ソメイヨシノは穢れない   作:スターフルーツくん

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ストックすり減らしての投稿です
一日1000文字継続も楽じゃないってことを身をもって実感しました
ではでは


第7話「ヒートアップする恋」

 

 

「今年の夏は、私と一緒に過ごそ?」

 

 甲州市のとある地域で梨璃達は白いワンピースを着用し、ラムネを持って撮影をしていた。しばらく経ち、百合ヶ丘の購買部のレジ担当の男の声が聞こえる。

 

「はい、カット。まず梨璃ちゃんと紅巴ちゃん。緊張しすぎて笑顔が固くなってる。もっとリラックスして。」

「は、はい!」

 

 梨璃と紅巴は互いに顔を見合わせる。慣れない経験をしながら二人は表情が自分と似通っていることに気づき、にこやかに笑う。

 

「楓ちゃん。ニヤニヤしすぎ。もっと爽やかな感じにできないの?あと梨璃ちゃんとの距離が近すぎて違和感ある。もうちょい離れなよ。」

「ニヤニヤなどしていませんわ!私はただ梨璃さんと同じ空気を吸える事を考えて顔を綻ばせているだけですわ!」

「それをニヤニヤしてるって言うんだよ。ほら、つべこべ言わずにさっさとやる。」

 

 楓に対して冷たい対応をしつつ、男はカメラを再度チェックする。

 

「恋花ちゃんはオッケー。ライト大丈夫?もうちょい明るさ落とす?」

「いえ、さっきの明るさで大丈夫です。」

「りょ。じゃあもうちょい上手い具合の角度ないか試してみるね。」

 

 男は照明を動かし、恋花の顔を見る。彼女の照明の当たり具合を見つつ、ベストな角度を模索しているのだ。丁度いい角度に収まったと感じた男は照明から手を離す。

 

「希ちゃんはやらされてる感半端ない。もっと自然体で。」

「実際にやらされているんですが…。」

「これビジネスだからそういうの無しで。」

 

 男から矢庭にそう言われた希はぶっきらぼうな口調で答える。そんな彼に姫歌が愛嬌を振り撒きながら近づく。

 

「お兄さぁ〜ん!ひめひめはぁ〜?」

「うん、姫歌ちゃんは『自分こういうの慣れてますよ』感出し過ぎてて見てて鼻につく。もっと自然体で。」

「何でよっ!!!」

 

 姫歌の怒りを歯牙にも掛けずに男はカメラを覗く。動画の撮影には慣れているのか、男の手つきは妙にスムーズであり、それでいて完成度も高いものである。

 何故こんなことになったのか。男は過去を振り返る。昨日、梨璃の住んでいる地域が消滅可能性都市に指定された。元々その地域はヒュージが出没する事があり、その土地で幾度となく戦闘が繰り広げられた。その中でも甲州撤退戦はあまりにも有名な一戦である。

 男もそのニュースを目の当たりにしており、梨璃が悲しむ姿を想像していた。数分ほど策を講じた後、男はある結論に至った。梨璃達を起用したPR動画を作れば良いのではないか、と。幸い彼の近くにいるリリィは容姿の整った少女や知名度のある少女などが多数おり、宣伝素材としてはうってつけであった。

 早速男は各ガーデンのリリィ達に出演のオファーを頼み、恋花、希、紅巴、姫歌のスケジュールを押さえる事に成功した。残る百合ヶ丘では梨璃、夢結、楓の三人のスケジュールが空いており、ジャンケンに勝利した楓が梨璃と共にPR動画に出演する事となった。

 そして集まった七人で動画の内容を検討した結果、試しに梨璃の好物であるラムネの宣伝をしてみるのはどうかという意見に落ち着き、現在はその撮影をしている途中であった。

 

「大丈夫なのでしょうか…。エレンスゲを留守にしてしまったのですが……。」

「心配ないよ、国上の皆さんがいるし。今は撮影を終わらせよ?」

 

 心配する希に恋花が声をかける。この地域からエレンスゲまで、今から電車で向かっても日が落ちる頃にしか帰ってくる事ができない。仮にヒュージが出没した場合、一日の休みは大きな痛手となる。それも二人も不在な状態だとなれば集団で行動するレギオンにとってら尚更である。

 

「ねぇ、早くしようよ。こっから撮影が終わったら編集しなきゃいけないんだから。その編集にもかなりの時間がかかるの。早く終わらせたかったら早く撮影して。」

「あっ、はい!」

 

 その後も撮影をしたものの当初予定していた以上に時間がかかり、帰る時間帯は翌朝となってしまった。その一方で恐るべき事件が起こっていた事を七人はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして百合ヶ丘女学院では二水がタブレットを使って調査をしていた。しかし中々捗っていないのか、二水の顔は眉間に皺が寄っていた。そんな二水の様子が気にかかったのか、梅が彼女に声をかけた。

 

「ふーみん、何してるんだ?」

「あっ、梅様!カナさんから頼まれてちょっと調べ物をしているんです。」

「調べ物?何を調べてるんだ?」

「葉月 レナって方を調べるよう言われていたんです。」

 

 葉月 レナ。伽奈芽の恋人であった女性であると同時にリリィでもあった人物だ。二水はレナが伽奈芽と同じ荒司沢女学院であるという情報に加え、生年月日や血液型などの個人情報も頭に入れている。

 

