転生したけど記憶なし?!とりあえず生きることだけ考えます。 作:もっち
───ふと気がつくと暗い場所にいた。
地面は土、視線を上げれば漆喰の壁があった。
髪が邪魔だ、俺の髪はこんなに長かっただろうか。
髪をあげようと右手を上げて気付く。
骨張って、痩せこけた指。
傷だらけでかさぶたにまみれている。
よく見れば自分の身なりもかなり酷い。
麻か何かで編んだボロボロの布切れが、辛うじて服の形をしている。
靴を履いておらず、裸足なものだから土で汚れていた。
(なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?)
分からない。
なんで俺がここで路地裏で壁にもたれて座り込んでるのかも。
ここがどこなのかも。
そして、
(俺は───誰だ?)
自分自身が誰なのかも分からない。
一気に押し寄せてくる情報量。
痛い、空腹だ、ここは何処だ、なんでここにいる、臭い、これは自分の臭いか、痛い、痛い、俺は誰だ、かゆい。
落ち着け。
落ち着け。
今俺がやらなきゃいけないこと。
死にたくない。
多分このままだと死ぬ。空腹に殺される。
水もいる。喉の渇きが尋常じゃない。
俺は壁を支えにして何とか立ち上がり、路地の外へ出る。
食べ物だ、食べ物がいる。
いや、その前に水だ。
視界がボヤけてる。よく見えないがかなり人が居るように見える。
どうやらこちらを見て何かを言っているようだ。
何言ってるんだ…?全く聞き取れない。
いや、音としてはわかる。
だが、意味がわからない。
多分、
そう考えていると誰かにぶつかった。
髪が邪魔で、視界がぼやけているから誰なのか分からない。
「ア゛……」
「───!!───────!!」
喉が乾き切って声が出ないし、ぶつかった相手は何かを叫んでいるように聞こえる。
一体何を言っているのだろう、全く理解出来ない。
すると突如腹に衝撃が来る。
そして自分が蹴り飛ばされたと認識した時には俺はもう地面に転がっていた。
びしゃっ!ごろごろごろ。
痛い、痛い、痛い。
だが、今の音。間違いない。
水溜まりか何かに浸かった筈だ。
口に鉄の味が広がる。もう自分の状態を正確に把握出来ていない。
這いずりながら自分が浸かったであろう水溜まりの方向へ進んでいく。
あった。
俺は一心不乱にその水を啜った。
土の味と鉄の味、そして自分の体からする匂いで吐きそうになったが、死にたくないから必死に啜る。
喉の乾きが収まり、ふらつきながら立ち上がる。
水溜まりに入ったからか背中が冷たくて気持ち悪い。
服がザラザラと砂の感触を残していて一層不快だった。
そうは言ってもこの服を脱げば下に服がある訳でもない。
公衆の面前で上裸になるだけの勇気はない。
次は食べ物だ。
今度こそ髪をあげて周囲を見渡す。
店だろうか?何かしらが書かれている札と、その前に食べ物が並べられている。
自分の服を触ってみるが、お金と思われるものは何ひとつとして持っていなかった。
となると、盗む以外に選択肢がない。
盗んで、逃げられるだろうか。
譲ってもらえるだろうか。
譲って貰えるならそれに超したことは無い。
俺は近くの店のような場所に行って、そこに居る人に話しかけた。
「すみません…お願いします…何か、何か食べ物をください。お願いします。なんでもいいんです。お願いします」
「───、────」
「お願いします…お願いします…」
頼み込む。人の物を盗みたくない。そんな思いが胸の中で燻っている。
その思いは盗んだら人間としての何かを、自分の中の何かを捨ててしまいそうだと、俺に訴えかける。
自分が生きる為であれば、奪って食えばいいのに、まだ自分の人としての尊厳を捨てきれないでいる。
「お願いします……お願いしま」
「───!─────!!!」
そして、蹴られた。
