらで説明しますので、あの特別指定上級ヒュージを罠にかけてくださいませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十分後、ベヒームはスフィスから逃げ切り荒野を彷徨っていた。ここには草木が一つも生えておらず、辺りは閑散としている。しかし空は雲一つない快晴であり、地球とは別の惑星と言われても疑いようがないほどの殺風景であった。

 そんな荒れ果てた世界に一つの音が響いた。バイクをふかす音である。その音に苛立ちを感じたベヒームはバイクに乗っている少女に攻撃を仕掛ける。しかし少女はバイクを運転し、上手くベヒームの攻撃を躱す。バイクをベヒームにぶつける瞬間に少女は咄嗟に飛び、バイクに設置されていた爆弾による爆発を免れた。

 

「ふぅ…。」

 

 少女はヘルメットを頭から外し、爆発が起こった方向を振り向く。彼女の正体は凛音であった。

 事の発端は二十分前に遡る。希は梨璃達の通信機から着信をかけた。ベヒームを誘き寄せる作戦を立てたと言うのだ。

 

「ちょっと待って、もうわかったの?」

 

 ベヒームが工場に現れた情報を手に入れてから今までの時間を計算すると数分ほどしか経過していない。その事実に恋花は驚愕しており、疑いを隠せないでいた。

 

「ええ、これまであの特別指定上級ヒュージが目撃された場所に関する情報をまとめました。畑、公道、不良達の屯する廃墟、そして今回の工場。これらの共通点は乗り物がある、という事です。それも…。」

 

 希はベヒームの目撃情報からベヒームが出没した場所の共通点を看破し、梨璃達は納得する。しかし、彼女の話を梅が途中で遮った。

 

「ちょっと待て、普通の学校にはないだろ?中学校高校なら自転車が付き物だし。」

「ですから、乗り物と言ってもエンジンが付いてるものに限るんですよ。畑であればトラクター、公道であれば自動車、不良達が集うような場所であればバイクだったり改造車であったり。そして今回の工場は重機。おそらく例の特別指定上級ヒュージはエンジンの音を嫌っているのではないでしょうか。」

 

 希の推測を改めて聞き、ようやく全員が納得の色を示す。

 

「けれど、どうしましょうか…。私が知る中でエンジンの付いている乗り物を運転できるリリィなんていま……。」

「心配には及びませんよ二水さん。たしか凛音さんは原付の免許を持っていたはずです。それを利用しましょう。」

 

 二水の心配を解消するかのように晴海が語る。そしてそれを聞いた希は作戦を立てた。まず原付バイクを運転する凛音が囮となり、スイッチを押してバイクを爆発させたところで一気に畳み掛けるという算段である。しかし凛音は納得を示さず、希に尋ねた。

 

「ちょっと待て。たしか一葉はバイクの免許持ってるらしいじゃん。一葉がやるのは?」

「嫌です。自分のものではないとは言え、バイクは壊したくありません。」

「こんな時に何変な意地張ってんだ。」

 

 一葉の返答が腑に落ちなかったのか、凛音は食い気味に反論する。

 

「確かにこれなら民間人に危険も及ばないね。凛音、やってくれる?」

「わかったわかった、かまわないです。」

 

 いくらヒュージ殲滅の作戦とはいえ、エレンスゲのリリィに手を貸している現在の状況を気にしているのか凛音は紬の言葉にぶっきらぼうな口調で返す。すると今まで沈黙を貫いていた雨嘉が口を開いた。

 

「でも、あの特別指定上級ヒュージにどうやって対抗するの?カナさんのランドグリーズですら傷一つ付けられなかったのに……。」

「その点については心配ない。」

 

 雨嘉の言葉にミリアムが反論し始めた。

 

「実は瑤様があのヒュージの突進を喰らう直前に至近距離で腹部を狙撃していたのじゃ。全く痛がっている素振りは見せなかったが、そこを重点的に攻めれば勝機は掴めるじゃろう。」

「タダでやられるタマじゃないとは……。さすがエレンスゲのリリィですね。」

 

 ミリアムが状況を説明し、紬が感心する。本題を戻すように希が通信機の向こう側から分かりやすく咳払いをすると、話を凛音に振った。

 

「では二条さん、お願いします。」

「りょーかい。」

 

 そしてその二十分後の現在、凛音達は予定通りこの作戦を実行していた。あと十分も持ち堪えれば新たな技を会得した伽奈芽も到着する。困難な作戦ではあるものの、彼女達にこなせない難易度ではない。