「葉月 レナ、か。どこかで聞いた事があるような無いような……。二水は知らないのか?」

「はい、知りません。防衛省発行の官報に目を通していればわかると思うのですが、私もその全てを閲覧し終えたわけではないので……。」

 

 二水は自身の調査力不足をその声色に乗せて語る。リリィの情報は常に更新される上に現在の高等部一年生のように一年ごとに新しく官報に載るリリィもいる。

 つまり二水は頭の中に今まで以上の情報量を詰め込む必要があり、わずか数週間でそれを把握できる事はたとえ彼女であっても不可能である。

 

「なるほどナ。調べてわかった事は何かあるのか?」

「それが何もわからないんです。いくら調べてみてもデータがどこにも掲載されていなくて……。」

 

 二水はタブレットの画面を梅に見せる。そこには二水が“葉月 レナ”で検索したものの、検索結果の該当件数がゼロであった事を示す画面が表示されていた。

 

「おかしいナ。カナさんの言う事が本当ならあるはずなのに……。」

「何か、裏があるに違いありません。もう少し探る必要がありそうです。」

 

 二水はパソコンのある部屋へと向かい、梅も彼女についていく。そんな二人の目の前に夢結が深刻な面持ちで現れた。

 

「夢結!どうしたんだ?」

「二人とも、今すぐ私と一緒に来てくれないかしら?」

「え?あっ、ちょっと夢結様!?」

 

 夢結は否応無しに梅と二水の腕を引っ張り、会議室へと連れて行く。夢結になされるがまま二人は会議室へと入室し、恐る恐る席に座る。既に会議室に来ていたリリィ達の視線が二人に突きつけられ、今にも死んでしまうほど二人の心臓は高鳴っていた。

 

「遅かったじゃないか。早速だが始めるぞ。」

 

 内田 眞悠理が二水と梅を睨みつけながら口を開いた。眞悠理は百合ヶ丘女学院高等部の三年生であり、生徒会長三役の一人、“ジーグルーネ”でもある。そんな眞悠理は百由に合図を出し、テレビにネットニュースの記事を映し出させた。

 

「これは今朝起きた事件だ。スポーツ選手が次々と足を失う不可解な事件が発生している。間違いなく特別指定上級ヒュージの仕業だ。」

 

 眞悠理は淡々とそう語るが、リリィ達の心は怒りで満ちていた。

 夢は光でもあり、影でもある。人間は夢に憧れ、そこに向かって手を伸ばそうとするが、途中でリタイアした人間はその影を背負って生きていく事となる。

 それがどれほどの苦痛であるか、彼女達は容易に想像ができた。

 

「国上の方達と協力してヒュージを殲滅すると同時に、次に狙われる選手を特定する。それが今回の任務だ。では、解散。」

 

 眞悠理の言葉で一同は解散する。会議室から退室していくリリィ達の波に抗い、二水は眞悠理のもとへと向かい、対面した。

 

「お前は……。一柳隊の二川 二水か。」

「すみません!あの、眞悠理様につかぬことをお伺いいたしますが、葉月 レナというリリィをご存じありませんか?」

「……知らないな。」

「ありがとうございます。お時間をとらせてしまい、申し訳ございませんでした!では、失礼します。」

 

 二水はそう言い、眞悠理を残して会議室から去っていった。二水の口から出た葉月 レナという名前に眞悠理は形容し難いデジャヴを感じながら二水の背中をじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件のあった現場へ到着した国上のリリィ達はビデオ判定用に撮影された動画をチェックしながら調査を進めていた。スタジアムの床には直径四十五センチほどの黒焦げの焼け跡の穴があり、焼けた臭いが伽奈芽達の嗅覚を刺激する。

 

「……地雷だね。それで足が吹っ飛んでる。」

 

 紬は動画を見ながらそう語る。動画には床の爆発によって選手の右足が宙を待っている様子が映っており、一連の流れから地雷と推測するのが妥当であった。

 

「こんな体育館みたいな床に地雷を埋め込むのって相当時間かかると思いますけどそこはどうなんでしょうかね?それも掘った跡無しで。」

「多分、地中に自分のマギを埋め込んでたんだよ。後はスイッチを押せばマギが作動して、一気に放出する。」

 

 伽奈芽の疑問に紬が答える。そんな紬の憶測を事実として立証したかったのか、晴海はマギの測定器を使って辺りを調査した。

 

「お姉様ー、この焼け跡からマギの反応が検出されました。」

 

 晴海は微笑みながら測定器の数値を紬に見せる。謎が解ければ後は対策を練るのみ。攻略の糸口は順調に掴めていた。

 

「しかし、妙だって思いません?特別指定上級ヒュージのやり口って大抵殺人が主だったのにそれが今になって命を奪わずに事を済ませるなんて、おかしいですよ。」

 

 すると凛音が口を開いた。これまでの方法では特別指定上級ヒュージが特定の場所で人間を殺してきたが、今回は事情が違っていた。命までは奪わなかったのだ。

 

「んー、きっと何かしらのアクシデントがあったんじゃない?」

「いえ、実はこれと同じような内容の事件が何件も報告されているんです。仮に予想外の事態が起きているのなら改善するように努める筈ですし、これが奴らの目的なんだと思います。」

 

 陽向はタブレットの画面を見ながらそう語る。今回の目的は殺人では無いことを前提に五人は推理を始めるが、一向に煮詰まる気配はなかった。

 

「あー、希がいてくれたらなぁ……。」

「今櫻田さんは甲州の方ですよ。」

 

 希の存在を願う伽奈芽に対して晴海が冷ややかな口調で返す。

 

