転生したけど記憶なし?!とりあえず生きることだけ考えます。 作:もっち
3匹のゴブリンが駆け寄ってくる。
よだれを撒き散らし、獰猛な雄叫びを上げながら、黒ずんだ爪を振り回す。
「…っ」
段々と迫る漠然とした恐怖が背筋を伝う。
俺は怖いんだ。
奴らが、明確にこちらを殺そうとしてきてるのが怖い。
奴らが俺のすぐ側まで来たらきっと、思考する余裕もないくらいにめちゃくちゃに揉み合うだろう。
そんな中、奴らの攻撃に1度も当たらずやり過ごすことが出来るのか?
掠ってる位なら大丈夫だろうか?いや、どんなバイ菌を持ってるか分からないからあまり奴らに触られたくない。
来る。
右から牙を向いて飛びかかられる。
咄嗟に体が後ろに跳ねる。
俺が元いた場所にゴブリンが着地する。そこ目掛けて前に走る。後ろからゴブリンが走ってくる音がする。
いや、これはゴブリンの足音なのか?
違う、目の前に集中しろ。
「あぁぁぁあああ!!!!」
骨ナイフを肩に突き刺した!!
「Gyaaaaaaaaaaaaa!!!!」
「Guuuuu…!」
「WaGa!!!Gyaagaga!!!!」
骨ナイフから手を離してゴブリンの首を掴む。暴れるゴブリンを押さえつけ、錆びたナイフでゴブリンの顔面に狙いを付ける。
しかしただやられるのを待つ訳がなく、ゴブリンはこれでもかと体をじたばたと暴れさせる。
首を掴んだ俺の腕を思いっきり握ってきたりした。
「っ…このやろっ…!!」
痛みに思わず顔を顰めたが、構わず俺はゴブリンの首を締め上げる。
狙いが定まり、そのままナイフを額に向けて振り下ろす。
「おらぁぁぁぁ!!!!」
金属の重みと体重を乗せて一刺し。
一瞬でゴブリンは動かなくなった。
次の瞬間俺はひっくり返っていた。
脇腹が痛い。
目を開けると目の前にはゴブリンの顔面。
顔に臭い吐息とヨダレが垂れる。
「汚ねぇな、どけろ!!!!!」
間髪入れずに顔面に右拳を叩き込む。殴った俺の拳にゴブリンの牙が刺さる。
手に刺さった牙はそのまま拳に刺さったままだが、殴打された勢いでポッキリと折れた。
俺は無理やりその牙を引き抜いて、袋から青い実を取り出し、左で握り潰して右拳に汁を掛ける。
応急処置だ。
殴られ怯んだゴブリンが、爪で引っ掻こうとしてくる。
後ろに下がる。すぐそばを腕が通り過ぎる音がした。
そしてさっき刺した骨ナイフを回収する。ゴブリンの体液に塗れたそれを払いながら構える。
手前に1体、さっき俺に爪を振ってきた奴だ。奥にもう1体走ってきてる。
俺は手前の1体の背中に思いっきり蹴りを入れて横に転がそうとする。
だがそのゴブリンに蹴りは当たれど転がりはしなかった。
体重差だ。
俺の今の力ではゴブリンを横に転がすことは出来ないらしい。
追い付いてきたもう1体がすかさず俺に掴みかかってくる。
俺は避けようとするが、さっき蹴りを入れたゴブリンが俺の片足を掴んで離さない。
避けられず、とうとうゴブリンと取っ組み合いになった。
ゴブリンが拳を俺の顔面にぶつける。
視界が横にブレる。
俺も負けじと、その太った腹に膝蹴りを食らわせる。
たまらずゴブリンは俺から離れる。
腹を抱えて悶絶していた。
その間に俺の足を掴んだゴブリンに飛びかかる。
「いくぞクソゴブリン…次は…てめぇだ…!!!」
俺に気圧されたのか、ゴブリンの表情は引き攣り、歪んでいた。
俺はもう最初のような恐怖を感じていない。
体がフワフワする。
今この戦いに没入してる、そんな感覚。
敵の行動が高速で情報として頭に入ってくる。
眼前に迫ったゴブリンの体にナイフを刺す。
返り血が顔を濡らす。
しかしゴブリンもタダでは死なない。俺がナイフを引き抜こうとした時に、奴は最後の力を振り絞って俺の顔面を引っ掻いた。
咄嗟に顔を引いたが、俺の顔の右半分に痛みが走る。