また体が吹き飛ばされる。
2度目の地面を転がる感触。
わかってる。店先でこんなことをしてる時点で相手に迷惑を掛けてしまっていることを。
俺は仕方ないので立ち上がり、その店を後にした。
どこに行くあてもないが、まずは食べ物だ。
何処かに、どこかに何かないか。
すると、さっき居たところとは別の路地裏に、明らかに腐りかけのパンが捨ててあるのが見えた。
俺は路地裏に行きパンを拾い上げ、腐っているところをちぎって捨てて食べられそうなところだけを食べた。
何も食わないよりマシである。
そして座り込む。ようやく、ひと心地つけた気がする。
さて、今の自分が置かれている状況。
自分の名前────わからない。もちろん年齢も。
というよりどうやら自分に関する記憶が軒並み分からなくなっている。
自分は誰で、いくつで、どこに住んでいたのか。
だがわかる事が一つだけある。
転生者、と言うやつだ。
元々はこことは別の世界で生きて、何らかが原因で死んで、転生して今ここに居る。
それは頭の中で事実として記憶していた。
分からないのはその転生する前の名前、転生するに至った原因、そして今自分が入っているこの体の、元の持ち主のことだ。
はてさてどうしたものか。
「…とりあえず、今を生きよう」
金なし、学なし、家なしのないない尽くし。
明日には死んでるかもしれないけれど、死なないようにするために頑張ってみよう。
一先ずの目標としては、
「意思疎通できるようになりたい…」
あまりにも相手の言葉が分からない。
それはちょっとこれからこの世界で暮らしていく上で厳しすぎる。
この世界の言葉を学びたい。
学びたいが、
「その前に水の安定供給先を見つけなきゃ…また泥水は啜りたくないや」
あの時は緊急だったから仕方なくだった。
だがこれからも泥水を啜っていきたいかと言われればそうでは無い。それに、あの時はたまたま水たまりがあったからいいものの、これからもずっとあの水溜まりがある訳が無い。
「パッと見、ここ街だよな。なら井戸がある筈」
今日を生きる為に、明日も何とか生きるために、井戸を探そう。
「…帰りたいなぁ」
自然とそんな言葉が口から漏れた。
まあ、悠長に物事を考えられてるだけまだマシか。
とりあえず街中を歩くことにした。
よいしょよいしょと水を汲む。想像以上に非力で背の低いこの体は、井戸水を汲むのも一苦労。
頭から水を被る。
全身のあちこちにある傷口に染みる。
井戸から汲み上げた水は冷たかったが、自分の身を綺麗にするためだ。仕方ない。
ついでに飲んでおこう。
何日だったか分からないが水を飲んでいれば、ちょっとの間飯を食わなくても大丈夫だった筈だ。
辺りを見渡して、周囲に人がいないことを確認しながら井戸の水をバシャバシャ使っていく。
井戸を探している最中に、教会のような場所を見つけた。
どこの宗教かはわからないが、一文無しの人間に一晩屋根付きの場所を提供してくれるといいのだが。
入口から中を見てみる限りでは本らしきものはなかった。
そして、本を探している時に思ったのだが、そもそも本が読めないということに気づいた。
言葉が違うなら文字も違うに決まっている。
文字も発音も意味もわからない、教えてくれる人間もいないのは流石に無理だ。
待ち行く人々を観察でもするか?
習得する前に警察か何かのお世話になりそう。
ってか死にそう。
「蹴られたもんなぁ〜元の体のこいつは一体なんだったんだ?」
街中の嫌われ者?
ふざけんなお前何したらそうなるんだよ…
「先が思いやられるとかそういうレベルじゃねぇ」
何から手をつけたらいいんだ?
服を買うにも金がない。
金がないから働きたい。
働きたいけど話せない。
話せないから学びたい。
「で、学ぶための最低限の知識を持ってない」
…出るか?この街。
待て早まるな、本当にそれでいいのか?