「とりあえずは鎌倉市の全ガーデンの包囲網と情報網を使って特別指定上級ヒュージの居場所を割り出すしかないね。大掛かりな作業だけど櫻田さんがいない今はこれしか方法がないし。」

 

 紬は一縷の望みをガーデンの力に託し、今日の調査をお開きにした。そんな五人の様子を無表情でロゼラは陰から見ており、誰にも気づかれないよう静かに踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ今帰りました!」

 

 翌日の昼下がり、撮影を終えた梨璃と楓は百合ヶ丘女学院へと帰還した。それまで白色のワンピースを着ていた二人は百合ヶ丘の制服を着用し、自身に馴染む感覚すらも感じていた。

 そんな二人を労おうと二水を除いた六人が待合室で待機しており、梨璃と楓が入室すると、それまで虚無に満ちていた表情が一瞬のうちに光った。

 

「梨璃!」

「お姉様ー!」

 

 梨璃を心配していた夢結は梨璃のもとへ向かう。二日間梨璃に会えなかったとはいえ、寂しさが募っていた。その寂しさが夢結を突き動かし、夢結も自身の中にあるその存在を否定しなかった。

 

「させませんわ!」

「させろよ。」

 

 梨璃を引き止めようとした楓だったが、それは図らずも鶴紗に阻止された。結果、梨璃と夢結は一年前の梨璃の誕生日と同様熱い抱擁を交わし、楓はそれをただ見ているだけとなった。

 

「あれ?そういえばお兄さんは?それに二水もいないし……。」

「あの方は二水さんと何やら交渉中らしいですわ。内容は後でお話するようですけれど。」

 

 梨璃に抱きつくことができなかった苛立ちからか、楓はわざと不親切な口調で雨嘉の質問に答える。呆れた梅は楓を諭そうとしたものの、夢結に止められた。

 

「申し訳ございません遅くなりましたー!!」

 

 次の瞬間、二水がドアを力強く開けて入室してきた。左手にはUSBメモリが大切に握られており、梨璃達は疑問を持つ。疑惑の視線を突きつけられている二水は額の汗を拭き、呼吸を整えるとパソコンの電源を入れる。

 

「で、これは何の集まりでしたっけ?」

「そこから!?」

 

 途中から合流した二水は事情を知らず、首を傾ける。驚きのあまり梨璃達は転倒し、床にぶつけた箇所を手で抑える。

 夢結は二水に事情を説明し、彼女に理解してもらった。二水も頭は悪くなかったようで、すぐに事情を飲み込んだ。

 

「それよりも二水さんが持っているそれは何ですか?」

「あっ、これはカナさんから頼まれた調べ物をするために必要なもので……。失礼します。」

 

 申し訳なさそうに頭を下げた二水はそれまでの獣に目をつけられた獲物のような弱々しい態度から一転して慣れた手つきでパソコンを操作する。

 電子音を奏でながらパソコンのタイトルが流れ、二水は急いでユーザー名とパスワードを打ち込む。完全にログインした後、二水はUSBメモリを差し込み、データを読み込む。

 しばらくすると一人のリリィの情報がパソコンの画面に映し出され、二水は一つ一つの情報を丁寧に読むためゆっくりとマウスパッドのカーソルを動かす。

 

「あった…。葉月 レナ。荒司沢女学院の生徒。カナさんと同じですね。」

「葉月 レナって、二水がさっき言ってた名前か?」

「はい。」

 

 梅の質問を二水はレナの情報をじっくりと読みながら答える。

 

「生年月日から考えるに、私達と同級生ですね。初等部の頃からその才能を見出されて本格的にリリィへの道を志したそうです。そして中等部では雷神というレギオンを組んでいて、風神の主将のカナさんとは恋人同士。両方のレギオンの関係も良好と書かれています。」

「あやつにそんな経緯があったとはのう。」

 

 レナの情報を聞いていたミリアムは目を見開きながら驚く。さらにカーソルを下方に動かしながら二水は続ける。

 

「身長はカナさんより五センチ下。使用CHARMは赤色のティルフィング。レアスキルはユーバーザイン。そして…。どうやら三年前の()()()()にも中等部二年生でありながら大活躍していたみたいですね。」

「それって…。まさか、甲州撤退戦!?」

 

 甲州撤退戦。それは梨璃が夢結の初めての出会い、そして梨璃がリリィを志したきっかけの事件であり、夢結のシルトである川添 美鈴が殉死した事件でもある。

 かつてその戦場に立っていた夢結の動揺を梨璃は理解し、共感していた。突然現れ、共闘する事になった伽奈芽との意外な共通点が浮かんできた事は十分な驚きであった。

 

「はい、風神と雷神の息の合ったコンビネーションで大活躍したそうです。倒したヒュージの数もどのレギオンよりも多く、死者も出なかったそうです。」

「私達と同い年でここまで活躍するとは……。」

 

 神琳もレナの功績に感心し、顎に手を添える。その時、それまでカーソルを動かしていた二水の指が止まった。一文で表された端的かつ事務的な情報だけが彼女の視界に飛び込んでくる。

 

「ですがレナさんは二年前に突如失踪しているようです。カナさんが必死になって探すわけですね。」

 

 大切な人が突然失踪したとなればそのような行動をとるのは当たり前ですよ、と梨璃は言いかけたがその後の境遇が違う自分はそんな事を言える立場ではない、と思い始め、その口に蓋をする。