 

「グガァァァァァァァ!!!」

「うわぁ、生きてた……!」

「まぁそりゃ原付爆発したぐらいじゃ死ぬわけないよねぇ……。」

 

 驚く藍とは対照的に凛音は平然としており、起動したタングニズルを右手で回す。ベヒームは炎を振り払い、凛音達に鋭い視線を向ける。

 

「総員、出撃です!」

「ラジャー!」

 

 一葉の指示を受けて凛音達はベヒームに総攻撃を仕掛けた。もはや隠れる場所などない、ベヒームとの真っ向からの勝負が始まった。先陣を切ったのは藍と鶴紗であった。先手はCHARMによる斬撃。二人はCHARMをベヒームに向かって振り下ろすが、どちらのCHARMもベヒームによって刀身を掴まれた。

 

「やあっ!」

 

 すると次の瞬間、ジョワユーズを予め銃の形態に変化させていた楓がベヒームの懐に入り、その腹部を撃ち抜いた。攻撃をまともに喰らったベヒームは後退りし、鶴紗と藍は解放される。

 

「しっかりしてくださいまし!本当の戦いはこれからですわよ!」

「あぁ、そうだな!」

「うん、ワクワクしてきた!」

 

 三人は怯んでいるベヒームに同時攻撃を仕掛け、斬撃を喰らわせる。しかし、ベヒームは右足を思い切り地面に踏みつけ、地ならしをし始めた。予想外の攻撃に三人はバランスを崩し、攻撃を中止する。

 

「うっ…!」

「なら次は私達が!」

 

 次に攻撃を開始したのは梨璃、一葉の二人である。攻撃は先程の鶴紗と藍同様CHARMの振り下ろし。ベヒームの一瞬の隙をついた二人はベヒームの身体に斬撃を浴びせたが、彼には全く効いていなかった。

 

「これだけ攻撃を受けても全く動きが鈍くならないなんて……!」

「瑤様が付けた傷を狙いましょう!」

「はい!」

 

 梨璃と一葉は再びベヒームに向かって攻撃を開始する。しかしそれよりも速くベヒームが動き、二人に向かってパンチを喰らわせた。愚直ながらも強力な攻撃をまともに喰らった梨璃と一葉は体勢を立て直せず、地面に叩きつけられる。

 

「今度は私が時間を稼ごうかな!陽向と二水さんは梨璃さんと一葉さんを。その間は私が引きつける。」

「はい!」

 

 次に紬がベヒームとの交戦を開始した。紬はグングニル・カービンを構え、刀身の鋭利な部分を自身の外側に持ってくる。ベヒームが自身の間合いに入った事を目視で確認した紬は手首を半回転させ、ベヒームに斬撃を浴びせた。

 

「紫電一閃流初斬・宙月(ちゅうづき)!」

 

 あたかも猿が敵を爪で引っ掻くかのような動きを取り入れた剣技、宙月がベヒームの身体に炸裂し、ベヒームは再び怯む。それに負けじとベヒームは紬に突進し、彼女はグングニル・カービンの刀身で攻撃を防ぐ。

 

「チイネハンオ…!チイネハンオォォォォォ!!」

「ぐっ…!」

 

 次の瞬間、紬が持っていたグングニル・カービンの刀身に亀裂が生じ、三秒も経たないうちに砕けた。それを予想していなかったのか、紬は一瞬驚いた表情を見せ、足元へと視線を落とす。

 

「あちゃ〜…。やっぱりスリマじゃないとダメかぁ……。」

 

 CHARMを破壊された事で戦闘不能になった紬は仕方なく後退する。これだけの攻撃を浴びせても未だダメージの少ないベヒームを相手にするのは困難だった。

 ベヒームと対峙している全員のマギにも限界がある。このままではベヒームを倒す前に自分達が力尽きてしまう。

 数分しか経過していないにもかかわらずベヒームとの戦闘はいつしか我慢比べへと発展していた。

 

「恋花様!」

「オッケー!」

 

 そんな中痺れを切らして動いたのはミリアムと恋花だった。攻撃はCHARMによる斬撃。しかしそれはただの攻撃ではなくレアスキル、“フェイズトランセンデンス”によるものだった。二人のマギがCHARMに込められ、両者の会心の一撃がベヒームに命中する。それでもなおベヒームは地に膝をつけることなく立ち続けていた。

 

