魔都東京20XX ~Howling Wolf~ 作:ジントニック123
東京某所、歓楽街からやや外れた裏通り。
昼間は何の変哲もない薄暗いだけの場所。
だが夜の帳が降りれば、そこは怪しげな露天が並ぶ商店街と化す。
掘り出し物を求めてさすらう客と、積極的に呼び込みをかける店主で賑わう雑踏。
──そんな騒がしい空間に一つ、ぽっかりと穴が開いていた。
『魔導屋ジュエリー』
店名だけが書かれた立て看板と神秘的な文様のついた黒いカーテンで仕切られたテント。
入口には“生体エナジー取り扱ってます”などとよく分からない張り紙までされている。
この場においてもあからさまに胡散臭く、目を引くであろう異様な雰囲気を放つ店。
しかし──
正確には視線を向けてもすぐに意識から外れ、記憶から抜け落ちていた。
すなわち認識阻害。何の力もない未覚醒の人間では気付く事すら出来ない。
一般人お断わりの、裏社会に生きる者のみを相手にする“本物”のオカルトショップだった。
そんなテントの中で。
「はい、こちらが今回のお代よ」
透き通るような声と共に、簡素な机を挟んで数センチはある札束が無造作に差し出されていた。
さして広くない店内に並べられた、怪しげな光沢を放つ宝石や水晶玉の数々。
それらに目もくれず、慣れた手つきで人相の悪い男が現金を受け取る。
男──
「……思ってたより少ねーんだが? どうなってんだよこりゃ」
「ちょっと待っててね、相場表を出すから」
その様子を見てクスリと笑いながら、闇そのもののような服と白磁のような手が印象的な妙齢の美女──この店の店長が紙を取り出す。
書かれているのは今週のMAG相場。
生体エナジー協会*1が公式に定めたものだ。
成幸が相場表の数字に目を通すと、今度は口がへの字に曲がる。
「1CP*2で7千円って、えらい下がってんぞ!?」
先週までは1CP9千円のはずだったが、恐ろしいほど値下がりしていたのだ。
確かにMAGの価格は市場在庫の量によって変動しやすい。
だがここまで急激に変化するなどそうあるはずもなかった。
あり得るとしたらどこかで悪魔が大量発生し、そこで得られたMAGをバスターたちが一斉に売り払ったとかその辺りだが、少なくともそのような話は聞いた事もない。
「──数日前だけど、
しばらくはMAG売人が大忙しね、と原因を店長が答える。
途端にげんなりとした表情へと様変わりする様子を見て、彼女から再び笑みが零れていた。
───本当に変わらないわねこの子。
この業界で仕事を長く続ける者ほど、段々と人間性というものがすり減っていく。
悪魔の言葉にはそれ自体に魔力が宿り、意思疎通をするだけで精神汚染の危機がある。*3
だがそれ以上に、人間と悪魔では価値観の違いというものが問題なのだ。
根本的な所で相容れない。人種や国籍の違いといったモノが些細に思えるほど、どうしても大きなズレがある。
人外相手ではそれが当然で、直接的にしろ間接的にしろ、関われば関わるほど、相手を理解すればするほど、価値観が人間から悪魔側へと傾いていく。
朱に交われば赤くなるという言葉がある様に、人を殺しても苦しめても、あるいはそれ以上の事をしてもなんとも思わない──体だけが人間の悪魔へと変容してしまう。
そうした者の末路は悪魔の餌になるか、同業者からの粛清か。
真っ当な死に方などまず望めるはずもない。
「あの馬鹿が……っ!! 暴れるなら明日にするかそうでなくても連絡くらい寄越せっての!!」
しかし、やはり例外というのはどこにでもあって、目の前の彼もその1つ。
クソが、と悪態をつく様子は駆け出しの頃から全く変わっていなかった。
第三の目に映るその
それはそれとして。
「そもそもの話、そんな古いタイプのバッテリーを使うのがいけないんじゃない?」
良くも悪くも、変わらないというのは問題を引き起こす事だってあるのだ。
例えば、昔買った初期型軍用アームターミナルのパーツをいまだに使い続けているとか。
持ってこれる量が少ないのなら、稼ぎも少なくなるのは当然の帰結であった。
「いや、それはまあ、そうだけどさぁ……」
自覚はあるのか、頭をボリボリと掻きながら成幸は口を尖らせる。
「仕方ねぇだろ。俺のスタイルだと耐久性重視にしないとすぐにオシャカになっちまうんだよ」
今や“
殴り合いを前提とする以上、容量重視だと壊れてしまう可能性の方が高いのも確かだった。
実際、今日の戦いでも頑丈なこのバッテリーでなかったら廃品回収に出していたはずだ。