 仲間と共に戦う自身とたった一人でヒュージに挑むカナさんの間にはどこか大きな壁がある。そんな状態の自分がカナさんの気持ちを代弁するのは甚だおかしい事ではないか。梨璃は無意識のうちにそんな思いを抱いていた。

 

「いや、ちょっと待て。そんなリリィの情報を渡すってどんな条件で…?」

「答えは簡単。口説いてきたの。」

「うわぁ!」

 

 鶴紗が疑問を放った事により、表情が曇りがかった九人の背後に密かに回った男はあっけらかんとした態度で口を開いた。忍者の如く音も立てずに入室してきた男に驚いた九人は再び転倒し、痛みが引いてきた部分を床にぶつけ、また抑え始めた。

 

「そ、そんなふしだらな事をしてまで貴方は…!」

「冗談だよ。本当は百合ヶ丘の外征レギオン、アールヴヘイムとサングリーズの二組を国防省の護衛に回す。それが本当の条件。」

 

 軽い口調で重要な事を言い放った男はテーブルの上に置かれたクッキーを一口頬張る。休む間もなく百合ヶ丘全体に関わる問題を聞かされ、梨璃達は三度に渡って驚愕する。

 

「サラッと何問題ありまくりな交渉してるんですか!?」

「いいじゃん。いざとなれば国上もいるんだし。一柳隊もそんなに弱くはないっしょ。」

 

 男の言い分を聞き、梨璃達は黙る。彼の言葉を否定する事は国上の強さ、そして一柳隊の強さを否定する事にも繋がる。それを知っていながら男は言葉選びをしており、その狡猾さに太刀打ちできない楓は悔しがる素振りを見せた。

 そんな中、ガーデン内にヒュージ出現時に起動する警報がけたたましく鳴り響き、梨璃達に危機を知らせた。

 

「あぁ、もうっ…!行ってきますからね!」

「うん、行ってらー。」

 

 仕方なく梨璃達は各々のCHARMをとって現場へと急行する。彼女達の背中を見て思うところがあったのか、男も数分経った後に待合室から退室し、自身の為すべきことをしに出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘の警報が鳴る数分前、希と合流した国上の七人はリジェルマ女学院の会議室で改めて特別指定上級ヒュージの討伐のための作戦会議を開始する事にした。

 

「さて、皆さんから頂いた情報をもとに話を進めましょう。まず特別指定上級ヒュージはスポーツ選手の足を爆破していました。今までに発生した件数は四件で、いずれも命に別状はありません。この事件における共通点は無論被害者が全員スポーツ選手という事ですが、共通点はこれだけではありません。」

 

 希は被害の起きたスタジアムやアリーナ、体育館の名前をホワイトボードに書き出す。総合体育館、染谷スポーツプラザ、空知スタジアム、レミリアスポーツアリーナ。どれも特別指定上級ヒュージが起こした事件の現場である。

 

「これを弾いてみましょうか。」

 

 スマートフォンを起動した希は鍵盤の形を外見にしたアプリを開き、音量ボタンを程々のレベルまで上げる。そしてゆっくりとその細く美しい指で音を奏でた。音を聞いた伽奈芽達はすぐにもう一つの共通点を思い浮かべた。

 

「これって…!ベートーヴェンの“運命”だ!」

 

 紬の言葉に希は頷き、話を続ける。

 

「えぇ、スポーツの試合が行われた場所にはどれも頭文字にドレミファソラシドの音階のいずれかの文字です。次の音階はファ。関東全域にある体育館でなおかつ頭文字が音階のものとなると一つ、埼玉県のファルタリアスタジアムです。試合は中止させ、体育館は開かせておきましょう。」

「罠にかけるって事だね。」

 

 希は国上メンバーの名前が書かれたマグネットをホワイトボードにくっつけ、黒いマジックペンで体育館を書くと、それぞれのマグネットを予め決めていた位置に移動させた。

 

「二人一組で行きましょう。私と二条さん、松山さんと相馬さん、伊坂さんと枝野さん。お姉様は待機してもしもの時の指示をお願いします。」

「あいあいさー!」

 

 紬が会議室で待機する事が決定し、六人はそれぞれペアを組んでファルタリアスタジアムへと向かった。

 ファルタリアスタジアムに先に着いた伽奈芽と陽向は草陰に隠れ、特別指定上級ヒュージが出没する機会を伺っていた。

 スタジアムの扉の向こうからは既に試合が始まっているかのような歓声が聞こえ、誘き出すには最適の罠である。

 スタジアムの外は風も凪いでおり、あまりに閑散としていたがために伽奈芽は無という名の檻に囚われたかのような錯覚に陥る。そんな彼女に陽向が声をかけ、その現象が泡のように一瞬で消えた。

 

「カナさん。」

「何?」

「何であの時櫻田さんの返事を断ったの?」

 

 伽奈芽の脳内に心当たりのある過去が蘇り、ゆっくりと本心を話した。

 

「それは……。あたしには大切な人がいて、その人を裏切るような真似はできないからで……。」

「その人はいつまで待ったら現れるの?」

 

 陽向の言葉に伽奈芽は口を噤む。伽奈芽の恋人、レナは二年前に失踪して以来一度も伽奈芽の前に現れなかった。その事実は伽奈芽がどれだけ言い訳しようとも変わらない。

 