目に血が入りそうなので開けていられない。
手元にあるのは骨ナイフ。
間髪入れずに次のゴブリンが俺に向かってくる。
右の視界が潰されてるが、それでも俺は立ち向かう。
反時計回りにゴブリンを中心にして回りながら距離を掴む。そしてゴブリンが俺の動きについて来れなくなったタイミングで、
「くたばれぇぇぇぇぇえ!!!」
骨ナイフをゴブリンの首に背後から突き刺して押し倒す。
うつ伏せの形でゴブリンはじたばたと暴れる。
それでも決してゴブリンの拘束は解かない。
押さえつけて、確実に息の根を止める。
どれくらいそうしていただろうか。
気が付くと、ゴブリンは動かなくなっていた。
俺はゴブリンの首から骨ナイフを抜き取り、錆びたナイフを突き刺したゴブリンからもナイフを回収する。
終わった。
初めての、殺し合いが。
まだフワフワとした感覚がある。
手は、ゴブリンの青黒い体液で染まりきっていた。
はたから見たらきっと酷い見栄えなのだろう。
まあ、他に人間なんていないから気にするだけ無駄なのだが。
手を閉じたり握ったりして感触を確かめる。
まだ、動ける。
袋を持って洞窟の奥を覗くと、奥は暗くて見えなくなっていた。
どうやら相当深いらしい。
この中に入るのはあまり得策じゃないだろう。
多分、ここが限度だ。
殲滅出来ないのは分かっていた。
ならここらで溜飲を下げて帰るべきだろう。
「…帰る家無くなったけど」
さてどうしたものか。
洞窟が浅く、過ごせそうならここを新天地にしたのだが、この様子だと新天地にしてたら奥に潜んでるであろう何かに殺されるかもしれない。
何も潜んでないかもしれないけど、用心に越したことはない。
瞬間、高速で世界が過ぎ去った。
すごい勢いで体が横に吹き飛ばされる。
左半身が思いっきり木にぶつかった。
左腕がビリビリする。
肺から空気が抜け落ちて呼吸が出来ない。
視界がボヤけ、頭がクラクラする。
気をしっかり保たなきゃ、考えるのをやめるな。
俺がこうなってるってことは何かいるって事だ。
右腕が上がらない。
肋も何本かいっただろうか?
もう殴られた?蹴られた?ところの感覚があまり残ってないのだ。
意識を保とうとすると、全身に走る激痛がギリギリ残ってる意識を刈り取ろうとしてくる。
痛みで声にならない声が出る。
それでも、俺は歯を食いしばって立ち上がり、俺を吹き飛ばした相手を見る。
でかい。
さっきのゴブリンなんか比べ物にならないくらい。
俺よりも何倍もでかい。
腕は本当に丸太の様で、腹もでっぷりと太ってる。
全体的に太くてでかい印象を受けたそいつの腕には、棍棒が握られている。
俺が食らったのはアレだ。
まずい、この状態では勝てない。
というか、通常でもあれに勝てる気がしない。
逃げなきゃ、逃げなくては。
袋は…あった。
青い実を取り出して思いっきりかじる。大体半分くらいを口に含んで飲み込んだ。
体の痛みが少し軽くなってくる。
背筋にぞわりと悪寒が走る。
すぐ横を棍棒が落ちてきた。
地面が爆発し、その勢いでまた吹き飛ばされる。
土の味を噛み締めて立ち上がり、走る。
後ろの方で木々がなぎ倒される音がする。
あいつ、どうやら障害物もお構い無しのようだ。
どうするどうするどうするどうするどうする?!
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!!
手持ちの道具、無理だ。右腕が使えない!!
利き手じゃないからろくに力も入らない。
格闘なんか以ての外。あの棍棒に叩き潰されて終わりだ。
走る、走る。
勝ち筋も、逃げ道も無い。
このままだと殺される。
それだけは嫌だ、それだけは絶対に。
まだ、俺はまだ何もしてない。
この世界に来た理由も、俺自身が何者なのかも分かってない!
「Ugaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!」
奴が追ってくる。
足がだんだん重くなる。
もつれてとうとう転んでしまった。
もう、逃げられない。
……厶。
奴の手が、俺の体へ伸びる。
……トム。
手のひらが大きく開かれた。
「
そう唱えた途端、俺の体が燃えだした。
奴はその炎を見ると驚いたのか、俺を掴もうと伸ばした手を引っ込める。
全身が赤い炎に包まれているが、不思議と熱さは感じない。
「なに、これ?」
頭の中に響いた言葉をそのまま口に出したらこうなった。
何が起こったのかは分からない。
自分でも何をしているのか分かってない。
それでも、窮地を脱する事は出来そうだった。
立ち上がり、奴と対峙する。
この火をどう使うのか分からない。
それでも、奴を追い払う位は出来るはずだ。
体の内側から、熱い物が奔るのを感じる。
これを、外に、広げて、押し出すように。
炎が体から吐き出され広がっていく。
奴は突然起こったこの現象に戸惑っているようだった。
あともう一押し。
「どっか…行け…!」
追い払いたい、生き延びたい。
そう強く思うほどに炎は勢いをましていく。
俺の周囲が局所的な山火事のように燃えていくのを見ると、やつは顔を顰めて、森の奥へと去っていく。
完全に姿が見えなくなるまで、俺は立ち続けた。
そして、奴が完全に居なくなったのを見届けると、緊張が解けたのか、どっと疲れが押し寄せてきて、俺はその場に倒れ込んで意識を手放した。
「…はっ!?いっっっっっってぇぇぇぇ!!!」
気が付いて飛び起きる。
そして同時に右腕に激痛が走った。
痛みで思考がままならなくなるが、それでも気絶前の出来事を思い出す。
そうだ、俺はデカい奴に追いかけられて…
「……
そう呟くが、炎は出てこなかった。
一体なんだったのだろうか。
あの現象は、頭に響いた言葉を口に出した時に発生した。
でも今呟いてみても何も起きなかった。
なにか条件があるのだろうか。今後も使えるなら使いたい。使えるものであるなら何でも。
まあ、そんな考えもきっと意味が無いのだろうけど。
「右腕痛てぇ」
ズキズキと痛む右腕。痛みに慣れてきたから今こうして落ち着いて居られるけどぶっちゃけ転げ回りたいくらい痛い。
右腕がピクリとも動かせない。多分折れてる。
肋も痛い。息を吸い込む度に激痛が走る。
歩く事すらしんどい。
ゴブリンを追いかけなければよかった。
家を壊されて激情に駆られた結果がこれだ。
気持ちを逸らせるとこうなると何度も自分に言い聞かせたのに。
俺はまだこの世界で生きるという事を舐めていた。
上手く生きすぎていた。
油断したんだ。
今なら倒せるって、自分の力を過信してた。
「はは、死ぬかな俺」
右足を踏み出す。
おいおい、もういいだろう。そもそも無理だったんだ。
右も左も分からないこの世界で、何も知ろうとしないまま生きようとするなんて。
左足を踏み出す。
もう充分頑張った、もうたくさんだ。
苦しい、痛い、寂しい、辛い。
右足を踏み出す。
死にたくない。
死にたくないんだ。
死ぬのが本当に怖い。
ああ、ダメだ諦められない。
なんで死にたくないのか分からない。なんで死ぬのが怖いのか分からない。
理由なんて多分ない。
ただ、生きたいんだ。
「生きて、やる。意地、でも!俺は!」
ゆっくり、ゆっくり歩いていく。
その足取りはふらついてて、またゴブリンに会ったら殺されるだろう。
それでも、進む。
歩いて、日が暮れた。
無事な左腕を使って青い実を齧る。
少し痛みが鈍くなる。
この調子で行こう。また安住出来る場所を探すんだ。
また、日が暮れる。
意識がまた朦朧としてくる。
青い実を齧った。どこかで落としてきたのか、それが最後の青い実だった。
痛い。
苦しい。
眠たい。
ここはどこなんだろう。
誰かの声が、聞こえた気がした。
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