「ぐっ…!効かぬか……。」

「ごめん、あたし達これ以上は無理かも……。」

「お姉様、二人を頼みます!今度は私が!!」

 

 マギを使い果たし、力尽きたミリアムと恋花は膝をついてリタイアする。そんな二人を守らんと陽向がベヒームの前に立ちはだかった。

 

「赤炎一撃拳初弾・狴犴!」

「ニアドゥピソネフ。」

 

 赤炎一撃拳の技の一つ、狴犴を繰り出した陽向だったが右腕をベヒームに掴まれ、無理矢理外側に捻られた。右腕から骨の折れる鈍い音が聞こえ、陽向の身体に失神する程の痛みが走る。

 

「ああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 右腕を拘束され、ベヒームに背を向けた陽向に成す術は残されておらず、ベヒームの成されるがままの状態であった。背中にパンチを喰らい、吹き飛ばされた陽向は何も出来ず地面に転がり込み、そのまま気を失う。

 

「陽向ちゃん…!こうなれば体制を立て直すしか…!ん?」

 

 千香瑠が現状を打破する作戦を模索していたその時、荒野を歩く足音が聞こえた。甲高い音でありながらも力強さを感じる音。その音を発していたのは伽奈芽であった。

 

「カナさん!」

 

 伽奈芽を見た紬は歓喜のこもった声で伽奈芽の愛称を口に出す。

 

「後は任せて。それと鶴紗、雨嘉。あたしにマギを分けて。」

「は、はぁ…。」

「何をする気だ……?」

 

 鶴紗と雨嘉は戸惑いながらもマギを伽奈芽に分ける。その後、鶴紗から「借りるね」と言い、彼女のティルフィングを左手に持つと、ベヒームと対峙した。

 

「あれ?カナさんのレアスキルって円環の御手でしたっけ…?」

「いいえ、彼女の能力は……。」

 

 二水が言い終える前にベヒームは伽奈芽にパンチを仕掛ける。しかし、すでに予測していたかのように伽奈芽は難なく攻撃を躱した。

 

「なっ…!?あの動き、まるでわかっていたかのような……。まさか、“ファンタズム”!?」

 

 ファンタズム。未来予知に近い能力を持ったレアスキルであり、鶴紗の保有するレアスキルである。レアスキルは原則一人一つまでだが、そのルールをいとも簡単に破った伽奈芽に鶴紗は驚きを隠せない。

 

「“マジェスティックリリース”。カナさんのレアスキルです。能力は大雑把に言えばマギの汎用性を高めるもので、フェイズトランセンデンスと全ての知覚系レアスキルの完全上位互換と言っても過言ではないなんです。」

 

 二水の説明の通りである。伽奈芽はマジェスティックリリースによってマギの汎用性を拡張し、鶴紗と雨嘉のマギを受け取った。つまり伽奈芽は現在鶴紗と雨嘉のレアスキルを使える状態にある。

 

「雨嘉、今度はアンタのCHARM借りるよ。」

「え?あっ!」

 

 いつの間にか伽奈芽は後退し、雨嘉のアステリオンを勝手に使う。そして伽奈芽の位置から数十メートルほど離れているベヒームの腹部に銃弾を撃ち込んだ。

 

「それ、“天の秤目”…!」

「一気に決める!」

 

 伽奈芽は助走をつけて跳ぶと、空中で一回転し、両手で握ったランドグリーズでベヒームを一刀両断した。技が決まった瞬間、それまで活発に動いていたベヒームは静止する。

 

「紫電一閃流奥義・大車輪!」

 

 ベヒームの身体が縦に真っ二つに割れ、戦いが終わった。今回の討伐作戦は無事、成功という最高の形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、伽奈芽と希は丘の上に来ていた。そこには数々の墓跡があり、どの墓跡にも花束が添えられている。

 すると伽奈芽は自身の持っていた花束を一つの墓跡の前に置いた。その墓跡には“RENA HADUKI”の文字が刻まれており、伽奈芽は墓跡の前で手を合わせた。

 

「葉月 レナ。あたしが愛した人。いや、今でも愛してる。今でも愛してるからこそあたしは……。」

「松山さん…。」

 

 地に視線を落とす伽奈芽を見て、希も墓跡の前で手を合わせた。伽奈芽の固まっていた時間は後に大きな出来事を呼び寄せる。今、その事を知る者は誰もいなかった。




第7話は更に展開が動きます。話数の都合上、色々詰め込まないといけないので……。それではまた次回
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