「少しは自分の事情だけじゃなくて櫻田さんの事情も考えてよ!」

「うるさいな。てか何でアンタにそんな事言われなきゃなんないのさ。」

「……私は好きなの。櫻田さんのことが。でもわかった。いや、わかっちゃったんだ。櫻田さんが好きなのは私じゃなくてカナさんだって。だから決めた。櫻田さんが幸せになれる道を作ろうって。」

 

 陽向の希に対する想いを聞き、伽奈芽は自身の願望で希を傷つけてしまったことに対する後ろめたさと彼女の気持ちに応える事ができない自分自身の無力さに対する怒りを感じる。

 伽奈芽は一度この件を顧み、やはり自身の言動に何の間違いも無かったのだと結論付けた。しかし、それでも誰かを傷つける結果になる事はあり得るものであり、ましてやそれが自身の仲間であった事がより一層伽奈芽の心に強い圧迫感を与えた。

 

「陽向…。」

 

 伽奈芽は自身が傷付けた人物が一人だけではない事を知り、胸が痛くなる。次の瞬間、近くで爆発音が聞こえた。その音を軸に砂埃が舞う音、草木が焼ける音が続いて聞こえる。二人は特別指定上級ヒュージの仕業だと推測した。

 

「特別指定上級ヒュージか!?今の、体育館から聞こえた音じゃないし、もしかしたら罠には引っかからなかった…!?」

「だとしたら作戦は失敗…!急ごう!」

「オッケー!」

 

 二人は気配を殺すことをやめ、CHARMを起動すると音が聞こえた方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡ること数分前、凛音と希は共に伽奈芽と陽向が待機している位置とは正反対の場所で特別指定上級ヒュージを待ち構えていた。

 

「希、松山が好きなの?」

「え、何故二条さんがそれを…?」

 

 藪から棒に凛音がそう話し始めた。凛音がその件を知ったのは陽向の口から聞かされていたためである。しかし陽向の信頼を守るために凛音は彼女が口外した事を隠し、話を続けた。

 

「わかってるでしょ。あいつは希には振り向かない。

「それは…。」

「アタシと付き合って!アタシは…!希が好きなんだよ!」

 

 凛音からの突然の告白に希は狼狽を隠せず、身体と口が硬直する。

 

「希!」

「きゃっ!や、やめてください!」

 

 気持ちを抑えきる事ができなかった凛音は何の前触れもなく希に抱きついた。しかし希は咄嗟の事に動揺し、凛音を突き飛ばした。

 

「そ、そうだよね…。いっつも迷惑かけてばっかだから嫌だったよね……。」

「ごめんなさい…。でもそんなわけじゃ…!」

 

 希が言い終える前に、二人はどこか嫌な気配を感じ、マギで地面を蹴って高く跳ぶ。邪悪なオーラが纏われている場所はハッキリとわかる。地中である。

 二人の予想は的中した。凛音と希が飛んだ数秒後に地面が音を立てて爆発し、爆発の勢いに乗じて砂埃が舞う。

 

「ぐっ!」

「うっ…!」

 

 凛音と希はスタジアムの屋上に着地し、爆発した後の地面を見る。爆発した地面は昨日見たスタジアムの床と同じような跡が残っており、二人はCHARMを構えて敵襲に備える。

 

「流石にこの程度の作戦で引っかかるようなヒュージではありませんでしたか。この間討伐した特別指定上級ヒュージとは違ってかなり知能の高い敵だと考えて良さそうです。」

「相手が誰であろうと、必ず倒す…!」

 

 希は突然の出来事にも動揺する事なく、冷静に敵の分析を始める。一方の凛音は希と背中を合わせながら敵に警戒する。すると二人が屋上に逃げる事を予測していたのか、彼女達の前に一体の特別指定上級ヒュージが現れた。

 

「レホタフビ。」

「ふん、ヒュージのくせに冷静でいるなんて随分余裕がありそーだな。絶対にぶちのめす!」

「待ってください二条さん!敵の能力が未知数な状態で無闇に突っ込んでは危険です!」

 

 希の制止を振り切り、凛音は眼前に現れた特別指定上級ヒュージに攻撃を仕掛ける。しかし、ヒュージは凛音の攻撃を難なく躱し、彼女を狙撃した。寸前のところでCHARMの刀身で弾丸の軌道を逸らし、回避した凛音は体勢を立て直す。

 

「コフネユネアセヒソ、スフィス・シルヴィスプ。」

 

 スフィンクスの性質を持った特別指定上級ヒュージ、スフィス・シルヴィスはバズーカ砲の引き金を放ち、凛音と希を狙撃する。二人は瞬時に攻撃を避け、CHARMの切っ先を目の前の敵に向ける。

 

「二条さん、たった今ヘルヴォルとグラン・エプレに出動要請を出しました。一柳隊は既に向かっているようなのでもう間もなく来るでしょう。今は私達だけで時間稼ぎをするべきです。」

「あぁ、にしてもこのヒュージ、頭がキレるだけじゃない。強さも相当なもんだ。今こうして向かい合ってるだけでも相当な怪圧(かいあつ)を感じる…!」

 

 凛音はマギクリスタルコアから擬似CHARMを精製し、それにマギを込める。辺りには緊迫感が張り詰め、両者ともに相手の出方を窺う。

 それは張力によって最大限にまで張り詰められたフィドルの弦のようであり、どちらもほんのちょっとしたきっかけで限界を超え、切れる。それが来たのは時間の問題だった。

 

「どこだ、凛音は?」

「こっちにはいない…。もしかしたら別の場所で戦闘を開始してるのかもしれないね。」

 