「しっかし依頼の報酬と合わせても、あんまり大した稼ぎにならんかったかー」
ため息をつきながら、やっぱり受けるんじゃなかったと成幸は呟く。
店主は視線を彼の足元、正確にはそこに置かれた段ボールへと向ける。
「───遺留品を関係者に渡すために、報酬を半分以上使うからでしょう」
ばつの悪そうに視線を背けた。
「……ちげーよ。いつも言ってんだろ、単なる自己満足だ」
その自己満足が出来るのがこの世界でどれだけ少数派なのか。
異界から可能な限り被害者の遺留品を持ち帰る者がどれだけいるのか。
命がけで得た報酬を、顔も知らぬ誰かの為に平気で使えるのがどれだけ奇特なのか。
それを知っている故に、店長は彼の事を気に入っていた。
「持ち主が分からなかった物はいつものように共同墓地で埋葬……ここに持ってきたという事はまた真理愛さんと喧嘩したのね。今度は一体何をしたのかしら」
「冷蔵庫に入ってたプリン食ったんだよ。それだけで1時間近く追い掛け回してきたんだぞ信じられるか?」
「食べ物の恨みは恐ろしいのよ、特に甘いものはね」
だからといって、顔を合わせづらい時はいつも自分を経由するのはどうかと思うが。
───あの子の愚痴もちゃんと聞いてあげないと。
もう一人のお得意様の顔が脳裏に浮かぶ。
最初はひたすら文句を垂れ流すだろうが、最後には心配する言葉ばかり並ぶだろう。
今度来る時はコーヒーでも用意しようと決意した。
拒否するという考えはない。
気に入った若い子の力になるのも嫌いではないのだ。
「んじゃ、また今度な店長。次は相場が上がった時にでも来るわ」
用事も済んだので成幸は出口へと足を向ける。
このまま自宅へと戻って酒でも飲んで寝るのだろう。
その前に、朱色の唇が開く。
「気を付けなさい……猛烈な女難の相が出てるから」
優秀な占い師でもある彼女の言葉を受けて。
荒事屋の青年はもの凄く嫌そうな顔をした。
・
・
・
基本的に、朝のニュースや雑誌にあるような占いは信じない
こちら側に足を踏み入れる前から、血液型占いや星座占いなど当たった試しが無い。
今日のあなたの運勢は1位です、とかあったのに頭から川に突っ込んだこともある。
「女難……女難かぁ」
だが、本物の占術を修めた相手の言葉まで否定するほど自分はお気楽ではなかった。
特に店長―――実年齢不詳、初対面から外見が変わっていない―――のそれはよく当たる。
思い浮かぶのは警告を受けた後に起きたトラブルの数々。
例えば
少女の姿をした魔人と保護者な悪魔2体と遭遇した時とか。
気にし過ぎるのも問題だが、意識しておいた方が良いのは確かだ。
「うん、早く帰って寝よ」
やや早足気味に家への道を辿る。
これ以上の厄介事は勘弁だった。
装備も破損しているし、明日には修繕の依頼も出さなくてはならないのだ。
人混みを避け静かに、誰にも気づかれないように。
夜の街に溶け込むようにして―――。
「あん?」
風に乗ってほんの僅かだが臭いを感じた。
錆びた鉄の―――今日の仕事でも散々嗅いだ血の臭いだ。
軽く鼻を鳴らしながら出所を探る。
自宅と正反対の方向に、小規模だが
血が流れているなら高確率で戦闘かそれに類する何かが起きているのは明白で。
「…………」
歩みは止めない。
同業者かその辺りがドンパチやってるだけだろう。
珍しい事でもないし、自己責任が当然の世界なのだから首を突っ込むのはむしろ有難迷惑だ。
だからその場からすぐに立ち去った。
・
・
・
よく考えてみると自分は繊細な性質でもあった。
枕が変わったり電灯が点いている程度で寝つけなくなる。
気になる事があるとぐっすり眠る事も難しいのだ。
だから自分の安眠確保のため、確認くらいはしておくかと現場に向かったら。
「―――お前ら何してんの?」
落書きだらけの高架下、一般人の気配が失せたその場所で。
襤褸切れのような服の
「っぅは……!」
子供の方は息を切らしながら必死に逃げ回っており、体のあちこちにすり傷がある。
余裕を漂わせながら追いかける奴らには傷ひとつ無いので、臭いの元は間違いなくあっちだ。
だから。
| 正拳 | 物理スキル | 敵1体に剣相性ダメージ。クリティカル時、威力は3倍になる |
邪魔になると面倒なので背中に庇いつつ、とりあえず一番近くにいた不審者。
―――十字の描かれた旗を持った半裸の男を殴り飛ばす。
「ぎぃっぁ!?」
潰されたような汚い絶叫が響く。
遠く離れたゴミ箱に突っ込んだのを尻目に、視線だけを後ろに向ければ子供は呆然とした表情を浮かべていた。