水は確実に供給出来てる。飯が不安だが、最悪拾ったもんを食べたらいい。
この街に居ることでダメなこと。
井戸を探すためにこの街を歩いたが、奥の方にでかい屋敷があって、その前に鎧を着た男が2人立っていた。
あれは多分兵士で、屋敷にいるのが偉い人なのだろう。
盗みとか働いたら恐らく捕まる。
捕まったら何されるか分からないし、言葉が分からないから弁明すら出来ない。
最悪死刑とか洒落にならない。
逆にいい事は水が比較的安全に飲める。
治安がある程度保証されてる。
今のところそのくらいだろうか。
「外に出ていい事と悪い事…」
いい事はあの冷たい住民達から蹴られたりしなくて済む。コミュニケーションを取ろうとしなくていい。
あとはお金を求める必要が無い。
生きていけるかは本当に自分次第になる。
悪い事は思わぬトラブルで死ぬ。
…街に居ても一緒だな。
変なもん食って死ぬ。
落ちてるもの食ってれば、いずれ死ぬし一緒。
動物に殺される。
街に居ても衛兵に殺されるかもしれないし、脅威度は一緒。
「街の外に出た方が良い気がしてきた」
そうなればもうさっさと出よう。
この体じゃ、いつ動けなくなるか分からない。
動ける内に動かなくては。
「外壁はこの体じゃ登れないし…」
となれば検問所っぽいとこからこっそり出よう。
確か検問所は今いる井戸の場所と(多分)太陽の位置から東にあったと思う。
チラ見だったから正確な位置は把握できてないけども。
向かうだけ行ってみよう。
向かう前にまた井戸で水をすくって、桶に入っている水をグイッと飲み干す。
いざ、脱出。
と思っていたのだが、
「やっぱりいるよね…衛兵」
入口はがっちりガードされている。
普通の人間であればすんなり通してもらえるのだろうが、自分の身なりを見るとどうにも素直に通してくれる気がしない。
脱獄犯とかに思われそう。
困った。八方塞がりである。
妙案が思い付かず、検問所手前の住居の陰に隠れながら衛兵を睨む。
それから直ぐに、がらがらと何かがこちらに近づいてくる音が聞こえてくる。
見えた、馬車だ。
馬を引いてる男と衛兵が話している。
何を言っているのか分からないが後ろに何かあるらしい。
近くにある木箱や、壁に隠れながら近づく。
すると馬車にはたくさんの野菜や果物が入った木箱が10箱くらい入っていた。
ツイてる。
気付かれずにあの箱に紛れてしまえば、検問所の検閲を突破して外に出られるかもしれない。
一刻も早くこの街から出たい俺は、後先なんて考えずに、バレないよう音を立てないで荷馬車の後方に近づく。
正面から笑い声が聞こえる。まだ男達は談笑しているようだ。
俺はそっと荷馬車に乗り込んで木箱を開く。
何個か開いて、1つ俺が入っても大丈夫そうなスペースのある木箱を見つけた。
俺はその中にそっと足から入って蓋を閉める。
心臓がバクバクと耳に音が聞こえそうなくらいに激しく打つ。
バレませんようにバレませんようにバレませんように!
一体どれくらいの時間が経ったのだろう。
箱の中は真っ暗で、時間の感覚が希薄になってしまう。
それでも馬車は動き出したらしく、がらがらと車輪が回る音が聞こえてきた。
そこから大分長い間箱の中でじっとしていた。
少し蓋を開けて、外の様子を確認してみる。
前を見れば男が馬に指示を出している。彼はどうやらこちらに気付いていないようだ。
自分のガリガリで小柄な体が役に立った。
後ろを見れば右側を森が流れていく。左側は草原のようだ。
このままどこへ行こう。
この馬車の行った町で降りようか、それとも気付かれる前に何処かに…何処かに行こう。
気付かれたら面倒だし、結局別の街に行ったって言葉が通じるわけじゃない。
それなら、今!
俺は木箱を豪快に開け、荷馬車から飛び出す。
頭から落ちて視界が回る。土が痛い。体のあちこちを地面にうちつけ擦りむいた。
荷馬車を操る男の声が聞こえるが、追いかけられる前に右側の森へ!
痛みに悲鳴を上げる体を歯を食いしばって我慢して、できる限り急いで森の中へ。
遮二無二走って、走って、もうここまで来ればあの男も追うのを諦めるだろう。
そう思って振り向いた。
「ぶん!ぐぅん!」
でかい猪がいた。
猪と呼ぶにはあまりにも上に曲がった牙、紫がかった体毛が俺に知らない敵と対する恐怖を思わせる。
俺はまた走った。
だが、背中に大きな衝撃が来たと知覚したと同時に、俺は何故か空いていた穴へと真っ逆さまに落ちていった。
全身にまた強い衝撃が襲う。
体内の空気がすっからかんになった感触が訪れた。
俺は、そのまま意識を失った。
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