 屋上の下から伽奈芽と陽向の声が聞こえ、スフィスが先に動く。先手はバズーカ砲による砲撃三発。凛音は軽やかな動きで攻撃を回避し、一気にスフィスとの間合いを詰めた。その際に短剣型の擬似CHARMをスフィスの右足に刺し、後方に回り込んだ。

 

「松山さん!相馬さん!こちらです!」

 

 一方、希は自身の周りを警戒しながら伽奈芽と陽向を呼ぶ。しかし、それをさせるようなスフィスではなかった。スフィスの砲口が希を捉え、その弾丸が凛音の妨害も虚しく放たれた。

 

「希!!」

「はっ!」

 

 希は屋上から高く飛び、マギを駆使して華麗に着地をしてみせる。司令塔とはいえ、彼女も国上の一員である。この程度で命を落とすような弱いリリィではなかった。

 

「希!無事!?」

「えぇ、ですが二条さんがたった一人で戦っていますわ。援護をしなければ。」

 

 伽奈芽と陽向はCHARMを起動し、二手に分かれた。スフィスを挟み撃ちにして攻撃を仕掛けるという策を講じた二人はマギを込め、屋上めがけて高く跳ぶ。

 屋上の地面に着地した二人は凛音と共にスフィスを取り囲み、CHARMから弾丸を放った。しかしスフィスは弾丸を寸分狂わず正確に狙撃で撃ち落とし、陽向を砲撃した。

 

「陽向!!」

「大丈夫、なんとかね…!」

 

 スルーズで攻撃を防御した陽向はその威力の高さに後退り、再び構える。すると希が屋上に戻り、スフィスを狙撃した。

 スフィスは攻撃を予測していなかったのか、先程のように撃ち落とさずにバズーカ砲で弾いた。ゼロ距離で攻撃されないよう、ある程度の間合いを保ちながら希は陽向の前に立つ。

 

「櫻田さん…。」

「相馬さん、貴女ではあのヒュージとは相性が悪い。ここは私にお任せください。その代わり、この一帯に他にもヒュージがいないか辺りを探っていただけませんか?」

「もちろん!」

「ではお願いいたします。」

 

 陽向は屋上から飛び降り、地面に降りる。陽向が無事に降り立った様子を確認した後、スフィスの方に向き直った伽奈芽、凛音、希はCHARMを剣に戻し、構える。

 

「晴海と時雨は?」

「どうやらヒュージの群れに足止めされているようです。かなりの大群らしいのでこちらに近づくのは難しそうですね。」

「だから他にもヒュージがいないか探れって陽向に言ったわけだ…。」

 

 伽奈芽はスフィスを警戒しながら希と会話をする。しばらくの間、辺りに沈黙が流れた後、凛音が短剣を投擲した。スフィスはそれを弾こうとするが、短剣を投げた凛音の目的は攻撃ではなかった。スフィスが引き金を引くよりも早く、砲口に短剣が入り、バズーカ砲が暴発を起こした。

 

「多分あれが地雷を生み出す元になってたんだろうな。」

「スルセム。」

 

 スフィスはバズーカ砲を近くに捨て、銃で伽奈芽達を狙撃する。相手が遠距離かつ近距離のオールマイティなヒュージであるため、三人は迂闊に手が出せないでいる。そんな中、凛音が策も立てずに動き出した。

 

「おい、凛音!」

「二条さん!」

 

 伽奈芽と希の制止を無視し、凛音は短剣を再びスフィスに刺す。スフィスの右肩に短剣が刺さり、凛音は相手を睨みながら再び距離をとった。しかし短剣を刺した時に当たったのか、凛音の左脚に血が流れていた。

 

「ちっ…!」

「凛音!!」

 

 身体中に弾丸が脚を貫いた痛みが電撃のように走り、凛音は思わず膝をつく。怯む凛音の隙を見逃さず、スフィスの銃口が彼女の額を捉えた。

 

「ヒピラプ。」

「ざんねーん♪」

 

 凛音がそう言った次の瞬間、スフィスが突然悶え苦しみ始めた。突然生じた隙を突き、額から汗を流す凛音を伽奈芽と希が抱える。

 

「まったく…。とんでもなく無茶な事するね。」

「うるさい。」

 

 スフィスが苦しみ始めた理由。それは凛音のレアスキルにあった。彼女のレアスキルの名は“ポイズン”。それは蜂のような能力を持つ危険なレアスキルである。

 雌の蜂の針には毒がある。それは体内で精製されたタンパク質であり、蜂を食べた場合には何の反応も起こさないが、刺された場合にはそれが毒として身体に注入される。

 レアスキル、“ポイズン”はそんな蜂の性質を模している。自身のマギをCHARMに纏わせ、それを毒素に変換し、相手の体内に注入する能力。このレアスキルによって凛音は“毒蛇”という二つ名を付けられたのだ。

 

「ゴッ…。ガアァァァ…!!」

「よし、効き始めてきた。カナさん、櫻田さん。後は任せろ。」

 

 全身に毒が回し始めたスフィスは今もなお苦しみ、膝を地につける。凛音は左脚を引き摺りながらタングニズルをスフィスめがけて振り下ろす。しかし、それよりも早く凛音の肩部をスフィスの銃から放たれた弾丸が貫き、凛音はタングニズルを手放した。

 

「ピトヅスオムウデピトブセカホトアグセセ。」

 