これは何が起きたのかよく分かっていない顔だと経験で判断する。
そのまま改めて全身をチェック。
目元まで長く伸びた前髪に傷だらけのやせ細った手足。
服で隠れて見えない部分も同じような状態だろう。
よく見れば靴も履いておらず素足のままだ。
春も近い3月とはいえ、服装も合わせて外を出歩く格好ではない。
「んー、あー……とりあえずそこにいろ、いいな?」
ぎこちなく頷いたのを確認した後、1歩前へと足を踏み出す。
こちらに動きに合わせて下がった集団を遠慮なく“観る”。
| 種族:メシアン | クルセイダー | LV11~13 | 属性 | NEUTRAL-LAW |
やはりというか安定と信頼のメシア教―――某最大宗教の過激派連中だった。*4
全部こっちの勘違いで、夜遅くに出歩く子供を保護しようとしたボランティア団体という可能性は消し飛んだ。
元々0.1%以下の儚い可能性だったが。
「おいおい宗教の勧誘か? あんま強引だとケーサツ呼ぶぞ
ひとまず煽る。ストレートに罵倒する。
著しく礼を欠いているが、こういうメシアンに向けるのは基本暴力と挑発だけでいい。
案の定、白い牧師服を着たリーダーらしき男が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「貴様、我らを愚弄するか!! 総員かか―――」
| 乱れ打ち | 物理スキル | 敵前列に剣相性ダメージ |
轟音が一つ、少し遅れてアスファルトにキスをする音が続いた。
「喋るな鬱陶しい」
別に大したことはしていない。
言い切る前にその場にいた全員を
単に殴っただけなのだが、こいつらでは何が起きたのかも分からないだろう。
「喧嘩売るなら相手を見ろ。その程度の数なんて無意味だっつーの」
アナライズせずとも、相対しただけで実力差は分かるはず。
闘争ではなく逃走を選ぶべきだったのだこいつらは。
それが出来るかどうかは別として。
「あ、あの……死んじゃったんですか?」
一瞬でのされた集団を見ながら、背後から恐る恐ると声が掛けられた。
思ったよりも高い声だった。体格も小さいし変声期前なのかもしれない。
「いや全員気絶してるだけだ」
自然に近づいて答えながら周囲を警戒する。
嘘でも何でもない。
この程度の奴らを殺す意味も価値も理由も無い。
第一、子供にそんな光景を見せる時点でアウトだ。
そのまましばらく動かず―――何もない事に首をかしげる。
―――気配なし。こいつらだけなのか?
本命としてテンプルナイト*5やそれを守護する天使が出て来ると思っていたのだが。
クルセイダーはテンプルナイトに指揮されるだけの特攻隊、要は
上の位階に昇進する事もほぼあり得ない、使い捨ての選ばれざる者たちだ。*6
一応自爆用の仕込みでもあるかと距離は取ってあるが、どうやら様子も無い。
「まさか、人手不足ってオチはねーよな」
色々と複雑な気分になるが、それならそれで今後の仕事もやり易くはなる。
ひとまず安全の確認も出来たので仕事用のスマホを取り出し、登録してある番号をタップ。
善良な国民として通報するのは義務だ。
ただし、こいつらが行くのは警察よりも恐ろしい連中の所だが。
「んじゃ後はよろしく―――ん?」
大体の事情を伝え終わり、回収班の要請が終わると、コートの裾を引っ張られる感触がする。
振り向いて、こちらを見上げる子供の、前髪の間からのぞいた目が見つめていた。
「あ、ありがとうございました……」
「別にいい。たまたま偶然通りかかっただけだ」
少し疲れたので屈みこむと、丁度目線の高さが合った。
触るぞ、と声をかけてからついでにそのまま軽く触診を行う。
「ん……っ!?」
一瞬びくりと身体を震わせたが、特に気にせず続ける。
伝わってくる感触からして、痩せてはいるが骨や内臓系には異常は無い。
栄養失調で病院に運ぶ必要性も無さそうだ。
これなら傷の手当てをするだけでいいのを確認して―――気付いてしまった。
「なあ、ちょっと聞いていいか」
手を離して一歩距離を取ると、子供は顔を少し赤くして視線を逸らす。
「はい」
「お前って、その―――女の子?」
「そうですけど……えっと、大丈夫ですかお兄さん」
思わず天を仰ぐ自分を心配したような声がする。
―――“気を付けなさい……猛烈な女難の相が出てるから”。
約1時間前に聞いた言葉もリフレインした。
空に浮かぶ十三夜の月に照らされながら、子供が目の前にいるので言葉にせず叫ぶ。
―――