Unbeständige Träume 作:gh0sttimes
人々が寝静まり、静寂に包まれた真夜中。
目覚めた八雲緑は縁側に出た。
緑にとって、夜は最も心が落ち着く時間であった。
外から弱く吹いてくる風は幼子をあやす母の手のようであった。
緑はしばらく優しい風に撫でられ、物思いにふけっていたが、寝間着姿の八雲紫に話しかけられたことで思考は止まった。
「あら? 緑。こんなところにいたら風邪ひくわよ?」
紫は優しい声色で話しかけた。
「うん……」
緑は小さく返事をした。
そして、紫の隣に腰掛けた。
「どうしたの? 何か悩み事でもあるのかしら?」
紫が心配そうに声をかける。
「うん……」
緑は再び小さな声で答えた。
「お母さんに相談してみなさい」
紫は優しく言った。
「うん……でも……」
緑はまだ話そうとしなかった。
しかし、紫には分かっていた。
この子は人一倍気遣いができる子だ。きっと自分から言い出すまで待ってあげた方がいいだろう。
そう考えた紫はそれ以上何も言わず、ただ黙っていた。
緑も特に話すことなく、二人の間に沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは意外にも緑の方だった。
「あのね……僕、最近夢を見るんだ」
緑はゆっくりと口を開いた。
「どんな夢なの?」
紫は聞き返した。
「お姉ちゃんとお父さんの夢だよ」
「……」
紫は何も言わなかった。
「僕はいつものようにお姉ちゃんの部屋に行ったんだよ。そしたらお姉ちゃんはいなかったんだけど机の上に手紙があって『私はもうここには戻らない』って書いてあったんだ」
「それであなたは一人で帰ってきたの?」
「ううん。僕はお父さんと一緒に帰ったんだ。だけどお父さんは家に帰ってこない日が続いたんだ。それどころか家を出て行っちゃったんだ。それから何ヶ月か経って、ある日突然帰ってきたと思ったら知らない女の人と一緒だったんだ。僕がびっくりしている間に二人はどこかに行ってしまったんだ」
「そうなの……。それは大変だったわね……」
紫は悲しそうな表情を浮かべて緑を見た。
緑はその視線に耐えきれず目を逸らした。
「何で僕はこんな夢ばかり見るの・・・」
緑の声はだんだんと泣いているような声に変わった。
「いいのよ。そんなこと気にしないで」
紫はそんな緑をそっと抱きしめた。
「だって……だって……僕のせいで二人がバラバラになっちゃったんだもん……僕があのとき我ままを言わなければ良かったんだ……」
緑はさらに大粒の涙を流し始めた。
紫はそれを見て、さらに強く抱き寄せた。
「違うわよ。あれはあなたのせいじゃないわ。あなたが悪かったわけでもないわ。悪いのは全てあの女よ。私達家族を引き裂こうとしたあいつが悪いのよ。だから自分を責めないで」
「うん……そうだよね……」
緑は涙を止め、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「ありがとう・・・」
しばらくして、紫は眠った緑を抱きかかえ、布団に運んだ。
秒針や分針が何回音を立てたかは分からないが、時計を見ると針が丑三つ時の最後の分を刻もうとしていた。
紫は物思いにふけったが、眠気が襲い、形成途中の思考は闇に吸い込まれていった。
翌朝。
目覚めた緑は鉛のように重い寝不足の身体を無理やり起こし、朝食の用意を始めた。
しかし、眠い身体と緑の思考は離れており、途中で包丁で小指を薄く切ってしまった。
今の緑は器官なき身体のようだった。
特殊な式を組み込まれていた緑の怪我はすぐに紫の知るところとなり、駆けつけてきた紫に絆創膏をもらった。
そして、緑は作業を続けようとしたが、倒れそうになったため、紫に止められた。
しばらくして、紫は完成した質素な料理をテーブルに並べようとしたところ、緑が眠っていた。
「あら・・・」
紫は緑の頭を撫で、しばらくしてから緑を起こした。
「緑。ご飯できたわよ。」
「うーん・・・」
緑は寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりと起き上がった。
「もう朝?・・・」
「何寝ぼけてるの? ご飯の時間だから早く起きなさい。」
「うん・・・」
残響は鳴り止まず、胸に残っている。
何故か、古い記憶にすがることだけ上手くなってしまっていた。
光が降る平穏に誘われ、窓から見えるいつもの後ろ姿を隠した。
会えなくなるわけでもなく、君が消えてしまうわけでもない。
ただ、その答えは過去と違うという事実を突きつけた。
例え、その爪痕が消えたとしても、それが起きたという事実が消えることは決してない。
-残響は鳴り止まず