 スフィスはそう言うと、凛音の血液を人差し指に付着させ、その指を身体に刺した。しばらくスフィスは苦しみだし、数秒経った後、毒が効く前の状態に戻り、平然としていた。

 

「ちっ、抗体作りか…。」

「凛音、今の状態じゃ無理だ。ここはあたしと希に任せて…。」

「そうやって!二人だけの空間にして楽しいの?お前はリリィだろ!?だったら戦闘中にまで私情を挟むな!!」

「違う!!今のアンタじゃ足手纏いになるだけ!さっさと治療してもらえ!!」

「なんだと!!!」

 

 口論の末に凛音は伽奈芽の顔面を殴り、防御をしていなかった伽奈芽は地面に倒れた。殴られると思っていなかった伽奈芽は目を見開き、凛音を一瞥する。彼女の表情には憤りが見え、口からは荒い呼吸音が漏れ出す。

 人間の感情はウイルスのように他人に移る。相手が嬉しさを顔に出せば自分も嬉しくなる。相手が涙を見せれば自分も悲しみを感じる。それは怒りもまた然り。凛音の怒気が伝染した伽奈芽は遂にその怒りを露わにした。

 

「この、分からず屋が!!!」

 

 口から血を流した伽奈芽は立ち上がり、凛音に殴りかかる。伽奈芽と同様に吐血し、凛音は倒れる。伽奈芽はその上に馬乗りになり、再び殴った。

 

「アンタが何の事で怒ってるか知らないけどさ、そうやって思い込みで物事を判断しようとするから上手くいかないんだよ!」

「うるさい!!」

 

 凛音は馬乗りになった伽奈芽の背中に蹴りを入れ、立ち上がって伽奈芽の顔面に打撃を浴びせる。それはヒートアップし、もはや目の前の敵を無視した殴り合いへと発展していった。

 

「二人ともやめてください!戦闘中ですのよ!!」

 

 そんな二人の殴り合いを見飽きたのか、スフィスはいつの間にか精製したバズーカ砲で伽奈芽、凛音、希の三人を砲撃した。咄嗟の出来事にも関わらず三人は砲弾そのものを避け切ることに成功したが、準備が不十分だったために攻撃によって生じた衝撃と風、そして爆発に巻き込まれた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 着地に失敗した三人は地面に身体を強く打ち付け、倒れた。激しい痛みが身体中を駆け巡り、立ち上がることすらもままならない。そんな三人の前に容赦なくスフィスが立ちはだかり、銃口を三人に向ける。

 

「シコエプ。」

 

 スフィスが引き金を引こうとした瞬間、一発の銃弾がスフィスを襲った。音でその存在に気づいたスフィスは咄嗟に弾丸を回避した。しかし一瞬動きが遅れたのか、頬には擦り傷がついており、そこから青黒い血が流れている。

 

「一柳隊、只今参上いたしました!」

「助かりました。ありがとうございます。」

 

 木々の奥から梨璃が駆けつけ、希は彼女に対して頭を下げる。彼女に遅れること数秒、一柳隊の残りの八人も皆揃った。

 

「全く、遅れてやって来てみればこの有り様とは…。国上も鍛え直した方が良さそうですわね。」

「アンタらだってこないだ特別指定上級ヒュージにボコボコにされてたじゃん。」

 

 三人の状態を見て煽る楓に伽奈芽は一柳隊がガゴラに完膚なきまでに叩きのめされた過去を引き合いに出す。

 

「希さん、ヘルヴォルはもうすぐ来るそうよ。グラン・エプレは大量のヒュージの相手をしているわ。」

「そうですか。伊坂さん達の手助けを…。教えていただきありがとうございます。それと申し訳ございませんが一柳さん、安藤さん、王さん、グロピウスさん。松山さんと二条さんの救護をお願いいたします。」

 

 希の頼みを承知した梨璃、鶴紗、雨嘉、ミリアムは伽奈芽と凛音を連れて戦場から一時的に撤退した。梨璃達が安全な場所まで逃げた事を確認した残りの五人はスフィスを睨み、CHARMを構える。

 するとスフィスはバズーカ砲を地面に向けて放った。スフィスが何をしたのか、わからない希達だったが、梅はその卓越した危機察知能力でいち早くスフィスの企みに気づいた。

 

「飛べ!!」

 

 梅の指示で六人はその場から離れ、マギを跳力に変え、高く飛び上がった。その一秒後に爆発が起き、

 

「あれで地雷を作っていたんですね…。」

「えぇ、攻撃自体は見切れるので単純なものですが、先程の戦闘で身近なものから武器を精製できる事が判明しました。実に厄介な能力です。」

 

 希の考察の通り、スフィスの放つ爆撃は単純な攻撃ではあるが、その威力は強力である。更に壊しても再び精製されるため、その煩わしさは彼女達が遭遇してきた今までのどのヒュージも段違いである。

 次の瞬間、大量のヒュージが奥から現れ、それを晴海、時雨、陽向、グラン・エプレの八人が追いかけていた。ヒュージはどれもスモール級、ミディアム級のみで構成されている群れであり、一人でも十分に倒せるレベルであったが、数が多すぎるために対処に手間取っていたのだ。

 

「あー、ちょっとちょっと!」

「すまない、妾達では喰い止めきれなかった!」

 

 戦場に情報量が増え、敵味方両者が混乱する中、更に事態が急変した。この混沌とした戦場にヘルヴォルが駆けつけたのだ。五人は眼前に広がる光景に疑問を持ち、希に尋ねた。

 

「希さん!これは一体…?」

「えぇ、見ての通りです。ここまでヒュージが多いのか、私達にもわからない状態です。ですが決め手ならあります。白井さん、ヌーベルさん、二川さん、郭さん、吉村さん。三分ほどあの特別指定上級ヒュージの相手をお願いします。その間にどうにかしてみせます。」

 

 希の指示を受けた五人はスフィスと交戦を始め、希はヘルヴォルの五人を手招きで自身の近くに召集させる。

 

「希!どうにかするって一体どうやって…?」

「この数のヒュージを捌きつつ、あの特別指定上級ヒュージを倒す方法はただ一つ。ハイプレス戦術しかありません。」

 

 希が恋花に対して打開策として述べた単語、ハイプレス戦術。それは戦場の小型ヒュージ達に対してプレッシャーをかけつつノインヴェルト戦術のパスコースを作り、早めに討伐対象のヒュージにショットを打ち込む戦術である。

 既に百合ヶ丘ではこの戦術が導入されており、アールヴヘイムはこのハイプレス戦術をサブ戦術として用いている。

 

「無理よ!完成してない戦術なのにそれを本番でやろうとするなんて…!」

「ですがやるしかありません。それに、ちょっとした冒険みたいでワクワクしますね!」

 

 反対する瑤とは対照的に、一葉は乗り気であった。彼女の意見に藍、千香瑠、恋花が賛成し、しばらくして瑤も仕方なく頷いた。

 

「全員心の準備ができたようですね。では始めましょうか。相澤さん、指示を。」

「はい。全員、直ちに定位置に!」

 

 一葉の指示を受け、希達はそれぞれのポジションにつく。一葉は準備が整ったことを自身の目で確認し、CHARMに特殊弾丸を込め、発射した。

 

「藍!」

 

 一葉のブルトガングから発射された弾丸に込められたマギが速度を速め、小型のヒュージ達を怯ませる。

 

「今だ!」

 

 ハイプレス戦術によって生じた隙をついた晴海達は次々とヒュージを薙ぎ倒し、遂にスモール級とミディアム級のヒュージを全て殲滅する事に成功した。

 

「恋花!」

「オッケー!瑤!」

「よし、千香瑠!」

「えぇ、希ちゃん!」

 

 晴海達がヒュージを倒していた間にもヘルヴォルのメンバーはパスを繋ぎ、遂に弾丸が希の元へと回ってきた。希は狙いを正確に定め、自身のCHARMであるスコグルの引き金を引いた。

 

「フィニッシュ!!」

「ヌナオツ!」

 

 希のフィニッシュショットに対抗しようとスフィスはバズーカ砲の引き金を引き、互いの攻撃が衝突し合った。優勢だったのはスフィスだった。スフィスはマギを最大限に放出し、徐々に希を追い詰める。

 

「駄目だ!完全に押されてる!」

 

 梅が現在の状態を見てそう言う。あと一歩、スフィスがマギを放出すれば希は死ぬ。もう駄目かと思われたその時、銃弾がスフィスの右目を射抜いた。夢結がブリューナクを銃の形態にして狙撃したのだ。

 

「今です!」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 あまりの激痛にスフィスがバズーカ砲を落とした瞬間を一葉と希は見逃さなかった。希のCHARM、“スコグル”の銃口から一気にマギが放出され、スフィスに命中した。ヘルヴォルと希のハイプレス戦術を受けたスフィスは爆散し、戦いが終わった。

 

「やりましたね!ハイプレス戦術、成功です!」

「えぇ…。」

 

 ハイプレス戦術の初めての成功に喜ぶ一葉達だったが、希だけは心に雲がかかっている状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スフィスの討伐後、集合した国上のメンバー達は反省会を終え、近くのレストランに向かっていた。その道中、希は伽奈芽の方を向き、言い放った。

 

「松山さん。私はやっぱり松山さんが好きです。たとえ思い人がいたとしても…。私は絶対に負けませんし、諦めません。絶対にこの想いを叶えてみせます。」

「希…。」

 

 希の決意を聞いた伽奈芽は何を思えばいいのかわからず、視線を逸らした。すると、そんな伽奈芽にわざとぶつかり、凛音が早歩きで去っていった。

 

「あっ、おい凛音!」

「二条さん…。」

 

 伽奈芽の呼び止めに応じることもなく凛音は夕日の光を背負って姿を消した。伽奈芽達には凛音の背中を見つめることしかできなかった。彼女の背から漂う悲しみ、苛立ちは周囲に悲しみの念を与えた。

 誰一人いない、閑散とした場所まで来た凛音は歩く速度を上げ、遂には走り出した。何かに追われるかのように、背中を突き動かされるかのように。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 川辺に着いた凛音は右手を思い切り振り下ろし、地面を叩く。右手は皮膚が剥がれ、そこから血が流れている。

 流れているのは血だけではなかった。凛音の両目から滝のように涙が溢れていた。先程の希の言葉が頭の中で反芻され、凛音の心の中に苦しみが増幅していく。その苦しみは凛音にとって、戦場で負う傷の何十倍も痛いものだった。

 

「どうしてわかってくれないの…!どうしてぇぇぇぇ…!!」

 

 日が落ちた頃、凛音の悲しみの叫びが狼の遠吠えのように木霊した。しかし、ここは都心を外れた場所。彼女の悲痛な心の叫びは希に届く事はなかった。




しばらく投稿停止するかもしれないので悪しからず
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